25 二年間とこれから……
スライムを倒し続けて二年が過ぎ去ろうとしていた頃、“ゴロリー食堂”の裏庭にいた僕をフェルが訪ねて来てくれた。
「クリス、ちょっといいか?」
「あれ、剣聖フェルノート? ゴロリーさん、ちょっといいですか?」
「ああ、少し休憩にするか」
僕はゴロリーさんとの武術訓練を一旦中止して、フェルの側へと駆け寄った。
「クリス実は――」
そして彼がこの街を離れるということを僕に告げに来てくれたことを知った。
「伝説の騎士クリス、俺は明日この街を出て、メルリア王国にあるっていう騎士学校へ通うことになったよ」
「メルリア王国って、隣の国じゃなかったっけ。それよりも剣聖フェルノートって、剣聖なのに騎士になるの? それよりも明日って?」
僕はフェルの突然の告白に頭が混乱する。
「……なんか言い出し辛くてな。なんか孤児院を運営している国が子供を集めて騎士を育成する学校を作っているらしくて、そこへ行くと決まったんだ。剣聖に成る前に騎士に成るのも悪くないと思ってな」
フェルは最初、困ったような顔をしていたけど、最後には笑顔になっていた。
「そうなんだ。フェルノートが騎士に……でもフェルノートがいなくなると寂しくなるね」
「ああ……でも俺は、剣聖になる前にスラムの奴らを排除したいからな……エリザさんは分かってくれなかったけど……」
エリザさんは結局フェルに魔法を教えることはなかったのだ。
「でもエリザさんにはエリザさんの考えがあるみたいだよ」
「分かっているよ。あの人もゴロリーさんも本当に良くしてくれたからな……それよりもクリス、何でフェルって呼ばないんだ?」
エリザさんやゴロリーさんは孤児院でたまに炊き出しをするようになっていた。
その輪は少しずつ広がって、孤児院の子供がお腹を空かせることは少なくなっているらしい。
それにしてもそうか……このやりとりも、もう出来なくなっちゃうのか……。
「えっ? フェルって呼べって言われてたっけ?」
「ああ、二年前から言ってるよ。そろそろフェルって呼んでくれてもいいんだぞ」
「そうか、じゃあフェルが騎士になったらフェルノートって呼ぶね」
「ああ……って、違~う。そこは逆だよクリス。それだと俺が騎士になったら、ずっとフェルノートって呼ぶことになるだろ!?」
いつもは引っかかるフェルが今日は引っかからなかった。
「バレたか~」
「全く~二年間もずっとこのやりとりを続けるとは思わなかったぞ」
「何だか楽しくて」
僕が笑うとフェルも釣られて笑っていた。
「まぁ途中からは俺も楽しかったけど、やっぱりクリスにはフェルって呼んで欲しいよ」
「分かったよ、フェル。立派な騎士になってまた会おうね。きっと僕は冒険者になっているから」
フェルは孤児院を除くと友達が僕しかいないし、僕も孤児院の子達と話すようにはなったけど、フェル程気楽に話せる相手はいない。
「ああ、剣の腕だけで騎士になってみるぜ」
「うん、フェルなら大丈夫だよ」
フェルは力を求めるようになって、いつも木の棒を振り回すようになった。
それでも孤児院の年長者として、小さな子供の面倒もちゃんと見ていた皆のお兄ちゃんだ。
だからきっと優しい騎士になってくれると思う。
「クリスもゴロリーさんとエリザさんのところで頑張って強くなれよ」
「うん」
「じゃあな、伝説の騎士クリストファー。俺はまず最強の騎士になるぜ」
「頑張ってね、剣聖フェルノート。強くなっても弱い人を守るカッコイイ騎士になってね」
「ああ」
フェルは頷いて笑うと、足早に大通りへと駆けていった。
僕はその走っていくフェルの姿をジッと見つめていた。
するとゴロリーさんは僕の頭を撫でてくれた。
「そんなに泣くことはない。いつかまた会えるさ、友達なんだろ?」
「……うん」
突然のお別れだったから、フェルを笑顔で見送ることが出来たと思う。
いつの間にか流れ出した涙は、直ぐに止まることはなかった。
こうして僕の初めて出来た友達は、僕達が住んでいるプレッシモ連邦国にあるファスリードの街から旅立って行くことになった。
その後の早朝訓練は、僕が集中出来なくなってしまい、そのまま終わりになってしまったけど、ゴロリーさんはずっと僕の頭を撫でてくれていた。
だけど、そこへエリザさんが朝食の準備が出来たことを伝えに来たことで、泣いている僕を見たエリザさんがゴロリーさんに詰め寄った時は焦ったけど、そのおかげで、いつの間にか涙は止まっていた。
