40 なりたい自分
メルルさんとカリフさんの子供であるニール君が生まれてから、僕は強くなるだけじゃなくて、お世話になっている人達の役に少しでも立ちたいという気持ちが大きくなっていった。
だから僕はまず出来ることから、何か手伝いをしたいと思うようになって、ゴロリーさん達に相談してみた。
最初は“気持ちだけでいい”と、言われていたけど、少しずつ僕に出来ることをさせてもらえるようになった。
ゴロリーさんの調理の手伝いや、エリザさんの代わりに後片付け“ゴロリー食堂”の前を掃除する手伝い等だ。
最初はたぶん邪魔にしかなっていなかったと思う。
それでも二人とも優しく手伝いのやり方を教えてくれるから、やっと少しは手伝いらしくなってきた気がする。
“グラン鍛冶店”では【抽出】を頑張りながら、親方やマイクさん、レナンドさん、ピケットさんの仕事も少しずつだけど、手伝えるようにしっかり学ぶことになった。
親方は“クリスが二代目になってくれればいいんだがな”とそんな言葉を漏らす時が多くなったけど、レナンドさんが少しずつやる気を出していて、レナンドさんを二代目にする気だとマイクさんが教えてくれた。
それでも僕の【抽出】があるからレナンドさんを始め、皆の技量が上がっているんだとも言ってくれている。
そしてこの【抽出】を使う先が実はもう一ヶ所増えていた。
それは“イルムの宿”のマリエナさんのところでだ。
ただその場所は“イルムの宿”ではなく、生ゴミ置き場の隣にあるマリエナさんの小さな工房でだ。
マリエナさんは以前、凄腕の薬師師としてこの街ファスリードでは有名な人だったのだと、ゴロリーさんとエリザさんが教えてくれた。
あまりに優秀なポーションを作るために、無茶な攻略をする冒険者が増え、そのせいで命を落としてしまう冒険者も多かったらしい。
そのことに心を痛めたマリエナさんは薬師のお店を閉じて、自分が見定めた相手にしかポーションを製造、販売することはしなくなったのだとか。
そしてここで僕の【抽出】スキルの腕が役立つ時がきた。
「それにしてもまさかクリス君が【抽出】スキルを持っているなんてねぇ。本当に色々な才能に恵まれたのね……」
エリザさんからポーションを作っているところを見学させたいとお願いしてもらい、少し前にこの工房へお邪魔した。
そしてその帰り際に【抽出】が出来ることをマリエナさんに伝えたのだ。
マリアナさんは僕をジッ見つめてから、そう小さく呟いた声が聞こえた。
「グランさんのところに初めて行った時に、困っていたみたいだから、どうにかしてあげたいと思っていたら、いつの間にか覚えていました」
一応イルムさんやマリエナさんにも、[固有スキル]であるシークレットスペースについては【回収】と【排出】が出来ると伝えてある。
だからさっきの言葉は、きっとシークレットスペースのことを言っているのだと思った。
「それはお伽話みたいね。でもそれなら、神様に頂いた才能なのだから、しっかり努力しないと直ぐに腐っちゃうから無駄にしないようにね」
「はい」
レベルと交換したスキルを無駄にすることは、とってももったいないので、僕は素直にマリエナさんの言葉に頷いた。
「じゃあ今日は毒草と呼ばれている植物から、毒だけを【抽出】する作業を始めましょう」
「前とは違うんですか?」
「ええ。たぶんクリス君は前回一度見たから、既に低級ポーションは作れるもの。それに【調合】スキルも持っているんでしょ?」
「えっ!? 何で分かったんですか?」
僕はもの凄く驚いた。
まさかバレていたなんて、全く思わなかったからだ。
ただポーションがちゃんと作れるかと言われれば、たぶんまだ出来ないと思うけど。
「あら、カマを掛けたつもりだったのにね……それにしてもそれだけ優秀なら将来は安泰じゃないかしら?」
「本当に分かっていなかったんですか?」
どうやら本当に分かっていた訳じゃないみたいだ。
僕は自分のスキルを明かしてしまったことを反省しながら、マリエナさんに頬を膨らませて抗議した。
これはエリザさんやメルルさんから、怒っている時はそうした方がいいと教わったからだ。
ただ成人を過ぎてからやるのは駄目みたいだけど……。
「ごめんなさいね。昔から捻くれていたから、どうしても純真な子には、ちょっとイジワルしたくなっちゃうのよ」
マリエナさんはそう言って笑いながら、僕の頭を撫でてくれると、とても気持ちが良くて許してもいいかなって気持ちになっていった。
「それで本当に毒草を使うんですか?」
「そんなに警戒しなくても、ちゃんと使うわよ。ただ毒草を【抽出】する時には、しっかりと換気して空気を綺麗な状態にしておかないと、それを吸い込んで大変なことになるから気をつけないと駄目よ」
