10 伝説の騎士と夢
“魔導具専門店メルル”へメルルさんと一緒にやってきた僕は、魔石のことでメルルさんに確認したいことがあった。
「メルルお姉さん、もしかして魔石を無理に買い取ってくれていないですか?」
「えっと、突然どうしたの?」
メルルさんは驚いた顔をして首を傾げてみせる。
「魔石を買い取ってもらうのは凄く嬉しいですし、助かります。でも本当はそんなに魔石が必要ないんじゃないですか?」
昨日は五十個近く買い取ってもらったし、今日はその倍以上の数だ。
確かに魔導コンロの燃料として魔石を使うことを教えてくれたけど、メルルさんが大量の魔石を必要としているようには思えなかったのだ。
無理に買い取ってくれているなら、それはメルルさんにとって負担を掛けていることになる。
それだけは嫌だった。
「ふふっ、心配してくれていたのね。でも大丈夫。魔石は合成錬成といって、たくさんの魔石を合体させて良質の魔石に作り変えることが出来るのよ。もちろんそのままでも使えるから、魔導具工房では大量に必要なのよ」
「えっと、じゃあ無理はしていないですか?」
そんなことが出来るんだ。それなら本当に大丈夫なのかな?
「ええ。魔石が合成練成出来れば質の良い魔導具も作れて、高く売れるから、逆にクリス君が魔石を持ってきてくれると助かるのよ」
「はぁ~良かった」
「フフッ。じゃあ今日の魔石を出してもらえるかな」
「はい」
僕は百二十個の魔石を出して、銀貨三枚と銅板六枚を得ることが出来た。
僕の所持金は一気に銀貨五枚を超えて、お金持ちになった。
これで当分はお腹が空いても困ることがない……そう考えるだけで、嬉しい気持ちになるのだった。
「じゃあクリス君は今からお勉強ね」
メルルさんはそう言いながら、昨日食事をご馳走してくれた奥の部屋へと通してくれた。
そしてテーブルの上には本がいくつも置いてあった。
「これは私が小さい時に読んでいた本よ」
「これで文字の勉強が出来るんですね」
「クリス君はもう文字が読めるんだから、書くのを覚えるのはとても早いと思うわよ」
「ありがとう御座います。頑張ります」
「ええ。分からないことがあったら地下にいるから聞きにきてね」
「はい」
メルルさんは約束通り、紙とペンとインクも置いていってくれた。
でもペンを持ってみたけど、まだうまく持てないので諦めることにした。
「指でなぞるだけでも覚えられるよね」
こうして僕はメルルさんの用意してくれた本をまずは読み始めることにした。
一冊目の世界の成り立ちと書かれた本だった。
内容は僕達のいる世界がどうやって生まれたのかが書かれていた。
この世界はパラスティアと呼ばれていて、創造を司る神様が創ったと云われている。
水と大地の世界にやがて緑が育ち豊かな恵みが出来上がった頃に、別の神様達が自分達の生み出した子供を送った。
それが今の人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、竜人族、魚人族、鳥人族、魔人族になる。
他にも一日の長さを計ることが出来る時間や、歳を重ねる長さが誰でも分かるように数えられるようになっていることが分かった。
「曜日で休む日を決めているんだね。でも分かり難いから、あとでメルルさんに聞いてみよう」
一通り読んでみたけど、少し僕には難しかった。
もう少し大人になったら分かるようになるのかな?
そんなことを考えながら、僕は二冊目の本を手に取ると、そこには伝説の騎士の物語と書かれていた。
「あ、これってフェルノートが言っていた僕の名前が出てくる本だよね?」
きっとメルルさんが気を利かせてくれたのだろうと、感謝して読み進めていく。
伝説の騎士となったクリストファーは戦争孤児だった。
だが、魔法を使えたらしく、小さい頃から魔物を倒していたことで、成人を迎える時には周りにいる同年代よりも遥かに強い力を持っていた。
「僕もそうなれるかな?」
だから彼の周囲は彼が冒険者になって、トップランカーを目指すと思っていた。
「トップランカーって何だろう? 後で聞いてみよう」
しかしクリストファーは国に仕えることを決めた。
彼は例え孤児でも、努力次第で国軍のトップに上り詰めることが出来ると証明するために……。
それからは軍でいじめられても弱音を口にしないで、国で一番の強くなっていくクリストファーのお話が書いてあった。
「凄いな……僕だったらイジワルされたら泣いちゃうもん」
クリストファーが伝説になったのは、クリストファーがその命と引き換えに一人で万を超える魔物を壊滅させたからだと伝えられている。
ある時、魔王と呼ばれる魔物を従える者が現れ、魔物が人を統べる世界を作ろうとした。
そこへ勇者と呼ばれる神様の力を持った者が現れて、パラスティアから選抜された仲間達と一緒に魔王のいる大陸へと向かい、見事に魔王を討ち果たした。
その中にクリストファーもいた。
「パラスティア中から集められた人の中からさらに選ばれるだけ強くなっていたのか」
だが、魔王を倒した直後、魔物達に異変が起こり、魔物達は暴走して、パラスティアの人々が住む大陸へ進行しようとした。
勇者やその仲間達は魔王との戦いでかろうじて生きてはいるものの戦える状態ではなかった。
クリストファーは勇者達を人族がいる大陸へと[固有スキル]を使って転移させると、魔王の大陸を自らの[固有スキル]を使って封印した。
