71:伏魔殿
死線の中をくぐり抜け、ようやく圭達一同は夜魔の群れを突破することが出来た。
が、出来たのはあくまでも"突破"だった。
夜魔とて本能だけで生きる蟲やバクテリアとは違う。個々に僅かながら趣味嗜好などのある知性ある有機生命体である。ならば、自分達を押しのけて根城の門前まで迫った敵対生命にどんな対応をするかなど自ずと分かりきっていた。
──撃退だ。
統制の執れているとは言い難い烏合の衆、しかし一番戦場から離れている後方の夜魔──即ち圭達ともっとも近い位置にいる化物に自然と包囲される。
唯一背にだけは開かれた門扉が中身を覗かせており、夜魔に廻られることはなかった。内部から増援が現れる様子はないものの、安全とは思えない。外から見える内部構造、敷物や照明などの配置物に乱れがないのだ。夜魔はここから飛び出たわりには綺麗すぎるし、なによりそれほどのスペースがあるかどうか。門から現れたのは演出で、他の場所にて待機していた夜魔を一斉に転送させたのかもしれない。コンダクターの移動手段のように。なら気配などアテにできない。そもそもここは人外魔境。迂闊に背を向けていいモノでもない。
ほとんどがSDFTの戦闘に気を取られているが、それでもここにいる夜魔は目視するだけで過去最多と分かる個体数。むやみやたらに応戦すれば、スポンジのように時間を吸い取られてしまうのは目に見えて分かっていた。
だが、無視して背後の門に飛び込めば間違いなく追いかけてくる。そうなれば厄介極まりない。
結局、選択は時間を気にしながら戦うことになる。
先走って飛び出してきた夜魔の一体が振るった腕をカウンター気味に切り落とし、圭は頭を豆腐のようにカットする。この世の代物とは思えぬ切断力を持ってしての秒殺。この刀とフルメンバーの今なら夜魔の相手は遥かに容易いだろう──が、やはりこの物量差はキツいものがある。タイムロスは短期決戦を求められるこの作戦では致命的に過ぎる。
「こうなれば、手早く蹴散らすしかないようだな」
赤瀬が手首を捻り、愛刀の刃が光を帯びる。時間を掛けるしかないなら最短で片づけようという戦意が立ち込めた。皆も夜魔へと応対するため本格的に戦闘体勢に入ろうとし──それを荒凪が手で制した。
間合いを取ってこちらの様子を窺う夜魔等の前に一歩踏み出し、大剣を肩に担ぐ。
「いいや、ここはオレ一人で充分。他は先に進んでくれ。時間は掛けられないだろ?」
夜魔の顔を見回して、荒凪はそんなことを口にした。
その一言へ真っ先に反応を示したのは絢人だった。
「荒凪……馬鹿を言うときじゃないぞ」
いつもと変わらぬ機械音声であるものの、隠しきれない戸惑いが言葉の節に出ていた。対して荒凪は鍛えられ岩と見紛うほどの背中を向けたまま、まさしく巌のように場を動こうとはしなかった。
「しゃあねえだろ。足止めが一人はいねえとヤバいだろうし。生憎と筋肉馬鹿なんでね。オレにはこれが一番性が合ってるんだよ。アレだ、殿ってやつか?」
「この阿呆! 一人でこの数を相手になんて、それこそ筋肉馬鹿には荷が重いじゃないか! なら、ボクも残──」
「駄目だ」
ピシャリと続く言葉を遮る。
「あちらさん側には強敵が四人いる。こっちは一人以上掛けちゃならねえんだよ。お前ならわかんだろ──なあ、相棒よ?」
「…………ッ!」
荒凪の言葉に、絢人は絶句した。本当に単独でこの数に挑む気なのだと、はっきり分かってしまったから。
それでも尚止めようと口を開き掛けるも、喉を通る前に赤瀬の承諾で飲み下すことになった。
「いいだろう。後ろは任せた」
「赤瀬さん!」
弾かれたようにパーカーの陰は発言主を振り返る。
「仕方あるまい、これが最善だ」
「しかし……ッ!」
「察してやれよ、男の覚悟を」
それで絢人もついには折れ、言い返すことはなく顔を赤瀬から背けた。
赤瀬は荒凪と夜魔に背を向けて城内に足を踏み入れる。
「今から敵の懐に飛び込む……行くぞ」
進む赤瀬に一瞬躊躇いながら、圭と優希も最後に荒凪の姿を目に写して後を追っていく。
残る絢人も城内に入ろうとした時、顔も向けずに荒凪へ捨て台詞を残した。
「……映画みたいなクソったれヒロイズムで死ぬんじゃないぞ」
これは捨て台詞、返答を訊くことはない。もし訊くとしたら──それは戦いが終わった後でしか有り得ない。そうでなければ嘘に聞こえる類の台詞である。無論、その時すべき返答は『ほれ、死ななかったぞ』だ。
