36 魔法訓練開始
孤児院での炊き出しから十日後、僕のレベルはようやく三十一となり、直ぐにエクスチェンジを発動させ、レベルを対価に交換したスキルは【魔呼吸】というものだった。
この【魔呼吸】スキルとの交換は、エリザさんの助言によるところが大きい。
僕は徐々に【魔力操作】で自分の魔力を身体の中でスムーズに動かすことが出来るようになってきていた。
そのことはエリザさんも褒めてくれていた。
ただ魔法は今まで通り【クリーン】しか使ったことがなかった。
それと魔法訓練では【魔力操作】と【魔力循環】しか使用したことがなかった。
何故なら魔力切れしたくなかったから……。
そのことをエリザさんに相談したら、僕が最初に魔力切れした【魔力纏】のスキルのことを調べてくれたみたいで、魔力を纏うということは、純粋な魔力を【魔力制御】によって身体に纏わせるものだった。
ちょっと意味が分からなかったけど【魔力纏】を発動すると、とても強い攻撃力が発揮されたり、防御力が跳ね上がるというものだった。
魔物は基本的に闇属性らしく、僕の光属性とは反対の属性になるから、特に効果が高いと言われた。
ただ自分の中にある魔力を纏っている時は、きちんと【魔力制御】しないと、魔力が身体から抜け出てしまうみたいで、直ぐに魔力切れになってしまうものだった。
まして僕の場合は光属性魔法だったから、基本となる火、水、土、風よりも多くの魔力を必要とされるみたいで、魔力関連の訓練はとりあえず【魔力操作】と【魔力循環】を自在に操れるようにすることだった。
【魔呼吸】は魔力を意識して呼吸するだけで、魔力の回復を早める効果があるものだった。
「【魔力回復】スキルとどちらにしようか考えていたけど【魔力回復】は回復する量と速度が一定だから、苦しい時に楽になる【魔呼吸】の方がいいと思ったのよ」
「じゃあ今度は【魔力回復】と交換すればいいんですか?」
「そうね……クリス君のスキルって、魔法士からしたら、凄く羨ましいスキルだわ」
「魔法士だけじゃないだろう。しばらくしたら【集気呼吸】と【体力回復】スキルも交換しような。そうすれば訓練しても、そこまでは疲れないはずだ」
「よく分からないけど、その通りにします」
僕がそういうと二人は僕の頭を優しく撫でてくれた。
それから四十日ずつ掛けて、僕はゴロリーさんとエリザさんから勧められたスキルと交換してきた。
まずは【魔力回復】【体力回復】【集気呼吸】の順だった。
でも実際にエクスチェンジでレベルとスキルを交換しても、どれだけの効果があるのか、自分では良く分からなかった。
それでも武術訓練ではゴロリーさんが、魔法訓練ではエリザさんが褒めてくれるから、僕はそれが嬉しくて頑張ることがとても楽しくなっていた。
そして僕も自分が少しだけ成長出来ていると思える時がある。
それは孤児院での炊き出しで孤児院で子供達と遊ぶ時だ。
子鬼ごっこやかくれんぼをするけど、最後にはいつも僕を捕まえる遊びになる。
その時に何となくだけど、どう動けば避けられるかが分かるし、皆の動き自体もよく見えるようになった。
それはレベルがリセットされても同じだった。
もちろんレベルがリセットされることで、僕の動きも悪くなるから捕まってしまうこともあったけど、それでも僕は自信が持てるようになってきていた。
ただアイネには“手加減しているのか”と怒られ、レベッカとマリンには心配されて、悪いことをしたと反省もしたのだけれど……。
そして季節が冬を迎えたところで、僕はいよいよ魔法の本格的な訓練を始めることになった。
どうしても魔力切れ……魔力枯渇をしたくなかった僕は、魔法をしっかりと使えるまで、エクスチェンジの使用を止めることにした。
その判断にゴロリーさんとエリザさんは大笑いしたけど、僕はとても真剣だった。
理由はレベッカとマリン、年上のアイネの身長が僕よりも高くて、最近また少しだけ差が開いてしまったからだ。
あれだけいっぱい食べて寝ているのに……僕はエリザさんに“イルムの宿”のマリエラさんから、身長が伸びるポーションを……そう話をすると、子供が飲むと逆に成長が止まってしまうことがあると聞いて断念することになった。
ゴロリーさんとエリザさんと一緒に朝食を食べ終えた後、僕とエリザさんはお家へと戻ってきた。
「本当にお家の中で魔法を使うの? 大変なことになると思うけど……」
「ふふっ、大丈夫だから行きましょう」
そしてエリザさんと一緒に向かったのは、地下へと続く階段だった。
僕はエリザさんの後ろにくっついていくと、エリザさんは地下の扉を開いた。
するとそこは孤児院の庭ぐらい広くて、少し走るぐらいなら十分な何もない場所だった。
「エリザさん、ここは?」
「ここはまだ私達が結婚する前に、パーティーを組んでいた皆と作った訓練施設なの」
「そうなんですか! 凄い。あっ、じゃあここで僕が魔法を使ってもいいんですか?」
ゴロリーさんとエリザさんが有名な冒険者だったことを、イルムさんがこっそりと教えてくれたことがある。
