44 アクシデント
ゴロリーさんの家から少し歩いたところにあるその場所は、沢山の人だかりが出来ていた。
スラムに住んでいた人達、それを捕まえた騎士団の騎士達、それを見に来た人達。大半が見に来た人達だと思う。
ゴロリーさんが人の波をかき分けながら前へと進み、その後ろを僕と手を繋いだエリザさんが追う。
近所の人達はゴロリーさんを見ると、そっと僕達を通してくれた。
そのことに対して文句を言う冒険者のような人達もいたけど、ゴロリーさんがそちらの方へ視線を向けると、すぐ静かになったので問題はなかったみたい。
ゴロリーさんがさらに進んで行くと、ようやく最前列へと来ることが出来た。
「それ以上は近づくな」
騎士の恰好をしたジュリスさんと同じぐらいの人が、ゴロリーさんへ向けてそう口にした。
「シュナイデルの部下が怪我をしたと聞いて治療に来たんだが、帰ってもいいのだな?」
「ちょ、ちょっと待っていろ」
偉そうな態度をしていた騎士さんに、ゴロリーさんがシュナイデルさんのことを口にすると、持ち場を離れて直ぐに何処かへと駆けていった。
「あれが所謂騎士が偉いと勘違いしている者の典型だ。ああいう者の下に就くと、本当に大変な目に遭うだろうな」
「フェル、大丈夫かな?」
僕は伝説の騎士の物語で、騎士になる見習い期間が一番大変だったと書いてあったことを思い出して、フェルの顔が頭に浮かんだ。
「フェル君なら逆境に燃えるタイプだから、大丈夫だと思うわよ」
「そうだよね」
それから少しすると、先程の騎士と一緒にジュリスさんが姿を見せた。
「あ、ゴロリーさんにエリザさん、それにクリス君もお揃いですか」
ジュリスさんは笑顔で、どこも怪我をしている様子はなかった。
「ああ、シュナイデルの部下が怪我をしたと聞いてな。ジュリスは平気だったのか?」
「こう見えても、騎士の中では戦闘技術が高い方です。最近はクリス君のおかげでメキメキと強くなっていますからね」
ジュリスさんはそう言ってくれているけど、僕は未だにジュリスさんの攻撃を完全に見切ることが出来なくて転がされているだけだから、きっとジュリスさんが頑張っているからだと思う。
「そうか。エリザが回復魔法を使えるから連れて来たんだが、必要なかったか?」
「それはありがとう御座います。奥に怪我している者もいるので、早速お願いします。あ、でもクリス君は大丈夫かな……」
ジュリスさんは少し考えている様子だった。
「ジュリスさん、僕は駄目なの?」
「う~ん、血を見ることになるから、気持ちが悪くなる可能性もあるけど、それでも平気?」
ジュリスさんはエリザさんが訓練場で心配してくれたことと同じことを心配してくれていた。
「それについてはこちらも確認したから安心して。それより大怪我した人はいないのね?」
「あ~、大怪我を負った人はいたんですけど、実は今回応援を呼んだ騎士団の中に凄腕の治癒士がいて、その方が治療してくださったので、残っているのは少し斬られたぐらいの者達だけですね」
そんな凄い人がいるなら、もしかすると僕達は必要なかったんじゃないのかな?