とっとと駆けて行ってしまった相手に、荒凪は担いだ大剣を持ち直して肩を回す。獲物がバットであれば、この姿は野球選手のそれであろう。
「まったく、死ぬに死ねないよな。オレの威信に賭けて」
何より自分が憧れたのは架空のとんでもヒーローではない。現存するヒーローだ。一人目は現在大リーガーの元三冠王松井秀喜であるし、二人目は赤瀬洋司──自分が夜魔と接近遭遇した所を救ってくれた命の恩人。前者は幼少時代に夢を与えてくれた英雄なら、後者は何かを護る戦いの意味を教えてくれた英雄なのだ。それを虚像と同一視されては二人に失礼である。
身内に被害が無く憧れで戦う異能者なんて、自分だけだとは思うが──荒凪に後ろめたさはなかった。これらは命を張ってでも実行する価値がある。そう判断した。
だから、ここは通さない。さながら武蔵坊弁慶のように、だがけして死することはなく。
己を取り囲む異形を睨つけながら、荒凪健一は笑う。
「傍観してもらうのは此処までだ。さあどっからでも掛かってきやがれッ!」
*
城に踏み込めば、そこは広くスペースのとられたホールだった。床には赤い敷物がしかれ、壁には肖像画、置物など──それらの真贋を見極められる慧眼を持った人間はいないので、貴重なものかどうかは判別がつかなかった。
圭達の向かい側には緩くカーブして左右に登り場のある階段があった。その階段は頭上のテラスで合流していて、先には奥へ進む扉がある。
ホールを見回せば当然のように他の扉があり──どこを進めばいいか惑わされる。奥に進むべきなのか、はたまた横道へ逸れるべきなのか。それすらも不明瞭、敵地内の状況も分からずに飛び込まなければいけない無謀。
それでも、なんとなくではあるが──圭は上に向かうべきだと思った。
他の扉は、なんというか希薄なのだ。動かされた気配とでも言うのだろうか、使われた形跡が少なく感じる。無論完全に使われたかそうでないかは分からない。目に見えるほどの埃も見当たらない。生まれ持った人間としての機能が奥に行くべきだと主張していた。
「上、みたい」
優希の声でテラスを見れば、奥からは夜魔が数体現れる。外が総てではなかったのだ。不幸中の幸いなのは両手で数えきれる個体数だと言うこと。
夜魔達は左右へと伸びる階段を下ることがまどろっこしく感じたのか、テラスの欄干に足をかけて飛び降りた。数百キロの肉の塊が七メートルを複数落下し、大太鼓を叩くような轟音が城内に響いた。
着地した夜魔の集団が口々に吼え、横に広がり面となって押し寄せる。前なら気圧されただろう圧迫感。しかし外の大波を掻き分け横断した者達にとっては、外より遙かに劣化した普通の細波でしかない。
結果は、目に見えていた。
二刀と拳と鞭が振るわれ、物言わぬ骸に変えた。
一○秒も掛からない戦闘は、戦いではなく茶番とすら思えるほどだった。
「進むぞ、ついて来い」
赤瀬と圭達は階段を駆け上がってテラスに到着する。そこから見下ろした一階は思いのほか遠く、日本建築と西洋の城の違いを見せつけられた。いや、正しくは西洋の城を人外が真似た代物だが。
テラスには下から見えた正面の道以外に左右にも廊下が伸びていた。長い廊下の先は少々かすんで見えた。
こうも入り組んでいると──まあ建築物としては当たり前なのだが──人間というのは本当に自分の判断が正しいのか疑わしくなるものだ。本能がそうだと訴え続けても、結果が目に見えなければ理性がそれを疑心で覆い隠す。
だというのに、その場にいる一同はこの先に何かあると肌で感じていた。激臭を放つ毒薬がぐつぐつと煮られていれば誰でも気付くように、それから最も近い位置ならさらにより濃く匂いを感じるように。左右の廊下からも気配はあった。だがこの奥からはもっと凄まじい存在感を放っているモノを察した。即ちこれが最短の道である証明。
誰も言葉にせずとも、行くべき場所は身に染みてわかっていた。迷わず一同は二階の奥へと続く道を進み出す。
そのなか、絢人だけは一度だけ足を止めて──振り向かずにまた足を動かした。振り返ってはならない。そう分かっていたから。
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