23 資格
迷宮の中は今日も暗くなった外よりも明るくて、僕を歓迎してくれているようだった。
まずはスライムを探して歩く前に、いつも通り両手を頭の上で挟むようにして、今日は木の棒ではなく、グランさんが作ってくれた武器を握るようにイメージする。
そして黒い霧から現れた武器をしっかりと握って振り下ろした。
振り下ろした武器からはブウォンという風を斬るような音が鳴り、僕はちゃんと振れた……そう思ったけど、武器が地面に当たった瞬間に、カァンと木の棒では感じなかった衝撃が手に走った。
「痛ッ」
僕はその衝撃で思わず手から武器を放してしまい、武器はそのままカラン、カランと音を立てて地面を転がった。
「木の棒は地面を叩いてもそこまで痛くなかったのに……もう一度だけ……」
諦められない僕はもう一度だけ試してみることにした。
今度もしっかりと握って振り落とした……でも、やっぱり武器の先が地面に当たると、強い衝撃が手に走って、武器を持っていることが出来なかった。
「……今の僕には使えないんだね。……いつか使える時まで、黒い霧の中で待っていてね」
僕はゴロリーさんとの約束を守って、グランさんから作ってもらった武器を黒い霧の中へ【収納】した。
「……よし、今まで通り頑張るぞ」
僕は気を取り直して、いつものようにスライムを倒すと、また一匹倒しただけでレベルが上がった。
「これでレベルは六になったんだよね。でも本当にどうしてレベルが上がるんだろ? う~ん、まぁいいか」
僕は祝福の首飾りを撫でながら、次のスライムを探して倒していく。
スライムを倒す時に、木の棒が地面に当たっても痛くない理由はゴロリーさんに聞くことにして、今日こそは百個の魔石を集められるように頑張ることにした。
スライムに生ゴミを吸収させ、核を叩いて倒し、周りを警戒する。
この動きを続けていると、魔石の数が二十八個になったところで、またレベルが上がった。
「これでレベル七……前は十一でエクスチェンジが使えたんだっけ? 今日中に十一まで上がるかな?」
でも結局、スライムを百匹倒し終わった時のレベルは八だった。
「ゴロリーさんが作ってくれた料理を、我慢して頑張ったのに上がらなかった……」
僕は落ち込みながら、ゴロリーさんが作ってくれた食事を口に入れた。
「……美味しい。うん、焦っちゃ駄目だよね」
料理を食べているとゴロリーさんに励まされている感じがして、僕の沈んだ気持ちもゴロリーさんの作ってくれた料理を食べ終わる頃には、すっかり元通りだった。
「ゴロリーさんの料理って魔法みたいだな」
それから食べ終えた料理の食器を黒い霧へしまうと、まだ安全エリアの周辺にいるスライムを倒していないことに気がついた僕は、安全エリアから顔を出してスライムを探してみることにした。
すると少し先のところで、ちょうど天井からスライムが落ちて来るのが見えた。
それ以外にスライムの姿は見えなかったので、生ゴミを仕掛けていつも通りに倒したのだけど……。
「……レベルが九になっちゃった」
ここでまたレベルが上がって、身体に力が漲ってきた。
「……祝福の首飾りって、魔力を吸収するって頭に浮かんでいたような……うん。明日試してみよう」
それから僕は安全エリアに戻って眠ろうとした時に、食事前に【クリーン】を使っていなかったに気が付いた。
「……明日からは気をつけることにしよう」
それから目を瞑ったけど、しばらくの間は、エリザさんの顔が思い浮かんで、中々眠ることが出来なかった。
目が覚めた翌日、僕はまずスライムを探して倒してみた。
すると思った通りレベルが上がった。
「凄い、凄い。これなら無理をしないでも、十日に一度はスキルが入るってことだよね? ありがとう祝福の首飾りさん」
こうして僕は祝福の首飾りの恩恵に感謝しながら、迷宮の外へと向かった。
“ゴロリー食堂”でいつものように食事を一緒に摂りながら、祝福の首飾りの恩恵とグランさんの武器が今の僕では使えなかったことを話していた。
「じゃあクリス君は、一日に一匹のスライムを倒すだけで、十日後にはスキルと交換が出来るようになるのね」
エリザさんは凄く真剣な表情をしているけど、少しだけ笑っているので、喜んでいるように見える。
「はい。たぶんそうだと思います」
「冒険者だけじゃなく、戦いを生業にする者達にとっては喉から手が出る程欲しいスキルだな。まぁ他者からは見えない専用装備で良かったな」
「はい。本当に良かったです」
もし祝福の首飾りが見えるものだったら、きっと大変なことになっていただろうし……。
「グランの武器についてはよく我慢したな」
「本当は使いたかったですけど、怪我をしちゃいけないって約束をしていたので……」
「クリス君は本当に素直でいい子だわ。新しく手に入れた装備を無理に使っていつも負傷していた誰かとは違うわ」
エリザさんの視線がゴロリーさんを捉えていた。
「クリスに俺の経験が活きたってことだな。はっはっは」
「もう、調子がいいんだから」
ゴロリーさんはエリザさんを見ないで笑っていた。
エリザさんは怒っているような口調だったけど、笑っていて楽しそうだった。
するとゴロリーさんが急に真面目な顔になって口を開いた。
「だが、それなら明日起きてスライムを倒したら、新しいスキルを覚えるようになるんだな?」
