21:接近遭遇
「ったく、絢人の野郎どこ行きやがったんだっ?」
とぼやきながら、ついさっき購入したたこ焼きを口に放り込む。一口噛み締めると、中の柔らかい生地と甘いソースの味が口に広がり、さらにたこの味が引き立てられている。有名チェーン店のものにはもちろん劣るが、学生が作ったとは思えない出来だ。
さて、絢人と一種に放り込まれたはずの荒凪が何故ひとりでたこ焼きなぞ頬張っているのかと言うと──身も蓋もない言い方だと、はぐれたのだった。
まあ最初から犬猿の仲と言っていいほど、顔を合わせれば即口論のふたりである。それがふたりだけでこんなお祭り騒ぎに放り込まれて、喧嘩に発展しないわけがない。
そんなわけで型どおり喧嘩を始めて、気がつけばお互いの姿を見失ってしまっていた。
実のところ現在人混みを歩き回っているのは、絢人を探しているのだ。いくら顔合わせるたびに喧嘩すると言っても──相手はどう思っているかはわからないが──荒凪は喧嘩友達みたいに思っていた。
荒凪は荒凪で郊外の学校へ登校しているので、人付き合いも人混みも慣れているけど、絢人は同い年ながら学校には通っていない。少し前までは優希も行ってはいなかったので、当初から通っていた荒凪は特例な訳ではあるが。
それに専ら夜間の活動が主で、昼間はあまり行動はしないし、ゆえに人付き合いも極力していない──避けている節さえある。
だから喧嘩友達ならそれなりに、こんな真っ昼間の人混みに単身行動を余儀なくされた相手が心配なわけだった。
「戦闘なら心配することはないんだけどな……」
普通は逆だと言われるそうな事柄だが、絢人にこれは当てはまらない。能力は通常戦闘においてはこと最強である。剣神で絢人を圧倒できるのは、赤瀬くらいのものだろう。荒凪も戦って勝利する自信はない。
彼の能力──刃物を手にすると筋力を数倍に増強させること。強化タングステン製の大剣と合わさって、余程のものでない限り叩っきることができる荒凪でさえ、有効打を与えるのは困難なのだ。驚異の防御と攻撃を兼ね備えた人間が、幸水絢人という者だった。
「でも、日常面は不安だよなあ」
訳が有るらしく両親には行方不明と報告して、雲隠れしているらしい絢人の保護者代理は、なんといっても堂島真由美である。絢人の生態が不安でならない。
なんでオレが他人の生活を心配せにゃならんのだ、と自分もほとんどインスタント漬けの生活を送っていること棚に上げつつ、ツッコンでいると、
「ん……?」
雑踏の中に見覚えのある背中を見つけた。が、絢人ではない。それならフードを常時被っているし、彼はここの制服を着ている。ここは誰がいる学校なのかと考えたら、該当するのはひとりしかいない。
「山里ーっ!」
背中に声をかけると、肩を一瞬震わせて、こちらに振り返った。
「なっ! 荒凪……っ」
酷く狼狽しているようで、山里圭は言葉を喉に詰まらせる。そんなに驚くもんか? と内心首を傾げるも、深く思考に浸るタイプではない荒凪は、すぐに疑問など放棄する。
「お、おまっ……どうして、」
「ハッハァッ! 驚いたか! こちとらお前らのフォローで夜魔を倒してて疲れてたんだよ。だから今日は学校も休んで、様子を見に来てやったんだ」
自慢気に胸にを張る。
対して圭の顔は前門と後門を肉食獣で塞がれたような、非常に切羽詰まったものだった。
「折角の休みなら帰って寝てろ! ほ、ほら校門はあっちだっ」
「ぬ、なんだよその言いぐさは。恩人に礼も言わず邪険にしやがって」
「そんなじゃないって! こっちは取り込み中なんだよ、礼なら後でなんか奢るから早く帰──」
慌てて圭がまくし立てていると唐突に、
「──圭くん」
思わず総毛立ってしまうような、絶対零度の声が静かに、しかし確実に鼓膜を貫いた。
「い、いやな深雪、実はこれゲームの話で……」
「圭くんゲームなんかしないよね?」
隣にいた少女に勢い任せの言い訳をするものの、少女の指摘に秒殺。
まあ、今まで一度たりともゲームをやったことがないと言う、珍し少年がこんなことをのたまえば誰でも見破れるわけで。
少女は何故かにこにこ笑顔を──当事者には般若の形相以上に恐ろしい──を浮かべて、まるで恋人同士が秘め事でもしかねない声音で、
「じゃあ、話があるから人目がないところに行こうね?」
拒否権なんぞあるわけもなく。圭は観念してがくりとうなだれた。
それを了承ととって、少女は圭の腕を掴んで荒凪に背を向けて歩き出す。
──と思ったら、思い出したように背後を振り返る。
「あなたは圭くんのお友達ですか?」
柔らかい、思春期にしては落ち着いた少女の声が尋ねてきた。
目の前の光景に圧倒されていた荒凪は戸惑いながらも頷いておく。
「あ、ああ……まあ、な」
そうですか、と彼女は笑った。
何故だろう。
荒凪自身、なんでこんなことを思ってしまったかはわからない。今更ながらこんな事を思ってしまった自分に驚いてしまう。
夜魔を幾多も屠った少年は今、確実に、
背筋を凍らせるような恐怖を覚えた。
そんなことを知ってか知らずか──否、確実に把握している。何か、じたばた蠢くトンボに釘でトドメを差すように、笑った。
「じゃあ、圭くんと仲良くしてくださいね。……ああそうだ。圭くんに何かあったら──」
言葉を止めて、少女は圭の腕を無理やり引いて、人の群に姿を消した。
後に続く言葉は、分かっていた。強制で脳みそに刻み込まれた絶対宣言。
──殺しますから。
確かに彼女は、自分だけに伝えていた。濃密な殺意を殺意と気づかせない、否応無しの死の恐怖と共に。
「誰なんだよ……あいつ」
圭の特別な友人、くらいしか荒凪は理解できなかった。
もしかしたら自分はとんでもない失敗をしてしまったのかもしれない。
呟いた言葉は、ひしめく雑踏に押しつぶされていた。
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