15 友達
冒険者ギルドから出た僕は、マリアンさんが教えくれたように、まずは“ゴロリー食堂”へ向かい、ゴロリーさんに今日のことを相談することにした。
「ゴロリーさんは物知りだし、お腹も空いたからちょうどいいよね」
僕は冒険者ギルドへ来た時のように大通りを歩き出した。
行き交う人は僕の服装を見ると、直ぐに僕を見ることをしなくなったけど、何だか後ろを見ているようだった。
気になった僕は後ろを振り返ろうしたところで声を掛けられる。
「そこにいるのは騎士クリストファーじゃないか」
声がした路地を見てみると、そこにはフェルノートが立っていた。
「あ、やぁ剣聖フェルノート、今日は一人なんだね」
「ああ、それより歩きながら話そう。行き先は決まっているのか?」
何だかいつもと違うフェルノートに僕は戸惑ってしまう。
「えっ、うん“ゴロリー食堂”だよ」
「……あのでっかいおっちゃんのところか? よく怖くないな」
どうやらゴロリーさんのことを知っているみたいだ。
「えっと、見た目は怖そうだけど、凄く優しいんだよ」
「へぇ~じゃあ行くか」
「うん」
そして少し慌ただしく歩き出してから、直ぐにフェルノートが僕にだけしか聞こえないような声で呟いた。
「クリス、前を向いたまま聞いてくれ。スラムの奴らが尾けて来ているけど、何かしたのか?」
「えっ!? えっと、していないよ」
生ゴミ【回収】はまだ誰にも見られていないと思うし、スラムの人に狙われることはしていないと思うんだけどな。
「それにしては人数が多いけど……クリスを狙ったって金にならないだろうし、これだけ警戒されているのに動くのは普通じゃない」
お金と言われて、胸がドキッと跳ねた。
「あのフェルノート、僕が銀貨一枚持っていたら、どうかな?」
「それは狙われるだろうけど、スラムの奴らがそんな情報を持っていないし、クリスぐらいの子供がそんな大金を……今、持っているのか?」
「うん」
僕が正直に頷くと、フェルノートは頭を掻いて溜息を吐いた。
「はぁ~クリスはお坊ちゃまなのか? まぁいい少し急ぐぞ」
「うん。巻き込んでごめんね」
僕は巻き込んでしまったフェルノートに謝りたかった。
「“恩には恩で返せ”剣聖フェルノートが言っていたらしい。だから前に助けてもらった借りは返す。それに俺はクリスよりもお兄さんだからな」
するとフェルノートは笑ってそう言ってくれた。
「ありがとう」
「おう」
僕達はそれからも大通りを歩いて、ゴロリーさんのお店のある路地へと入った……その瞬間にフェルノートが僕の手を掴んで走り出した。
「クリス走れ」
僕は訳が分からなかったけど、言われた通り“ゴロリー食堂”へと走った。
一生懸命走ると、フェルノートとそんなに変わらない速さで走ることが出来たみたいで、少しフェルノートは驚いていたみたいだった。
そしてそのまま“ゴロリー食堂”へ駆け込もうとして、“ゴロリー食堂”がスイングドアだったことを思い出した。
このまま飛び込んでいったら、中から人が出て来たら危ないし、中からドアが開いても危ないと思ってフェルノートを引っ張って減速させる。
「馬鹿、追いつかれるぞ」
フェルノートは焦った声を上げたけど、もうその心配はなかった。
「走り込まないでも大丈夫。だってもう着いたから」
ゆっくりと“ゴロリー食堂”のスイングドアを開いて中へと逃げ込んだ。
スラムの人?達は急に走った僕達を追い掛けてきたけど、急に減速したから逃げるのを諦めたとでも思ったのか、一気に近づいて来るのが見えた。
でもそれはお店に入るためだったことに、気がついて呆然としていた。
慌てて駆け込まなくても入ったらゴロリーさんに助けてって叫ぶことが出来れば、何とかしてくれると思ったからだ。
“ゴロリー食堂”へ入ると、まだお客さんがいるみたいだった。
「いらっしゃいませ……でいいのかしら? 坊や達」
そう言って声を掛けて来たのは、少し困った顔をしたメルルさんを少しお姉さんにしたぐらいの女性だった。
ゴロリーさんのところで働いている人ならきっと優しい人だと思いながら、お姉さんにお願いしてみる。
「はい、二人です。それとゴロリーさんはいますか? 少し相談ごとがあるんです」
「ふぅ~ん、あの人にねぇ~……いいわ。そうしたらカウンターの椅子に座って。隣席同士でもいいんでしょ?」
どうやらゴロリーさんと知り合いだと分かってもらえたみたいで、カウンターに通してくれた。
「はい。あれ、どうしたのフェルノート?」
「いや、大丈夫なのか?」
フェルノートは落ち着かないように店内をキョロキョロと見渡す
「うん、大丈夫だよ。それよりお腹空いてる?」
「……少し」
「僕はペコペコだよ。綺麗なお姉さん、ゴロリーさんに“クリスがお客さんで来た”って、伝えてもらってもいいですか?」
「ふふっいいわよ。クリス君ね」
女性はそう言って、カウンターの中へと入り、さらに奥の部屋へと入っていった。
「おい、クリス。お金は大丈夫なのか?」
「うん。僕は仕事をしているから、食事をするぐらいのお金なら何とか出せるよ」
今までお金を払ったことはなかったけど、身体を作るためには食事が重要らしい。
「はぁ~助けたのに飯を奢られるって、お兄さんとしてはどうなんだ?」
今度は頭を抱え、落ち着きがないフェルノート。
