26 魔法講座
朝食を終えた僕は、早速エリザさんの魔法講座を受けることになった。
エリザさんから言われた通りの魔法スキルは、全てエクスチェンジで交換し取得していた。
そのことを伝えた時のエリザさんは、どこか困ったように笑っていたから少しだけ気になったんだけど……。
「じゃあ始めましょうか。既にクリス君は[体内魔力感知]スキルを取得しているから、目を瞑って、身体の中にある違和感を探してみましょう。暖かさや冷たさ、あとは痺れるような感覚があると思うんだけど……」
僕は目を瞑ってエリザさんが言った違和感を探るために【集中】のスキルを使って意識すると直ぐに違和感を見つけた。
「ありました。お腹の中にポカポカとした暖かいものを感じます……これが魔力ですか?」
「ええ、そうよ。クリス君がそう感じるなら、炎の魔力適性が高いと思うわ。それにしても最初の壁をこうもあっさりと越えるなんてね……」
「壁ですか?」
「ええ、自分の魔力を感じることが出来ないと、絶対に魔法を発動することは出来ないの。どんなに才能があっても、ちゃんと感じられるようになるまで十日は掛かるものなのよ」
エリザさんの説明を受けて、僕は少しだけ落ち込んだ。
何故ならば、およそ一年と半年もの間、魔力を感じることが出来るようにいろいろとチャレンジしたけど、ことごとく失敗を繰り返してきたからだ。
「僕もエクスチェンジで[体内魔力感知]のスキルと交換していなかったら、今も身体にある魔力は感じとれていなかったと思います。半年前だって【クリーン】の杖をいくら振っても魔石無しだと発動出来ませんでしたから」
[体内魔力感知]スキルを交換してからは“修行するまでは魔力暴走の危険があるから、今まで通り魔導具には魔石を填めてから使用してね”と、そう言われていたから、ここ半年は何もしていなかったと同じだけど、あまり才能はないということだよね……。
「体内の魔力に気がつけない人はずっと気がつけないままだから、そんなことないわよ。でもやっぱりそのエクスチェンジって凄いわよね」
「確かにそうですけど……」
そんな僕にエリザさんは苦笑いを浮かべながら、魔法講座を再開させた。
「話が逸れてしまったけど、次は第二の壁である体内の魔力を動かせるようにする練習よ。クリス君は【魔力操作】をもう取得しているから、さっき感じた魔力を上下左右に動かすイメージを持ってみて」
「はい」
僕は再び目を閉じて、エリザさんから言われた通り、先程感じた魔力が動くようなイメージを持った。
すると最初は少しだけしか動かなかった魔力が徐々に、ゆっくりではあるけど自分の意思で動かせている、そんな感覚を持つ事が出来た。
「ゆっくりとですけど、動かせるようになってきたと思います」
「……スキルを持っているって、そんな簡単に感覚が掴めるものなのね。えっと、ここまでの段階で魔導具の力を借りれば、魔法を発動することが出来るようになるわ。【クリーン】の杖で試してみたらどうかしら?」
「やってみます」
僕は言われた通りに黒い霧から杖を取り出し、習ったばかりの【魔力操作】で、杖に魔力を流し込むイメージを強く持った。
すると、無事に魔力が杖へと流れ始めた。
それから直ぐ杖に魔力が流れなくなったので、僕は一度深呼吸をしてから口を開いた。
「【クリーン】……やった!」
【クリーン】と発した後、杖に流れていた魔力が、あのキラキラした光となって杖から飛んでいった。
僕は魔石の力を借りないでも、ようやく魔導具を使えるようになったことにとても感動していた。
そんな僕にエリザさんがお祝いの言葉を掛けてくれた。
「クリス君、おめでとう。これで魔石を填めることの出来ない魔導具でも、扱えるようになったわ」
「ありがとう御座います。実はメルルさんのお店にある魔導具で、いくつか試してみたかった物があるので、もし使えるなら凄く楽しみです」
メルルさんは最近、新しい魔導具を色々開発していて、それにはカリフさんのアイディアも使われているからか、便利そうな魔導具が沢山あるのだ。
「メルルちゃんの魔導具は当たり外れが極端だから、それが当たりだといいわね」
「はははっ」
確かに失敗作も多くて、その大半はカリフさんが被害を受けている。
それでも仲が良いからいいよね?
