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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第十八話

 牢屋からヴォルフが立ち去ったあと、ベルンハルトは無為な時間を過ごしていた。
 ヴォルフが持ってきてくれたパンを食べると、もうやることが無くなってしまう。軽く身体を動かしたりして時を過ごすが、他は思案にくれるしかない。
 ひととおり牢の中で自分ができることをやり終えてしまい、ベルンハルトはベッドに寝転がる。暗い天井を眺めながら、ぼんやりと考えを巡らせた。
 イーリスは今頃どうしているのだろうか。ここに捕らえられるまでに、いくらか準備はしたものの、完全とは言えない。誰かが気が付いてくれると良いが、どうだろうか。
「あー……」
 ベルンハルトはうめき声を上げて、手で目のあたりを覆った。
 気になるのは、それだけでは無かった。イーリスを助けるという選択をして、そしてここにいるということは、もしここから出てイーリスを助けられたとしても、軍に残ることは難しいということだった。
 貴族の地位や、軍での生活に未練は無い。けれども、ベルンハルトは自分が貴族であることを十二分に承知している。何の肩書きもない人間に成り下がったとき、果たして自分は生活することができるのだろうか。
 それに、置いていってしまう婚約者のアンジェの事を想い、目を伏せた。最近また手紙が来ていた。ベルンハルトのことを心配するもので、強ばっていた心が少しだけほぐされたようになったのを覚えている。
 きっと彼女を裏切ることになってしまうのだろう。与えてもらってばかりだったことを思い、少し心が軋んだ。
 そうしてどれくらいぼんやりと考えていたのだろう。ふと、牢の外に再び足音が聞こえてきて、ベルンハルトは寝転がった格好のまま、硬直した。
 誰かが来たのだ。ヴォルフではないことは確かだった。足音が違う。エッカルトなど、覚えのあるものでもない。
 寝転がったまま、足音にじっと耳を澄ませる。足音はじっと近づいてきて、牢の前で止まった。鍵などを持っている気配は無さそうだ。ただじっとして、牢の外で気配を伺っている。
 起きるべきか、どうするべきか。逡巡していた時、牢の外から声が聞こえてきた。
「ベルンハルト? 起きてるか?」
 その声に、寝たふりを通していたベルンハルトは、驚いてがばりと起きあがる。
 おそらく今は深夜なのだろう、元々薄暗かった牢は、さらに闇の色を濃くしていた。そして、闇の中にひっそりと佇むかのように立つ男がひとり。
 間違いない。父の姿だ。
「起きてるな? よかった。俺も何度も来ることはできないからな」
 父は低く笑ったようだった。ベルンハルトはゆっくり起きあがると、静かに父のそばまで歩いていく。
 ずっと闇の中にいるからか、目が慣れていた。薄闇の中に、少し疲れた様子の父が浮かび上がる。ここまでどうにかして忍んできたのだろう。
「どうしてここが分かったんですか」
「お前のところの部下がな、こっそりと教えてくれたんだ。軍曹だったかな」
「そうですか……」
 教えたのはエッカルトだろうか。彼もカロッサ大佐の作戦に参加しているのかもしれない。その中でも、危険を侵して教えてくれたのだろう。
「あまり時間がない」
 父はそう言いながら、ベルンハルトに何かを渡してきた。掌には硬質な感触を感じる。これはまさか、牢の鍵だろうか。
「予備の鍵からくすねてきたもんだ。出るときまで取っておきなさい。それから、これを」
 さらに、ベルンハルトがいつも使っているのと同じ型の銃とナイフを渡してきた。ずっしりとした重みがなんだか懐かしく感じる。
「ありがとう」
 ベルンハルトはそれを素早く、いつものところに準備した。父はさらに、ライフル銃を隠している場所を教えてくれる。後方部隊として働いているからこそできることだろう。
「……親不孝者なのに、こんなにしてもらって悪いな」
 ベルンハルトは思わず苦笑していた。父のように勤め上げることもできず、さらに父をも危険にさらしている。なんだか申し訳なくなってしまったのだが、父は小さく首を振った。