「はい。[気配察知]と交換しようと思うんですけど、先に紙に書くことにします」
少しだけ書くことが遅くて、外に出るのが遅れそうで怖いけど……。
「ああ。あ、でも全部書いている間に日が昇ったら不味いから、まずは[身体補助スキル]と[センススキル]だけでいいぞ。無理なら片方だけでいい」
「いいんですか?」
「ああ。クリスの為にやっていることで、クリスが大変な目にあったんじゃ意味がないからな」
ゴロリーさんは僕のことが全て分かっているみたいだ。
「そうよ。それにまだまだクリス君には時間あるんだから、そんなに急いで成長しようとしなくてもいいのよ。いつでも家で保護してあげられるんだから」
「ありがとう御座います、エリザお姉さん」
エリザさんは本当に優しい……まるで……。
「ただ前回の話を聞く限り、スキルを交換するのは、迷宮でにした方がいいだろうな」
僕の様子を見ていたゴロリーさんはスキルを交換するタイミングを口にした。
「そうね。そうじゃないと、クリス君は身体が重いと感じたまま一日を過ごすことになるもの」
それはとても困る。
「えっと、それじゃあどうしたらいいですか? スキル交換は明日の夜、迷宮に潜ってからですか?」
「ああ。それから明日の朝にスキルを書いたら、スキルを交換してスライムを倒すのがいいと思う。それか俺が迷宮へついて行ってもいいと思っているが……どうだ?」
ゴロリーさんの提案に僕は少しだけ考えて、ゴロリーさんの目を見てから、断ることにした。
「う~ん、ううん。僕一人で頑張ります」
「どうしてだ?」
「……きっと伝説の騎士もそうしたと思うから」
本当はゴロリーさんやエリザさんとずっと一緒にいると、さみしくなっちゃうからとは言えなかった。
「はぁ~、分かった。だが、何度も言っているが、少しでも怪我をしたら、迷宮には行かせないからな」
「そうなったら家に来るのよ?」
えっ? いつの間にか、ゴロリーさんとエリザさんの家へ行くことになっていた。
「一生懸命頑張ります」
そう告げると二人はおかしそうに笑っていた。
「あ、そういえば、僕が連れてきたフェルノートって男の子がエリザさんに魔法を習いたいって話をしてましたよ」
「あ~あの子……魔法を教えるのは少し難しいわね」
エリザさんはさっきまで笑っていたのに、急に笑顔ではなくなってしまった。
「どうしてですか?」
「クリス君は魔法が使えるようになるとしたら、どんな魔法が使いたい?」
「人を守るための魔法です。昨日フェルノートと話をしていて、そう思いました」
「そう。やっぱりクリス君はいい子だわ。でもあの子は……きっと魔法で人を攻撃するための手段として使う気がするわ」
僕の頭を優しく撫でながら、フェルのことを話す時、エリザさんはさっきと同じで少し悲しそうな顔をした。
「えっと、フェルノートは優しいですよ?」
「ええ、クリス君を助けてくれるぐらいだから、優しいのは分かるわ。それでももう少し精神が成長しないと私が教えることは出来ないわ」
「エリザお姉さん、困らせてしまってごめんなさい」
「ふふっ、いいのよ」
「僕も七歳になったら、エリザお姉さんから魔法を教えてもらえるように頑張ります」
「ええ、でも無理はダメよ」
「はい」
その後、僕は“魔導具専門店メルル”へとやって来ていた。
そして魔石をお金と交換した後、メルルさんに昨日“グラン鍛冶店”で知り合ったカリフさんのことを聞いてみることにした。
「……それで、その人はグランさんの所に通っているんだって」
「へぇ~、あのカリフがね……」
メルルさんはカリフさんことを知っているみたいだった。
「あれ、メルルお姉さんはカリフさんのことを知っていたの?」
「うん。まぁ幼馴染よ。だけどもう十年以上は会っていないわね。私はしばらくこの街に居なかったら……」
幼馴染って、僕とフェルみたいな関係なのかな?
「そうなんだね。あ、それでメルルお姉さんのお店にある、メルルお姉さんが価値を知らない物をカリフさんに見てもらったらいいと思ったんだ」
「う~ん、カリフかぁ~、う〜ん。その話は考えてみるわ。だけどカリフには内緒よ?」
前にメルルさんはお店に人をあまり入れたくないって言っていた気がするし、カリフさんのことはメルルさんに任せよう。
「うん。じゃあ今日も本を見せてもらってもいいですか?」
「ええ」
メルルさんは微笑んで僕を奥の部屋へ通してくれた。
そしていつも通り伝説の騎士の物語を読みながら、伝説の騎士クリストファーが、どんなスキルを持っているのかを想像していたら、メルルさんに声を掛けられた。
「クリス君、今日は生ゴミを【回収】に行かないの?」
「えっ、あ、もう外が明るい」
「ふふっ、一生懸命読んでいたのね」
「伝説の騎士の子供時代が面白くて……じゃあ、行ってきますね」
「はい、待ちなさい。新しい服に着替えて行きなさい」
「……はい」
こうして新しい服へと着替えた僕は、生ゴミの回収へと向かうのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
主人公クリスの物語開始時の年齢を五歳に引き上げました。
三歳→五歳よろしくお願いします。
文章に大きな変更はありません。