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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第九話


 おもわずぶるりと身を震わせていると、医務室の扉がひらく。カーテンを半分くらいあけておいたので、すぐに誰が入ってきたのかはわかった。
 ベルンハルトは反射的に目を向け、扉を開けて入ってきた人物に一瞬、身体を硬直させた。医務室に入ってきたのはカロッサ大佐だったからだ。
 身体が固まっていたのは一瞬だった。刷り込まれた身体が反射的に動き、敬礼をする。
 上の立場であるカロッサ大佐が、わざわざ医務室まで来るとは思わなかったのだ。純粋な驚きが広がる。もちろん任務を下ろしているのはカロッサ大佐なので、ベルンハルトはこの事件に関しての報告はしていた。だが、こんなにも早くやってくるとは。驚きと共に、どこか心の奥底から、疑念が沸き上がってくる。
 カロッサ大佐はベルンハルト達に気が付くと、礼を返して近づいてきた。うっすらと口元に笑みが浮かんでいる。
「ご苦労」
 大佐はベッドのそばまで近づくと、じっと刺客の顔をながめているようだった。
「当然の事をしたまでです」
 どうしてここまで来たのか、カロッサ大佐の真意が読めない。ベルンハルトはごく単調に返す。刺客の様子を眺めて満足したのか、大佐はベルンハルトを振り返った。
「いや、さすがアーレンス大佐が一目置く部下達だよ。手がかりを残してくれて助かった」
「このままだと、何も分からないですからね」
 カロッサ大佐は素直に褒めてくれているのだろうが、まっすぐに受け止めることができない。どことなく警戒してしまう。
 カロッサ大佐は、何か目的があってきたはずだ。何となく目的が分かるが、できればそうであって欲しくないと願ってしまう。
 そんなベルンハルトの想いをカロッサ大佐は小さく笑い、ばっさりと切り捨てた。
「おかげでこちらも取り調べをすることができる」
「そう……ですね。意識が戻り次第、取り調べにかかります」
「その必要は無い。男の身柄はこちらで引き取ろう。君たちは引き続き護衛の任務にあたってくれたまえ」
 かすかに警戒していた事を切り出される。ベルンハルトは黙ったまま、じっとカロッサ大佐を見つめた。せっかくの手がかりなのに、ここで手柄だけ持って行かれるのは悔しいのだ。
 だが、大佐は笑みを浮かべたまま、ベルンハルトを見つめていた。
 軍の規律は絶対忠誠。カロッサ大佐の無言の圧力が掛かってくる。
 しばらくにらみ合った後、音を上げたのはベルンハルトだった。ベルンハルトは仕方なく了解の意を示す。
「分かりました。よろしくお願いいたします」
「ああ。こちらも準備ができたら部下を寄越そう。それまではよろしく頼む」
「はい」
 カロッサ大佐は満足そうに頷くと、カーテンの向こうへと消えていった。扉の向こう、完全にカロッサ大佐の気配が無くなったのを確認すると、どっと息を吐いた。疲れがたまっている気がする。
 隣では、エッカルトも同じようにため息を吐いていた。エッカルトがカロッサ大佐とこうして間近で会うのは初めてだろう。額に少し、汗を浮かべていた。
「やられましたね」
「ああ……」
 ベルンハルトは苦い思いで、カーテンへと目を向ける。廊下を恐れることなく突き進んでいくカロッサ大佐の背中が見えた気がした。
 何も状況が分からず、手探りだったベルンハルト達にようやく訪れた、ひとすじの光明。せっかく逃すまいと思っていた先での出来事。
 また閉ざされてしまった。思わず目を伏せたベルンハルトの視界に、唇を震わせたイーリスの姿が思い浮かんだ。