「このままここにいる方が親不孝者さ。それに、俺は少しだけ嬉しかったよ」
「……嬉しい?」
 父が何を嬉しいと思ったのか、理解ができない。首を傾けたベルンハルトに、父は深く笑みをこぼす。
「今回の話を聞いて、ベルにもちゃんと、俺の騎士団としての血が流れてるんだなって思ってな。お前はそうは思っていないかもしれないが」
「いや、俺もちょっとだけ、そう思った時がありましたよ」
 ベルンハルトはカロッサ大佐と話をした時のことを思い出す。彼の考えは強引だが悪いものではない。それが分かっていながら、彼の考えを拒否したのは、本能のようなものだったからだ。それがもしかすると、父から受け継いでいるものなのかもしれない。
「ベル」
「はい」
「お前はお前の道を貫きなさい」
 ふと真面目な表情に戻った父の声が、静かに響いた。ベルは噛みしめるように反芻して、大きく頷く。
「他に、何かあるか?」
「そうですね。少しだけお願いしても良いですか?」
 ベルンハルトは捕らわれた時に残してきてしまった仕事を父に託した。主に馬の用意などだったのだが、父が引き受けてくれたので、少しだけ安堵する。
「それと……アンジュにすまないと」
「分かった。確かに伝えよう」
 父はひとつ頷く。暗闇の中で、彼がまっすぐに見つめてくる眼差しは、確かに感じられた。
「じゃあな」
 すっと視線を外し、彼は小さな足音だけを残して消えていく。
 ベルンハルトは、鉄格子にそっと手を当てて、目を伏せた。
 最後に残った、父の眼差しと、そこに繋がる全ての生活を瞼の裏に焼き付けるように、そっと額を手にくっつけていた。


 *


 ベルンハルトは何とか監視の目を逃れて処刑場に飛び込み、悪魔らしきものがイーリス達を襲うのを阻止することに成功した。ぐい、と頬に落ちた汗を手の甲で拭い、悪魔を見据える。
 ライフル銃はもう使えないだろう。そっと地面に置いてから、腰に下げていた銃を引き抜いた。
 イーリスへ目を向けていた悪魔は、突然飛び込んできた闖入者を探すかのように、こちらへぐり、と目を向けてくる。漆黒の目が、面白くなさそうに細められた。
 悪魔の黒く染まった右手がゆらゆらと動いて、ベルンハルトへ狙いを定めてきた。一瞬止まったかと思うと、それは勢いをつけて飛びかかってくる。
「ちっ」
 舌打ちをひとつしながら、ベルンハルトは銃を構えた。するすると伸びてくる手に向かって、連続で何発か銃を撃つ。
 たん、たん、と乾いた音が処刑場に響きわたった。悪魔の手はかなりの大きさにふくれあがっていたので、間違いなく被弾したはずだ。
 だが悪魔はものともしていないらしい。確かに撃ったはずの銃弾をつぶすかのように、ぐしゃりと掌を握り込む。もう一度開かれた時には、いくつか穴が空いているだけで、大きな傷を負った気配が無くなっていた。
 少しだけ動きを止めていた悪魔の手が、再び勢いを増して襲いかかってきた。それを左に転がりながら避ける。勢いを付けて立ち上がり、悪魔の手と対峙する。
 悪魔も手に合わせて、少しばかり移動してきたらしい。ニーナの近くにいたはずだったが、今はちょうど処刑場の真ん中あたりまで移動してきていた。風がごう、と吹き荒れる。
 悪魔の唇が、歪な形に引き上げられた。まるでこの状況を楽しんでいるかのような、それともベルンハルトのような邪魔者が入り込んできたことを不愉快に感じているかのような、そんな表情だ。
 素早く銃弾を装填して、ぴたりと悪魔に狙いを定めた。悪魔はその場に佇んだまま、こちらを睨みつけてくる。銃に怯えているような気配は無い。ただ、間合いを計っているだけなのだろうか。
 一瞬だけ、ぴたりと風が止んだ。その次の瞬間、悪魔が息を吸ったかと思うと、ひと呼吸でベルンハルトのそばまで飛んできた。
「ッ!」
 間近に、漆黒の瞳が見える。
 息が掛かりそうな距離だ。漆黒の闇は、近くで見ても、底の見えない深い色である。吸い込まれそうな感触の後に、底の見えない恐怖に襲われる。
