29 お仕事
“グラン鍛冶店”へとやってきた僕とエリザさんだったけど、何故かお店の前でエリザさんが止まってしまった。
「どうしたんですか?」
いつもゴロリーさんと来るときは、お店の前で立ち止まることなんてないのにどうしたんだろう?
するとボロボロの小屋を見てエリザさんは呟いた。
「……いつもお店の前に来ると思うのよ。グランって商売する気が全くないのよね」
僕はそれに同意することしか出来ずに笑ってしまう。
「ははっ、そうなんですよね。でもグランさんは“見た目に騙される奴は大成しない”が口癖ですからね」
「本当にドワーフって種族は変わり者が多いんだから……さて、行きましょうか」
「はい」
僕達は扉にノックはせず、そのまま店の中へと入った。
相変わらずお店の中には何も置いていなかったけど、昔と比べて変わったことが一つだけある。
それは……。
「クリス、ようやっと来たか……って、なんで雷姫がおるんだ」
いつもグランさんが出迎えてくれることだ。
それにしてもグランさんはとても気まずそうな顔をしてエリザさん見ていた。
「えっと、グランさんはエリザさんと仲が悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
グランさんは少し困った表情をしてエリザさんを見ると、エリザさんは溜息を吐いてから理由を教えてくれた。
「グランとゴロリーは、昔から私に後ろめたいことがある時は必ずこういう顔をするのよ」
「そうなんですか?」
僕がそうグランさんに聞くとグランさんはゆっくりと頷いた。
「……ああ。それよりも何で今日はゴロリーじゃないんだ?」
「あ、そうだわ。クリス君が私達の正式な内弟子になったから、それを伝えに来たのよ。ゴロリーに任せると、絶対に話し込んで半日以上帰って来なくなるから……」
「ふぅ~、そういうことか。クリスが武術や魔法に興味がないなら、俺の後継者として育てるのも悪くないと思っていたんだがな……」
グランさんはそう言って、ごつごつとした手で僕の頭を撫でてくれる。
「あ、そうだわ。クリス君が【抽出】スキルを覚えたからって、酷使しているみたいだけど、あまり度が過ぎるとそのうちに天罰が下るわよ」
「わ、分かった。分かったから、雷撃は勘弁してくれ」
グランさんは慌てて、両手を肩まで上げた。
「雷撃?」
「悪いことをするとお仕置きされるのよ。まぁクリス君はいい子だからお仕置きされるようなことはしないと思うけどね」
エリザさんが怒るところは想像出来ないけど、たまに食堂の奥からゴロリーさんの泣きそうな声が聞こえてくるのは、もしかしてそれが原因なのかもしれない。
「本当?」
「ええ。好き嫌いしないで何でも食べるし、それにクリス君は約束は守ってくれるでしょ?」
「はい」
僕はエリザさんから怒られるようなことはしないと堅く決意するのだった。
それから直ぐにエリザさんは“ゴロリー食堂”へと帰って行った。
「さてクリス。今日から儂のことは親方と呼べ」
グランさんは腕を組んで僕の前に立ちはだかるとそう告げた。
「どうしてですか?」
「ゴロリーやエリザは師匠って呼ぶんだろ?」
「えっと、呼んでませんよ?」
何でそう思ったのかな?
「違うのか?」
「はい。今まで通りゴロリーさんとエリザさんですけど……もしかして師匠って呼ばないと駄目だったんですか?」
グランさんは頭を抱えるようにして唸ったところで、こちらを見て口を開いた。
「……とにかく、儂のことは親方と呼ぶんだぞ」
「分かりました親方さん」
「“さん”はいらん。親方だけでいい」
「分かりました親方」
「よし。じゃあ今日も抽出作業を頼むぞ」
「はい」
僕はグランさんと一緒に工房まで向かうとそこには三人の鍛冶師さんが達が、すでに熱くなった工房で働いていた。
「おはよう、クリス君」
マイクさんは人族で、グランさんの作る武具に惚れ、冒険者を引退してから十五年間も“グラン鍛冶店”で働いるベテランさん。
“冒険者としてはイマイチだった”とマイクさんは笑っていたけど、本当はBランクの冒険者だったらしく、お店の用心棒でもあるらしい。
「おっす、クリ坊」
レナンドさんはグランさんと同じドワーフだ。
まだ二十歳と“グラン鍛冶店”で一番若いけど、グランさんが認めるだけの技術をもっているみたい。
でもお酒が大好きで、よくそのことで失敗していて“独立したら最後”とグランさんから言われているけど、レナンドさんは独立する気がないらしい。
「おはようございます、クリストファー君」
ピケットさんはファスリードの街であまり見ることがない獣人さんだ。
狐獣人だというピケットさんは、とても手先が器用で、武具の装飾や細工を担当している。
そしてとにかく丁寧な人だ。
「マイクさん、レナンドさん、ピケットさんおはようございます。今日もよろしくお願いします」
僕は頭を下げてから、僕専用となっているたくさんの武具が置いてある席へと移動する。
六歳になる前からエクスチェンジによって【抽出】スキルを取得していたけど、ゴロリーさんからは“色々調べないと危険だから、いいと言うまではグランにもスキルのことは話をしてはいけない”そう約束をしていた。