「それなら問題ない。少しシュナイデルと話もあるからな」
「それでは案内させていただきます」
さっきの偉そうにしていた騎士さんがジュリスさんを睨んでいたけど、ジュリスさんはそれに気づいていながら、無視するように僕達を案内してくれるようだった。
少し歩いたところで、ゴロリーさんが口を開いた。
「ジュリス、さっきの騎士が熱烈な目で見ていたが、何か心当たりがあるのか?」
「あ~応援に来た本部の騎士団と、うちの騎士隊で模擬戦をしたんですけど、ちょっとやり過ぎてしまいまして」
ジュリスさんは困ったように頬を掻いた。
「クリスには手加減出来るのに、何で騎士相手にもそれが出来ないのだ……シュナイデルの抱えているストレスの大半はジュリスが原因だな」
最近ではシュナイデルさんが怒る度に、徐々にやつれていくようで、ゴロリーさんは心配していた。
「人聞きが悪いですよ。クリス君と戦っているぐらいには手加減したんですよ。ただそれで圧勝してしまったんですよね」
「……相手は同じ新人騎士か?」
ゴロリーさんは言葉に詰まってから、ジュリスさんに再度問いかける。
「二つ上ですね」
「……騎士は階級に縛られているんだから、気を付けろよ?」
「隊長がいるから大丈夫ですよ」
「……シュナイデルのやつは大変だな。最近では髪が強くなる料理まで注文するようになったんだぞ?」
「えへっ」
ゴロリーさんの言葉を聞いたジュリスさんは、何故かとても楽しそうにしていた。
それから間もなく、負傷した騎士さん達がいる天幕の中へ僕達は通された。
するとそこには、考えていたよりも多くの負傷者がいて、僕はびっくりしてしまった。
「大丈夫よ」
手を繋いてくれていたエリザさんがそう声を掛けてくれたので、落ち着くことは出来た。
ただ色々なニオイがするので、気分が悪くなりそうだった。
「エリザさん【クリーン】の魔法を使ってはいけませんか?」
「そうね……ジュリスちゃん、どうかしら?」
エリザさんは直ぐにジュリスさんに聞いてくれた。
「願ってもいない申しですけど、クリス君って魔法も使えたんですか?」
「魔導具があるのよ」
一応僕が魔法を使えることは、シュナイデルさんやジュリスさんには、今日まで内緒にしてきている。
ゴロリーさんが言うには、今まで以上に騎士にしようとしてくるらしいので、それは少し嫌だったからだ。
ただ負傷者が多かった場合、もしかすると本当に僕の出番があるかもしれないから、エリザさんは魔法が使えないとは言わなかった。
そしてエリザさんがこちらを見て頷いてくれたので、僕は服の中から二つの指輪を取り出して、指にはめて見せた。
「えっと、その指輪で【クリーン】が発動出来るんですか?」
「はい。“魔導具店メルル&万屋カリフ”の新作の魔導具なんですよ」
僕は笑って宣伝することにした。
「何気に普通の住人の方々が凄い技能を持ってますよね。じゃあ皆さんに声を掛けて来るので、少しだけ待っていてください」
ジュリスさんはそう言って、天幕の奥へと声を掛けながら歩いていった。
「クリス君、負傷者は多いみたいだけど、これぐらいなら私一人で平気だから任せて。その代わりに【クリーン】をお願いね」
「はい」
僕は大きく頷いた。
それから直ぐにこの天幕の責任者がジュリスさんとやって来てくれたのだけど、何処かで見たような顔をしていた。
「あなた方が民間の協力者ですか? 私はこの衛生隊を預かっている騎士団本部所属アニエスタ・ブライバルです。ご協力を感謝します」
アニエスタは聞いたことがないけど、何処かで……アニス……アニタ! そうだアニタさんだ。
「あ、もしかしてアニタさん?」
「ん? 何故少年が私の愛称を知っているのだ?」
どうやら間違いないみたいだ。
普通の騎士さん達と違って、あの時と同じ白っぽい鎧を着ているから思い出せた。
「クリス、この騎士を知っているのか?」
ゴロリーさんは覚えてないみたいだ。
「うん。僕が初めて“エヴァンス高級宿”に行った日に、迷子だった……えっと、ティリス? ティアス? あ、ティアリスだ。その付き添いをしていたお姉さんだよ」
「ん? 確かにそんなことがあったような気もするが……」
「あ、あの時の少年か。確かティア様の言っていた伝説の騎士……クリストファー君でしたか?」
どうやらアニタさんは思い出してくれたみたいだった。
「はい。アニタさんは騎士の方だったんですね」
「ええ。それで治療をしていただけるのは、そちらのご婦人ですか?」
アニタさんは周りから向けられた視線に気づいて、治療の話を始めた。
