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剣神-ブレイドマスター-
作:刹那



61:波乱の前触れ


「……さて、そろそろ帰るか」

 辺りに漂う燃え落ちた線香の匂いを肺に溜めながら、圭は曲げていた膝を伸ばす。もうここで今やるべきことは終わった。

「うん、そうだね」

 圭の言葉に二人が賛同する。そうして三人は簡単な後片付けをすると、墓前を去ろうとした。

 墓に背を向けて、思い出したように圭は振り返った。視線の先には最初とはまるで見違えた墓標がある。肩から力を抜いて、圭は独り言でも口にするかのような小ささでつぶやいた。

「また、来るよ」

 今度はちゃんと時期を間違わずに。

 水桶を揺らしながら圭は今度こそ墓の前を後にした。

     *

 三人で水道に赴くと、圭は水桶の中身をぶちまけた。水が排水溝に吸い込まれていく。そうして軽くなった水桶を持って、圭はふたりを振り返った。

「お待たせ。行こう」

 中身のない桶の中で柄杓(ひしゃく)が軽快な音を鳴らした。

 目と鼻の先にある墓園の入り口に足を踏み出そうとして──視界の端に黒い陰を見つけた。今度こそ気のせいではない。確実に黒いシルエットのそれはいた。

 とっさに振り返って、驚愕した。こんな所にいて許されるものではない存在。

 この場に浮かび上がる異質な漆黒の燕尾服の人影。人影ではあっても、それが人の皮を被った文字通り悪魔であることを圭は知っていた。

 ここに眠ることになった人間──少なくとも二人──を作った張本人。

「まさか、こんな場所で巡り会うとはね」

「ゼパル……!」

 夜魔を操りしコンダクターがリーダー、ゼパル。

 それが、悠然と墓園の中に存在していた。

 優希が深雪を庇いながら前へ出ると、鉄塊の詰まったポケットに手を入れた。いつでも剣鞭を生み出してフォロー出来るように。

 ゆったりと流れていた場の空気が一瞬で一発触発のニトログリセリンに変質していた。ゼパルを知らず状況が分からない深雪も狼狽(うろ)えはするが、けして声を出すことはできない。そんな切迫した空気。

 圭も厳しい顔で後ろのベルトに手を伸ばす。コートで隠れたそこには、警察が使用している警棒と鉄塊がぶら下がっている。警棒は先日溝呂木に渡してもらったものだ。携行性に優れ、かつ長物になる警棒は圭の能力と非常に相性がいい。これと鉄塊を同時に使えば剣を作り出すことができる。代わりに短剣を精製する鉄塊がなくなってしまうけれど、剣の方が有用だった。

 臨戦態勢をとる圭達と違い、ゼパルの表情は緊張のかけらも感じられなかった。やれやれと肩を竦める。

「別に戦うために来たわけじゃないさ。そういきり立つなよ」

「戦うため、じゃない……? ならなんでお前はこんな所にいるんだ?」

 警戒を一切解かずに圭は詰問する。

「僕が墓園に来てはならない道理なんてあるかい?」

「ないな。……そもそも、お前らに道理なんて概念はな」

「いい得て妙だな、それは」

 圭の応えにゼパルは微笑を浮かべると、燕尾服の裾を翻した。その一挙動に反応して圭と優希は異能を発現させようと力を込める。

 しかし、なんのことはない。ゼパルは圭達に背を向けただけだった。それだけと確認しても、安心するものは一人としていない。その背中から"腕が生えてくる"可能性がないわけではないのだ。

「僕からの忠告。無論、無視したって構わない。ただお節介に言っておこう。"早く帰った方がいい、自分達の(よりどころ)を大切に思うなら"、な」

 さっきまでまったく吹いていなかった風が突然現れ、景色を凪いだ。突風に驚いて目を覆う。それが止んで視界を取り戻した時、風に連れ去られたようにゼパルの姿は消え去っていた。

 辺りを見回して、空も見上げてみるがゼパルの影はどこにもない。それを確認すると緊張して身体に込めていた力が抜けた。周囲の異質になっていた空気が、冷たい冬のそれに戻っていく。

