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剣神-ブレイドマスター-
作:刹那



50:二双剣舞


 山里圭は剣の柄を両手で握り、腰を僅かばかり低くして剣士が居合いをするように刃を腰の辺りまで下げた体勢で、夜魔と対峙する。

 人格保持の夜魔が、苛立たし気に圭の姿を見回す。その視線だけで蠅にたかられているのにも似た不快感がまとわりつく。

「テメェは、この間の餓鬼か? 一度ならず二度までも俺様の狩りを邪魔しヤがって……。あれか、自殺願望者か? 殺されたいか? アァッ?」

 舌打ち混じりにドスを利かせた腹に響く罵声。そっち方面の人間を自然と連想させた。こいつもあの()みたいに"生前"があるならば、きっとそういうことに少なからず関わっていたのだろうな、と圭は思う。

 途端、胸に重く黒いモノが落ちる。人間、元は人間。"仮説"とされているものを、圭はあの日を境に真実だと"認識"してしてしまった。誇大妄想でもなんでもない。舌が食べ物を美味いと感じるのと同じく、身体が精神が根底があれは人であると"認識"している。意識するまでもない"認識"。夜魔が如何に面妖な姿(すがた)(かたち)をしていても、奴らは人間であると。

 でなければ、あそこまで精神を破壊されない。と、言い訳でもなく圭は感じていた。人間は自分の目を背けたい事態に陥った時、無意識に自己防衛機能が働いて"もっともらしい虚実"を探し出す。あたかもそれを本物だと自らに誤認させ、精神を防護する。

 だが、あの時は目の背けようがなかった。"あれは人間ではなく、ただの(さか)しい夜魔"と逃げるはずの道はなかったから。否定するはずの部分が、あれは人間を内包した夜魔であると"認識"していたせいで。

 だから、圭は間違いなく"奈美"と言う人間を殺した。

 そして、今から名も知らぬ人間を持った夜魔に剣を向けている。

 振り切ったはずの恐怖が、じわりじわりと這い上がってくる。やめろよ人殺し、これ以上世界を(ほころ)ばせるなよと。

 振り切ってなどいなかった。ただ罪の意識を一時的に精神の優先順位から格下げしただけの話だ。油断すれば、いつだって自分を見失いそうになる。

 だけど、

 うしろには彼女がいて、夜魔の背後には今まで殺戮された人の死の気配が漂っている。

 あの中に彼女を加えてはならない。あそこに取り込まれることなど、あってはならない。

 だから今は、両足を地について、鉄のごとき決意を決め、決死の覚悟で立ちふさがる。

 第一、こんな最低下劣非道野郎は、殺すよりも殺される方が相応しい。

 どんなことがあろうと、殺される人の命はあってはならない。奈美はどんな風になっていても、"人間"だった。

 だが、こいつのように心底から人を辞めたモノなら、それはけして人ではなく──

 ──ただの、悪魔(よま)だ。

「狩り、そう言ったな?」

 鋭く、夜魔を()めつける。

 柄を取りこぼさないために力を込め、足場の砂利の存在すら関係ないくらい地を踏みしめる。筋肉に酸素をいれ活性化させ、アイドリング状態のエンジンにアクセルを踏み込み指令を送って。

「なら、たった今から──狩られるのはお前だ、裸身の愚者」

「テメェ……ッ!」

 命令を受けずに独断で、やらなければやられるとゆう本能に突き動かされた夜魔二体と、圭が砂利を弾き飛ばしながら走りだしたのは完全に同時だった。

「ゴゥフゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 まず最初に片腕を優希に斬り飛ばされていた夜魔が、圭を自らの射程に捉えた。

