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14 強くなるよりも大切なこと

“魔導具専門店メルル”へやって来た僕は早々に、メルルさんから至急のお願いを聞くことになった。


「工房で何も出来なくなるから、悪いんだけど、魔導コンロを引き取って欲しいの」

 そう言われて工房に下りて行くと、魔導コンロがその存在を示すように真ん中に置かれていた。


「一番作業しやすいところで組み立てたんだけど、そうしたら凄く邪魔だし、重くて動かせないし……お願い」

 やっぱりメルルさんは慌てん坊屋さんだな。僕は笑いながら、直ぐに了承する。


「分かりました。直ぐに【収納】しますね」

「……じゃあ早速お願いね」

「はい」

 僕は黒い霧の中へと魔導コンロを【収納】していく。


 黒い霧(シークレットスペース)はゴロリーさんのところにあった魔導コンロと同じように、黒い霧の中へと【収納】した。


 そして魔導コンロが無事に【収納】されると、工房はとても広く感じることが出来るようになった。

 それこそお店の在庫商品を置くことが出来るぐらいには……あれ?


「メルルさん、もしかして魔導コンロの仕事を受けたから、お店の中があんなに荒れていたんですか?」

 それでも少し荒れ過ぎていた気もするけど……。


「……知ってしまったのね。そうなの。魔導コンロはとても場所を取るから、仕事を引き受けると作業場所も必要だから、ああなっちゃってたの。あ、でも安心してそのままお店の在庫商品を預かっていて欲しいの」

「えっと、何でですか?」

 僕がこれ以上商品を預かっている理由はないと思うんだけどな。


「大きな魔導具を作るにはやっぱりこれぐらいのスペースが必要だし、とても作業しやすかったの。それにお店の雑貨が減らないから、新しい魔導具を作っても、商品としてちゃんとお店に出せないわ。でもクリス君が預かってくれているなら、すべての問題が解決されるの」

「う~ん、お世話になっているから僕はいいんですけど、それだったら雑貨を先に全部売ってしまうことはしないんですか?」

 そっちの方が問題もないと思うんだよね。

 全部売れたら凄いお金になると思うし。


「えっと、私がお店の商品の価値を知っているのは魔導具だけなの。雑貨の金額は母さんが値を付けたノートがあるから、それを見ながらじゃないと売れないのよね。そうすると魔導具を作っている時間がないし……」

「う~ん、誰か人を雇うとかはどうですか?」

「無理無理。私は知らない人とは緊張して喋ることが出来ないし……クリス君が早く大きくなって、店番が出来るようになればいいのに……」

 メルルさんは人見知りだからな~。


「ははっ。そこは頑張りましょうよ。それにしても僕の時は何で平気だったんですか?」

「えっ、さすがにクリス君ぐらい小さな子には緊張しないわよ」

 それなら子供のような人を探せば……難しいのかな?


