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剣神-ブレイドマスター-
作:刹那



64:分散戦闘


 中空に向けて刀身揺らめく日本刀を振るう。力強くかつ自然な動作として行われたそれは排他的な行動とは思えぬほど美しく、作り込まれた絵画(かいが)を再現しているように錯覚した。

 直後、夜魔の巨体に日本刀が辿った剣筋と同一の傷が刻まれた。一刀で横に両断された傷は剃刀で斬られたモノよりもなお鋭く、細い。その鋭利過ぎる斬撃は夜魔に自分が斬られたことを認識させないほどであった。

 ようやく致命的な一撃を受けたことを夜魔が知覚出来たのは、身動きをとろうとした瞬間に上半身が下半身から滑り落ちた時だった。地面に落ちた自分自身が切断面から血を流す下半身を見上げた(のち)、意識を永久に喪失した。

「さすがだ、赤瀬洋司。この悪魔(よま)達じゃ時間稼ぎが関の山と言ったところか」

 背後から声が掛けられて、しかし赤瀬は慌てず自然体で振り返る。余裕を持ったその動きに、しかし一片の隙も存在しない。三六○度総て視覚出来ているのかと思うほどに。

 赤瀬の周辺には、夜魔が存在した。否、先程まで存在していた。今そこにあるのは有象無象の死体の山。どれも一刀で確実に完璧に誤魔化しようがないくらい、絶命へと至らしめられていた。一目見れば誰でも理解できるだろう。どの死体も両断されて大量の血液を噴出しているのだから。

「時間を稼がれるんだ、俺も未だに未熟と言うことか」

 周辺で横たわる夜魔のことなど意に介さず、刀を振るって刀身に付着した僅かばかりの血糊を飛ばす。片手で数え切れぬほど夜魔を屠ったにも関わらず、その刀身には刃こぼれ一つなく、たった今研磨されたばかりように鋭い。蛍光灯を照り返す刀身はしっかりとゼパルの姿をうつしこみ、いつでも首を跳ねられるよう刀を構える。

 ゼパルはオペラさながら大仰に肩をすくめた。

「これで未熟か。いやはや謙遜は日本人の美徳だね」

「謙遜などではないさ。人間は日進月歩、日々進歩している。……もっとも、貴様等も同じかは分からんがな」

「言ってくれるよ」

 いつの間にか、ゼパルの右手には一振りの剣が握られている。美しく繊細な意匠の剣をゆっくりとした動作で構え、

「その言葉には身を持って反論させて貰う」

 戦闘開始。

 飛び出したのはゼパルの方が速い。しかし初手は赤瀬の方が速かった。

 いくら動きが速いとはいえ、この通路では直線にしか動けない。それは赤瀬にとって絶好の地形だった。

 赤瀬はまた中空を刀で薙ぎ払う。まだ距離のあるゼパルに刀身が触れることは当然ない。が、確かにこの"斬撃"はゼパルを捉えようと肉迫していた。

 突然何もない空間でゼパルは足を折って身を伏せる。するとゼパルの髪が切断され、その一房が宙に舞った。

 ゼパルは舞い落ちる頭髪を視界に収めながら、発条(ばね)のように地面を蹴って赤瀬に接近する。

 刃金同士が火花を散らしてぶつかり合った。互いに刃がジリッと硝子を削るような甲高い音を上げる。

「それは既に見切っているんだ、赤瀬洋司」

「……、前言は撤回させて貰おう。人外」

 二者の攻防はまだ終わらない。

     *

 優希は通路を駆けていた。目立った息切れもなく安定した走りを見せる様子はマラソン選手と変わりはない。ただ走っている場所が死線の真っ只中なのを除いて。

 まだ圭と別れて二分も経過していないが、新たに発見した死体は既に片手で半分以上の指を折らなければならない数に達していた。

 焦燥を抱きながら走っていると、横合いの通路から誰かの足がはみ出しているのを見つけた。生きているか死んでいるかは分からない。生きていて欲しい、と思いながら優希は生死を確認するためにずっと直進していた足をその隊員の方へと向けて、