 *

 図書館の閲覧室は、この国で一番蔵書を備えているともあって、いつも人が絶えずいる印象だ。
 その中で、閲覧室の一番奥、棚の隙間になっているようなところだけは、閑散としていて人もいない印象だった。暖かい雰囲気の図書館でもどことなく薄暗く、人が来ないというのも納得できる。
 ベルンハルトも普段ならば、こんな薄暗いところに来ようとは思わなかっただろう。けれども、今こうしてあまり人に見られたくないものを調べている時は好都合だった。
 ベルンハルトが今手にしている本は、魔女の伝説についてあれこれと書かれているものだ。魔女については、あれこれ伝説や噂が絶えない。それを面白がって調べ、書にまとめている者も多いのだ。真偽はともかく、面白がって見るだけならば、通常の手続きで見ることができた。
 いつも使っている手帳を開きながら、持ってきた本を開く。
 主に魔女の伝説について書かれたその本は、ベルンハルトも聞いたことがあるような、空を飛んだり、毒薬を作ったりと、そんな感じのことが中心だあった。
 これはハズレか。かすかな失望を感じながらも本を読み進めていくと、王家との伝説と書かれた章を発見する。
「これは……」
 初耳だ。胸がどきり、と高鳴るのを抑えきれない。最初の魔女狩り作戦を命じたのも、王家なのだ。噂程度でも、何か関連性を掴むことができるかもしれない。
 王家との伝説と書かれた章は、主に王家にかつて魔女が関わっていたというものだった。様々な技術を継承しているらしい魔女達だが、その中でも毒を得意とし、また特殊な技術を持った魔女が、王家での暗殺を遂行していたとのことだ。特殊な技術については分からなかったのか言及していなかったが、何かを使役するようだ、とも推測が記されている。
 魔女は王家に仕え、仕事を遂行していく中で、王子との恋に落ちたらしい。この辺りから、話が俗説のように思えてくる。恋は成就することなく、王に見つかってしまい、魔女は殺されてしまう。
「……おとぎ話か」
 さらに、魔女を殺されたことに怒った魔女の姉が、王を滅ぼしに掛かる。これが魔女狩りの始まりであるだろうという話でしめくくられていた。
 途中までは良かったのだが、恋だの愛だの書かれ始めた事で、いきなり話が嘘くさく感じられてしまう。念のため手帳に記しながらも、ベルンハルトは苦笑せずにはいられなかった。
 よくできた話だ。過去の裁判記録では、魔女狩りで狙われていたのは特定の一族であったようだし、つじつまは合う。そこに脚色したのだろうか。
「まあ、でも真相なんてこんなものかもしれないな」
 ひとりぽつりと呟いて、ベルンハルトはその本をそっと閉じた。