「あ、それなら子供の時からの知り合いとかは?」

「……皆、別々の仕事をしているからないわね」

 あ、そういえばこんなに優しいメルルさんは、友達がいなかったんだっけ? う~ん。


「そっかぁ。じゃあメルルお姉さんが人見知りを直すのが先か、僕が大きくなるのが先かの競争だね」

「……何だかあまり競争する内容ではないわね」

 右手を頬に当てたメルルさんは首を小さく振った。


「そうだね」

 僕達は笑い合った。

 それから僕は伝説の騎士の物語の他に、魔王を倒した勇者達の軌跡という本を読むことにした。


 勇者は魔王を倒した後、騎士が死ぬまでずっとその傍らにいた。

 世界を救った勇者は神から授かった力を神に返すと、一人の少女として暮らすことを決めたらしい。

 それでも勇者として戦った経験までが消えるわけではなかったので、一人でも十分に生きていける実力を持っていた。

 しかし騎士が死んでから間もなく、勇者はその姿を消し、永遠に表舞台へ出てくることはなかった。


 聖女はメルリア王国で孤児や恵まれない子供を救う教会を立ち上げ、その後も各国で孤児院を設立した。

 今日(こんにち)孤児院がこれだけあるのは、聖女と聖女の教えを引き継いだ子供達の成果である。

 聖女が孤児院にこだわったのは、騎士が孤児だったからとも言われているが、この点については論争が今も尚続いている。

 聖女は色々なところから縁談があったと言われているが、生涯独身を貫いたらしい。


 賢者はその類稀なる才能で、バラバラだった各魔導士ギルド、治癒士ギルド、盗賊ギルドを冒険者ギルドへと統合し、初代冒険者ギルド長へと就任した。

 数多くの優秀なギルドマスター達を育てながら、その傍らプレッシモ連邦国に魔導学園を設立し、ここでも数多くの魔導士を輩出し続け、今でも魔導学園では賢者の教えが残っている。

 また酒豪であった彼が酒を年に一度だけしか飲まなくなったのは、騎士クリストファーと酒を酌み交わす約束が叶わなかったからだと言われている。

 そして賢者は老衰するその前日まで多方面で精力的に活動していたと伝わっている。



 僕は伝説の騎士クリストファーが、決して孤独ではなかったことにホッとしながら、本を読み終えて冒険者ギルドへ向かうことにした。


「メルルさん、ちょっと用事があるから今日はもう行くね」

 冒険者ギルドへ行くことは秘密にしている。


「お昼もお昼寝もしなくて大丈夫?」

「うん。もし駄目だったら“ゴロリー食堂”にお客さんとしていくから大丈夫」

 “ゴロリー食堂”で食事をするぐらいのお金は既に持っているからね。


「そっか。昼間だから危なくないとは思うけど、外出するなら絶対に路地裏には行かないでね。もし何かあれば騎士の人に助けを求めて。何か言われたら私の身内だって話すのよ。そうすればここまでは保護してもらえるからね」

「えっと、いいの?」

 凄く助かるけど、保護者ではないってゴロリーさんも言っていたのに……。


「いいわ。クリス君にはお世話になっているからね」

 メルルさんは本当にいい人だな。これでもう少し人見知りじゃなければ、このお店もたくさんお客さんが来そうなのにな。


「ありがとう。じゃあメルルお姉さん、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 メルルさんはそう言って見送ってくれた。


 “魔導具専門店メルル”を出た僕は真っ直ぐ冒険者ギルドを目指して進む。

 すると今日はやけに人から見られている気がする。

 新しい服に着替えなかったけど、今朝ゴロリーさんから【クリーン】の魔法を使ってもらったから綺麗なはずなんだけど……? そんなことを考えているうち冒険者ギルドに到着した。


