37 人の気持ち
生活魔法という魔法の初歩を学んでから、僕は毎日、一日も欠かすことなく魔法の訓練を【集中】して行っている。
最初の頃は生活魔法をうまく維持することが出来ず、直ぐに消えてしまう状態が続いていたけど、それでも明日には今日よりも出来るようになるはず。
そう思いながら、エリザさんの前では生活魔法を練習して、一人でいる時には出来るだけ【魔力操作】と【魔力循環】の練習を続けていた。
だけど生活魔法を続けてから一か月を過ぎた頃から“僕には才能がないのかな……”と、弱気になってしまうことが多くなった。
それは【魔力制御】がしっかり出来ないという理由が、はっきりと分かっていたからでもある。
どれだけ【魔力制御】と強く念じても、生活魔法を維持することが出来なくて、失敗ばかりだったからだ。
いつの間にか僕は、あれだけワクワクした魔法を使えるという気持ちが徐々に薄れて、ゴロリーさんとの武術訓練の方が楽しく感じるようになっていた。
エリザさんは必要以上のことは教えてくれないまま、ただ僕が生活魔法を練習するところを見ているだけの日々が続いていき――。
唯一、光属性魔法のライトティングとの繋がりみたいなものが一瞬だけ分かるようにはなったけど、それも維持することが出来なかった。
そこでついに僕は生活魔法の練習を中断してしまった。
「今日の訓練はもうおしまいにするの?」
エリザさんは笑っているけど、いつもと何か違う感じがしていた。
「……エリザさん、僕には魔法が使えないの?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、もう魔法の練習を初めてから一か月も経つのに、僕は生活魔法を少しも維持することが出来ないから……」
僕は今まで頑張れば、なんでも出来るようになると思って、実際に色々なことを上手く出来るようになってきた。
だけど魔法だけはレベルが上がっても、全然上手く使えるようにならなくて、エリザさんに弱音を吐いてしまった。
「クリス君、悔しい?」
「……はい」
「魔法を使えるようになるまで、普通は年単位の努力が必要なのは教えていたわよね?」
「はい」
どんなに早くても一年ぐらいしないと魔法を使うことが出来ないと教えてもらったのは覚えている。
でも、僕は既に魔法を使うために必要なスキルは全て持っているのに使えないのだ。
「クリス君は[固有スキル]のおかげで、既に魔法を使うために必要なスキルを全て習得しているわ」
「……」
僕はエリザさんの目を見て、小さく頷く。
「それは普通の人よりも、凄く恵まれていることなの。もう一度聞くわね。今日の魔法訓練はおしまいにする?」
「……」
僕は自分がどうしたいのか分からなかった。
「それとも、もう魔法を使うことは諦める? 私はクリス君の考えを尊重するわ」
僕は直ぐに首を振る。
本当はちゃんとした魔法を使いたい。使ってみたい。
するとエリザさんは大きく息を吐きだすと、僕の頭を撫でながら言った。
「クリス君には、その出来ないという気持ちを知ってほしかったの」
「出来ない気持ち……ですか?」
「そう。クリス君はいい子だし、何事にも一生懸命頑張っていると思うわ」
僕はエリザさんの言葉に嬉しさがこみ上げる。
「だから少し意地悪だったけど、魔法訓練は見守るだけにしていたの」
「?」
「色々と教えて上げられることはあったの。でもそれをしなかったの」
「……僕嫌われちゃったの?」
魔法が使えないことよりも、ショックが大きくて視界がぼやけてしまう。
「あ~、嫌っていないから泣かないでクリス君。クリス君を嫌いになるはずないでしょ」
「じゃあどうして?」
確かに魔法訓練の時以外はいつも通りのエリザさんだったことを思い出す。
「クリス君は一ヵ月間、毎日諦めずに努力してきたわ。普通の子供だったら泣いたり、止めてしまったり、私に文句を言ったりするのにね」
「……それって、エドガーさんのこと?」
エリザさんは笑って話を続ける。
「ええ。でも出来なくても目標に向かって努力することの大切さや、同じように努力しても出来ないことがあるということを知っておいてほしかったの」
「どうしてですか?」
「クリス君に人の気持ちが分かる子になって欲しかったからよ」
「人の気持ち……」
「きっとこれからクリス君が大きくなれば、他の子供達よりも早く成長するわ」
……それは少しだけそうかもしれないと思うようになっていた。