迷宮が出来てからこの街が出来て、未だに迷宮を踏破した人はいないけれど、最も迷宮踏破に近い冒険者だったのがゴロリーさんとエリザさんだったらしい。
きっとそのパーティーの人達も同じぐらい強かったんだろうし、その人達も魔法や訓練で使っていたのなら、僕が魔法を放っても問題なさそう。
「ええ。私が使える最高の魔法でも、この家が揺れるぐらいで済むから大丈夫よ」
エリザさん、それって大丈夫じゃない気がします……。
でも、それなら本当に問題ないよね。
「エリザさん、僕頑張ります」
「ふふ、じゃあ早速魔法の訓練を始めましょうか」
「はい」
僕は大きく頷いた。
「じゃあ、この魔法書に書いてある魔法を練習しましょう」
エリザさんはそう言って一冊の古そうな本を渡してくれた。
「これは?」
「私がまだクリス君ぐらい小さな頃に、魔法を教えてくれた先生が初めてくれた魔法書なの。開いてみて」
僕はエリザさんに言われるがまま魔法書を捲ってみることにした。
「あれ?」
「ふふ、驚いた? 私も驚いたわ」
「えっと六つの魔法が書いてありますけど……それ以外のページには何も書かれていませんよ?」
「そうなの。先生は面倒なことが嫌いで、魔法の初歩である生活魔法しか教えてくれなかったのよ」
「えっ!? どうしてですか?」
「後で気づいたことだけど、派手な魔法は確かに凄いけど、基礎をしっかり学んでないと威力や命中力が低くなるし、無駄に魔力を使うことになるの」
「それって【魔力纏】を使った時と同じですか?」
「そうね。【魔法制御】のスキルが低い魔法士は無駄が多いから。だから師匠は徹底的に基礎だけをさせたの。当時は理由を教えてくれないから反発ばかりしていたけどね」
エリザさんは昔を思い返すように笑っていた。
魔法書に載っている魔法はどれも短い詠唱文だった。
【火を灯せ ファイア】
【水よ集まれ ウォータ】
【風よ流れろ ウインド】
【土を削れ アース】
【光よ我が道を照らせ ライトティング】
【闇よ我の姿を隠せ シャドウ】
これなら直ぐに覚えられる。
僕がそう思っていると、エリザさんが僕の目を見て説明を始めた。
「魔法は慣れるまで一人で使っては駄目よ。それと孤児院の子からお願いされても教えては駄目。何故だか分かるかしら?」
「僕が魔法をきちんと使えないことと、エリザさんがいないからだと思います」
「そうね。クリス君が一人前の魔法士になるまでは、誰にも教えてはいけないわ。魔力枯渇は身長だけじゃなくて、命にも関わってくるものだから。いいわね」
魔法って色々と危険なんだな。
僕はエリザさんの真剣な目に息を呑んでから、頷いて返事をする。
「はい」
「じゃあ早速やってみましょう。【魔力操作】で自分の魔力を外に押し出すようにイメージして、詠唱する【火を灯せ ファイア】」
エリザさんが魔法書の通りに詠唱すると、ボウッと、僕の掌ぐらいの火が何もないところから出現した。
「凄い!」
「クリス君も同じようにやってみて」
「はい」
僕は本当に自分も魔導具に頼らないで魔法が使えるか不安だったけど、エリザさんに教わった通りに魔力を右手に集めてから押し出すイメージを固めから、詠唱をした。
「【火を灯せ ファイア】」
するとエリザさんと同じぐらいの火が出現した。
でも、揺ら揺ら揺れて直ぐに小さくなって消えていってしまった。
「うん、出来たわね。今は【魔力制御】のことが頭にない状態だったから、魔力が途切れて消えてしまったけど、それをちゃんと意識すればこういうことも出来るのよ」
そう言ってエリザさんは両手の指先全てに火を灯した。
「エリザさん、本当に凄い」
「クリス君も頑張ればこれぐらいは直ぐに出来るようになるわ」
「頑張ります」
「あんまり頑張り過ぎて、魔力枯渇にはならないでね」
「うっ、はい」
危なかった。
僕は気をつけながら、この後も魔法書の魔法を試していった。
【水よ集まれ ウォータ】
僕の顔ぐらいの水が出現して、直ぐにバシャと落ちてしまった。
水は丸くなくて伸びたスライムのようにいびつな形をしていた。
【風よ流れろ ウインド】
風が出て突風まではいかないが一瞬強い風が吹いた。
【土を削れ アース】
地面に十立方センチの穴が空いてしまい、エリザさんから“これはあまり使用しないで、もしくはもう一つ魔法を教えるから、それが使えるようになったらね”と言われてしまった。
【光よ我が道を照らせ ライトティング】
ファイヤと同じ大きさの光の玉が現れる。
何となく魔力の流れる感じが掴めて、少しの間だけ光を留められた。
【闇よ我の姿を隠せ シャドウ】
黒い霧が出てきて、シークレットスペースにも見えたけど、直ぐに消えてしまった。
「闇魔法はクリス君とは相性が悪いみたいだから、まずは光魔法で魔法を使うことを覚えていきましょうね」
「はい」
僕は魔法を使えた喜びよりも、しっかりと使えなかったことが悔しくて、いっぱい練習することに決めたのだった。
お読みいただきありがとう御座います。