「【クリーン】の魔法を使ってはいけませんか?」
「クリス君、少し万能過ぎないかしら?」
少し驚いた表情のマリエナさんの誤解を早めに解かないといけないと思い【クリーン】の杖を取り出して見せる。
「えっと、これはメルルさんが作ってくれた魔導具で、魔力を注ぐと【クリーン】が使える魔道具なんですよ」
「まさかそんな魔導具があったなんて、時代は変わったわね……さて続きよ」
「はい」
マリエナさんは少し感慨深そうに杖を見た後に杖を返してくれると、真剣な表情に変わった。
「前にも言ったけど、【抽出】する時は何を【抽出】したいかを頭に思い描いて、それだけを【抽出】したいと強く思えば、スキルが応えてくれるのよ。見てて【抽出】」
束になった毒草から直ぐに黄色と黒色が混ざったような色の液体が小坪の中へと入っていく。
「今のが毒ですか?」
「ええ。この毒草の中には、麻痺させる効果の毒と、身体を蝕む毒があるの。吸い込んでもいけないけど、決して手で触ってもいけないわ」
「はい」
その後、マリエナさんは毒を【抽出】された毒草を大きな鍋に入れて、水からゆっくりと沸騰するまでかき混ぜていた。
鍋の湯が沸騰したところで火を止め、そのまま自然に冷ましていく。
僕はその茹で汁がポ-ションだと思っていたけど、一般的なポーションでは捨ててしまうらしく、そのことに僕は驚きを隠せなかった。
湯が冷めたところで鍋から毒草を取り出して本来は乾燥させるのだけど、今回は水分のみを【抽出】して、乾燥させた毒草を細かく砕いていく。
そしてもう一度鍋の中に冷水を張り、その中に粉々にした毒草を溶きながら沸騰させ、冷ました物がポーションとして出来上がった。
「水の分量や沸騰までの時間、それに【抽出】をうまく使えることが出来れば、良いポーションが出来るわ」
「はい」
「ところでクリス君は、冒険者になるために努力しているのよね?」
「はい」
「ポーション屋さんでも、クリス君は十分に暮らしていけるだけの能力があるわ。それでも冒険者になりたいの?」
何だろう? マリエナさんも冒険者になることは歓迎してくれていたのに、今度は反対になっちゃったのかな?
「はい。皆を守れるぐらい強くなって、いずれは冒険者として有名になりたいと思っています」
「人を守るのなら騎士でもいいんじゃないかしら?」
「僕は伝説の騎士のクリストファーに憧れています。でもクリストファーが凄い事したと称えられた時には既にクリストファーは死ぬ間際でした。だから僕は冒険者として生きているうちに褒められたい……それがきっかけで冒険者になろうと決めていました」
三年前は本当にそう思っていた。
だけど何度も伝説の騎士の物語を読んでいるうちに、クリストファーにはたくさんの友達がいたんだと知ることが出来て、きっとクリストファーは自分が褒めて欲しい人には褒めてもらっていたのだと僕はそう思うようになっていた。
「今は何かあるのかしら?」
「ゴロリーさん達に迷宮を踏破して喜んでもらいたいのもありますけど、迷宮を僕が踏破してみたいんです。この街だけでなく迷宮は各地にあると言われていますから」
パラスティア大陸旅行日記を読んでみると冒険者は色々な場所へ行くことが出来るとゴロリーさんが教えてくれた。
それにフェルが騎士から剣聖になるのなら、僕が迷宮踏破者になっていないと格好がつかないと思うし……。
「そう。じゃあ自分のために冒険者になるのね?」
「はい」
「それならいいわ。クリス君の冒険譚を楽しみに出来るから」
「どういうことですか?」
「誰かのために何か行動を起こせるというのは、とても素晴らしいことだけど、でも自分の気持ちがそこにないと、苦しくなった時に誰かのせいにしてしまうことがあるの」
マリエナさんは悲しそうにそう口にした。
きっと知っている人がそうだったのかもしれないな。
「僕は冒険者になります。でも冒険者以上に、ゴロリーさん達みたいな、人に優しく出来る大人になりたいんです」
「ふふふっ、なるほど。何故あの二人がクリス君を内弟子にまでしたのかがようやく分かったわ」
「?」
マリエナさんは突然笑いだすと呟くように言葉を漏らす。
「これから【抽出】や【調合】だけじゃなくて、世界の色々な植物や食材、毒の有無までみっちりと教えてあげるわ」
「急にどうしてですか?」
「私もクリス君が思う、人に優しく出来る大人になりたいからよ」
「もう十分だと思いますけど?」
「それでもよ」
その後、ゴロリーさん達とマリエナさんが話して、僕は三日に一度マリエナさんの工房へ通うことが決まって、僕はまた新しいことを勉強出来ることがとても楽しみになっていった。
お読みいただきありがとう御座います。