28 誓い
ゴロリーさんとの鍛錬が終わり、いつも通り三人でエリザさんの作ってくれた食事を食べ終えた。
そして僕がいつも通り生ゴミの【回収】へ向かおうとしたところで、エリザさんに呼び止められた。
「クリス君、今日は生ゴミの【回収】が終わったら、グランさんのところへ行くんでしょ? それなら私も付き合うわ」
「えっと、いいの?」
こんな返事になってしまったのは、今まで一度もエリザさんと一緒に出掛けたことがなかったからだ。
「ええ。それにクリス君が私とゴロリーの内弟子になったことを、イルムさんとマリエナさんにも伝えておいた方がいいからね」
「そうなの? じゃあお願いします」
イルムさんとはいつも話をするけど、マリエナさんとはあまり話をしたことがなかった。
ただいつもこちらを見て微笑んでくれている、そんな印象だった。
「ええ、それじゃあ行きましょう。貴方、店のことはお願いね」
「ああ、最近イルムさんと会う機会も減ったからな、よろしく伝えておいてくれ」
こうして僕はエリザさんと一緒に〝ゴロリー食堂”から〝イルムの宿”へと移動を始めた。
いつもは僕を見ると無視や目を背けるか、もしくは少し警戒した目で見てくる街の人達が、今日はとても優しい目でこちらを見ていた。
理由はもちろんエリザさんだった。
エリザさんは人気者で、街の人達からよく声を掛けられていたのだけど、その度に僕のことを〝弟子なのよ”と伝えてくれたおかげで、街の人達に僕が認識されたような感じがしていた。
そして何人もの人達から〝困ったことがあったら力になるから”という言葉を掛けてもらえた。
だけど僕はどうしていいのか分からずに、ただ笑って頷いているだけだった。
エリザさんはそんな僕の様子に気づいたのか、二言三言と告げると、再び〝イルムの宿”へ向かって歩き出してくれた。
そして〝イルムの宿”へ着く少し前にエリザさんが思い出したかのように口を開いた。
「あ、クリス君、魔法講座なんだけど、クリス君の得意属性が光だったから、一度光属性について調べるまでは【魔力制御】はお預けにして【魔力操作】と【魔力循環】の練習に励んでおいてほしいの」
【魔力纏】は僕も大人になるまでは封印するつもりだし、エリザさんの言うことはちゃんと聞くことに決めていた。
魔法は便利だけど、使い方を間違えれば、とっても危ないものなんだって身体全体で知ったからだ……。
「分かりました。【魔力操作】と【魔力循環】を頑張ります」
「いい子ね。慣れてきたら常に【魔力循環】していることが普通の状態にも出来るから、頑張ってね」
本当にそんなことが出来るのかな? 僕はそう思いながら、エリザさんに頷いて見せるのだった。
〝イルムの宿”の裏口にやってきた僕はいつも通りに、扉をノックした。
「は~い」
中からイルムさんの声が聞こえて、いつも通りに扉が開いた。
「クリス坊、いつも……雷姫じゃないか。久しぶりじゃないか。ちょっと待っていてくれよ。婆さんを呼んでくるから」
そう言って中へ入っていった。
「もうイルムさんって、昔からせっかちなのよね」
エリザさんは困ったように笑っていた。
イルムさんが戻ってくるまでは、勝手に生ゴミを【回収】することは出来ないので、僕は気になったことをエリザさんに聞くことにした。
「ねぇエリザさん、雷姫ってなんですか? たぶんエリザさんのことですよね?」
「……昔、少しだけ冒険者をしていたことがあるのよ。その時に雷魔法が得意だったから、そう呼ばれるようになったの」
エリザさんはあまりその話をしたくないのか、僕の方は向かないで、イルムさんの入っていった扉を見ながら答えてくれた。
「姫ってお姫様だよね? エリザさんはお姫様だったの? それとも美人だからそう呼ばれていたの?」
「……クリス君はずっとそのまま真っ直ぐ育ってね」
エリザさんは僕の頭をとても優しく撫でてくれたのだった。
そこへイルムさんがマリエナさんを連れて来た。
「久しぶりね、エリザちゃん。最近は顔を見せてくれないから、私のことを忘れてしまったと思っていたわ……」
マリエナさんは口元を右手で隠してそう言っていたけど、目元は優し気なままだった。
「そんなことはないですよ。マリエナさんやイルムさんは恩人なんですから……それに、前回お会いしたのは二か月前でしたよ」
「それもそうね。ところで何でクリス君と一緒にいるのかしら?」
マリエナさんは口元を隠した手を取ると、やはり笑顔のまま質問してきた。
エリザさんは慣れているのか、苦笑しながら、僕との関係を話していく。
「クリス君を私とゴロリーの内弟子にすることが正式に決まったので、そのご報告に来たんですよ」
