70:銃声は木霊する
数機のヘリが空に浮かぶ。日頃空を滑空し謳歌する鳥類に、己の無骨で巨大な身体を誇示して畏怖させここから追い出す。それはまさしく、圧倒的力を持って空に君臨する暴君だった。
眼下には、西洋風のおおよそ日本国内で存在するには似つかわしくない孤城がひとつ。だが山奥の広大な自然に囲まれた人間の開発の手が伸びていないここにあれば、自然と姿に違和感は覚えず、むしろ近代兵器を持ち込むSDFTがタイムスリップしたかのように場違いと感じた。
木々がなく着陸出来そうな位置を見つけると、ヘリは次々に降下する。人員の展開も迅速に、統率のとれた蟻のごとく展開していく。位置は出来るだけ高台に移動し銃器の設置。
身を隠すためのものは必要ない。あってもなくても同じだ。相手は化け物、人間相手の正攻法を揃えようとするのは時間の無駄だった。
攻撃用意を速やかに揃えたSDFTが今出来ることは日頃経験を生かして、空も地面も含めた周囲から奇襲がないかと目を光らせることだけ。
その警戒から奇襲は無駄だと悟ったのか、それとも端からそのつもりだったのかは分からないが──。
孤城の開かれた門扉から、無数の夜魔が溢れ出す。皆口々に声を上げ、音楽を奏でるように咆吼する。気分はさながらオーケストラ。ただし演奏者は皆醜い化け物揃い。
孤城から染み出して緑を減らす夜魔を数えるのは、目が眩みそうで誰もしなかった。三桁の夜魔が向こうの全戦力なのであろう、ということが分かれば充分だったのだから。
獣の演奏と併せ合奏するように、銃火が光り破裂音が森林へと木霊した。
*
「俺達が必要とされることたった三つだ」
赤瀬がその場にいる異能者全員の顔を見回して、子供のお使いレベルに簡略した作戦概要を口にする。
「この場を突破し、敵中核を破壊し、生存する。それだけだ。──まずはこの夜魔の嵐を突破する。後方から援護はあるが、それに頼るな。夜魔を薙ぎ倒し最短で本拠地へと侵入する。各自、用意は良いな?」
圭、優希、絢人、荒凪──一同が力強く頷いた。後ろ髪を引かれるような憂いはない。今までにないくらい全力で戦いに挑める状態だった。
ならばよし、そう赤瀬も頷き圭達に背を向ける。視線の先には地を埋め尽くす凶器の群れ。人が巻き込まれただけで肉塊に慣れ果てさせるだろう精肉機械。
SDFT側の兵士が操る銃器の弾丸が、溜弾砲が、雨霰と夜魔に降り注いでいく。しかし、一度のそれで倒れるのは僅か数体。ばらまかれる弾丸のほとんどが足留めにしかなっていない。前にいる同類の屍を踏み潰し、標的を貪ろうと血に餓えた牙を光らせる。ただ貪欲に、人間の攻撃など恐れず、愚直に醜く前進してくる。
その圧力にSDFTはじわじわと後退を余儀無くされていた。
この中を、潜り抜ける。
SDFTと夜魔の対戦でもっとも過激で大規模な、一撃必殺の飛び交う戦場だ。銃弾と牙の雨のなかを突っ切るなど自殺行為でしかない。が、やらねばならない。戦場を回り込むなどは愚の骨頂。論外。思考の外。余計なことに時間を掛けては勝ちはない。それで敗北を喫すればまさしく負け犬。怯えて逃げて地べたを舐めることになろう。
故に今からこの場を駆け抜ける。
駆け抜けねばならない。
覚悟がないものはこの場におらず、
意志を定めた人間のみが存在する。
赤瀬が刀を抜き放ち、戦国武将のように刀身を天に掲げた。その姿は雄々しく、まさしく行動と合わさり歴戦の武将の貫禄を滲ませた。
そして、戦鐘を叩くため息を吸い込み──
「敵陣中央突破ッ! 俺に続けぇッ!!」
──戦鐘は、空気を震わせ轟いた。
*
圭達は走りだす。その後方から放たれた砲弾が、圭達の進行方向にいる夜魔を蹴散らした。まだ大分距離あるにも関わらず、粉塵と僅かな熱波が降りかかる。
鉄臭い血臭がする。肉が焼ける臭いがする。悲鳴と怒号が耳を叩く。
この日本に小規模であれ、軍隊が戦う紛争地帯が出来上がるなんて誰も思わなかっただろう。圭も目の当たりにしている状況に、身が竦みそうになる。それを手にした柄を握り締めることで収めた。
ちらりと視線を右手に落とせば、先には抜き身を晒している日本刀があった。鞘は赤瀬と違い置いてきていた。赤瀬にこれで"刃を創れ"と言われたのだ。既に刃をなしているものを刃物にするなど、矛盾している──が、圭は赤瀬の言葉に反対はしなかった。何故かはわからない。脳が自分の不利益になることではないと判断したのかもしれない。