最近では朝食の準備をエリザさんがしてくれていて、三人で朝食を摂るのが日課になっている。
「そう、フェル君がね……」
エリザさんはそう言って頬に手を置いた。
「まぁ、あの小僧はクリスの友達なんだから、誤った道には進まないだろう」
「そうね……ところでクリス君、新しいスキルは交換出来たかな?」
ゴロリーさんの言葉で、エリザさんは僕が聞いて欲しくないことを聞いてきた。
嘘を吐きたくない僕は、そのまま答えることにした……まぁ嘘をついても直ぐにバレるから正直に話すしかないのだけれど。
「……はい。でも本当に迷宮に泊まったらダメなんですか?」
「当然よ。クリス君が冒険者や見張りの新兵に何度見つかったと思っているの?」
「……十回ぐらいです」
そう。実はあれから、気をつけていたにも関わらず、何度も色んな人から迷宮に居るところを見つかっていたのだ。
しかも僕が知らなかっただけで、エリザさんやゴロリーさんは、僕の後を追って何度も迷宮に入ってその様子を見ていてくれて、問題がある度に偶然を装って助けてくれていたのだ。
「もっとよ。それにあれだけの騒ぎになったんだから、万が一があるから寝泊りするのは駄目よ」
「……分かりました」
騒ぎというのは、二日前にスラムの人達から追い回された時に、僕が迷宮へ逃げ込んだことがあったのだけど、スラムの人達はそこでスライムを相手に大怪我を負ってしまったのだった。
怪我をしたスラムの人達が騒いで迷宮から出たことで、あっという間に騒ぎが大きくなってしまったのだ。
僕はずっと迷宮の中にいたから、その騒ぎは知らなかったけど、明け方に迷宮を出たところでゴロリーさんとエリザさんが迎えに来てくれていて、その事実を知ったのだった。
だから昨日は少しだけ迷宮へ潜ってから、休業日だった“ゴロリー食堂”で寝させてもらったのだ。
「クリス君の能力を高める為だから、迷宮に入るのは仕方ないわ。でも、もう所持金が金板一枚と他にも金貨を数枚持っているんだから、迷宮に泊まってまで無理にスライムを狩らなくてもいいでしょ?」
「……はい」
そうなんだけど、それでも二年間で風邪をひいた時以外は潜っていたから、もう日課になってしまっていた。
「それで今回は何のスキルと交換したんだ?」
最近ではゴロリーさんの知っている有用なスキルを一通り覚えたので、スキル交換は全て任されている。
「えっと[特殊スキル]で新しく覚えられるようになっていた[武人の嗜み]というスキルです」
「それはどういった効果があるんだ?」
「武術に対する勘が上昇して、身体で感じた動きが経験として蓄積されるって……よく分からなかったけど、たぶんこれからは必要だと思います」
エクスチェンジはスキルを交換してからじゃないと、スキルがどんな効果なのか頭に浮かんでこないのだ。
だから経験として蓄積されるの意味が僕にはまだ理解出来ていない。
「そうか、それはいいな。しかしそのエクスチェンジは成長しないのだな」
「そうですね。でも大事な[固有スキル]です」
「あぁ、そうだな。話を変えるが、今日から何処へ泊まる? 我が家か“イルムの宿”“エヴァンス高級宿”のエドガーの従業員部屋か……さすがにメルルのところは新婚だから、遠慮してやってほしいが、どうする?」
「う~ん……」
“魔導具専門店メルル”の在庫となっていた雑貨を全て売り切ったのは半年程前だった。
その頃には、すっかりメルルさんの職人魂に惚れ込んでいたカリフさんが、メルルさんにプロポーズをしたのだ。
昔、メルルさんがこの街を離れた時にもそのようなことがあったみたいで“今回はクリス君のおかげで受け入れてくれたよ。本当にありがとう”と、何故か凄く感謝してくれたのは、今でも記憶に新しい。
その後、一度お店を新しくして“魔導具店メルル&万屋カリフ”という名前になったのだ。
そのお店を新しくする時に、お店にあった全ての品物を【回収】して手伝ったお礼として、メルルさんが大事にしていた本を全て借りることになったのだ。
だから現在僕がお店に行く用事は、魔石を売る時だけしかないけど、何故か毎日お店に顔を出すように言われている。
新婚さんの家にあまり長居してはいけないと、ゴロリーさんとエリザさんに教わった僕は、そのことをメルルさんとカリフさんに訊ねると、二人は真っ赤な顔になったけど、カリフさんがこっそりと“夜じゃなければいいよ”と教えてくれた。
だからメルルさんのところに泊まるのは駄目だよね。