 一瞬で跡形もなく消え去ったゼパルに深雪は目を丸くしていた。

「なん、だったの?」

「あれは……だな。敵の親玉とでもいうか……」

 ゼパルについては説明し辛く、言葉に詰まる。夜魔を知っている人間でもゼパル──コンダクターの異常性を一度目にしなければ説明を信用できない気がした。

 どうやって話そうか圭が迷っていると、優希に名を呼ばれた。

「どうした?」

 声の方向に顔を向けると、優希が深刻そうに表情を陰らせていた。どこか不安げなそれを見て、圭の中に嫌な予感が込み上げる。

「さっきの言葉、どういう意味だと思う?」

「……さっきの言葉?」

「早く帰った方がいい、って」

 ──早く帰った方がいい、自分達の拠を大切に思うなら。

 この言葉を思い出して、圭は優希の不安が意味する所を察した。同時に冷や汗が背筋を撫でる。もし予想通りだとしたら、帰った先は目も当てられない惨状に変わり果てている可能性がある。

 圭も自分と同じ結論に至ったのを感じて、優希が首を縦に振った。

「深雪、すまん。さっきの説明は後回しだ。急いで、向山市に帰ろう」

 ただならぬ様子に戻った圭に、深雪は潔く頷いた。問うことはない。彼女はやはりよく理解してくれていた。このことに心底感謝したいが、今はそれどころではない。圭は内心で頭を下げながら、二人と共に墓地を後にしようとした。

 その直前、視界に鮮やかな花弁が混じった。

 振り返って連なる墓石に目を向けると、ひとつの墓に色鮮やかな花束が添えられていた。季節外れの見舞い客は圭達にもいたのだろうか。

 一分一秒も惜しい今、圭は特に気にすることはなく止めていた足を動かした。

 よく注意してみれば気付いただろう。その花々は、ついさっき供えられたように瑞々しかったことに。

     *

 日が暮れて夜が訪れようとしているころ、幸水絢人はいつも通りパーカーのフードを深く被ったスタイルで歩道を歩いていた。片手をパーカーのポケットに突っ込み、もう片方の手でコンビニ配布のビニール袋を揺らしている。いつも感情を表さない絢人にしては珍しく、その所作から不機嫌さがにじみ出ていた。

「……缶コーヒーくらい自分で買いに行けば良いだろう」

 小さな呟きは変声機もいくらか感知を逃し、ちぐはぐな声になって自分ひとりの耳に届く。

 片手にはビニール袋があり中には缶コーヒーがひとつだけ入っていた。コーヒーの重みでビニール袋が縦に伸びている。SDFT内の自販機で缶コーヒーだけ品切れになっていたので、絢人が真由美にパシリとして使われたためである。ちなみにビニール袋があるのはコンビニで購入したからだ。理由はコンビニの方が安かったから。意外と倹約家な絢人であった。

 あのコーヒー狂め、と絢人は毒づいた。本人はコーヒーが少し好きなだけと言っているが、他人をこき使ってまで買わせに行かせる所からして間違いなくカフェイン中毒者だ。

 SDFTに帰るため信号待ちをしていると、絢人はあることに気がつく。

 ──人気がない?

 周りがやけに静かだった。静寂。人の喧騒がない。このSDFTは人気が出来るだけ少ない場所に創設されたから人が少ないのは分かる。だが今は人の足音すらしない。ただ自分が提げているビニール袋の擦れた音だけがしていた。

 絢人が辺りを見回す前に信号が青に切り替わる。確認するタイミングをずらされて、まあいいかと歩道から足を踏み出していき、

 真横から盛大にクラクションを叩きつけられた。

 発生源は7tもの圧倒的質量を持つトラック、それが時速数百キロで絢人に迫った。

 常人ではクラクションを受けた後顔を向ける前に挽肉とされる時間の中、絢人は余裕ある動きである動作を完了させている。クラクションを認識する一拍前から既に開始していた行動。

