10:揺られ揺られて
組織への行き方は、まあ普通だった。
法律違反バリバリのスモークガラスの外車や、あの輸送ヘリがくることもない。秘密の地下道を通るわけでもなかった。
行き方は単純明快──電車に乗るだけだけであった。
学校帰りの生徒や、サラリーマンを乗せた電車に揺られること約四五分。
その駅で圭と優希のふたりは電車からホームに降り立つ。この駅がある場所は、この間の郊外をさらに行った所で、あまり人通りのない辺鄙な場所だった。
優希について駅内を歩き、階段を降りた先にある改札口を出ると、彼女は改札口の横にある小窓を軽く三回叩いた。
すると小窓が開き、中から二十歳を少し過ぎたくらいだろう、青年が顔を出した。紺の帽子に糊の利いた制服は、間違いなく駅員のものだ。
「どういたしましたか?」
駅員の青年が尋ねると、優希はスカートのポケットから定期入れのような物を取り出すと、そこの中から一枚のプラスチックカードを取り出した。表面には西洋の剣を目したエンブレムが掘られていた。その下にはStateDefenseFacilityTulleと英語で文字が書かれている。
取り出したカードを駅員に手渡すと、カードを光に翳して、しばらく思案するようにこめかみを寄せる。数秒そうしていると、はい、と笑顔を見せ、優希にカードを手渡した。
「認証完了だよ、麻生さん」
青年が手元で何かを操作すると、ガチリと音を立てた。どうやら小窓の横にある関係者用の鉄扉の鍵が開いたらしい。
優希が彼に一礼すると、扉を開けて中に入ったので、圭も続いて足を踏み入れる。
小窓の中と扉の先はつながっていて、駅員の青年が圭のすぐ隣の位置にいた。その青年が圭を見て、不思議そうに目を瞬たかせる。
「えーと……この子は?」
さらに先にもうひとつの扉を開けていた優希に、駅員の青年がたまらず聞いた。
扉を開いた優希が事も無げに返す。
「新入り」
「なるほど」
駅員が納得したように頷くと同時に、小窓を老婆が叩いた。はい、と青年が返答して、通常の業務に戻っていった。
この青年は何者だろうかと、呆然と突っ立っていたら、優希に急かされて、圭は扉をくぐった。
鉄扉が圭の背後で音を立てて閉まると、そこは真っ暗だった。と思うと次の瞬間、蛍光灯が光を灯して、暗闇を照らしつける。
突然の光に目が眩んで瞑った目を開くと、照らしだされたまっすぐの通路が目に入った。
通路の先を見つめながら、唖然とつぶやいた。
「ここは……?」
優希は頭だけ圭に振り向き、
「組織の施設よ」
とだけ答えたのだった。
*
組織、正式名称StateDefenseFacilityTulle、通称SDFTは国家機関である。日本国家が運営する団体ではあるが、組織の活動内容と存在を世に知らせることは許されない。何故なら、この組織は神話に出てくる──いわゆる悪魔のような異形のモノを狩り、生態調査を目的としているからだった。
化け物の実態が世に洩れることになれば、国民は不安に襲われ、他国からは生物実験でもしたのではないか? と言う批判を受け、外交問題に発展する可能性がある。もちろんそんな事実などありもしない。
だが、現在化け物の出現は日本でしか発生しておらず、そんな疑いをかけられれば弁解は不可能に近かった。なので異形の化け物を秘密裏に葬りさっているわけだが、現代兵器では化け物一体を駆除するのにはかなりの労力を要する。戦車ほどの火力でもあれば簡単なのだが、秘密裏に処理したい国家は、悩んだ末に異能を持った人類を発見した。
それが初めて確認されたのが、異形に襲われながらも、撃退したひとりの人間からだった。名を赤瀬洋司。
彼の持つ異能は、化け物に効率的なダメージを与えることが可能であり、赤瀬洋司を主力としてSDFTが誕生した。
異形の生物は、日本各地で不規則に現れたため、駆除するにはかなりの労力を要したが、活動が夜付近と判明してからは、幾分か楽になった。なお、この習性から化け物には夜魔と言う名が暫定的に付けられることになる。
そうして夜魔を狩っていくなか、また赤瀬洋司のように夜魔を撃退して生存する人間が発見される。彼らは個々に所持する異能が異なり、しかし、夜魔に多大なダメージを負わせると言う点のみが共通していた。
赤瀬洋司を除いて、成人もしていない人間がほとんどだったが、夜魔への復讐、日本を守るためと言った理由で、みな例外なくSDFTに入隊した。