勇者達は回復した後、再び魔王の大陸へと戻った時には、既にすべてが終わっていた。
そこには剣を支えにして何とか立っていた血だらけのクリストファーと、万を超える魔物の死体が転がっていたらしい。
クリストファーはその戦いで受けた傷が元となり、数日後に息を引き取った。勇者達の命やパラスティアに住む人々を、その命を燃やし救ったクリストファーに哀悼の意を表した。
彼はその後、世界を救った英雄と評価され、彼の夢が騎士の頂点だったことから、世界を救った伝説の騎士と呼ばれるようになった。
「……」
僕は何故かとても悔しくなって泣いていた。
自分の夢が叶うところを見ることが出来なかったクリストファーが可哀想に思えたのだ。
それから暫らくの間、三冊目のパラスティア大陸旅行日記Ⅰを読むことが出来なかった。
そこにメルルさんがやって来て、泣いていた僕に慌てることになった。
そして昼食後に既に二冊の本を読んだことを伝えると、少し悩むように考えてからついて来るように言った。
メルルさんは地下にある工房の中へ進むと、その隣にある扉を開いた。
「昔、ここは私の勉強部屋だったの」
そう言って見せてくれた部屋には本棚があり、本がびっしりと詰まっていた。
たぶん百冊はあると思う。
あまりの多さに吃驚していると、メルルさんは本棚から一冊の本を取り出した。
「クリス君は文字が読めるから何か物語があればいいと思ったけど、最初はこっちの方が良かったわね」
「えっとこれは?」
「これは文字の形と文字の組み合わせが載っている本よ。形を覚えるにはこれを覚えればいいわ。後は出来るだけ書いて頭に入れることね」
「頑張ります」
ついでにパラスティアのパラスティア大陸旅行日記はⅤまであったので、明日から一日一冊を読み切るつもりで挑むことにした。
その後、眠くなってきたので、お昼寝をさせてもらった僕は、外が暗くなるまで本を読み続け、再び迷宮へと向かった。
「伝説の騎士になるつもりはないけど、僕も目標が出来たからその目標に向かって頑張るぞ」
気合を入れた僕はスライムを次々に倒していく。
それでも一戦一戦確実に戦い抜き、この日は一度だけレベルアップをして、スライムを百匹倒してから安全エリアで眠りに就いた。
明日も幸せが続きますようにと願いを込めて。
★☆★
僕?は走っていた。
軽く走っているつもりだけど、景色は凄いスピードで流れていく。
前方には高い壁があったけど、そんなこともお構いなく壁の凹凸を利用して駆け上っていく。
僕は何処かを目指しているんだろうか?
視界が真っ暗になって、また明るくなると、今度は僕の目の前に色んな種類の武器が置いてあった。
剣に槍に斧。他にも本当に色々な種類の武器が地面に刺さっていて、それを一つ一つ振っていく。
そして納得がいけば、次の武器に替えてまた違う武器を振る。
どの武器を使っても凄く力強くきれいに見えた。
そして最後の武器を振り終わると、また視界が暗くなり、明るくなってくると場面が変わる。
今度は夥しい魔物の群れに単身で乗り込んでいく。
短剣を投げつけ先制すると双剣で切り込み、狼や小型魔物を驚異的な早さで切り刻み、槍で大きな魔物の心臓を突き刺した。
飛来する矢や魔法を避けると、こちらも負けじと弓を取り出し、攻撃をしてきた空中に浮かぶ骸骨達へ向けて矢を放つと、矢は光り輝きながら骸骨の魔物達へと吸い込まれ、魔物達の姿はなく一気に消えていく。
視線を変えた先には中型の魔物が沸いていた。
僕は大斧を取り出すと鋭く回転しながら、緑色の出っぷりとしたお腹の魔物や鬼を切り裂きながら殲滅していく。
すると突然騎兵が現れる。それは首の無い騎兵部隊だった。
僕は片手剣と盾を取り出すと、相手の凄まじい突きを盾で捌き、隙が出来たところを見逃さず剣で十字に切り裂き殲滅する。
魔物たちはどんどん強くなって、僕にも攻撃が掠り始めるけど、僕が動きを止めることはなかった。
どんどん中へ切り込んでいき、赤い竜を発見した僕は大斧を捨て直ぐに大きな剣を取り出した。そして足を輝かせて、赤い竜の顔に斬りかかった……だけど、赤い竜もそう簡単にはやられない。
硬い鱗を少し裂いただけで攻撃を止められてしまい、逆に尻尾で叩かれたところに灼熱の炎を吐かれてしまい、やけどを負った。
それでも僕は次に身体を光らせると、大きな剣を構え、それを何度も何度も赤い竜へと叩きつけるように斬りつけた。
徐々に赤い竜が弱っていくのを感じる。しかし、赤い竜も最後の力を振り絞って炎を吐いた。
その瞬間、竜の喉元に逆さまについた鱗が見えた。僕は力を振り絞って、その逆さまについた鱗に大きな剣を突き刺すと、ようやく赤い竜は倒れた。
そこでまた視界が暗くなってから明るくなると、今度は戦いからだいぶ経ったのか、身体がとても重く感じるようになっていた。
そんな僕にたくさんの人達が訪ねて来て、何故か皆と素手で戦っていた。
そしてまた暗くなっていき、明るくなると今度は……見慣れた迷宮の天井が目に入った。
★☆★
「なんだ夢かぁ~。きっと伝説の騎士の本を読んだからだよね。でも、僕もあんな風に強くなりたいぁ」
そう思いながら、僕はスライムを少しだけ狩って迷宮から“ゴロリー食堂”へ向け、歩み始めるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
ご感想・ご指摘・ご助言をいただければ、もっと頑張れるかも? しれません。