38:ふたりはご対面
夜の静寂。夕暮れが裏と表が交わる禁断の数刻とするならば、夜は光の入り込む余地のない完全なまでに隔絶された裏の時間。
その時間、魔の人間が我が物顔で跳梁し、本当に存在される"悪魔"がアクションを起こす絶好の狩猟時間。
人気の少ない所を簡単に見回ってきた圭は、三日限りの我が家の階段を登っていた。
見回った、と言っても公園からここまでの道にある所を簡単にだ。この町を徒歩で、人気の少ない所を重点的に一晩で見回るなんて地元の人間にも無理な所行である。正直甘いとは思うが、仕方ない。明日は地図を携行していこう。
それに、と圭は続ける。夜魔が本当にいる可能性は限りなく低い気がした。希望的観測だと言えばそれまでだけど、何事にも過剰になれば言い訳ではない。それにいざ夜魔が出たなら、今このときツータッグで見回りをしている私服のSDFT隊員から連絡がくるはずだ。ならば、その時まで身体を休めておくべきだろう。
そう考えていると、圭は目的の階層に辿り着いた。
四階。
死界。
マンションを丸々ひとつセーフハウスとして使うには、土地におおじて莫大な維持費が掛かってしまう。ただでさえ秘密裏に資金を横流しをしているような現状である。余計な賃金に掛ける金は鐚一文とない。
故に国家はマンションの一階層のみなど、一部の階層だけセーフハウスとして使うことにした。一階層丸々手中に収めておけば、変な隣人トラブルにもならないし、万が一秘密が隣室に漏れるような心配もない。維持費も家賃があれば余裕でなんとかなる。
なので入居者に人気のない階──"死"と同じ語感の四階などのみを使用、と言った風に使っていた。
合理的などはいいが、そこに一時でも居を構えるこった人間の気持ちも考えて欲しいものだった。
玄関を開け、靴を脱いで六畳一間に上がり込む。
とりあえず、今日は骨を休めようと大きくあくびをした。
*
翌日。
つい数時間前まで世界を支配していた闇を天に昇った太陽が跡形もなく吹き飛ばし、朝になったぞと地上の人間を照らしつける。しかし冬場の寒気には、さしもの太陽もたじたじだ。今日の気温は人間の平均体温の半分以下だった。
「う……、寒っ……」
マンションの一室で白い蓑虫──山里圭が寝返りをうつ。もごもごとしばらく蠢くが、朝になったにも関わらず一向に起き上がる気配がない。冬一番の地獄は暖かい羽毛布団から抜け出す瞬間であるのは、今更言うまでもない全人類共通の事柄である。
にゅっと布団から手を伸ばしてフローリングの床を這わせて、目的の長方形の物体を掴むと、掛け布団に隠していた顔を外に突き出す。
寝ぼけた半眼でチャンネルを扱いテレビに光を灯した。このテレビ、圭の部屋にはない代物だ。この部屋の家具は、なんだかんだで圭のマンションにあるものより優秀である。圭が日常家具に気を使っていないのも、無論あるわけだが。
一瞬のラグの後、ブラウン管に映像が映し出される。音量を控えめに設定しておいたテレビから、女性のアナウンサーの声が流れた。
ニュースのようで地方テレビ局のアナウンサーが、大手民法とは違い少々感情的に原稿を読み上げていた。
──昨夜、大量の惨殺死体が発見されたと。
「んなっ」
驚きのあまり布団から飛び起きた。靄がかった意識が一息に覚醒する。
まさか連絡があったのかと慌てて携帯を開くが、メール所か留守電もない。第一、帰宅している時に夜魔が出現した場合、マンション待機の隊員がやってくるはずだから、こうおちおち眠っていられるわけがなかった。
テレビに再び視線を戻すと、ある一軒家が映し出される。内容は、平凡な一家が押し入った何者かに惨殺され皆殺しになったと言うものだった。手口から、件の通り魔が獲物に困って押し入ったのではないかとして捜査を進めている、と状況が流れた。
「って、押し入り強盗……?」
あの、夜魔が?
眉根を寄せて首を傾げる。有り得ないとは思わないが、聞いたことはない。だいたい夜魔は猛獣と知能は遜色ないはずだ。猛獣が逃げ出した際は、家から一歩も出ないのが常套句。それは獣が密室された空間に入ってくる手段もなければ、入ってこようとも思わないからである。何の遮蔽物もなしに対面しない限り、最低限の安全は保障されているも当然だった。
夜魔は確かに侵入する手段──力任せに壁をぶち破る──はあるものの、わざわざ人目につきそうなことをする必要もないし、面倒を背負う必要も皆無。
そもそも今回の事件では壁に大穴が開いているわけでもない。完全に人為的ものだろう。
前もこの一軒家に住んでいた家族が全員事故でなくなったこともあり、何かの因果でしょうか──と、都市伝説方面に話がずれたニュースを見ながら、今回の決定打が今打たれたことに気づく。
つまり、犯人は人間である可能性。
天秤は大きく傾いていた。
*
麻生優希は、今や仮の部屋ではなく自分家と変わりつつある一室でくつろいでいた。
昼を数時間程度周り、しかし夕暮れにはまだ早い微妙な時間帯。
テレビから流れる字数くまさん再放送バージョンテレビを見ながら、優希はちらちらと時計を確認する。私服に着替えて、字数くまさんのぬいぐるみを抱くその様子は待ち合わせをしているようにも見えるが、特に今日一日予定があるわけではない。時間の経過がやけに遅いと思っただけだ。
──気になるなぁ。
いったい圭はどうしているだろうか。いや、任務で地方の田舎町にいるのは分かっているけれど、やっぱり気になってしまう。
気になるなら電話のひとつもすればいいわけであるが、いざ行動に移そうとしたら恥ずかしくなって悶々としてしまったり。
そういえば、と今更ながら思い出す。最近は一日一回は必ず圭と顔を合わせていたっけ、と呟く。だから、たった一日会えなかっただけで焦燥みたいな感情が広がるのか。
「早く、帰ってこないかな……」
端から見れば恋人を待つ彼女としか見えないが、優希にそんな自覚はない。ただ率直な気持ちを言葉にしただけである。
それから少し経った時、玄関のチャイムが鳴った。
来客がくる予定はないので、新聞勧誘かなにかだろうか、と適当に訪問者の当たりをつけて玄関を開ける。
その来客者は同い年の少女で、
「こんにちは、優希ちゃん」
深雪だった。
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