僕が話をしたくなってしまったせいで、悪いことをしてしまった。
「ええ。ただ少し空気が淀んでいるみたいだから、負傷者の身体にもきついでしょうし、【クリーン】を発動してもよろしいかしら?」
「それはありがたいのですが、魔力量は大丈夫ですか?」
「ええ。この子が【クリーン】を使ってくれるから大丈夫よ」
「クリストファー君が? もう魔法を使えるのか?」
アニタさんは驚いた顔でこちらを見ていた。
「それが“魔導具店メルル&万屋カリフ”というお店の新作魔導具らしいです」
「そうであっても、指輪が発動体なら、自身の魔力を感じて【魔力操作】が出来ないと魔導具を使った魔法は発動出来ないのよ」
「じゃあやっぱり……」
ジュリスさんとアニタさんが揃ってこちらへと目を向けた。
僕はどうしようかと悩んでいたら、エリザさんが二人へ声を掛けてくれた。
「……私の弟子だから【魔力操作】までは教えてあるわ。ただ魔力枯渇をすると身長が伸びないという話をしてから、それ以降の訓練は十歳になるまではしないことになったの」
「……大丈夫。きっと沢山食べて、たくさん寝れば大きくなるから。じゃあ早速お願いします」
何処か気まずそうに僕から視線を外しただけだったけど、やっぱり標準よりも背が低いのかもしれない。
「じゃあクリス君、お願いね」
「はい。【クリーン】」
僕は少し落ち込みながらも、エリザさんの指示に従い【魔力操作】で魔力を指輪に送って【クリーン】を発動させた。
するとさっきまでしていた色々なニオイが収まっていく。
「じゃあ、片っ端から行きましょうか」
「はい」
こうして僕が【クリーン】を発動していくと、天幕の中のニオイが消えていき、怪我をしている騎士さん達からも感謝された。
騎士さん達の怪我は痛そうなものばかりで、怖くなったけど、エリザさんとゴロリーさんが側にいてくれたおかげで、僕はなんとか泣くことはなかった。
アニタさんは魔導具について詳しく聞きたいと、エリザさんに色々と聞いていた。
そして話は何故か食事の話になって“エヴァンス高級宿”の味が落ちたと残念がっていた。
エドガーさんが辞めたからなんだろうと思っていたら、ゴロリーさんがアニタさんに“シュナイデルに聞けば、美味い店は分かるだろう。ただ大人数で押し掛けた場合と、権力を振りかざそうとする輩には、一切何も提供されない店だがな”と言っていた。
それからエリザさんは治療を続けていき、無事に治療のお手伝いを終えた。
ただ魔力を使い過ぎたのかエリザさんはお腹が空いたみたいで、僕達は“エドガー食堂”へと移動することになった。
「たぶん仕事が別にあってもシュナイデルとジュリスはくるだろう。今日は多めに夕食の仕込みをしなければなるまい」
「エドガーさんの手伝いをするんですか?」
「ああ。既にあいつの店になってきているが、面倒なのが何人か増えそうだしな」
「面倒なのに呼んだんですか?」
「“エドガー食堂”の常連を少しは増やすきっかけにしたいからな」
ゴロリーさんはそう言って笑った。
お店に着いてエドガーさんが僕達の姿を見ると、喜びながら一度自宅に帰って行ってしまった。
「本当に親子よね」
「……さて、仕込みをするか」
ゴロリーさんは調理するために奥の部屋にある厨房へと入って行った。
「どういうこと?」
「あの子が産まれて間もない頃、時間が空いたらゴロリーもエドガーのことを見に来ていたんだから」
「へぇ~」
「遠い昔のことだ。クリス、野菜の皮むきを頼んでいいか?」
「はい」
ゴロリーさんは少し恥ずかしかったみたいだけど、エリザさんは思い出すように笑っていた。
だけど、楽しい時間はそこまでだった。
ゴロリーさんが僕とエリザさんの為に、賄い料理を作ってくれた後、夕食の仕込みをしてもエドガーさんがお店に帰って来なかったのだ。
「エドガー遅いわよね……今日は少し街が殺気立っていたし、ちょっと見てくるわ」
「……いや、仕込みも終わったから、俺が行こう」
その時だった。
血まみれの服を着たエドガーさんがお店に入って来て、その後にシュナイデルさんとジュリスさん、そしてアニタさんが続いた。
そしてエドガーさんが直ぐに声をあげた。
「父さん、母さん、俺の命の恩人を助けてくれ」
その言葉を聞いて確認すると、アニタさんの背中で苦しそうに息をしている金髪の女の子がいた。
お読みいただきありがとう御座います。
ホワイトの名前を考えて下さりありがとう御座います。
皆様からのご意見を活かして、土日で決めさせていただきます。