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Sの終わり/slice of finale

あなたのSFコンテスト(http://yoursf.tiyogami.com/index.html)参加作品になります。

『移動目標は現在、P-13地区→Q-12地区に向けて進行中!』

『3時の方向に長距離ミサイルをぶっ放せ!』

「馬鹿野郎、敵の正面だぞ!背後に回り込んで――」


 また一つ、悲鳴と共に無線が途切れた。

 最悪が霧と共に、現場を満たしていた。管理された街、文字通りの平穏に包まれた土地に突如として構築された戦争状況。否、それは最早戦争ではない、一方的な蹂躙だ――防衛小隊を束ねる浅間ヨシユキだけでは無く、その場に居合わせた誰もがそう思ったことだろう。浅間は一世代前の戦闘ロボット、『アキュリス』のコクピット内で、陣頭指揮を執っていた。拠点防衛を目的とした六本足の移動砲台はしかし、その全長の10倍以上ある未知の敵に対しては、当然のごとく全くの無力だった。隊長機のみのボディ・カラーリングである純白の勇ましさも、未知なる者の蹂躙によって土にまみれて汚れ、根拠の無い勇ましさなどという曖昧な心意気に過ぎない物など無力である現実の凄惨さを叩き付けられてしまったかのように、鉄屑の塊に近しい物へと成り果てつつあった。そもそも最新型戦艦のレールガンですら厭わないヤツが、俺達の玩具(オモチャ)みたいな兵器で倒せるわけが無かろうが――浅間は誰にとでも無く、舌を打った。


『空からの援護はまだ!?』

『隊長ォ――ッ!!』


 歪む声、雑音、静寂。

『奴』の放った光線、否、閃光火炎に、またも一機の『アキュリス』が焼かれ爆発した。

 日光降り注ぐ眩さの下では、決して動くはずも無いと思えた巨大なる建築物は、爆炎を真に受けた。


「!……全機、爆発の半径30m内より退避!」

 

 硝子が雨となって降り注ぎ始めた所で、浅間はハンドルを最早反射の様な速度で切って後退させ、即座に上方にカメラのフォーカスを当てた。

 短い爆発音が再びし、巨大なる建築物は粉塵に包まれ、それが折れた部分をも覆い隠す程だった。向い側のビルに引っ掛かり、辛うじてビルの上半分であるという原型を保っていたそれは重たげで悲劇的な音と共にその形を崩し、大きなコンクリートと鉄の塊となり、やけに綺麗に煌めいた硝子の破片をオーラの様にまといながら、部下が乗っていた玩具の残骸を押し潰し、堆積する背景の一部と化した。


 どんなに優れた指揮でも全くの無力であると断言できる状況が、そこにはあった。しかし浅間は自分の取った選択の過ちに、実戦での無力さにもう一度、舌を打った。そうすることで、沸き立つ怒りと、恐怖と、悲しみを押し込もうとしたのだ。もう撤退してしまえば良い、しかし――


『隊長、指示を!』

「――」


 彼の部下達は、戦おうとする意志を決して失ってはいない。ああ、彼等に馬鹿に真っ直ぐな正義感を植え付けてしまったのは誰だ、その責任を負うべき隊長とは誰の事だ――

 浅間は残存する『アキュリス』の数をモニターで確認した。勿論、頭ではその数を分かっていた。だが、実なる数字で見る事は心が許さなかった。だが、彼はようやく向き合う事を決めたのだ。絶望という言葉でも足りないくらいの状況下で、まだ正義は勝つ、などと口にする事が出来るとするならば――

