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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第四話

 取り調べを行う部屋は、本部の離れにある一室だった。特殊な取り調べに使う部屋で、石造りの壁で出来た堅牢なつくりになっている。部屋に入ってしまえば、声が聞こえてくることは無い。
 ベルンハルトは入室を許されなかったので、取り調べが終わるまで外で待つこととなった。どれくらいの時間がかかるだろうか。だいたいの時間は聞いているが、実際どれくらい掛かるかは想像も付かない。
 部屋の中からの音も、気配さえも感じられない。何が起きているのか想像もつかないまま、時間だけが過ぎていく。ただの護衛任務だ、対象に心を掛けて何になる、とは思っていても、気になってしまうものだ。
 しばらくそわそわと待ち、ヴォルフ達と交代の刻限が近づいてきたところで、ようやくイーリス達が姿を見せた。
「今日の取り調べは終わりです。引き続き護送と護衛をお願いします」
「分かりました」
 イーリスの身柄を引き取って、建物から外へ出ていく。ちらりと彼女の体を確認してみたが、何か拷問を受けたような外傷は見られなかった。中身はどうあれ、あぶない取り調べではなかったようだ。
「どうだった」
 取り調べを行う部屋からかなり離れたところで、ベルンハルトは小声で問いかけた。イーリスはちらりとこちらへ視線を向ける。
「どうだった、と言われてもねぇ」
「それもそうだな」
「ただ……」
 厳しい取り調べで、恨みのこもった感情をぶつけられるのではないか、と思っていた。だがこうして小声で会話をしていると、彼女にそういった感情は見られないことが分かる。もっと何か、深いところで悩んでいるように感じられるのだ。
 イーリスは何かを聞こうとして、そして問いかけていいものかどうか、躊躇っているような気配を見せた。聞きにくいことでもあるのだろうか。
「どうした?」
「……何でもない」
 怒りをぶつけるでもなく、何かを気にしているようなそぶりであったが、結局イーリスが気にしていることを話すことは無かった。 
 その後、黙ってしまったイーリスを部屋まで送り届けたところで、交代の時間がやってきた。外に出た時、そこにはすでにヴォルフの姿があったので、交代だと分かったのである。
「お疲れ。何か起きてたか?」
「いいや、今のところは何も」
「そうか」
 ベルンハルトは扉に鍵を掛け、鍵の束をヴォルフに渡す。ヴォルフは受け取りながら、部屋へと視線を向けた。
「取り調べだったのか」
「ああ、ひとりだけな。おそらくもうひとりはこれからだ」
「そうか……どうしたんだい?」
 ニーナを部屋から出したという話は部下からも上がっていないのでこれからだろう。これからのことを考えていたベルンハルトに、ヴォルフは不思議そうな眼差しを向けてきた。
「どうしたとは?」
「いや、何か考えているようだったから。何かあったのかい」
 どうやら気にかかっていたことが顔にも出ていたようだ。ベルンハルトは緩く首を横に振った。
「いや、そこまでのことじゃないんだが」
「気にかかることがあったと」
「ちょっとな」
 長年の付き合いであるヴォルフは誤魔化せないようだった。けれども、まだ確信を得ていないこともある。ベルンハルトは言葉を濁したところで、話を切り上げた。
「じゃあ、あとは頼むな」
「おお、任せておけ」
 ヴォルフののんびりした言葉に見送られながら、ベルンハルトは部屋へと戻る。帰ってきてから、すぐ続けて任務に入っていたので、この後の時間は空いているのだ。部隊の他の面々は、演習に送ってしまっているので、指揮を取る必要も無い。
 護衛用にいくつか付けていた武器を外し、所定の位置へ片付ける。銃などは武器庫へ返さなくてはならない。軍服を脱ぐべきか少し考えて、そのまま部屋をあとにした。ひとつ、確かめたいことがあったのだ。
 武器庫へ銃を返却すると、そのまま歩いて裁判所の敷地へと足を踏み入れる。今は大きな裁判は無いようで、裁判所は静かだった。
 裁判所と同じところに建てられている、検事達が仕事をしている建物へと足を踏み入れる。ベルンハルトの存在に気が付いた検事が、挨拶をしながら近づいてきた。
「どうされましたか」
「確認したい調書があるのだが」
 ベルンハルトの言葉に、検事が微かに戸惑ったような、困ったような表情を浮かべていた。
「魔女裁判のですね」
 ベルンハルトが関わっていることを知っているのだろう。何を聞かずとも、検事の言葉からあっさりと単語が出てくる。
「ああ。俺は閲覧できるだろう?」
「……そうですね。では、こちらに」
 検事は戸惑ったままであったが、それでも拒否することはしないらしい。ベルンハルトを奥の部屋へと案内した。
 案内されたのは窓のない小さな部屋だった。小さな机と椅子に腰掛けると、しばらくしてから検事が再び現れる。
「どうぞ。これが今日までの取り調べ結果です」
「ありがとう」
 いくつかの冊子が机の上に並ぶ。今日の調書の他、今までの捜査の結果らしい。検事はごゆっくりと言い残して、部屋から出て行った。
 その背中を見送って真っ先に、今日の調書を開いた。イーリスがどんなことを話したのか、気になっていたのだ。そしてあの、何かを深く考えこむかのような表情も。
 調書には、どうやって魔女になったのか、普段の魔女についてなど聞かれていたようで、それについての仔細が書かれていた。
「悪魔と契約し、人を誘惑する仕事ね……」
 調書には、イーリスが悪魔と契約をしていることや、人を誘惑して遊んでいることなどが書かれていた。確か、ベルンハルトが聞いた時にはその部分は否定していたはずだったが、この調書ではどうやら肯定しているらしい。無理矢理頷かせたのだろうか。
 どうしてイーリスが何かを悩んでいる様子があったのか、それだけが気になるところだった。たまたま気まぐれなのかもしれない。けれども、どうしても引っかかるのだ。
 記録は他に、魔女が暮らす地域や、主に出現する場所が書かれた地図、そして過去の裁判での調書なども残っていた。
「……ん?」
 魔女への取り調べを記した記録には、イーリスに聞いたことと同じようなことが書かれていた。同じようなではない、これでは同じものにしか見えない。肯定しているところなども一緒の文章である。
「……どういうことだ……」
 魔女とはどういうものなのか。そもそもどうして魔女を裁判に掛ける必要があるのだろうか。
 分からない中に見えない闇のようなものを感じて、ベルンハルトの背筋にひやりと冷たいものがはしるのだった。


