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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第七話

 歩みも止まりそうになっている。もうほとんど、独房のある離れに近いところにいたのだが、下手に歩みを止めたところを見られても面倒だ。
「ほれ、止まるな」
「……はいはい」
 ベルンハルトがさりげなく促すと、イーリスは止まっていたことに気が付いたのか、ぎこちなく足を進め始めた。何かおかしなことでも言っただろうか。思わず首を傾げたくなる。
「……意外だったわ」
「何が」
 しばらくイーリスは黙っていたが、やがてそうぽつりとこぼした。ふわり、と彼女のゆるやかな髪が揺れる。
「……大事な人って、婚約者がいるの?」
「そうか? 俺みたいな奴は、珍しくないだろ」
「そうだったわね」
 ベルンハルトのような貴族の間では、幼い頃に婚約者を決められるのは珍しいことではない。家と家を発展させるために、娘を駒とするのは昔からあることだろう。
 イーリスはすっかり忘れてた、とだけ呟いて、また黙りこくった。彼女が何を思っているのか分からず、戸惑うだけだ。
 そのまま歩いているうちに、イーリスが普段過ごしている独房に辿りついてしまった。ベルンハルトは腰の鍵を取り出して、扉を開ける。
 ぎい、と錆び付いたような音を立てて、扉が開いた。まずイーリスが中へ入り、ベルンハルトが入って扉を閉める。扉を閉めてから、彼女を後ろ手に拘束している縄をほどき始めた。
「ところで……」
 縄をほどいたところで、イーリスが手をさすったり動かしたりしながら、小さく声を掛けてきた。
「何だ」
「あの傍聴席にいた、軍人って誰なの?」
「軍人? どういった奴だ」
 傍聴席は限られた人しか入ることができない。だがベルンハルトを初め、護衛の意味も含めて何人かいたはずだ。イーリスは少し考えるように視線をさまよわせてから、小さい声を出す。
「あなたよりも少し年上みたい。胸にたくさん軍章を付けてたわ」
「……」
 思わずうなり声を上げそうになる。おそらくというより間違いなく、カロッサ大佐だろう。若くて地位のある軍人など、あの場ではひとりしか思い至らない。
「彼がどうしたんだ」
 誰なのかはすぐに分かったが、さすがにその名前をイーリスに伝えることは躊躇われた。もし、イーリスがその名前を悪用したらどうなるか。まだ彼女が全て手の内を見せていない以上、こちらも危ない橋を渡ることはできない。
 だから曖昧にぼかして聞くことしかできなかった。イーリスもそれは分かっていたのか、特に残念そうな顔もすることなく、口を開く。
「だって、何だか楽しそうだったから。笑ってはいなかったけど、目がそういう目をしてた気がするの」
 イーリスの言葉に、背筋がまた、すうと寒くなったような気がした。