 残り二機。

 浅間自身と、運の良い一人の部下。


「山都」


 浅間はその名を呼んだ。


「もうこうなれば、何機留まろうが変わりは無い」

『隊長……?早く指示を……』

「俺を残してここから退避しろと言っとるんだ、山都」


 いつもの様に冷たい口調で、浅間は言い放つ。


「こんな状況に陥ったのも、全て俺の責任……いや、これは状況ですらない、惨状だ」

『……隊長、指示を下さい』

「俺の気持ちが分からんのか、山都!」

『わかりません!』


 今迄聞いた事の無い山都の威勢を、浅間は今初めて聞いた。

 この状況になって、奴は何故。

 人一倍浅間に反抗しない従順過ぎる程の彼が、何故今になって。


『隊長は俺達の隊長になった時言いました、防衛隊は……人々を守る最後の砦であるのだ、と……ルールとか体制とか、難しい事はお偉いさんに任せて置くが良し、と……ルールで裁けない外敵が現れた時に、変わって裁いてやるのが俺達だと!』

「山都……お前は」

『俺は今でも俺達だけが持つ正義、俺達だけが成し得る正義を信じておるのです……俺はそれを教えて下さった隊長が、何故俺からそれを奪おうとしているのか、俺にはわかりません!』

「……ならば、解ろうとしなくて良い」


 浅間の口元が歪んだ。


「お前はなよっとしているから、流されるだけの奴だと思っていたが……ようやく俺を安心させてくれたな」


 山都の口も同じように笑むのを、浅間は感じた。


「散開するぞ!高高度救助用反重力システムでビルに張り付いて、奴の目を狙い撃つ」

「了解!」

 

 浅間の乗る『アキュリス』の脚部関節が唸る様な声をあげ、轟音の波が山のような形を繰り返し。

波がこれ以上は無いという程に高まった時――脚部ブースターが炎を噴き上げるタイミングは、5メートル離れた山都機と同時だった。浅間機は地面を蹴り、右前方へ。山都機は後方に加速した。――後方?

 瞬間、青い爆炎。熱い塊が浅間機のすぐ隣を通過し、装甲が溶ける様な音がした。そして爆風。白い巨体に反射的な回避という思考すら与えさせない程に、その爆風は圧倒的だった。バランサーなど意味を為さず、その青白い一線が何度も回転する視点に支配されたモニター上でちらつき、そして何も映さなくなった。瓦礫にぶつかった所で、全ての駆動音も、破壊音も失せ、静寂がコクピット内を支配した。死んだように動きを止めた浅間の眼球は、モニター上の一つの表示を視認していた。聴くまいとしていた無線の雑音が今は頭を支配し、『山都機:蒸発』の赤いフォントと重なっていた。

 足に密着し固定していたマニュアルバランサーのロックが急に外れたかと思うと、自分の身体全体を支えていた座席そのものが抜け落ち、浅間は生温い空気と共に機体の外に投げ出される。軽い石ころのように転がる身体に彼の思考は完全に止まっていて、気が付いた時には浅間はコンクリートの上に堆積した土だか何かの片鱗だか知れない物を口に含み、仰向けに倒れていた。すっかり汚れた戦闘服がべたつくように地面を離れ、浅間はやっとの思いで腕を立てた。驚くほどの静寂と冷たさに晒され、浅間は温もりを求めるかのように空を見上げた。薄い雲のと霧の層に包まれたぼやけた太陽が、ビルの影からその半身を覗かせていた。

 暫くの間それを仰いでいた浅間は静けさの内に目を瞑り、突き上げる様な振動に口を閉じた。黙祷の暇すら許さない三秒ごとの振動。この世の物であってはならない様な、音。焼け落ちたビルが今になって崩れたという事を、浅間は音によって知る。

――そうではない。疲弊した感覚をそれでも研ぎ澄ました所で、浅間は都会の一片に唐突に巨大な山が現れ、人類の遊び事を押し潰してしまった気配を知る。

――目を開ける。霧に隠れた曖昧な輪郭でしかそれを見る事は出来ない。しかし沈み込む流れを払うかのように突き出した黒い物体が半分を地に飲み込まれたビルの断面を包み込んでしまっていた。それが巨大な掌である事を、浅間は理解した。