そして六歳になったところで【抽出】スキルとシークレットスペースの情報は出していいとの許可が下りた。
「困っているグランさんの手伝いがしたくて【抽出】スキルを願っていたら、いつの間にか覚えていたの」
早速“グラン鍛冶店”を訪れた時にそう伝えると、いつもの怖い顔じゃなくて、とてもふにゃふにゃした優しい顔で“儂の息子にならんか?”と口にした時はとっても 吃驚したことを今でも鮮明に覚えている。
その後、ゴロリーさんと工房の奥へ行き、少ししてから戻って来ると、いつものグランさんに戻っていた。
「【抽出】スキルは鍛冶師や薬師にとっては、天恵のようなスキルだ。まぁスキルレベルが低いうちは大したことが出来ない筈だ。まずはこれで【抽出】を試してみろ」
グランさんからそう言われて、鉄の塊を渡された。
ただ僕は何を【抽出】していいのか分からなかったから、見本を見せてもらうことにしたのだ。
「グランさん、見本で出来ているものを見せてもらってもいいですか?」
「おう。いいぞ」
グランさんはそう言って、いろいろな石や金属を見せたり、触らせてくれたりした。
「ありがとう御座います。今からやります」
目を瞑り鉄の塊に触ると、先程触った石や鉄を微か感じるような気がして、そこで僕は【抽出】を初めて使った。
すると鉄の塊が熱くなって光りだし、その光が止むと目の前には今まであった鉄の塊とは別に、二種類の小石程度の塊が置かれていた。
「おおっ! これほどとは……【錬成】」
グランさんがそう呟くと、目の前にはあった小さな塊は小さな球体になった。
「僕はうまく【抽出】出来たの?」
「ああ、クリスよ。たまにうちの工房で仕事をしてくれないか?」
「えっと……はい。いいですよ」
ゴロリーさんを見ると頷いたので、僕はグランさんの提案を受け入れたのだった。
こうして一週間のうち二回、僕はグランさんの工房で【抽出】の作業をしている。
【抽出】作業は結構面白くて、スキルレベルが上がると、鉄の塊から取れる種類や量が多くなったりするから、しっかりと【集中】してしまう。
そんな時は“グランさんみたいにならせる訳にはいかない”って、マイクさん達が休憩をする時に一緒に休憩させてくれるから、とてもいい職場だと思う。
それから皆で食事をして、僕は“グラン鍛冶店”の仮眠室で寝て、起きてからまた夕方まで、【抽出】を続けるのだった。
「親方、でも本当にいいんですか?」
「何がだ?」
「僕の訓練用の武器をたくさん作ってくれるって、【抽出】の対価としては破格過ぎると思います」
僕がゴロリーさんとの訓練用に貰った様々な武器は、一つだけでも銀貨十枚の価値があると、カリフさんから教えてもらっていたのだ。
「破格なんて言葉を教えるのは、カリフだな……余計なことを。一応言っておくが、使っている素材は一番安い奴だ。それに【抽出】がなければ、また何日も工房が止まることになる。そうなると困るよな?」
グランさんはそう言って、マイクさん達に訊ねると、皆が一斉に頷いてくれた。
「ええ、家族との生活があるので、クリス君にいなくなられると困ります」
「俺の酒代はクリス次第だぜ」
「工房が暇になると、親方の機嫌が悪くなるので、クリストファー君にはこのまま“グラン鍛冶店”に就職してもらいたいぐらいです」
三人は笑いながらそう言ってくれた。
「まぁそういう訳だから、これからもしっかりと働いもらうぞ」
「はい」
僕は大きく頷くのだった。
「それでクリス、小耳に挟んだんだが、スラムの連中に追われたんだってなぁ? 理由は分かっているのか?」
「たぶん生ゴミを【回収】していたのが僕だってバレたからかもしれないです」
「なっ!? それじゃあ[固有スキル]がバレたのか?」
僕の[固有スキル]を聞いて、グランさんはとても心配してくれていた。
「たぶん[固有スキル]はバレていないです。ただ生ゴミを【回収】する前にスラムの人が物色していたみたいで、それを店の人が追い払ってくれてたんですけど、僕はその事を知らなくて……」
「それで【回収】したら、目を付けられたのか?」
僕はグランさんの問いに頷いた。
「【回収】の後に、早めの夕食を食べさせてもらった時にその話を聞いたんですけど、お店を出る頃には既に十人ぐらいのスラムの人達がいて、逃げるだけで精いっぱいでした」
「よく逃げられたな……」
「はい」
きっとレベルリセットをする前だったから逃げ切れたんだろう。
今の状態だったら、たぶん直ぐに捕まっていたはずだ。
「それなら今日の生ゴミ【回収】はどうするんだ?」
「当分はゴロリーさんかエリザさんが付き添ってくれるらしいです」
本当はこれ以上迷惑を掛けたくなかったけど、師弟特権というルールがあるらしく“グラン鍛冶店”に来るまでに決まったものだった。
「なるほどな。じゃあ安心だな。だがスラムの連中はしつこいから、油断だけは絶対にするなよ。困ったことがあったら何でも相談に乗るから、遠慮は絶対にするなよ」
「はい」
街の人達から言われた言葉と同じなのに、どうしてこんなにも心が暖かくなるのかと不思議に思いながら、僕はお迎えを待つことになった。
お読みいただきありがとう御座います。