22 友の助言
ゴロリーさんとのお出掛けは“グラン鍛冶店”と“エヴァンス高級宿”の二軒で終わりになった。
本当はあと一軒くらい回る予定だったみたいだけど、お腹がいっぱいになった僕がきっと眠くなるだろうという判断で“ゴロリー食堂”に帰ってきたのだ。
それから間もなくして、僕はゴロリーさんの読み通りに夢の世界へと旅立つのだった。
ただ実際は眠っただけで、本物の夢を見ることはなかったけど……。
目が覚めて身体を起こすと、お店の中にゴロリーさんの姿はなかった。
とりあえず僕は大きく伸びをしてから、ゴロリーさんを探すことにした。
「ゴロリーさ~ん」
カウンターから少し大きな声で呼んでみたけど、ゴロリーさんの返事はなかった。
「奥の部屋にはいないのかな? う~ん、あ、そうだ」
僕は目を瞑って、ゴロリーさんの優しくて強い魔力を探すことにした……でも残念なことにゴロリーさんの魔力を感じることは出来なかった。
「……駄目だ。全く何も感じない、それとも誰もいないってことかな? それとも僕が魔力を感じることにまだ慣れていないからなのかな?」
「何が駄目なんだ?」
「えっ!? ゴロリーさん? 何で?」
僕は声のした後ろを振り返ると、いつの間にかゴロリーさんが僕の後ろに立っていた。
「店の前を掃いていたら、微かにクリスの声が聞こえたからな。それより腹が減ったのか?」
ゴロリーさんはそう言いながらカウンターの中で手を洗い始めた。
「ううん。ゴロリーさんの姿がなかったから、魔力を意識して探すことにしたんだけど、ゴロリーさんの魔力を全然感じることが出来なかったから……」
「あ~、これでいいか?」
するとゴロリーさんの暖かい魔力を感じられるようになった。
「あ、うん、でもどうして?」
「昔、エリザと旅をしていた時に“魔力が大き過ぎて、周囲から魔力を感じられないわ。これじゃあ警戒も出来ないし、寝るに寝られないわ”って、怒られたことがあってな。それからは誰かが寝ている時、極力自分の魔力が身体の外へ漏れないように[魔力遮断]というスキルを覚えたんだ」
エリザさんの為にそれを覚えたのか〜。
本当に仲がいいな。
「へぇ~、そんなことが出来るんだ。あれ? じゃあ気配を消したりすることも出来るの?」
「ああ。[隠密]や[気配遮断]というスキルがあればだな。俺は[魔力遮断]のスキルしかないから、気配を完全に消すことは出来ない」
「ふぅ~ん。スキルってたくさんあるんだね」
でも、そうなると、やっぱり[気配察知]も覚えた方がいいのは間違いないよね。
「そうだな。でもスキルがいくらあっても、油断をしていると迷宮からは帰って来れなくなるから、迷宮にいる時は絶対に気を抜くんじゃないぞ」
「はい」
「よし。じゃあ……これはクリスが持っていろ」
そう言って手渡してくれたのは、グランさんのところで作ってもらった武器だった。
「えっと、僕は手元にあると使っちゃうと思うから、ゴロリーさんが持っていてくれませんか?」
「クリス、武器なのだから、使うのは当たり前だぞ。それにクリスが使っている木の棒と比べて、長さや重さはどうなんだ?」
「えっと、こっちの方が長くて軽いです。それに持ちやすいです」
僕は聞かれたことを素直に答える。
「それならその武器を、戦闘前に木の棒と同じように使えるか試してみるといい。駄目だったら木の棒に戻せばいいだけのことだ」
「えっと、使ってもいいんですか?」
グランさんは大きくなったらって、言っていたけど……。
「もちろん迷宮にいる時だけしか使ってはいけないぞ。それに新しい武器があれば使ってみたくなるだろ? それを我慢して戦いに集中出来なくなるぐらいなら、一度試してみた方がいい。合わないなら諦められるだろ?」