「なんにしても魔力を魔道具にきちんと流して発動させるには、どんな魔法士でも十日は掛かるからクリス君はとても優秀よ」
「エリザさんのおかげですよ」
エリザさんは笑顔で僕の頭を撫でてくれた。
「クリス君が弟子だと思うと誇らしいわ。ところで魔力が減ってしまったと思うけど、気持ち悪くなったりしない?」
「気持ち悪く、ですか? う~ん、たぶん大丈夫だと思います」
身体から出て行った魔力も、全体の魔力の感じからは、そこまで気にする程ではなかったから大丈夫だと思う。
「そう、無理は駄目だからね」
「はい」
「予想外に早いけど……このまま続けましょうか」
「お願いします」
エリザさんの一言に、僕はうれしくなって、もっと頑張りたいと思った。
「それじゃあ、次は魔力を身体に循環させる【魔力循環】よ。これは【魔力操作】の応用で、身体の中全体に魔力を動かしていくものよ。お腹から頭、両手両足に魔力を流すことは出来るかしら?」
「えっとやってみます……痛ッ」
【魔力循環】は思っていた以上に大変で、僕の額や背中に汗が流れるのを感じた。
そしてようやく頭や足に魔力を注ぐと、その瞬間少しだけ痛みが走った。
「あら、痛みがあったの?」
「はい。頭と足に魔力を通したら、冷えている身体を急にお湯の中へ入れたような……そんな痺れる感じがしました」
「そう、それはまだ魔力が通る道が狭かったってことよ。だから頭や足に魔力が通ることで少しずつ道が広がって強くなっていくのよ」
そう言ってエリザさんは笑ったけど、僕には良く分からなくて、首を傾げるとエリザさんは詳しく説明してくれた。
「魔力が通ると、その度に魔力に対する抵抗力が強くなるの。大げさに言えばクリス君が魔法で攻撃されたとして、今までは凄く痛いと感じていた魔法が、ちょっとずつ痛くなくなるってことね」
「魔力を通しただけでですか?」
「そうよ。【魔力循環】のスキルレベルが上がっていくと、身体がとっても強化されていくから、出来るだけ続けてね」
「はい……でも、これが一番大変です」
きっと魔法に興味がなかったら、直ぐに投げ出したくなるほど【魔力循環】は大変だった。
少しでも集中していないと、魔力が動かずに止まってしまうのだ。
「最初はどうしてもそうなのよね……でも、これを続けると【魔力制御】を覚えるのがとっても楽になるのよ。クリス君は既に覚えているけど、しっかりとした訓練になるのよ」
魔法士の人達って、こんな辛いことをずっと続けているのか……才能だけで魔力を放つ人達じゃなかったんだね。
僕は魔法士の人達を尊敬しながら【魔力循環】を続けることにした。
そして一度休憩をすることになったんだけど……。
「こんなに食べるんですか?」
「魔法の訓練はとても大変なの。それ以上に栄養がたくさん必要だから、魔法訓練に慣れるまではいっぱい食べておかないと、身長にいく栄養が全部魔力にいって、背が伸びなくなっちゃうけど、それでもいいの?」
「た、食べます」
ゴロリーさんが焼いてくれていたアップルパイの量が多かったから聞いてみたけど、聞いておいて良かった。
僕はお腹がいっぱいになるまでアップルパイを食べ続けた。
「エリザ、クリスへの魔法講座は順調か?」
「ええ。お昼までで魔法に必要なことは一通り終わってしまうわ」
「……それはさすがに優秀過ぎないか?」
エリザさんは苦笑して、ゴロリーさんは驚いていた。
「ええ、だから明日からは地味な訓練をしてもらうことになるわ。もしくは家の地下で属性魔法を見せながらの訓練ね」
二人の視線が僕に向けられたけど、僕が伝える言葉は決まっている。
「……僕はどんなに辛くても頑張ります。フェルも騎士として頑張るって言ってたし、それに僕の目標はゴロリーさんやエリザさんのように強く優しい大人になることですから」
「本当にクリスは二年前から曲がらずに素直に育ったな」
「きっとこれからは厳しいことも言うと思うけど、そのまま真っ直ぐに育ってね」
「えっと、はい」
言っている意味が良く分からなかったけど、二人は満足そうに笑っていた。
それからお昼までの時間、エリザさんの魔法講座が再開された。
「クリス君【魔力制御】は自分の中にある魔力を、身体の外にある魔力へと干渉させることで、事象……魔法を制御するためのものなの」
事象ってどういう意味だろう?
「……魔法を制御するものですか?」
「そうね……自分の魔力を外の魔力へと干渉させると……」
エリザさんは右腕を伸ばすと、目の前に黄色の光玉が現れた。
「こんな風に魔法を生み出すことが出来るのよ。そしてこの魔法に私が魔力を送って干渉することを【魔力制御】と呼ぶの」
エリザさんは指弾くと黄色の光玉は消えた。
「だから私が消そうと思えば消せるの。この制御が甘いと魔法の威力も落ちるし、攻撃魔法の場合、敵に当たらないで味方に、なんてこともあるの。だから【魔力制御】が一番大切なのよ」
味方に当たったら大変なんてものじゃないからね。
魔法を使えるようになっても、ちゃんと制御出来ないうちは、魔法は使わないようにしよう。
僕はそう心に決めた。
「分かりました。頑張って訓練しますね」
「そうね。ところで【魔力纏】って、どういうスキルなのかしら?」
エリザさんでも知らないスキルがあることに吃驚したけど、取ったスキルの効果は覚えている。
「えっと、属性魔力をその身に纏う……それだけしか分からないです」
「う~ん、一度使ってみましょうか?」
「危なくないですか?」
「それは大丈夫。ちゃんとフォローするから。自分の属性をイメージして、スキル名を念じてみれば、大概のスキルは使えるから頑張ってみて」
「えっと分かりました」
僕は魔力を探って、右腕に魔力を集めていくイメージを持って【魔力纏】と念じた。
すると真っ白で綺麗な光が、僕の右腕を包んだ。
「クリス君、もういいわよ」
遠いところでエリザさんの声が聞こえた気がしたけど、僕の意識は右腕に【集中】していた。
とても綺麗な光だったので、もう少し見ていたいと思ったんだけど、いつの間にか目の前に地面が迫っていた。
その瞬間、僕の意識はプッツリと途切れるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
説明会になってしまいました。