――太陽と同じだ。

浅間はしかし目を瞑らず、死に掛けた双眸でただ捉えていた。曖昧な輪郭線を包んでいた物は次第に晴れ、その黒い体表も、白銀色の鎧の様に身体を被うヒダも、全て明確な輪郭線となった。頭までの高さが100m以上にも及ぶその巨大な爬虫類はしかし、この世にあらざる咆哮を周囲に今、轟かせた。それを目の当たりにした時、浅間は静かに祈った。黙祷でも呪いでも無く、穏やかな畏敬の念を漂わせるしか無かったのだ。











 僕はリモコンの赤いボタンに手を触れた。

 真白い室内に静寂が戻り、垂れ幕型のテレビモニターは日光を透過し始めた。

 まるで日向の映像がフェードインを始めたかのよう。

 ――残念ながらテレビであった再放送の映画とかの話ですら無い。今文にして綴られた一幕は、僕の妄想である。しかし完全に安全を保障された僕達の街に、怪獣が現れたというテレビのニュースは事実で、僕の妄想を巧みにするにはそれは打ってつけの素材だった。その生物が現れた都市圏内に住む僕だって勿論、その場から逃げなくてはならなかったのだが、避難の準備をする前に種明かしがあった。街の外だか他の国だかどこの奴だか知れないのだけれども、テレビ局を乗っ取ったテロリストみたいな奴がいて、そいつらのお遊びにこの街の住民はつき合わされたらしい。既存の映像がすり替えられた結果、僕達が見ていたテレビの画面には火を噴く大怪獣が突如として現れたのだ。進化し過ぎた映像技術はそれが形作られたグラフィックなどでは無く、現実に在る物だと思わせるのには十分過ぎる程だった。そうではあっても人々を騙せるのはほんの一瞬に過ぎず、映っている映像のその場に住む人間にはそれが嘘だとは自分の目が証明してくれるだろうし。だけど、僕がその過激を極めたようでもある映像体験を通して満足しなかったかと訊かれれば嘘になる。ほんの少しではあったが、夢を見れたのだから。テレビで毎日見る『現実』がそうではないと揺るがされたとか、アートにしては社会を巻き込み過ぎだとかいう事は、偉い人達に任せておけば良いと――僕はそれくらいに思っていた。


 唐突に、垂れ幕型のテレビモニターは日光を遮断し始め、気味の悪い電子音を鳴らし始めた。僕が手動でモニターの電源を落とした時から、5分も経っていない。

――またか。それが町に住む人々に取って非常状況の発生を通告するオート・スターティングである事を知っていた僕は、そのまま画面下部に流れるであろうテロップの方向に視線を置く。だが、画面は真っ暗のままだった。十秒、二十秒。短い時間がこうも長く感じられたのは久しぶりな事だった。僕は少しおかしいなと思いつつも、黒い画面に映る自分が白いソファーに丁寧に腰かけている事を可笑しいなと意識してみたりした。――どうして、可笑しいと思ったのか?それは僕が、何か起こっている、不安な状況であるというのに、椅子に座ったままであるからだ。今この椅子を立って状況を確かめようと、何故しないのか?僕は考えようとして――いや、この考えようとしている事が無駄なのだと思って、僕はテレビ画面を真っ黒にしたままで立ち上がり、外の景色を遮断したその垂れ幕を乱暴に退かせ、外の景色を確認しようとした。

 真っ白。

 光。

 光が僕を包み込んだ。

 それは、暗い所から明るい所に出てきた時に起こるような、差異の問題などではなく。

 眩い光が。

 熱い光が。

 僕を包み込んで、

 一瞬で、

 焼き尽くしてしまったのだ。

僕の妄想が現実そのものだったという事を、僕は最後まで知る事が無かった。
















五分前。

浅間が通信によって新型爆弾による巨大生物の掃討作戦を聞かされたのは、空中に飛ぶ二つの飛行する点を目にした時だった。

眩い光の来襲は、全てを諦めた彼の元へやがて訪れ、そして何も知らないこの町の殆どを短い時間で飲み込んでしまった。

SFの略:

タイトルより。

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