“エヴァンス高級宿”はこの二年間で常連さんみたいな扱いをしてもらえるようになったけど、お客さんも偉い人達が多くて迷惑が掛かりそうだし……。
そうなると本当は”イルムの宿”が一番いいのだけど……今は行きたくない。
「う~ん、今は“イルムの宿”には行きづらいから、暫く泊めてもらってもいいですか?」
今はある理由から、生ゴミ【回収】には行くけど、お店にはいることはない。
「もちろんよ。師匠の家で弟子が寝泊りすることは珍しくないから、そうしましょう」
「ようやくだな。それならこれから内弟子になるクリスの能力をきちんと知っておくために、能力鑑定をしておくか」
エリザさんとゴロリーはとても楽しそうだった。
「えっと、あれって高いんじゃ?」
メルルさんが使ってくれた時は知らなかったけど、今はその魔導具が高いことを知っている。
しかも使い捨てだし……。
「弟子の状態を知るのは師匠の務めだからな」
「弟子は師匠の言うことを聞くものなのよ」
「……はい、じゃあお願いします」
僕は以前と同じように差し出された水晶玉に手を乗せた。
すると水晶玉が光り、文字が空中に浮かび上がった。
名前:クリストファー
年齢:七歳
種族:人族
レベル:三
[統合スキル]
全身体能力上昇率増加Ⅰ 五感強化Ⅰ 索敵Ⅱ
[身体能力補助スキル]
空中制御Ⅰ 姿勢制御Ⅰ 夜目Ⅱ 体力回復Ⅰ 魔力回復Ⅰ
[武術スキル]
剣術Ⅰ 槍術Ⅰ 格闘術Ⅰ 弓術Ⅰ 短剣術Ⅰ 大剣術Ⅰ 棒術Ⅰ 斧術Ⅰ
槌術Ⅰ 盾術Ⅰ 鎌術Ⅰ 細剣術Ⅰ 回避術Ⅰ 歩行術Ⅰ 双剣術Ⅰ 投擲術Ⅰ
闘気解放― 闘気操作Ⅰ 闘気循環Ⅰ 闘気制御Ⅰ 闘気纏Ⅰ 身体強化Ⅰ
[魔法スキル]
体内魔力感知― 魔力操作Ⅰ 魔力循環Ⅰ 魔力制御Ⅰ 魔力纏Ⅰ
[技能スキル]
交渉Ⅲ 抽出Ⅲ 料理Ⅰ 裁縫Ⅰ 目利きⅡ 速読Ⅲ 研磨Ⅰ 細工Ⅰ
採寸Ⅰ 統率Ⅰ 筆記Ⅰ 絵画Ⅰ 歌唱Ⅱ 乗馬Ⅰ 操縦Ⅰ 調合Ⅰ
隠密Ⅱ 潜伏Ⅱ
[耐状態異常スキル]
毒耐性Ⅲ 麻痺耐性Ⅱ 睡眠耐性Ⅰ 石化耐性Ⅰ 魅了耐性Ⅰ
呪い耐性Ⅰ 虚弱耐性Ⅲ 病気耐性Ⅲ
[センススキル]
魔力察知Ⅲ 気配察知Ⅲ 直感Ⅰ 危険察知Ⅰ 空間把握Ⅰ
平衡感覚Ⅰ 集中Ⅰ 罠感知Ⅰ 罠探知Ⅰ 不屈Ⅰ 意思疎通Ⅰ
魔力遮断Ⅰ 気配遮断Ⅰ 方向感覚Ⅰ
[特殊スキル]
隠蔽Ⅲ 幸運― 癒しの導き― 武人の嗜み―
[固有スキル]
シークレットスペース エクスチェンジ
「凄い数になっていたのね……」
エリザさんは苦笑いを浮かべているけど……。
「でも、どれもまだ使いこなせていないから……」
スキルを交換してもそれだけで強くなれる訳じゃなかったのだ。
「だろうな。それにしても一年で[抽出]スキルⅢって、あいつは何をやらせているんだ」
鍛治師であるグランさんは僕が帰ろうとすると、いつも泣きそうな顔をするから、帰りづらいんだよね。
工房の皆さんもこの世の終わりみたいな顔をするし……。
「でも最近のグランさんは元気だよ?」
「……まぁそうだろうな。それにしても統合させることまで選択出来るとはな……」
「[統合スキル]にする時は三十レベルと交換しなくちゃいけなかったから、ちょっと大変だけどね」
[全身体能力上昇率増加Ⅰ]は[体力量上昇率増加]や[魔力量上昇率増加]等の上昇率増加スキルを全てレベルⅡに上げてからレベル三十と交換することが出来たスキルだ。
他にも[五感強化Ⅰ]も[嗅覚強化]等のスキルレベルを全てⅡに上げることで統合出来たし、[魔力探知]と[気配探知]Ⅱで[索敵]スキルへの統合したのだ。
統合するためにレベル三十と交換する必要があって大変だったけど、ひとまとめにしたらその効果は以前よりも強くなっていることが分かった。
そのため統合出来るスキルは統合することにしたのだ。
「それにしてもレベル二十でスキルⅡといきなり交換は出来ないし、一気にスキルレベルは上げられなかったのは残念だな」
そうスキルを覚えていない状態でいきなりスキルレベルⅡと交換は出来なかったのだ。
「うん、でもスキルがあるだけで、大体の感じは掴めるから、あとは努力で頑張ります」
「よし、その気持ちをずっと忘れるなよ」
「はい」
「じゃあ今から魔法のお勉強をしましょうか」
「よろしくお願いします」
こうして僕の日常からフェルがいなくなり、僕はゴロリーさんとエリザさんの弟子になった。
お読みいただきありがとう御座います。
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