徐々に夜魔との距離が縮まっていく。接触するまで数秒と迫った時、先頭を走る赤瀬が気合一拍、刀を振るった。
濛々とするほどの土煙を上げ、闘牛のさながら爆走する夜魔に見えない斬撃が放たれる。それが真っ先に接触するはずだった夜魔を薙ぎ倒し、その後方の夜魔をも両断した。
その一撃が、夜魔と異能者の戦いの火蓋を斬ることとなった。
先頭を赤瀬、中央に荒凪と絢人、後方に圭と優希という戦列で咆哮搏撃という様子の夜魔とぶつかり合う。
攻撃能力の高い赤瀬、荒凪、絢人が敵を屠りながら、膂力の差で真っ向から突撃してくる夜魔に対応出来ない圭と優希は左右から迫る夜魔を撃退するという戦術だった。
圭は日本刀に能力を込める。蒼の光は刀身を包み発光。目を眩ませる光に怯んだ夜魔を斬りつけて、行動を止めさせる。ただ突破するだけの行動、それもバックアップに確殺は必要ない。先を行く者に遅れないように、かつ降りかかる火の粉を払うだけで良い。後は遥か後方のSDFTが対処してくれるからだ。事実、先程圭が斬り、今は後方に置き去った夜魔が対物ライフルによる射撃で倒れていた。
「優希、無事か!?」
「するなら、自分の心配して!」
優希に声を掛け元気そうなことに安堵してこちらを狙う夜魔を払う。合間、扱う刀を確認する。
形一つ変わらない日本刀。鍔と柄の装飾にもまったく変化はない。それでも切れ味と強靱さは段違いだった。刃の鋭さで言ったら、いつも圭が創り出すものよりも上質。夜魔の肉と骨を断つ時の感覚でそれが実感できた。まるで夜魔が発泡スチロールのように感じる。
きっと赤瀬はこれを見越して刀を渡したのだろう。ただ金属で創るより、原型となる刃を用意しておけばさらに強力なものが出来ると。圭が元から刃物を扱おうとすれば、能力は新たな刃の創造の代わりに余剰エネルギーを強化に当てるのだ。
本当に、かつてないほどの絶好調だった。
これならば、行ける。夜魔の群れを突破してあの城に到達し、人外とも渡り合うことが出来る。
鬼神の如く夜魔を圧倒的力で斬り倒す赤瀬に続きながら、圭は確信した。
夜魔の集団の中盤まで進行し、およそ五○メートル。学校の校庭片道くらいの距離、それが圭達の目指す目標地点までの到達距離だった。
*
自分の傍らで何十と言う数の銃器が轟いた。硝煙の匂いが辺りに立ち込め、火薬の刺激臭が鼻の奥に染み付く。
溝呂木龍一はスーツ姿でその戦場にいた。防具の意味はない。接近されればアーマーは紙同然であるし、夜魔に遠距離攻撃の手段はないはずだ。もしあったとしても、やはり生半可な防具では動きを妨げるだけだろう。
「夜魔をこちらに近付けるな、弾雨を絶やすなよ! だが先行部隊には絶対当てるなッ!」
溝呂木は口元に付けているマイクへと向けて叫ぶ。瞬時に音声が全部隊員の無線に届き、イヤホンから出力されて鼓膜を貫いているはずだ。
直後、弾幕を抜けてきた夜魔が先頭に配置していた戦車に組み付いた。爪が強固なはずの装甲にミシリミシリと埋まっていく。
指示を稲妻の速さで飛ばせば、対物銃が夜魔の脇腹に穴を穿った。続けざまに苦痛で動きが鈍る夜魔へ、弾丸が獲物に殺到する肉食獣さながら撃ち込まれる。トドメとばかりに戦車の無限軌道で押しつぶされた。
主力兼盾が失われるのは避けられたものの、一瞬弱まった弾幕のせいか夜魔の集団がまた少し近くなった。この距離がゼロになった時がSDFTの決定的な終焉だ、と溝呂木は思う。だが、そうなるとしても彼らを親玉まで導いてからにしたい。
溝呂木の思考に反応するように、夜魔の大海を横断する彼らの背中に巨腕が迫った。命令を飛ばそうにも間に合わない、と舌を打つ。
手遅れかと思いきや、しかし、夜魔の頭が仰け反る。脳天直撃のはずが、頭は健在。恐らく普通の狙撃銃で撃ったのだろう。それでも絶命しない夜魔には畏怖を禁じ得ないが。
それに仰け反らせるだけで充分だった。もう彼らはさらに最奥へと突き進んでいる。あの夜魔の干渉は受けることはない。他の夜魔には狙われるだろうが、目の前の危機は脱した。
「そう簡単に、子供をやらせはしませんよ!」
ボルトアクションを引きながら、二脚の狙撃銃のスコープから頭を上げた兵士──多分彼が今の狙撃を行ったのだろう──が、得意気に口元をつり上げた。銃撃の手を揺るめずに周りの兵士も同調するように声を上げる。暴力的なまでの銃声にもかき消されることなく、それらは溝呂木の耳に届いた。
銃声と怒声が入り乱れた自然の中、と言うアンバランスなこの場所で、溝呂木を喉が壊れようとも構わず声を張り上げた。
|