「まぁ~、それは凄いニュースね。確かにクリス君は、ここら辺の子供の中で一番優秀だと思うけど、まさか双斧の破壊神と雷姫が弟子を取る時が来るなんてね」
マリエナさんは本当に驚いた顔をして見せた後、エリザさんをジッと見つめてそう口にした。
隣にいたイルムさんは、僕を弟子にしたという言葉に、ずっと驚いていたままだった……でも、少しすると、僕の予想していなかった言葉が、僕ではなくエリザさんに掛けられた。
「そうなると生ゴミの【回収】は今日で最後になるのかの?」
「えっ!? 今まで通りじゃないんですか?」
僕はびっくりしてエリザさんを見上げると、エリザさんは僕の頭を撫でながら、首を振って答えてくれた。
「この子にはこの仕事が必要なので、今まで通りでお願いします。ただ食事ではなく、マリエナさんのポーションをお願いしたいんです」
「ふぅ~ん、クリス君は大事にされているわね。そんなに期待出来るの?」
マリエナさんはいつも僕を見る優しい目ではなく、少し怖さのある目で見てきた。
「ええ、もしかすると伝説の冒険者になるかも知れませんね」
エリザさんは笑顔のまま、僕の頭を撫でてくれていた。
「あらあらお爺さん、伝説の冒険者ですって」
「それは大きく出たな。そうか伝説の冒険者か」
二人は笑顔になって、先程とは違い、いつもの優し気な目で僕を見つめることになった。
「うん。クリス君はエリザちゃんのお弟子さんだから、そこは信頼して上げようかしら」
「まぁクリス坊の兄を見ていると、ちと不安ではあるがのぉ。まぁこの二年でクリス坊の人となりは見てきたしな」
僕はイルムさんとマリエナさんの言っていることがよく分からなかったけど、認めてもらえたことが分かった。
ただ僕が〝イルムの宿”に来たくない理由も同時に思い出すことになってしまった。
「あの、それでお兄はまだ泊まっているんですか?」
「うむ。パーティー全員がこの街出身だが、何故か家に帰ろうとせん。迷宮に潜ってはいるが、宿に泊まるのがやっとの生活をもう一年じゃ……大きな怪我はしないが、あれでは大成せんな」
イルムさんはそう言って首を振った。
“イルムの宿”は個室に銅板三枚で夕食と朝食が付くとっても安い宿だ。
それでも泊まることの出来ない登録したばかりの新人冒険者の為に、大部屋を開放して銅板一枚で泊まらせてくれる優しい宿でもある。
だけど一年間なら、家から通っていれば、少なく見ても銀貨十枚は貯められるのに……そう思ってしまう。
僕は最近までお兄のことを忘れていた。
何となくだけど、フェルが居てくれたからだと思う。
“イルムの宿”で食事を包んで貰っていた時に、お兄のパーティーが食事をしているのを見て、僕はお兄を思い出した。
だけど僕を見たお兄は僕のことを覚えていなかった。
“何見てんだチビ”
僕はその言葉を聞いた時、全く似ていない筈なのに、あの奴隷商人を思い出したのだ。
そんな震えた僕に“チッ、餓鬼はこれだから、怖いんだったらママのところにでも帰りな”と言ってきたのだ。
それから僕は出来るだけお兄には会わないようにしていた。
イルムさんはそのことを知っているから、顔を会わせそうな時は極力外まで料理を包んで持ってきてくれていたのだ。
「僕はとても恵まれていると思います。皆さんに出会えることが出来たから。だからこれからも頑張って、ここに初めて来たときに約束した心躍るような冒険者になることを誓います」
「その道は険しいが大丈夫かのぅ?」
イルムさんはジッと僕の目を見てそう言った。
「はい。冒険者になるまでのあと三年……僕はまだまだイルムさんやマリエナさん、エリザさん達に助けてもらわないと生きていけません。だからその分、これからも必死に頑張ります」
僕は素直に自分の気持ちをイルムさんに伝えると、ふっ、とイルムさんは笑った。
「そうか。約束したからには頑張るのじゃぞ」
「はい」
「うん、いいわ。クリス君は真っ直ぐ育っているようだし、ポーションを作ってあげましょう。でも小さい子に無理はさせちゃ駄目よ。背が伸びなくなっちゃうから」
「え、エリザさん!?」
「大丈夫よ。魔力枯渇一回ぐらいじゃ、変わらないから安心して」
「あらあら、もうやらかしていたのね」
マリエナさんはフフフっと笑い、身長が伸びなくなるというのは、真実なのだと僕はショックを受けるのだった。
その後、店に戻ったイルムさんとマリエナさんを確認してから、生ゴミを【回収】した僕に、エリザさんが魔法の言葉をくれた。
「もし平均よりも小さいときは、マリエナさんが背が伸びるポーションを作ってくれるから安心して」
この一言で僕は沈んだ気持ちが嘘のように軽くなり、もう一軒の生ゴミを【回収】して、〝グラン鍛治店”へ向かうのだった。
お読みいただきありがとう御座います。