「う~ん、僕は剣聖フェルノートを友達だと思っているから関係ないと思うよ」
「友達かぁ……そうだな。うん。でもいつか俺がクリスに奢ってやるからな」
「うん。楽しみにしているよ」
どうやら直ぐ立ち直るのも子供の特権らしい。
「それにしても八歳の俺が全力で走ったのに、良くついて来れたな?」
それほど早くは感じなかったけど、どうやらこれは僕がレベルアップしたからなのだろう。
「もう五歳だからね。出来る事は少しずつでも多くしていかないと」
「マジか……五歳に奢られるし……剣聖フェルノートの自伝にはそんなこと載っていなかったぞ」
そこへ中からゴロリーさんとお姉さんがやってきた。
「クリス、昼に来るなんてどうしたんだ? それにこの小僧は何だ?」
第一声がそれだったこともあり、フェルノートはゴロリーさんの顔を見て震え出してしまった。
僕は直ぐにフェルノートのこと紹介することにした。
「今日はお昼を食べに来たんです。それと相談があったの。それとフェルノートは友達で、スラムの人に追いかけられていることを教えてくれて、助けてくれたんだよ」
「そうか。クリスを助けてくれて感謝するぞ」
「あ、いえ、逃げることで精一杯だったから……」
「いや、逃げるのもまた戦略だ。今回は逃げて勝ったんだ。誇っていいぞ」
「へへっ」
ゴロリーさんが褒めるとフェルノートはとても喜んだ。
フェルノートのいいところは切り替えが早いところだな。
「……何でスラムの奴らに追いかけられたんだ?」
そしてゴロリーさんは今回の原因を聞いてきた。
「冒険者ギルドに行って、人を守れるぐらい強くなるなら、武術の基礎を教えてもらおうと思って……」
「……それで依頼の件でお金の話になったのか?」
「うん。優しい受付のマリアンさんがいたから、結局依頼は無くなって、お金も無事だったけど、たぶんそのせいだと思う」
「はぁ~クリス、何かあれば相談に乗ってやる。メルルの奴もそう思っているだろう……だから大人に遠慮するな」
ちょっと迫られた顔が怖かったけど、僕を心配してくれたのが良く分かった。
「ごめんなさい」
「そこは“ありがとう”だろ? ……まぁ今、店に来たのはちょうど良いか……。エリザ、こいつがクリストファーだ。クリス、彼女はエリザ。俺の妻だ」
「えっ!? 娘さんじゃないの?」
本当に驚いた。
「あら、思っていることを口に出すなんて、正直な子ね。クリストファー君」
「あ、クリスって呼んでください」
エリザさんは微笑んでくれた。
「いつゴロリーとクリス君が知り合ったのかは後で聞くとして、まずは食事をするんでしょ?」
「はい、もうペコペコです」
フェルノートも小さく頷いた。
「よし、待っていろ。料理を持ってくる」
そう言ってゴロリーさんは奥の部屋に消えていった。
「じゃあ私は悪さをする子達にお仕置きでもして来ようかしら」
「危ないですよ」
「大丈夫。これでもお姉さんは少しだけ強いのよ」
そう言って外に出た直後、ズダァアアンという雷みたいな音が鳴るとエリザさんは戻ってきて言った。
「これでスラムの子達は暫く寄って来ないわよ」
きっと逆らったらダメな人なのだと直感的に分かった。
その後はゴロリーさんの作ってくれた料理に感動しながら、僕とフェルノートはお腹が膨れるまで食べるのだった。
「あ~エリザ、悪いがこの小僧を送ってやってくれ」
「ええ。坊やの家は孤児院でいいのかしら?」
「うん、じゃなくてはい」
「ふふっ、どちらでも構わないわ」
「でも、いいんですか? それにクリスは?」
「僕は大丈夫だよ。これから少し大人の力を借りないといけないから、また困った時は助けてね、剣聖フェルノート」
「……ああ、任せろ伝説の騎士クリストファー。友達は助け合うものだ」
そう言って笑うフェルノートは、エリザさんに連れられて、孤児院へと帰っていった。
そしてお客さんがいなくなった店内で、僕はゴロリーさんにお願いごとを伝えることにした。
「ゴロリーさん、僕を鍛えてくれませんか?」
「今はそれよりも、しっかり食べて、しっかりと寝て、身体を大きくしないとな。それに鍛えるならスライムを倒してレベルが上がれば自動的に少しずつは強くなる。今は焦っても仕方がない」
「マリアンさんにも同じことを言われました」
「そうだろ? クリス、明日の自分を想像して、それが出来たら十日後、その次は一ヶ月後の自分を想像して、色々なことに一生懸命取り組め。そうしたら武術訓練をいつか教えよう」
「本当に?」
「ああ。約束しよう」
「うん、分かった。約束するよ。あ、そういえばメルルお姉さんに新しい魔導コンロを預かったんだけど、交換は二日後だよね?」
「う~ん、あ、クリス【クリーン】が使える魔導具はまだ持っているか?」
「あるよ」
「それなら今から新しい魔導コンロと交換してしまうか」
「うん。大丈夫」
こうして僕は古い魔導コンロを【回収】して、同じ場所に新しい魔導コンロを【排出】した。
途中でゴロリーさんが【クリーン】を何度も掛けていた時は、魔力が無くなると思ったけど、ゴロリーさんは全く平気そうにしていた。
それから眠くなった僕は、店の端でお昼寝をさせえもらえることになり、ゆっくりと瞼を閉じることにした。
お読みいただきありがとうございます。