 僕が冒険者ギルドへ入ると、今までは感じなかった視線が一気にこちらへと集まる。

 その視線が怖くて顔を向けるとそこにはマリアンさんがいた。

「マリアンさ~ん」

 僕が大きな声で呼ぶと、マリアンさんの視線がこちらへと向いた。

 僕は直ぐに駆け寄ろうとしたけど、いきなり首を背中を引っ張られて、身体が空中に浮かぶ。


「おい、小僧遅かったじゃないか」

 そこにはナルサスさんがいた。


「くるし……」

 服をぎゅっと掴まれた僕は息が出来なくなってしまう。


「さぁ訓練だ。その前に銀貨は持ってきたか?」

 僕が手足ををばたつかせると、そこへ昨日のお姉さんがやって来た。


「ナルサス……様、目立っています」

「ちぃ面倒だな」

「それでお金は持ってきたの?」

 僕は二人が怖くなって、泣くことにした。


「マリアンさ~ん、苦しいよ~怖いよ~ウウェ~ン」

 苦しくてあまり声が出なかったけど、それでも注目されていた僕が泣いたことで、声が掛かった。


「ナルサスさん、さすがに子供をそんな持ち方するのはどうかと思うぜ」

「ああ、それにいつまでそんな持ち方をしているんだ?」

 するとナルサスさんは僕を地面に下ろして言った。

「この小僧の依頼を受けてやろうと思ってな。少し気が焦っただけだ」

「その通りです。今回は依頼を受けることになっていますから。さぁ坊やは向こうで受付をするわよ」

 そして女性とナルサスさんは僕を端の方に連れて行こうとした。


「ハーミル先輩? その子の依頼って何かしら?」

 そこへマリアンさんの声が聞こえた。


「武術訓練の依頼よ。Cランクのナルサス様が受けてくださるらしくてね」


「おう。ちっこい時から基本は教えてやろうと思ってな」


「そうでしたか。ところでクリス君だったわよね? どうして私の名前を呼んだの?」


「マリア、ンさんが、優しい、から、マリ、アンさんに、相談した、くて……」


「相談があるなら訓練が終わった後でもいいだろ?」

 ナルサスさんがそう言ったけど、マリアンさんは僕のことしか見ていなかった。


「僕は、強くなりたいんです。このお姉さんが、銀貨一枚で、ナルサスさんが、一時間、見てくれるって、でも、マリアンさんに、相談したくて……」

 僕は途切れ途切れになったものの、伝えたいことは全て伝えた。


「そう……一日銀貨一枚ではなく、一時間で……それでクリス君はどうしたいの?」


「ちょっとマリアン、依頼は既に決まっているのよ。今さら変えるっていうの?」


「ええ、先輩。さすがに冒険者ギルドが新人育成のために、一日銀貨一枚で指導していることは知っていますよね?」

「だけどあれが受けられるのは冒険者だけでしょ」


「それで一時間で銀貨一枚なんですか?」

「ちっ、だったらもう受けてやらねえからな。クソガキ、外で会ったら容赦しねぇからな」

 ナルサスさんはそう言って、冒険者ギルドから出ていた。


「なんてことしてくれたのよマリアン」


「先輩はもう少し自分が取った行動を考えてみるよいいですよ」


「どういう……」


「ここが冒険者ギルドの中で、注目を集めてしまった意味を、です」


「フンッ」

 女性は冒険者ギルドの奥へと向かっていくと、姿が見えなくなった。


「クリス君、前にも言ったけど、冒険者ギルドはまだまだクリス君には早いの」

「ごめんなさい。どうしても強くなって、困っている人を助けられる人になりたくて……」

「それは優しくてとてもいいことよ。でも身体がちゃんと出来ていない今の時期は、たくさん食べて、たくさん寝て、身体を大きくすることの方が重要なの」

「それだと強くなれないですよね?」


「人から少し教わっただけで、一気に強くなれる人なんていないわ。身体も武術も魔法も少しずつ成長していくものだから、今はまだ焦ることはないわ」

「……少しずつ」

 少しずつでも成長することが出来たら夢のような動きが出来るようになるのかな?


「……話に出て来た銀貨一枚はちゃんと稼いだのだとは思うけど、孤児となった君にそれは大金よ。お金は生きていくためには大切なの。だからせめて十歳になるまでは、たくさん食べて、たくさん寝て、身体を作りなさい」


「お金は“魔導具専門店メルル”のメルルさんと“ゴロリー食堂”のゴロリーさんのお手伝いをしてもらったの」

 盗んだりしていないことを伝える。でもやっぱり黒い霧は約束だから伝えられない。

「……そう。じゃあクリス君、やっぱり十歳になるまでは冒険者ギルドに近寄らない方がいいわ。それでも訓練がしたいのなら、そのゴロリーさんにお願いしてみなさい」


「ゴロリーさんに?」

 どうしてゴロリーさんなんだろう?


「ええ。きっと力になってくれるはずだから」

「分かりました。マリアンさん、優しくしてくれてありがと」

 それでもマリアンさんが言うなら信じてみよう。


「いつかクリス君が冒険者になるのを待っているわ」

「……将来は分からないけど、頑張ります」

 ……マリアンさんみたいに優しい人だらけだったらいいけど、ナルサスさん達は苦手になっちゃった。


「またね、クリス君」

「はい。またいつかです」

 僕はマリアンさんに見送られて冒険者ギルドから出た。

 当分の間はたくさん食べて、たくさん寝て、身体を大きくすることを目標にすることを決めて……。


 この時、悪意が迫っていることに、僕は全く気がつくことが出来なかった。


お読みいただきありがとう御座います。

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