やっぱりゴロリーさんは凄い。
全部の僕の考えていることを分かってくれている。
「ありがとう御座います。やっぱり僕も使ってみたかったんです」
僕が頷いて笑うと、ゴロリーさんも笑ってくれた。
「そうだろ? でも、使えないと思ったら、ちゃんといつもの木の棒に戻すんだぞ? そこはクリスのことを信じているからな」
「はい」
僕を色々と気に掛けてくれているゴロリーさんの信頼は裏切りたくないし、今までも色々と約束をしてきているから、しっかりと頷いて見せた。
「よし、今から迷宮に持ち運べる料理を作ってくるから、もう少しだけ待っていてくれ」
「はい」
ゴロリーさんはそれから少し多めに料理を作ってくれた。
「あ~そういえば、エリザから“食事をする前に【クリーン】で、手の汚れを落とすこと”って、伝えるように言われていたんだ。俺も料理する時には絶対手を洗うことって義務付けされているから、それと一緒だな」
「エリザさんが? 分かりました」
エリザさんも僕のことを気にしてくれているから、僕の為になることを教えてくれたんだろう。
ゴロリーさんの用意してくれた料理を黒い霧の中へ【収納】して、僕はゴロリーさんにお礼を告げ、迷宮へ向かうことにした。
“ゴロリー食堂”を出ると、外は夕日に照らされ、街をオレンジ色に染めていた。
その光景がとても綺麗だと思いながらも、僕の頭の中には、新しい武器を早く試してみたいという気持ちでいっぱいだったから、直ぐに人が多い大通りへ向けて歩き始めようとした。でもその時、何となくだったけど、いつもとは違う感じがした。
念の為に振り返ると、そこには真剣な顔で“ゴロリー食堂”を覗き込むフェルノートの姿があった。
僕は驚いてしまって、友人のフェルノートに声を掛けそびれていると、フェルノートの方が僕の視線に気がついたらしく、硬かった表情を柔らかくさせ声を掛けてきた。
「あ、騎士クリス、今日もお店の中にいたのか?」
「やぁ剣聖フェルノート、そうだよ。それで今日はどうしたの?」
「クリス、俺のことはフェルって呼んでくれって言わなかったか?」
「えっと、言われていないよ?」
少し思い返しても言っていなかった気がする。
「じゃあ今度からはそう呼んでくれ。友達なんだろ?」
「うん、分かったよ。ところでフェル、今日はどうしたの?」
“ゴロリー食堂”を覗いていたことを直接は聞けなかった。
「あ、えっと、エリザさんはいるかな?」
どうやらエリザさんに用事みたいだ。
「ううん。今日はお店が休みだからいないよ」
「なんだ……そうか」
「エリザさんに何か用事があったの?」
「べ、別にエリザさんが美人だから会いに来たわけじゃないぞ」
フェルは顔を真っ赤にして手を顔の前で激しく左右に振る。
「……誰もそんなこと聞いてないよ?」
「うっ、いや、エリザさんと院長が話しているのを聞いていたんだけど、エリザさんって昔は凄い魔法使いだったらしいんだよ。だから魔法を教わりたくて……」
そういうことか。確かにエリザさんも自分から魔法が得意って言っていたし、僕もきっと教われるならそんな人から教わってみたいと思うから気持ちは分かる。
「そっかぁ。でも何で魔法を使いたいの? フェルは剣聖なんでしょ?」
「それは魔法が使えたらカッコイイからだよ。クリスだって、魔法を使いたいって思うだろ?」
フェルは目を輝かせながら、そう口にした。
フェルのそんな問いに、僕は何で魔法を使いたいのかを考える。
大切な人を守りたいからかな? もしそんな誰かを守れる力が魔法で得られるというのなら使いたい、それこそ夢に出て来た僕のように、そう思った。
「うん。でも僕は人を守れる為に魔法を使いたいかな」