彼らを調べていくうちに、SDFTの研究チームは一つの仮説を作り出す。
この異能は夜魔に襲われた者しか発動出来ず、尚且つ夜魔に多大な傷を負わせることができる。ならこれは、人が夜魔に対抗するための新たな器官なのではないか、と。精密検査を異能力者に実施するが、しかして新たな器官が発見されることはなかった。が、今現在でもこの仮説がもっとも有力となっている。
そして、異能を所持し、SDFTに入隊しているメンバーは計四人。
「で──俺が五人目ってことか」
長い創設秘話に言葉を付け足すと、革張りのソファーに腰をかけた青年──溝呂木龍一が頷いた。
様々な書類が散乱した机を挟んで、圭と優希は話を聞いていた。優希の方は、過去に話を聞いていたためか、ほとんどを嫌そうな顔でスルーしていたが、圭は素直に聞き入っていた。まさか自分が知らない所で、そんなことが行われているとは夢にも思っていなかったのだから。
長い説明を述べたばかりだと言うのに、溝呂木龍一は声も枯らさずに言葉を続ける。
「SDFTのTulleは剣の神の名前。さしずめ、君のような異能力者はSDFTの剣って位置になるわけだ」
なるほど、北欧神話に登場する剣の神から名を拝借してチュールか。皮肉っているのか、気取っているのかイマイチわかりづらいネーミングセンスだった。
「ああそれと、圭くんと優希ちゃんはこのまま学校に通ってていいよ。どうせ昼には夜魔は出ないからね」
彼の言葉に、圭はほっと息をついた。国家の組織になんて入隊すれば、優希のような例外がなければ、学校には行けないと思っていたからだ。そんなことになれば、深雪に心配をさらにかけてしまうことになる。
が、安堵する圭の隣で、優希は不服そうに唇を尖らせていた。
そんな優希の様子に苦笑しながら、龍一が言葉を付け足す。
「優希ちゃんは学生なんだから、学校には行きなさい。世間を知る良い機会だと思って」
そう言われてしまえば、優希は納得せざる終えず、不平を嘆くことはしなかった。
「それじゃあ、優希ちゃんは圭くんに基地内の案内よろしくね。あ、それと圭くんはこれを」
机に備え付けられた引き出しから、一枚のプラスチックカードと携帯電話を取り出して、圭に手渡した。
「そのカードはここの駅員に見せれば基地内に入れるから。ちなみに定期としても使えるからね。再発行はできるけど、重要な物だから無くさないように。携帯は連絡に必須だから渡しておくよ。使い方は分かるよね?」
圭は龍一の言葉に頷いておく。基本的な使用方法は普通の電話と同じだろう。
受け取った物をポケットに仕舞い込み、圭と優希は溝呂木龍一──SDFT総括者の執務室を後にした。
*
一言で言うなれば、SDFTの基地内は駅の地下にある施設とは思えぬほどに広大だった。
基地内は目的によって数ブロックに分けられていて、移住スペースや訓練スペース、研究スペースなど数え切れないほどだ。圭はその中でも使う需要が高いブロックだけを一通り案内してもらった。
が、それだけで時間は七時をゆうに回ってしまっていた。優希もこれから任務があるようだったので、圭も手伝おうとしたが、今日は帰れと言われてしまったのだった。
しかしなんというか、基地内の敷地は広い。
……ぶっちゃけると、圭は道に迷ってしまっていた。
「……何処だ此処?」
一応地図は持っているが、現在地が分からない今では、ただの紙切れ同然である。
ただ、この道は見覚えがあった。確か優希に案内されたはずだ。なのに、肝心の何処なのかが分からずじまいだった。
思案しながら通路を曲がると、向かいから走ってきた人間と身体をぶつけてしまった。反動でお互いに背後によろめく。
「いっつ〜……」
「いてててて……。っと、わりぃわりぃ急いでたから──って、お前が例の新顔か!?」
ぶつかった相手──身長は圭より頭半個分高く、今時珍しく赤いバンダナをハチマキのように頭に巻いた少年が声を張り上げた。
新顔、と言うのは圭のことだろう。圭は入隊したばかりだし、第一周りにはふたり以外の人間は見当たらない。
まあいい。彼にここがどのブロックが聞けばいいだろう。と、圭が口を開こうとするが、何かを言う前に圭より一回り以上太い屈強な腕に掴まれた。
「ちょうど良い! いまから夜魔を狩りに行くから、お前もこいっ!」
有無も言わせず、少年は圭の腕を引いたまま走りだした。
「あ、おい!」
──俺は帰りたいだけなんだけど!