 *

 図書館を出たベルンハルトは、一度宿舎にある自分の部屋まで戻った。
 まだ知りたいことはたくさんある。今までは何とも思われなかった外側だけ見ていたが、真相を知るには、自分が立つ「内側」部分を調べないと分からないだろう。そう思っていた。
 だが、一体どうやって調べるのか。そこが一番の問題点だ。ベルンハルトがカロッサ大佐所属の隊であれば良かったのだが。同じ貴族出身の佐官とは言え、秘密を預けられるほどの信頼関係は無い。
 内側を調べるとすると、忍び込むしか方法が無いのだが。果たしてあの隙の無さそうな大佐の部屋に忍び込んで、無事に帰ってこられるだろうか。少しだけその可能性を考えて、首を横に振った。
 無理だ。いくらなんでも無謀すぎる。目を閉じれば、簡単に捕まる自分の姿が想像できて、思わずため息をついた。
 部屋に置いてあった仕事の書類を持って立ち上がる。自分の部屋まで戻ったのは、執務室まで書類を持って行くという理由もあったのだ。
 廊下をいくつか曲がって歩いている途中、テーブルと椅子が置かれている共有の休憩スペースに差し掛かった。昼間なので、誰もいないものかと思っていたが、そこにはエッカルトの姿がある。
ベルンハルト達の隊は非番中なので、休憩をしているのだろう。
 エッカルトは、人の気配に気が付いたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。その目がすぐに驚いた表情になって、立ち上がりかける。
「いい」
 彼が敬礼をしようとするのを短く制した。エッカルトは、首を竦めたまま、その場に留まる。ベルンハルトは横に置かれている椅子に腰掛けた。
「お仕事中ですか、少佐」
「どちらとも言えないな」
 仕事と言えば仕事がらみなのだが、個人的な興味にもとづいたものだ。半分は趣味だろう。
 ぼんやりと考えていた時、ふいとある思いが脳裏をかすめていった。宿舎で悩んでいた、内側を調べることについてだ。
 周りを見渡してみるが、ベルンハルトの他にここを通る者はいないようである。ちょうど良いだろう、とベルンハルトは声を潜めた。
「なぁ……」
 ベルンハルトの意図を察し、エッカルトもできるだけベルンハルトのそばによった。ベルンハルトの意図とは、つまり人に聞かせたくない類の話だった。
「どうしたんです?」
 エッカルトもできるだけ声を下げ、周りに聞こえないようにしてくれたようだ。部下としてすぐに意図を察してくれることは、ありがたいことである。
「どうにも最近の任務、意図が読めない部分が多くて、腹が立っているんだが」
「おっしゃると思いましたよ。それでどうされるんです?」
 エッカルトは苦笑した。どうやら、ベルンハルトの考えはお見通しだったようだ。
「できればあの方の執務室に忍び込みたいところだったんだが、それはさすがに俺たちには無理でね」
「そうでしょうね。部下を駒代わりに使っていただいても構わないですが、あまり意味は無いでしょうね」
 エッカルトの言葉には頷くしかない。誰かに犠牲になってもらったとして、カロッサ大佐に見つかれば、すぐどの部隊の駒なのか分かってしまうかもしれないのだ。同じ軍に所属しているということは、やりにくいことこの上ないものである。
「それで、どうすれば内側の意図を知ることができないか、考えていてね。軍曹は何か良いアイデア、あったりしないかい?」
 ベルンハルトの問いかけに、軍曹は苦笑を浮かべて腕を組んだ。唸っているところからすると、彼も良い案は浮かんでいないようだ。
「難しいですね。そもそも、今回の任務って、王族から降りてきた話なんでしたっけ」
「ああ。そういう事だがな」
「それにしては、王家の影とでも言うんでしょうか、そういうのが全くないのが俺には気に掛かっています」
「ふむ」
 エッカルトの指摘に、ベルンハルトは腕を組んだ。目先の不思議なことに捕らわれすぎていて、そういったことにまで頭が回らなかったのだ。言われてみれば、確かに王家の影も形も無い気がする。そういったことは、任務を命令したカロッサ大佐に話が行っているのかと思ったのだ。
「……言われてみればそうだな」
「俺には少佐達貴族階級がどうなっているか、分からないから純粋にそう思うだけなんですけどね」
「まあ、王家の人間にとっては、俺も向こうも同じような扱いだろう。軍属の貴族、それだけだな」
 騎士団を解体して軍が編成され、様々なものを呑みこみながら着々と力を付けていることに対して、王家はあまり良い顔をしない。他国では、既に力を付けすぎた軍が国を支配しているという例が起きているからだ。カロッサ大佐もベルンハルトも、爵位の違いはあれど、疎まれていることに間違いは無いだろう。
「となると、やはり鍵は内部にあり、か……」
「それか、裁判を行っている裁判所とかもあるかもしれませんね。少なくとも、魔女をただ裁きたくてあのような茶番をしている訳では無いでしょうし」
「調べる価値はありそうだな」
「ええ」
 王国裁判所内。一度取り調べの資料を見た時に、大体の配置は頭に入っている。後は、詳細な図面を入手すればすぐに作戦を立てられるだろう。
「軍曹」
「はい?」
「悪だくみにつき合う気はあるか?」
 ベルンハルトの問いかけに、エッカルトは一瞬真顔になり、だがすぐに表情を緩めた。
「ここまで話しておいて、のけ者にするなんてやめてくださいよ」
「決まりだな」
 ベルンハルトは小さく笑って、立ち上がった。エッカルトもいたずらを見つけたような子供の表情で、ベルンハルトを見送ってくれた。
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