するとフェルはこちらを見つめてから、肩を落とした。
「くっ、クリスの方が俺よりも大人に感じる」
「ゴロリーさんやエリザさんは優しいけど、ちゃんとした理由がないと、たぶん危険なことは教えてくれないと思うよ」
カッコイイというだけで教えてくれるなら、もっと人がお店に来ているだろうし……。
「……でも、クリスは仲がいいし、教わっているんだろ?」
「ううん。フェルが僕を助けてくれたあの日、実は僕も二人に鍛えてもらえるか相談したんだけど、まだまだ早いって言われちゃったんだ」
すると肩を落としていたフェルがいきなり笑顔になりながら口を開いた。
「な~んだ。クリスも同じようなこと聞いていたのか。」
「えっと、うん。そうだね」
ちょっと違う気もしたけど、まだ鍛えてくれるのは先の先だ。
「そういえばフェルって身を隠すのがとっても上手いよね? 初めて会った時も声を掛けられるまで気がつかなかったし」
「ああ、あれってスキルなんだぜ。孤児院でかくれんぼっていう遊びをしていると「隠密」ってスキルを覚えるんだよ」
「へぇ~遊びでもスキルって覚えられるんだ」
遊びでも覚えられるスキルなら、交換する必要はないのかもしれないな。
「ああ。でも本当に覚えているかどうかは分からないけどな」
「どういうこと?」
「自分の能力を見ることが出来る魔導具があるんだけど、それは結構高いから、孤児院では十歳になるまで自分のスキルについて知ることが出来ないんだ。さっき言った[隠密]スキルは、孤児院を卒業するときに皆が持っているスキルだからさ」
「そうなんだ」
でも、きっと持っていると思うな。今もフェルの魔力はあるような、ないような感じだし。
「ところでクリスはこれからどこに行くんだ?」
「えっと、散歩かな?」
まさか友達でも、迷宮へ行くよ、なんてことは言えないよね。
「まだあれから何日も経っていないのに、大丈夫なのか? 孤児院の七歳以下は、ずっと孤児院で留守番しているぞ?」
「えっと、たぶん? エリザさん達が大丈夫だって言っていたから」
「そっか、エリザさんが……俺もエリザさんがいないのなら、今日は早く帰ろうかな」
フェルは本当にエリザさんと会う為に来たんだな。
僕は少しだけ笑ってしまった。
「フェルは一人で大丈夫なの?」
「俺は剣聖だし、八歳だから大丈夫さ」
「じゃあ伝説の騎士である僕も、大丈夫だよね?」
「ん~……この辺りには嫌な感じがしないから大丈夫だと思う。でも、まだスラムの方が荒れているって、院長先生も言っていたから気をつけるんだぞ」
心配してくれるフェルは、僕にとってお兄よりも、お兄さんみたいだと思った。
「ありがとう剣聖フェルノート」
「ああ、困ったことがあったら、何でも相談するといい。じゃあ暗くなる前に帰れよ」
「フェルもね」
「ああ」
僕達は大通りまで一緒に歩き、そこで別れた。
「フェルもスキルを持っているってことは、スキルが特別じゃないってことだよね? スラムの人がスキルを持っていないとは限らないから、もっと慎重にならないといけないな」
新しい武器を使いたいという気持ちよりも、無理をしない、怪我をしない、油断しないという約束と、一人で街中を歩く時は、周りを警戒しながら歩くことを決めて、僕は迷宮へと再び歩き出した。
お読みいただきありがとう御座います。
聖者無双に続き、レベルリセッターでも日間一位になることが出来たのも、皆さまが読んでいただているからです。本当にありがとう御座います。
ブクマ・評価点を入れて下さった皆様、今後も期待に添えるよう精進して参りますので宜しくお願い致します。
聖者無双の発売日まであと二週間、毎日更新出来るように頑張ります。