と言う声は少年には届かない。そのまま走りつづけているうちに、圭の目にあるものが飛び込んだ。
壁に付けられた現在地を示すプレートには、
『格納スペース』
と書かれていた。
通りで見覚えがあるはずだ。なにせここは、優希に散々教え込まれた場所だったのだから。
格納スペース。銃器やヘリコプターなどを待機させ、出撃時に特定の位置へと移動させる。つまり、夜魔が出現した場合などに来る──圭にとって、最重要な場所だった。
すでに二枚の回転翼を僅かに旋回させながら、入り口を開けて、漆黒のボディをしたヘリコプターが一機待機していた。
身体に叩きつけられる風圧を少年は物ともせず、圭を引っ張ってヘリコプターに飛び乗った。機内には戦闘服と思われる黒いスーツやヘルメットを着た人間が十名ほど待機していた。少年が飛び乗ると同時に入り口がスライドして閉じ、がこんと言う駆動音の後に機体が移動し始めた。床が移動してヘリポートに向かっているのだろう。
ヘリの中は端から端までが七.三七m、横幅が成人男性の兵器より高い一.八三mほどで、天井の高さは一.八三mと圭が立っても差し支えないものだった。
半ば呆然と機内を見渡していると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んだ。
「圭!?」
声のした方へ振り返ると、そこには砂漠に咲く一輪の花と同等に、ここでは異質な少女が存在していた。
麻生優希は両壁際に設置された座席から腰を浮かせ、驚いたように目を白黒させていた。
「なんでここにいるの!?」
もっともな疑問である。が、圭自身もまったく状況が掴めていなかった。
「えーっと、それが……」
「お、優希! こいつはオレが連れてきたんだ」
隣の圭を強制連行した少年が、陽気に答える。優希が少年を睨みつけ、存在を確認するなり、
「荒凪……なんてことするのよッ!」
荒凪──と言うのが彼の名前だろう。声を荒げて叫ぶと、優希は加速をつけて跳び蹴りをぶちかました。もちろん荒凪に向けて。
「げふぅ!」
突然の跳んできた蹴りを避けることかなわず、見事に優希の足が荒凪の腹部を捉えて、彼の身体が派手に床を転げ回る。圭はその様子を唖然と口を開いて眺めるしかなかった。
「い、いきなり何しやがんだよっ」
蹴られた部位を抑えながら、涙目になりながら上半身を起こして、荒凪が不平を訴える。
優希は怒りに赤鬼のように顔を真っ赤に染めて、声を張り上げた。
「どうしたもこうしたもないわよ! なんで入隊したばかりの人間を戦闘に駆り出すのよっ」
彼女の一言で不意を突かれたかのように、へ、と声を漏らす。
「入隊したてって、もう一週間以上前の話だろ?」
「それは彼を見つけただけ! 入隊したのはつい数時間前っ」
数秒の沈黙。
「な、なんだってー!?」
ようやく事態に気づいたのか、荒凪が声を上げた。座席に座っている人たちも、呆れたように肩を心なしか落としていた。
「なら、とりあえず下ろさねぇと──」
思い立ったように言う荒凪に返ってきたのは、強化ガラスを叩く甲高い音だった。
ヘリのガラスを叩いていたのは、乱れ気味に白衣を纏い、短く切りそろえた髪を肩で揺らす女性。彼女がこの間、優希を叱っていた女性だと圭が気づくのには、数秒を要した。
彼女は双鉾を窓の外を見つめたまま、嘆息とともに、
「もう飛んでるよ」
と、言葉を吐いた。 |