 でもその人間は死んでいると気づいた。正確にはたった今目の前で"死んで"しまった。相変わらず足しか見えていないが死亡は確定している。はたして、この世に何百キロと言う肉塊に踏まれて身体を押しつぶされたにも関わらず、生存出来る人間がいるだろうか。

 通路から夜魔が巨体を覗かせた時、優希は自分の身長よりも長い剣鞭の精製を終えている。同時に臨戦体勢をとっていた身体は、夜魔に向かってしなやかに打ち出された。

 獣が気付き牙を剥くが、遅い。先手を得た優希は的確な狙いで剣鞭を夜魔の首に巻きつけ、引いた。

 剣鞭が夜魔の首をバター同然に断ち切り、頭部が宙を舞い地面を転がった。落ちた頭へと牽引されるように、巨躯が音を立てて地面に倒れ伏す。

 ふっ、と安心で一瞬だけ身体から力を抜ける。

 ──ヒュン。

 瞬間、どこからともなく風切り音を鼓膜が捉え、背筋が冷えた。

 それを躱すことが出来たのはほとんど偶然のようなものだった。背後から飛んできた鞭が頬を裂いて引き戻される。横一線の傷口は意外と深く、頬に紅のカーテンが引かれた。

 これが頭に当たっていたらと思うと、心臓がばくばくと早鐘を打った。

 弛んでいた精神が瞬時に引き締められ、すぐさま背後を振り返る。

 まず視界に広がったのは墨のように黒いゴシックドレスと、負けず劣らず真っ黒な長髪。絶妙なバランスで彫られた顔付きと合わさって、人形めいた美しさを醸し出していた。だがその表情は人間味に溢れていて、肌と黒のモノトーンの中で紅い瞳が細められている。

 予想はしていた。ゼパルに会った時点で他の人外、コンダクターがいるのはなんとなく想定できていたし、鞭が放たれたことで"背後の人外が誰か"なんてすぐにわかった。

 それでも、やはり目の前にするのは心臓に相当悪いものだ。

「御機嫌よう。また会いに来てあげたわ。今日は一人なのね。彼には振られたのかしら?」

 アスタロトは片手に鞭をぶら下げて、友人に語りかけるような気軽さで優希に声を掛けた。もっとも、相手が友人ならば言葉の端々に毒は込められていないだろうが。

 軽口に乗らず、優希はアスタロトの行動に目を凝らす。どこから鞭が飛んできても確実に躱すためだ。同時に反撃を決めるためのパターンを脳裏に浮かべていく。身体は総て臨戦状態で待機している。もう不意を突かれることはない。

「あら、つまらない。少し位言葉のキャッチボールを楽しみましょうよ」

「……そんな口、私にはない」

「そう? なら──」

 パシンッ、と鞭が床を叩くと破裂音を響き、そこに罅が走る。

「無理やりにでも喘がせて、あ、げ、る」

 床に叩きつけられた鞭が、今度は優希に襲いかかった。長い首をしならせ空気を裂く様子はさながら蛇。線ではなくほぼ点で向かいくる鞭を防ぐことは至難の技であり、優希は後方に跳び避けた。

 しまった、と優希は自分の失策に舌を打つ。この通路では迎撃のため鞭を振るうには狭すぎる。優希の剣鞭も僅かながら自立浮遊を出来ることから、アスタロトの鞭と同じく常識に捕らわれている物ではなくこの場でも扱うことはできるが、威力も使い安さも通常より劣ってしまう。この武器をより効果的に使用するためには先手をとる必要があったのだ。