「その時に“何で出来ないんだろう? ちゃんと努力しているのかな?”そんな風に思って欲しくなかったの。もちろんクリス君はそんなことは思わないかもしれないけど、今回は魔法が使えなくて悔しかったでしょ?」
「……はい」
出来ないことがこんなに辛いとは思わなかった。
「もし本当に努力している人がいたら、手助けをしてあげられる子になってほしいの。そして絶対に相手を見下すような子にはならないで欲しかったから、魔法を使う予備訓練だけをさせていたの」
「僕はそんなにひどいことはしないです。約束します」
すると僕はエリザさんから抱きしめられた。
「本当にゴロリーもグラン、メルルちゃんと皆で私に嫌な役を押し付けるんだから。今日からたっぷりとクリス君を甘やかすんだから」
エリザさんからそんな声が聞こえた。
そこから僕の魔法訓練は一変していく。
「いつもカラーエッグに魔力をあげているわよね?」
「はい」
「その魔力をあげている時に吸われている感覚を目の前で意識して出来るかしら?」
「やってみます」
魔力を身体の外側へ送り続けながら、僕の前に留まらせるように意識する。
「そしたらいつも通りにライトティングを事象……魔法を出現するイメージを固めて使ってみて」
「はい。【光よ我が道を照らせ ライトティング】」
するといつもは直ぐに繋がりが消えてしまうのに、魔力が光の玉に注がれていて、消えることがない。
「その自分の魔力を魔法に留める感覚が【魔力制御】よ」
本当に魔法が使えているというワクワク感がいつの間にか、戻ってきていた。
でも、それじゃあこれまでの訓練って、一体何の為だったんだろう?
「これが……じゃあ、この一ヵ月は無駄だったってことですか?」
「そんなもったいないことはしていないわ。魔法を数多く使うことで【魔呼吸】と【魔力回復】のスキルを鍛えられたし、魔法を唱え続けたことで、魔法がスムーズに使えるようになっているもの」
その言葉に僕はホッとため息をこぼした。
そのことはよく覚えている。
そして寒かった冬がようやく終わり、もうすぐ八歳になるところで、僕のレベルはついに五十一になった。
前回エクスチェンジをしてから、もう四か月が過ぎようとしていた。
元々冬の間は、僕が風邪を引かないようにするための処置として、高いレベルを維持することになり、そこへ武術や魔法の練習をしっかりと出来るからという理由で、エクスチェンジを使用禁止されていた。
そして今回レベル五十一になったことで、新しく交換出来るスキルが増えたのだけど、その項目を書いた羊皮紙をゴロリーさんとエリザさんへ渡すと二人は悩み込んでしまった。
「クリス、統合スキルと普通のスキル、どちらを取る方が効果が高い?」
ゴロリーさんの言葉に、僕は感覚的なことでしか答えられないと伝えた後、自分なりの言葉で説明する。
「えっと、たぶん統合した方です。統合スキルにもレベルがあるので、たぶん後のことを考えても、そっちの方がいいと思います」
「そうか……」
「クリス君が欲しいスキルはないの?」
「実は僕も悩んでいて」
僕はカラーエッグに魔力を与えながらそう答えた。
統合スキルや特殊スキルの中に、取ってみたいスキルが八つもあるんだから、選ぶに選べなかったのだ。
そう考えていると、カラーエッグが発光する。
「お腹いっぱいになったんだね。それじゃあまた後でね」
僕はカラーエッグを【収容】させる。
「クリス、そのカラーエッグだけど、以前から大きさは変わらないよな?」
「はい。そうですね」
確かに僕の頭ぐらいの大きさは変わっていない。
「しかし何で黒かったのにどんどん白くなっているんだ? しかも発光するとか、【意思疎通】の効果か?」
「それはたぶんクリス君が光属性の魔力を与え続けているからだわ」
ゴロリーさんの疑問にはエリザさんが答えてくれた。
僕も少し前に同じ質問をしていたので、少しおかしくなってしまう。
「えっと、まだ【意思疎通】は出来ていないんです。ただ何となく、魔力が入らなくなるので、それで判断しています」
「本当にいったい何が産まれるんだろうな?」
「楽しみね」
「そうですね」
カラーエッグを拾ってから、あと二か月ぐらいで一年になるけど、本当に何が産まれるんだろう?
僕は【意思疎通】が出来て、優しい従魔になってくれればいいと思っている。
そんなカラーエッグが、無事に孵化してくれることを願いながら、僕達は新しいスキルを何にするかで、再び頭を悩ませるのだった。
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