 普通の大きさに戻った悪魔の手が、勢いを付けて襲いかかってきた。一瞬悪魔の目に気を取られていたせいで、避けるのが遅れた。
 悪魔の手が、思い切り体をつかんでくる。最初は首を狙われていたが、何とかそこだけは避けることができた。
 それでも、柔軟に大きさを変えられる手が、体を容赦なく締め上げてくる。
「がっはっ!」
 肺のあたりがみしりと軋んで、ベルンハルトは思わず呻いていた。このまま握り潰されるのか。痛みに意識が遠のきそうになった時、ふと手の力が緩んだ。
 ふわりと浮遊感がしたかと思うと、どこか壁に投げつけたらしい、急に壁に叩きつけられて、息が詰まった。
「がはっ、ごほっ、ごはっ」
 すぐに立ち上がらねば、と思うのだが、体を伏せたまま、言うことを聞いてくれない。呼吸を取り入れるために、反射的に息を吸い込んでは息を吐く。
 何とか体を持ち上げると、視界に悪魔の背中が入ってきた。何を見ているのかと思ったが、どうやらニーナを見ていたようだ。ニーナは口をぱくぱくと開いて、悪魔に何か訴えているらしい。悪魔がどう答えているのかは、背中を向けているので分からない。
 あたりがまた一段と暗くなった。空を見上げると、いつの間にか集まってきた雲の多さに驚くばかりだ。灰色の雲がまるで悪魔に集うかのように、渦を成して集まってくる。これも、悪魔の能力なのだろうか。
 その時、イーリスが召喚した精霊がふわりと動き出した。
 イーリスは未だ処刑台にくくりつけられたままだ。動き出した精霊に立ち向かうように、悪魔の周りに黒い靄が増える。
 ベルンハルトはその隙にゆっくりと立ち上がり、呼吸を整えた。未だ身体に力は入らないが、それでも動かすことはできる。
 それを確認すると、精霊と悪魔がぶつかりそうな横をこっそりと走り抜けていく。ちらりと目線を向けると、ヴォルフはニーナのそばまで駆け寄っているが、腰のナイフと銃に手を当てたまま、立ち止まっていた。どう動けば良いか、分からない部分もあるのだろう。そして、カロッサ大佐達は相変わらず壁際に寄っている。王族は状況に呑まれているようで、完全に動きが硬直している状態だった。だがカロッサ大佐は、口元だけで笑っていた。ただ、目元は笑っておらず、鋭くこの状況を見つめているようである。
「イーリス嬢」
 何とかイーリスのところまで走ってくると、ベルンハルトはナイフを取り出し、彼女を繋いでいるロープを切る。太いロープで結ばれていたので少し時間が掛かった。ぷっつりと最後のロープを切った時、音がしたように感じられるほどだ。
 イーリスの結わえられていたロープがぷっつりと切れた時、悪魔の右手がゆら、と動いていた。精霊も同時に、身体の表面に薄い膜を張る。
 黒い靄をまとった右手と、精霊が盾にするように張った膜が、ぶつかりあった。衝撃で空気が震える。
 砂埃が舞い上がり、視界が緩く遮られた。その衝撃の強さに、思わず目を細める。
 精霊や悪魔達は、衝撃をものともしていないようだった。第二波、第三波と衝撃がさらに沸き起こってくる。
 その衝撃でか、今まで圧倒されていたばかりの王族がまともな思考を取り戻したようだった。カロッサ大佐に掴みかからんばかりの勢いで何かを命じているようだ。内容までは分からないが、この騒ぎはどういうことだ、どうにかしろだということには違いない。問題は、カロッサ大佐がどう動くか、である。
 目の前で精霊達が激しく戦いを繰り広げている横で、ベルンハルトは必死に目を凝らしていた。イーリスは精霊と同調するので精一杯らしく、じっと精霊の姿を追ったままだ。
 時折、派手に砂埃が上がる。再びの砂埃が晴れた時、カロッサ大佐と王族は話を終えたらしく、少しだけ距離が離れていた。
 カロッサ大佐はその場から動くことなく、じっと何かを見ていた。何を見ているのだろう、と目線の先まで追っていったところで、彼が見ているものに気が付いてしまう。
 彼は、じっとニーナを見つめていた。何かを期待するでもなく、ただ静観するかのように、じっと。
 その視線にざわざわと、肌を這い上がるようなものを感じる。
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