30 声なき声
“グラン鍛冶店”へお迎えに来てくれたのはゴロリーさんだった。
てっきりお店での料理の支度があるから、お迎えはエリザさんかなと思っていたから、少しだけ驚いてみせると、ゴロリーさんは理由を説明してくれた。
それはスラムの人達が一番活発になるのが夕方前から日が沈むまでの間らしく、女性のエリザさんと子供の僕は標的にされやすいからという理由からだった。
それを聞いた僕は直ぐに納得することが出来た。あの日、スラムの人達に追いかけられたのも夕方だったから……。
でもゴロリーさんがグランさんに説明した内容は少し違っていた。
「人通りの多いところでエリザが魔法を放つと大変なことになるから、俺が来た方がいいと判断した。既に魔法を発動させる気満々だったからな」
「それは違いない。クリスを弟子にして舞い上がっていたからな……まぁ分からなくもないがな?」
グランさんは苦笑いを浮かべながら、深く頷いていた。
「まぁな。それじゃあ三日後もクリスを頼むぞ」
「ああ、本当は毎日でもいいんだがな」
グランさんからは毎回そう言ってもらえるけど、ゴロリーさんは僕に色々なことを経験した方が将来の為になると断ってくれている。
「それは十歳になって以降、クリス自身が判断することだな」
「……その三年が長く感じるのは儂だけじゃないだろうな」
「ああ。でもたぶんあっという間だ……さて、クリス行こうか」
二人が僕を見て笑うのだった。
「はい、じゃあ親方、また三日後に来ますね」
「おう、待っているぞクリス」
「ちょっと待て、クリス、何故グランのことを親方と呼んでいる?」
工房を出ようとしたところで、ゴロリーさんが足を止めた。
「えっと、今日から呼ぶようにしろって……ゴロリーさんも師匠って、呼んだ方がいいですか?」
「……クリスはどうしたい?」
ゴロリーさんは一度グランさんの方へ視線を向けてから、僕に視線を戻した。
「僕はいつも通りがいいな。あ、でも訓練中は師匠って呼んだ方が訓練しているって気になるかもしれないです」
僕にとってはゴロリーさんはゴロリーさんだし、師匠になるとゴロリーさんやエリザさんがちょっと怖くなる感じがして嫌だった。
「……クリスがそう思うならそれでいいぞ」
ゴロリーさんは一瞬悩んだみたいだけど、納得してくれたみたいだった。
それから僕とゴロリーさんは二軒の食堂へ生ゴミの【回収】をするために向かい、ゴロリーさんは今朝のエリザさんと同じように、僕を弟子にしたことをお店の人達へと説明してくれた。
すると弟子入りを喜んでくれた反面、生ゴミ【回収】をしなくなるのでは?と思われていたみたいで、残念がられてしまった。
でも生ゴミ【回収】は続けますよと伝えると、今度はさっきよりもずっと喜んでくれていた。
その後、生ゴミを無事に【回収】し終えたところで、ゴロリーさんが口を開く。
「どうやらスラムの連中が集まって来ているみたいだな」
「えっ!? それって不味いんじゃ?」
「まぁ問題ないだろう。手を繋いで“ゴロリー食堂”へ戻るぞ」
「はい」
既に報酬のパンサンドはゴロリーさんが受け取っていて、今日はゴロリーさんが持って帰るみたいだった。
それから少しして、ゴロリーさんの言っていたスラムの人達のことを、僕も把握することが出来た。
ゴロリーさんは僕の何倍も気配に敏感なことに、改めて尊敬し直すのだった。
遠巻きにこちらを見ているスラムの人達は、僕が一人でいた時のように襲ってくることはなかった。
「ゴロリーさんがいるから接触してこないってことですよね?」
「そうだな。もしクリスが孤児院やスラム街に住む子供だったら危なかっただろうが、クリスは新品の服を着ているから孤児には見えないだろうし、迂闊に手は出してこないだろう」
衛兵や騎士は孤児が危険な目に遭っていても捜査することはないけど、一般家庭の子供が危険な目に遭えば迅速に対応するみたいなことを、カリフさんが言っていた覚えがある。
「……メルルお姉さんが見た目の大切さを教えてくれていなかったら、危なかったです。あれ、でもどうして前は襲って来たんだろう?」