 *


 ヴォルフはベルンハルトの背中を眺めながら、首を傾げていた。彼と交代する時、何かを深く考えている様子であったが、一体何があったのだろうか。取り調べに関わることだろうか、それとも別の何かだろうか。
 ベルンハルトの背中が完全に建物の向こうに消えたのを確認してから、ヴォルフは配置に付く。奥まったこの建物は人気が無いので、監視自体はやりやすいものだ。
 イーリスの聴取は終わったと聞いていたので、少し時間を空けてから、ニーナの聴取を行うのだろう。
 ふと、建物の向こうにあるニーナの様子が気になった。ここに来てからは彼女と顔を合わせていないのだが、怪我の様子は大丈夫だろうか。できることならば部屋を覗いて大丈夫か確認したかったのだが、勝手に中に入ったことに対して、何か言われるかもしれない。そう考えると、中に入ることはできなかった。
 できたことは、入り口に立ったまま、中の気配を探ることだけだ。中には確かにニーナの気配があって、それだけが安堵できることであった。
 他に何かをすることもできず、しばらくの間は大人しく任務に撤していた。少しすると、検事からの呼び出しが掛かったので、ヴォルフは扉の鍵を開ける。
「入るぞ」
 一応声を掛けてみたものの、中からは返事が無かったので、ヴォルフはそっと独房の扉を開けた。扉から中を覗いてみるが、そこからはニーナの姿が見られないのだ。一瞬逃げたのかとも思ったが、部屋の中にまだ気配が残っていた。
 腰にあるナイフに手を掛けながら、ヴォルフは部屋の中に足を踏み入れた。奥にあるベッドのところにはおらず、入り口の壁際へ目をやったところで、ニーナがいることに気が付く。
「大丈夫か」
 ニーナは入り口側の壁を背にして座り、膝を抱えていた。腹部に傷があるので、それをかばっているのだろうか。おそるおそる近づくが、強く睨まれてしまう。
「何かしら」
「検事の奴らがお呼びだ」
 簡潔に用件を伝えると、途端にニーナの表情が、嫌悪に歪んだ。その気持ちはヴォルフにも分かった。だが彼女の気持ちをくみ取ったところでできることは少ない。ヴォルフは彼女を立たせて、外へと連れ出す。
 外に出たニーナは、嫌そうな表情をしたものの、反抗することはなく、大人しく取り調べの部屋まで歩いていく。
 様子を見ている限り、体は大丈夫そうに見えた。その事に少しだけ安堵した。ニーナを捕らえたばかりの頃は、予想以上に傷が深くて焦ったものだ。取り調べ室に入っていった彼女の背中を見送って、ヴォルフは扉の前に立った。
 魔女の取り調べとは、裁判とは何をするのだろう。何を裁くのだろう。帰ってきてから、得体の知れない靄に覆われている気がして、落ち着かないのだ。
 なんとなく落ち着かない時間を過ごしていたのだが、唐突にその時間は終わりを告げた。
 勢いよく取り調べ室の扉が開いたのだ。
 部屋から慌てた様子で、検事が飛び出ていく。何が起きたのだろう。ヴォルフは部屋を覗き込んだ。
 取り調べ室の中は質素な作りだった。がらんとした部屋には、中央に机と椅子が置かれているだけだ。その隣に、もうひとり分の机と椅子が置かれている。
 中央の椅子に座っていたであろうニーナは、床の上に崩れ落ちていた。崩れ落ちたままぴくりとも動かない。
「おい、大丈夫か!」
 ヴォルフはそばに駆け寄って、ニーナの顔を覗き込んだ。顔は血の気が引いて蒼白になっている。無理をしていたのだろうか。
「取り調べは中断か?」
 傷口を調べ、開いていないのを確認してから、ヴォルフはそばにいる検事に問いかけた。検事はこの状況におろおろとしているようだったが、それでもヴォルフの問いかけに頷いた。
「あ、ああ……、また体調が整ったら、だな」
「そうか。あまり動かしたくは無いのだが。部屋に戻すか?」
「今休める場所を探している」
 扉から焦って飛び出ていった検事が、中へと戻ってきた。とりあえず休む部屋を用意したらしい。ヴォルフはニーナの体を抱え上げた。やたら軽いなどと考えながら、検事の案内で部屋の奥へと歩いていく。
 案内された部屋は、取り調べ室と変わらない、ベッドがあるだけの質素な部屋だった。ベッドの上にそっとニーナを下ろす。まだ顔は青いままだったが、それでも倒れている時よりかは赤みが戻ってきているだろうか。
 取り調べ室からは音が全く聞こえてこなかったので、どんな事を聞かれていたのか分からない。それでも、まともな事では無いのだろう。
 小さく寝息を立てる彼女の姿を見ながら、ヴォルフは小さくため息をついた。
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