 手を拳と成して振り下す。圧倒的存在感を主張する鉄槌(トールハンマー)。それは家屋の外壁さえ余裕で粉砕しかねないほどの代物だった。

 身体能力を人の内に収めた圭には、振り下ろされるそれを受けることもできず、性質上受け流すことは不可能。

 横に飛び退くと、地面に拳が激突した衝撃で砂塵が舞い上がり、砂利が散弾と見紛うばかりに弾ける。

 いくつかを身体に受けて歯根の間から息を漏らしながら、ホルダーの鉄塊を投擲用短剣に精製し夜魔に向かい放つ。うちひとつが夜魔の片目を貫いた。

 眼球を潰された痛みに夜魔が悲痛な声を上げた。

 肌をも震わせるその声に歯を食いしばりながら、次なる夜魔を視界に収める。

 自分の右横──。

 両腕を広げる夜魔からの回避のたむ、再び後ろにステップ。しかし夜魔はあっさりと方向転換をして、圭を潰そうと接近してくる。

 躱すだけではジリ貧。

 ならば、迎え撃つのみ。

 数tの貨物輸送車並のプレッシャーを受けながら、臆さず圭は夜魔に向かいこちらから迫った。

 剣を水平に構えた圭と両腕を振るった夜魔、一瞬の交錯。

 圭の二の腕が裂け、赤い血液が流れ落ちる。

 そして、その代償に夜魔は胴を中ほどまで断ち切られた。

 巨体が揺れ、血に伏せる。まだ息を残した夜魔に圭は容赦なく剣を振り下ろし、事切らせる。

 一息すらつかずにすぐさま血に濡れた剣を引き抜き、隻腕隻眼となって怒りで身を震わせた夜魔に向き直った。

 夜魔は奇声を上げながら片腕を乱暴に振り回し、膨大な質量でこちらをねじ伏せようと両足を稼働させていた。

 腕はさながら肉の鉄球(アイアンハンマー)。軌道を読んで回避することなどできない、暴力の台風。近づけば安全圏など無に等しく、運良く正面から夜魔を殺せても運動エネルギーを残した腕に強烈な一撃を与えられる。

 投擲短剣(ナイフ)も気休め以外の何物でもなく、背後に周りこむしかないが、振り向き様に腕を振るわれればジ・エンド。

 ならば、どうするか。

 圭は──敢えて正面を行った。

 身を低くして赤いマフラーの軌跡を残しながら疾駆する。

 狂った円舞曲(ワルツ)はすでに目と鼻の先。タイミングを間違えば挽肉(ミンチ)。それも精肉工場のより粗い中途半端に原型を留めた不良品となってしまう──。

「──ッアア!」

 剣を地面に突き立て、それを支点に地面を蹴って円舞曲と合わせるダンスのように身体を一回転。遠心力で剣を引き抜きながら夜魔の腕と目が存在しない真横に移動し、挽肉機を間一髪で回避する。

 ──まだだ。

 ここで気を抜いた瞬間、山里圭の死が確定してしまう。

 夜魔の死角へ入り一時的に認識外となった今が、最大にして人生最後のチャンス。しくじってはならない。なにせ圭はこれを"人生最後のチャンス"にする気は毛頭もないのだから。

 人面の瞳がこちらを今まさに捉えたが、それはもう遅すぎ、

 ──一線。

 ここに山里圭の生存が確約された。

 左半身を斬り裂いた刃は心の臓をも両断し、夜魔は絶命した。

 肺に溜まった二酸化炭素を吐き出して、剣先を最後の夜魔に突きつけると、圭は悠然と告げた。

「──後はお前一人だ」

 夜魔の表情が憤怒に歪んだ。その迫力に、巨体がさらに一回り以上大きく見えた。それでも、圭の表情は変わらなかった。泰然自若(たいぜんじしゃく)としたその態度が、夜魔に油を注いでいく。引火した炎が揺らめいているように、夜魔を照らす夕日がぼやけて見えた。

 圭の頬を冷や汗が伝う。表情に怯えはないが、内心戦々恐々としていた。先程の戦闘も、一歩間違えば三途の川を見てしまうようなギリギリの交わり。優希が(あらかじ)め夜魔に痛手を与えて、なおかつ敵を減らしてくれていなかったら、逃げ回りでもしない限り圭は瞬殺されていただろう。

 何かひとつ食い違っていれば、結果は違ったかもしれない。

 夜魔と一対一になったこの状況でも、まだ危うい。何せ相手はあの絢人を曲がりなりにも下した相手だ。何をするかはわからない。

 間違いなく、一級の危険な相手。

 それでも、圭に退く気はさらさらない。

 ──先手必勝。

 剣を払って付着した血液と脂を飛ばし、圭は夜魔に向かい地を走った。

「舐めるな糞餓鬼ガァッ!」

 恐れ多くも通常の夜魔と同じように前進してきた圭に罵声を飛ばし、迎え撃つ。

「はあッ」

 初太刀、袈裟(けさ)に一薙ぎ。

 夜魔は力を込め、収縮した筋肉繊維で鉄並に硬くなった腕を使って防御を試みる。普通の刃物なら皮一枚と言う程度しか埋まらない腕に──

 圭の作り出した剣は、当然と刃を斬り入れた。

 夜魔は舌打ちをして、剣の腹の辺りを押すように、刃が埋まる腕を振るった。腕から剣が外れ、一瞬圭の身体がよろめく。

 すかさずもう片方の腕を振るわれるが、圭は飛び退いてそれを躱した。

「蟲みてえに動き周りやがってッ」

 幾つもの剛腕が振るわれる。砕き、潰し、裂き、貫こうとする攻撃の連打連打連打──。

 時に飛び退いて躱し、剣で受け流しながら間合いを開き、返しの一撃で傷を負わせようとする。

 数分の戦闘の中で、生まれる死の可能性を片っ端から叩き落としながら、圭は剣を振るい続けた。

 だが、生物には体力の限界とゆうものがある。ゆえにこの永遠とも思える剣と化物の攻防は、いつまでも続かない。必ずどちらかのスタミナが底をつく。

 そして、夜魔と人間の体力差など、考えるまでもなかった。

 息が上がり始め、圭は呼吸を乱さないよう一定のリズムで酸素を摂取する。呼吸を乱すと身体の動きまで乱れてしまうから気をつけろ、とは特訓毎に師匠(あかせ)から教わる重要事項。戦闘では特に気をつけなくてはならない。そうわかってはいても、あまりの消耗にリズムを保てなくなる。