 アスタロトの扱う鞭が容赦なく優希へと跳んでくる。後ろに下がりながらそれをよけ、あるいは壁を切り裂きながらも剣鞭で打ち落とす。

「どうしたの? もっと声を上げなきゃ感じないわよ!」

「独り善がりに付き合ってるの──!」

 苦し紛れに放った一撃はアスタロトにかすりもしない。

 まずは場所を変えなければ話にならない、と優希は脳内にSDFT内の地図を広げる。慣れ親しんだ空間だ。通路の繋がり、何がどこにあるかなど完璧に記憶している。

 今は開けた場所に出ることを最優先に考える。地図の中から現在地を特定し、一番近い位置にある空間に余裕のある場所を見つけ出す。距離は直線で約一○メートル程度、通路に従って行けば二倍の二○メートル前後の位置。そこに休憩所があった。自販機と幾つかの椅子が設置されたそこは、普段ならSDFTの人間が息抜きに訪れる憩いの場のひとつである。スペースは、人間サイズがふたりなら暴れまわっても窮屈でない程度には確保されている。

 目的地決定。

 だがそこまで辿り着くには、連打連打連打、と隙間なく迫る鞭の手を緩めなければならない。視界の端に紅い血溜まりを認めれば、足下にあるであろうモノをサッカー選手さながらアスタロトへと蹴り飛ばす。

「────ッ!?」

 飛来するそれをアスタロトは優希に向けていた鞭で迎撃した。一見革製の鞭は有り得ないことに、それを真っ二つにかち割った。分かたれたそれからは澱んだ血液と脳髄が溢れ出す。

 転がっていた夜魔の頭部を蹴り飛ばすと時同じく優希はアスタロトに背を向け、反対側に全力疾走していた。

「はあっ!? このっ、待ちなさいよ!」

 まさか全速力で逃げられるとは思っていなかったのか、虚を突かれたような声でアスタロトは怒鳴った。獲物を逃す気はないのか、アスタロトは優希を追跡する。追われるのはむしろ好都合。下手に諦められては他の人間が被害を被る。赤瀬等の推測は恐らく正しい。奴らは自分達異能者でなければ太刀打ち出来ない、そう本能が訴えていた。

 背中で空気が裂ける音による恐怖感を唾と一緒に飲み込んで通路を疾走する。本来敵に背を向けるなんて自殺行為なのだ。それが分かっているだけに、現状は死神に鎌を喉元に押し当てられているような感覚だった。いや、現に押し当てられている。人外に背を向けているのだから。今まさに背後へと追いつかれていないか、もしくは銃弾のようなモノを撃ち出されてはいまいか。

 大丈夫、足跡は聞こえ続けている。それに例えば空間を裂いての移動は、幾つかのアクションが必要になるんじゃないか。止まって手を中空に突き込むなりなんなり。仮にこれで移動されても自分は常時走っているのだから、転移先にはもういないはずだ。遠距離攻撃もよく分からないが身体が無効化し受け付けないと言っていた。どうってことはない。

 角を曲がり、直進し、また曲がり、目の前に半開きの扉が見えた時、優希はそこへと頭からダイブした。

 地面を転がりながら手をつき、新体操選手のように身体を捻って無駄なく立ち上がれば、入り口に向かい油断なく剣鞭を構える。優希に数瞬遅れて扉が乱暴に吹き飛ばされた。ひしゃげた扉は優希の真横を転げて、椅子を巻き込みながら自販機に叩きつけられる。ショーケースが粉砕され自販機のライトが誘蛾灯のように点滅した。

「前戯の途中で逃げ出すなんて、随分興が削がれることしてくれるじゃない?」

 遮蔽物を無くした入り口から漆黒赤眼(しっこくせきがん)のビスクドールが、不穏な空気を撒き散らしながら現れる。

 思う存分暴れ回れる空間を手にした優希は、怯えることなく毅然とした様子で微笑む。

「あなた風に言うなら、場所を野外からベットに移しただけ。……本番はこれから」

 その台詞でアスタロトが無視していたこの場所に目をやり、広い空間を確保しているのを認識する。すると不穏な空気は薄れ、入れ替わりにねっとりと絡みつく──甘い蜜の香りが生まれる。

「面白いじゃない。でも外よりベットの方があたしも激しいわよ? 簡単に逝っちゃわないでね──」

 アスタロトは愉しげに笑みを浮かべ、

「どっちが──ッ!」

 それに向けて優希は剣鞭を振るった。


最近字数が少ないのは仕様です。刹那です。

急ぎ足なので相変わらず文章が粗いですが、お許しを。

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