 *

 ベルンハルトが普段寝起きする部屋は、今の階級になってから、ひとり部屋となっていた。ヴォルフはその部屋の前に立つ。ヴォルフの部屋は二人部屋だ。それでも昔は四人部屋だったので、かなり過ごしやすくなったのは確かである。
 ヴォルフは小さく息を吐くと、扉をノックした。
「はい」
「おーベル、まだ起きてるか」
 中からベルンハルトの返事が返ってくる。その返事にかぶさるようにして、ヴォルフは扉を開けていた。
「なんだ、ヴォルフか」
 扉から中を覗くと、ベルンハルトはシャツとズボンだけの姿で、机に座っているようだった。机の上には色々と紙が散らばっているようにも見える。
「仕事中なのか?」
「いや、大したことはしてないよ」
 ヴォルフに見せて困るものもないらしい。手を休めることのない彼の姿に、ヴォルフも遠慮することなく部屋へと足を踏み入れる。
「へえ、婚約者からの手紙とは、ベルも隅に置けないねぇ」
 ちらりと目に入ってきた手紙らしきものには、女性の手による流れるような文字が書かれていた。よく婚約者から手紙を送られるという話を聞くのだから、おそらくそれだろう。ベルンハルトは途端に眉を寄せた。
「うるさい。お前だって、手紙のひとつやふたつくらい貰うだろう」
「まーねー」
 ヴォルフは小さく笑った。ベルンハルトは散らばった手紙を束ねて、机の上に重ねていく。
「それで、どうかしたのか?」
 ヴォルフが手みやげにと持ってきた酒瓶を手前のテーブルに置いていると、ベルンハルトが幾分真剣味を増した声音で問いかけてきた。ヴォルフが何か聞きたいことがあって部屋にやってきたのはお見通しのようだ。
「いや、そんな改まった相談でもないんだけどな。ただ、共有室なんかじゃ話しにくくて」
 ヴォルフは壁に備え付けられている棚から、グラスを勝手に二つ取り出した。ベルンハルトも机から立ち上がって、ヴォルフと反対側の席へ座る。
「俺もそう思うさ。この頃、執務室でもあの関係の仕事はしにくくてな」
「そうだろうね。俺もそうだし」
 ヴォルフやベルンハルト達に割り当てられている執務室は、大部屋のものだ。あちこちに演習にでている者も多く、皆が揃う訳でもないのだが、それでも、執務室で仕事をしていると、周りから好奇の目線で見られるのだ。
 今はもう廃れた、魔女裁判が復活している。ヴォルフ達が何も言わなくても、最初の遠征に参加していた兵士達が口を開いているのだろう。今やその任務は、機密事項ながら暗黙の了解のようになっていた。
「まあ、仕方ないだろうな。俺だって、もし逆の立場だったら気になるだろうし」
 ベルンハルトは苦笑を浮かべていた。彼の目元には、僅かに疲れが滲んでいるようにも見える。隊を率いる者としての立場もあるのだろう。副隊長の立場であるヴォルフには、分からないところだ。
 少しでも親友をねぎらってやろうと思い、グラスにとぷとぷと酒を注いでいった。今日持ってきたのは、軽めのワインだ。自室にはもっと度数の高い酒なども置いてあったが、酔いすぎた時に至急の呼び出しが入ってしまっても困る。
 ベルンハルトもそれは心得ているようで、舐めるかのような量を口に含んだ。ヴォルフも自分の分を注いで、ひと口含む。
「裁判は傍聴した?」
「ああ。お前もしたのか」
「まあね」
 ベルンハルトは大体何を言いたいのか、察してくれたらしい。またひと口、ワインを舐めながら、その表情を曇らせる。
「ひどいな、あれは」
「軍になって、少しはまともになったかと思ったけど。一気に昔に戻った感じだよね」
 そっちも一緒なのかと聞けば、短くそうだ、と返される。どうやらイーリスの扱いもあまり良くないらしい。
 少し前に閉廷した、裁判の様子を思い出す。ようやく傷が癒えてきたニーナは、しぶしぶと言った表情で法廷へと足を運んだ。彼女が嫌になる理由も分かるので、ヴォルフも敢えて急かすような真似はしなかった。
 ちらりと尋問記録を眺めた時から、どんな裁判になるかは予想がついてしまったからだ。案の定、ニーナの発言がどれくらい取られているのか、分からない罪状が読み上げられ、彼女の存在を置いていくかのように進んでいく。
 つくづく、面倒な任務を引き当てたものだ、とため息を吐きたくなったほどだ。
「お前が出た裁判には、カロッサ大佐は出ていたか?」
 ふとベルンハルトが、思い出したかのように口を開いた。ヴォルフは法廷の様子を思い返して、ひとつ頷く。
「ああ。端の方に座っていたな。それがどうかしたか?」
「いや……」
 ベルンハルトは、何かを考え込んでいるような雰囲気だった。カロッサ大佐は、今回の魔女裁判関係を取り仕切っていると聞く。ヴォルフは直接話したことが無いのだが、何か言われているのだろうか。
「まあ、何言われているか分からんが、元気出せよ」
「ああ。大したことを言われている訳じゃないんだけどな」
 少し空いた彼のグラスに、ワインを継ぎ足してやる。ヴォルフは疲れたような笑みを浮かべて、グラスを受け取った。
「あの大佐関連で最近噂を聞いたりしていないか?」
「噂?」
 ヴォルフもちびちびとワインを舐めながら、記憶を辿る。カロッサ大佐でヴォルフが知っていることといったら、かなりの切れ者だというくらいだ。共有室で聞いた話も、大した面白い話は聞かなかったような気がするのだ。
「切れ者というぐらいで、あまり大きな噂は聞かないな。ベルが求めているような」
 ベルンハルトははっきりと口にしていないが、おそらく彼が求めているのは、悪い方面の噂だ。例えば政治家と結託して軍を乗っ取るだとか、軍の金を使い込んでいるだとか。
「そうか……」
 ベルンハルトはまた考え込むかのように、口を噤んだ。深く思考に浸っていくような表情へ変わっていく。
「お前、裁判で何を見たんだ? それともカロッサ大佐に何を言われたんだ?」
 さすがにヴォルフも心配になってきて、何を聞かれたのかと聞くために口を開いた。ベルンハルトは話すべきか、どうするべきか、しばらく悩んでいるようだったが、少ししてようやく口を開く。
「笑っていた」
「え?」
「笑っていたんだ。閉廷した後、外に出る前に、俺を見て。気味悪くなるような、笑いだった」
 ベルンハルトはグラスを眺めながら、ぽつりとそう呟いた。ベルンハルトは大佐を見て何を思ったのか、分からない。
 ただ、彼の目は鋭く、想像の中の何かを睨みつけるかのような表情だった。

 *

 二段ベッドの上から、ルームメイトがごそごそと動いているような物音を立てているので、ヴォルフも自然と目を覚ましていた。
 眠っていても、いつも必ず身体のどこかが覚醒している。軍に所属してから、身についてしまった性だ。もうそれも長い共同生活で慣れてきたもので、問題がないと分かれば、すぐに寝ることができるようになっている。
 だが今日は、目が冴えてしまい、もう一度寝入ることはできそうになかった。上からルームメイトが降りてくる音を聞きながら、どうして眠れないのか、考えていた。
 だが思い至るような大きな理由は見当たらない。ここ最近の任務が原因か、などと適当に心当たりを付けながら起きあがる。
「お、起こしたか」
「いや」
 全く悪いと思っていないような表情で、ルームメイトのラートンが詫びてきた。どちらかが起きればどちらかに迷惑を掛けてしまうのはいつものことなので、ヴォルフも気にはしていない。
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