 手足も痺れだす。指先の感覚も曖昧になり、剣を取り落とさないために手へ力を込め続ける。

 まだだ。優希はもっと長時間争っていたはずだ。ならこの程度でへばっていたら、男が廃ると言うもの。

 身体に鞭打ち、戦いを続ける。そもそもこの状況で力を抜こうものなら、死を覚悟しなければならない。永遠の休息が欲しくなければ、眼前の敵を倒して休んでくれよ、と言い聞かせた。

 間接が軋み、四肢の動きが常より鈍くなるのは、疲ればかりのせいではないだろう。数日間まともに身体を動かさなかったせいで、鈍ってしまっているのだ。

 毎日続ける何かを一日蔑ろにするだけで、それを取り戻すために三日かかる、とは良く聞く話。

 つまり、こんな時にも塞ぎ込んでいた自分のツケが回ってきている。

 ──しつこいな、畜生。

 それだけ自分はさいなまれるべきなんだろうな、そう胸中で舌打ち混じりに呟いた。でもそういうのは時と場所と場合を考えてくれよ、と言いたくなる。

「オイオイどうしたどうしたァ、最初の威勢がなくなってんぞォァッ!」

 腕を釣瓶(つるべ)打ちしながら、圭を見下して優越の言葉を吐き出す。

「クッ──こンのォッ!」

 夜魔には通常の刃物より絶大な威力を持つ剣をほぼ水平に薙ぎ払うが、それも決定打を与えることができない。

 ──どうする?


 どうやってこの状況を打開する。

 泥沼となっているこの戦闘をなんとか終わらせるには、決定的とも言える一撃を与えなければいけない。ならないが、それを行うのが難しい。

 ──難しい。不可能ではなく難しい。

 これは一種の賭だ。何よりタイミングが決めづらいし、見誤れば防ぐことのできないしっぺ返しを喰らうハメになる。成功は均衡の崩壊、失敗も均衡の崩壊。ふたつは似て非なるもの。

 できるか、と今一度圭は自分に問い、賭の決行を選択した。そもそも問うことすら、形式的なものに過ぎない。最初からやるつもりであったのだから。でなければ、背後の彼女が──。

「隙だらけなんだヨゥオラァアッ!!」

 鋭利な刃物のような爪で地面を削り抉りとりながら、巨腕を圭に振るった。

 それを圭は──

 地面に剣を突き立て、柄に足をかけ、勢いよく上空に飛び出だすことで躱した。

「─────ッ!?」

 圭が本来いた場所には十字架のように剣がつきたっていた。鋭い爪が剣を弾き飛ばし、あらぬ方向に飛んでいく。

 夜魔は上空にいる圭を振り仰ぐ。

 地面から足を離した圭に逃げ場はない。今すぐに反応はできなくても、武器を持っていない相手を殺すのは容易い。だからもう心配する必要はなく、これで詰みだ。

 ──そのはずだった。


 武器はあっても投擲短剣だけだと、もう相手に反撃の力はないはずだと、そう思っていた。

 ただ、目先の結果に"なんで剣を捨てたのか"と"何故上空に飛び上がったのか"を考えていなかった。

 圭はベルトの間から太い筒状の物を取り出していた。その"錆だらけ"の物体がなんであるか、夜魔は最後までわからない。

 ガリッ、鉄を無理やり摩擦する音ともに、内部に収められていた部分が頭を出した。長さはちょうど圭の使っていた剣と同じくらい──

 蒼が紅と重なり、紫色の逆光となる。夜魔の四つ目が眩んだ次の瞬間、

「────ハアアアアアアッ!!」

 自由落下と共に振り下ろされた刃が、肩から腕を切り落とした。


ドラマガリレオを見終わってから投稿しました。刹那です。ガリレオ面白いよガリレオ。
イヤッホー!福山サイコーッ!!

……今のネタわかった人いるのだろうか。

今回はひたすら圭が斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬るぅぅぅっ!な話。ようやく主人公らしいことをしたなぁ、彼。圭の戦闘で一番字数が多いんじゃないだろうか、今回。

とりあえず次回辺りから急展開になるかもしれない。いきなり横槍が入っていきなり訳わかんない異次元に放り込まれたりするかもしれません。置いてかれないように注意なんだZE☆

そういえばアクセス解析にようやく日別読者数がわかるようになりました。改めて見てくれてる人が昔より増えたことが実感できます。ご愛読ありがとうございます。

それでは感想批評一言メッセージ、もしくは気まぐれにランキングクリック待ってます。











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