「それはたぶん……自分達の食事を取られたと思って、頭に血が上ったんだろうな。落ち着いた今は、こうして見張っているぐらいしかしてこないだろうしな」
「……大丈夫でしょうか?」
「油断さえ見せなければ問題ない。仮に問題を起こせば、捕らえられるのは自分達だと自覚しているしな」
「はい」
僕はゴロリーさんの手を強く握った。
それにしてもさっきからパンサンドがいつもより美味しそうな匂いをさせている。
ゴロリー食堂へと帰る途中、迷宮の入り口が見えて来て、僕を追って来たスラムの人達のことを思い出した。
「そういえば、スライムで怪我を負った人達は大丈夫なんでしょうか?」
「薬草やポーションの類いは中々手が出ないから、たぶんまだ痛みに苦しんでいるはずだ」
……僕はまだスライムから攻撃を受けたことはないけど……相当痛いんだろうな。
「……恨まれて……いますよね?」
「そうかもしれないな。だがそれは逆恨みだ。クリスは何も悪いことはしていないだろう?」
僕は頷いた。
「それなら堂々としていればいい。暴力に訴えるような奴らがいるなら、その全てから俺やエリザが守ってやる……もし迷惑を掛けたくないと思うなら、俺達を納得させるぐらい強くなってみせろ」
「ゴロリーさん……はい」
それから間もなく僕とゴロリーさんは“ゴロリー食堂”へ辿り着くのだった。
それから外が暗くなるのを待って“ゴロリー食堂”から迷宮へと向かう準備をする。
【隠密】【気配遮断】【魔力遮断】と三つのスキルを念じて発動させてから、ゴロリーさんに声を掛けて、外へ出てもいいかの判断をもらう。
そしてゴロリーさんが生ゴミを捨てるタイミングに合わせて、裏口から一緒に外へ出る。
そこでまだスラムの人達がいそうなら、今日の探索は中止だったけど、誰もいないことをゴロリーさんが確認してくれたので、僕は迷宮へと向かって歩き出した。
夜でも【夜目】というスキルがあると、お日様が顔を出す少し前ぐらいの明るさがある。
そしてもう間もなく迷宮へと着こうかという時だった。
ズキッと、かなり久しぶりに頭へと痛みが走った……いつもは直ぐに痛くなくなるのに痛みが取れないので、いつも見張りをしている兵士さんに見つからないように隠れて痛みが引くのを待つことにした。
そこは迷宮の入り口が確認出来る、建物と建物の間に出来た小さな隙間だ。
そこにはその隙間を隠すように、僕の身長よりも少しだけ小さな木箱が積み上げられており、今まで誰かに見つかったことのない場所だ。
頭の痛みが引くまで待とうとその隙間へ入った瞬間、頭の痛みが強くなって僕は蹲ってしまう。
それから暫くして痛みが治まっていくのを感じると、今度は何かが僕のことを呼んでいるような気がしてきた。
それは何故か建物と建物の間にあるこの隙間のずっと奥の方からだった。
こんな狭いところから、本当に僕を呼んで助けを待っている何かがいるのかな? でも、やっぱり何故か助けを呼んでいる気がして、僕は建物と建物の間にある隙間を進んで行ってみることにした。
そして行き止まりまで来ると、そこには僕の頭ぐらいある大きな卵が落ちていた。
「君が僕を呼んだんのかな?」
卵からの返事もなく何の卵なのかも分からなかった僕は、シークレットスペースにしまって、夜にでもゴロリーさんとエリザさんに見せようと思ったけど……卵はシークレットスペースで【回収】することが出来なかった。
「……う~ん、僕は君を助けてあげたい……でも、僕もまだ君を助けてあげられるぐらい強くもないんだ。今だけでも中に入ってもらえないかな?」
すると卵が少しだけ揺れた気がした。
僕は卵を大きな空間に【収容】したいと願って、シークレットスペースを発動させると、今度はすんなりと【収容】されてくれた。
「良かった。でも……」
卵に意思があったのなら、僕の【意思疎通】スキルが反応したのかもしれない……それだったら、さっきまでの頭の痛みは一体何だったんだろう?
僕は不思議に思いながら、迷宮へと向かって歩き出すのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
結構迷走しています。