 地面を蹴って避けるでもなく、

 トラックに腕を突き出すという単純な動きを。

 刹那、トラックが絢人に接触した。

 ─────────。

 音もなく、トラックは活動を制止する。その前方、小柄な体型の絢人が微動だにせず"たった片腕でトラックの動きを止めている姿があった"。

「人気は、あったな」

 絢人が言葉を洩らして、トラックの横手に回った。手を離してもそれは動き出す様子はない。

 取ってに手を掛けて扉を開けると、トラックが動かない理由が簡単に判明した。

「もっとも既に人ではない、か」

 絢人はフードの中で眉を顰める。

 フロントガラスは粉々に砕け散り、運転席に血液と肉片に混じって散乱していた。内容物を吐き出してバラバラになっている座席に混じって、四肢をあらぬ方向に曲がらせて肉片を散らす死体がハンドルにもたれかかっている。念の為に言っておくが先の激突とはまったく関係ない。最初からこの肉塊はこうだった。これが絢人に接触した原因か。運転する人間がいなくなってトラックはコントロールを失ったのだ。

 絢人は亡骸に手を掛けてハンドルから離し、原型は留めている座席に横たえた。煩く鳴り響いていたクラクションが鳴り止む。

「いったい、これはどういうことだ?」

 フロントガラスを打ち破り運転手を死にいたらしめた原因は何か。事故では有り得ない。どんな事故でこんな状況になるというのか。鉄パイプがフロントガラスを突き破り運転手に直撃する事件などなら実在するが、これはそんなレベルの話ではない。

 気にはなるが長居は良くない。もう目撃者が警察に通報しているだろう。早々に立ち去るが吉か──。

 そんな考えは一瞬後に向けられた殺気で霧散した。

 とっさに(へり)を蹴ってトラックから飛び退く。瞬間、上空から落下した巨大な怪物が運転席を押し潰した。絢人には見慣れた巨体の異形。

「夜魔!?」

 こんな人気がある場所で夜魔が現れるなど、前例にない。そうフードに隠れた絢人の顔に珍しく焦りが生まれた。それと同時、血臭が鼻についた。トラックからのものではない。これはもっと大量のむせ返るほどの血の臭い。

 はっとして街の様子に目を向けた。

 そこには、悲惨な光景が広がっている。

 人、折り重なる人、人、人、転がる死体の群れ。

 何十人もの、おおよそこの場の一度に集まる数と同等の人間が骸に変えられていた。

 ──なんで今まで気づかなかった!

 今まで得体の知れない何かに覆い隠されていたように、絢人が認識すら出来ていなかった死体達に目を剥いた。

 ──認識出来なかった?

 いや、認識させられていなかったのか? 何かに妨害されて。その何かの正体は容易に想像が出来た。こんな常識外れのことは奴らしか出来ない。

 数瞬思考にとらわれていた絢人に柔軟な動作でトラックから夜魔が大口を開けて飛びかかる。

「邪魔だッ」

 夜魔の獣面の鼻っ柱に絢人は拳を目にを止まらぬ速さで打ち付けた。鈍い音を上げ、たった一発の打撃で呆気なく夜魔の頭は吹き飛ばされた。首から鮮血が溢れるより速く跳ね上げられた絢人の爪先が胸部の人面を穿つ。その身体から想像も付かない力を受けた夜魔の体躯は宙を舞い、絢人の背後を転がった。

 絶命した夜魔を振り返ることなく絢人は地面を蹴る。

 予想通りだとすれば、SDFTが危ない。ビニール袋を投げ捨てて絢人は自動車顔負けの凄まじい速度でSDFTに向けて走り出した。


お久しぶりです。刹那です。
はい、本当久しぶりですごめんなさい!ここ2ヶ月更新が出来ませんでした。楽しみにしてくれていた方がいたらマジすいません。そんなわけで急いで投稿しました。

更新が遅れた主な原因はナイトウィザード二次とゲームと期末と後怠惰(爆)
期末は勉強してなかったのでもし追試になったら補習で死にます。

これから急ぎ足で進んで行こうと思うので、少し展開が急になるかもしれません。ご了承ください。それでは。











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