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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第十七話

 魔女達が処刑場に立つ日。
 快晴だった。澄み切った空を眺めて、ヴォルフは眩しさに目を細める。
 王族の隠れた歴史ともあって、魔女狩りから裁判まではほとんど非公開で行われてきていた。だが今日の処刑は、軍属の人間には知らされているようだ。おかげで、部屋からここに来るまで、何人もの人に興味津々といった視線で見られたものである。
 処刑場は立ち入る人が限られている。カロッサ大佐の言葉によると、この任務に関わった兵士達、そして王族が立ち入るとの事だ。ひっそり始まり、ひっそり終わろうとしている一連の事件が、国の一大事に関わろうとしているなんて、誰も思っていないだろう。
「おはよう」
 空を眺めていた時、後ろから人の気配がしたのでヴォルフは振り返る。処刑場に入ってきたのは、カロッサ大佐だった。ヴォルフは反射的に、敬礼の仕草を取る。
「おはようございます」
「いい天気だね」
 ヴォルフが空を見上げたからか、カロッサ大佐もまた空を見上げてぽつりとこぼした。今日の処刑執行に見合わないくらい、良い天気である。
「首尾は」
「滞りなく」
 カロッサ大佐の言葉に、短く答える。ベルンハルトが牢屋に押し込まれた今、ヴォルフが代理で指揮を取っていた。何かが起きても対応できるよう、処刑場の周りには部下を配置しているのだ。
 これは正式なヴォルフ達の最後の任務であり、またヴォルフにとっては、新たな計画への第一歩になるはずだった。
「そうか」
 カロッサ大佐は目線を空から戻すと、隙のない視線で、処刑場を見回す。こういうところに、ただのお飾りではない、有能さが垣間見えるのだ。
「これが、第一歩か……」
 カロッサ大佐は処刑場に目を向けると、感慨深くそう呟いた。この計画の仲間に引き入れられてから、計画の一部を知ることとなったのだが、それでも大佐の有能さには舌を巻くこととなった。有能な、指揮官たる頭脳と、それに決しておぼれることのない、緻密な計画。ここまで来るのに何年も掛けて、いくつもの根回しを重ねて来たのを知った。まるで何かにとり憑かれたかのように、大佐は自らの持つ何かに突き動かされて、計画を進めているのだ。
 ヴォルフはそれが何かを知ることはできていない。だが、その何かが決して良いものでは無いことだけは、確かだった。敢えて言うならば、ヴォルフが抱えているような、暗い、沼の底に沈んでいくような感情だ。
「さて、そろそろか」
 カロッサ大佐は誰にともなく呟くと、制服の胸ポケットから何かを取り出した。そして数秒だけそれを見つめ、またしまう。
 何かまでは分からなかったが、少女の写真のようにも見えた。
「大尉、魔女達を連れてきてくれ」
「はい」
 ヴォルフは頷くと、静かにその場を離れていった。
 イーリスやニーナ達は、刑が確定したあと、一度別の場所へと移された。ベルンハルトがいるところとは別の場所にある捕虜用の部屋だ。本部が拡張される時に一緒に建ったので、わりと綺麗である。
「軍曹はブリュームを」
「はい」
 一緒に連れてきたエッカルトに指示を出して、ヴォルフはニーナがいる部屋に入った。
 ニーナはベッドに腰掛けて、部屋にひとつだけある窓から空を眺めていた。ヴォルフが部屋に入ってきても、ずっと窓を眺めている。
 その長い真っ直ぐな髪が、窓からの光を浴びて艶やかに輝いていた。こうして見ていると、彼女が魔女だというのが、納得できるような気もするのである。
「もうすぐなのね」
 ニーナはゆっくりと窓から視線を戻すと、無表情のまま、ぽつりと呟いた。そして、右手を開いて見下ろす。
 彼女の掌には、くっきりと不思議な模様が深い青で刻まれていた。これが悪魔との契約の印だ、という言葉を聞いて驚いたものだ。そして、ニーナが悪魔を召喚できるという一族であることも。
「本当に、良いのか?」
 ヴォルフが計画に引き入れられた際、ニーナはすでに計画のことを了承したと聞いて驚いたものだ。
 二人が互いのことを知ってから、奇妙な関係が築かれつつあった。お互いのことを知りながらある一線で踏み込むことのない、そんな関係になりつつある。
「良いって、これしかもう道は無いじゃない」
 何を今更と彼女はおかしそうに笑う。確かにそうなのだが、悪魔を召喚することがかなり負担になると聞いてから、少し心配になっていた。
 それは計画が進まなくなるから、といった心配ではなく、もっと他の類のものなのかもしれない。
「そうなのだが……」
「大丈夫。きっとうまくやるわ。まあ、あまりうまく悪魔と話せた事が無いから心配なのだけど」
 ニーナはぼんやりと青の光を掌に纏わせながら、ぽつりと呟く。
「そうなのか? そもそも、召喚しなくても話なんてできるのか?」
「一応。なんて言うんだろう、意識だけ引き寄せる感じかな。そうすると、話すことができるの」
 悪魔とはどんなものなのか、一度問いかけた時、ニーナは普通の人間と見た目は変わらないと話していた。戦う時に、それぞれの見た目を変化させたり力を使ったりするらしい。
「そうか……」
 ニーナはゆっくりと立ち上がった。ゆっくりと近づいてくる。
「行くでしょう?」
「あ、ああ」
 ふわりと微笑んだニーナに、慌てるようにしてヴォルフは頷いた。ニーナを促して、廊下にでる。イーリス達は先に行ったのだろう、廊下にはすでに気配が無くなっていた。
「ねぇ」
「……ん?」
 なるべく人の通らないところを選びながら処刑場へ向かう途中、ニーナがぼそぼそと話しかけてきた。ヴォルフは前を向いたまま、返事をする。
「あなたはどうして計画に参加する気になったの?」
「聞いてどうするんだい」
「だって、私は後が無いからだけど、あなたは違うじゃない? 理由があるんでしょう?」
 気になるじゃない、とニーナは小さな声で笑う。それでも声には緊張の色が混ざっていて、それを紛らわせるために話しかけてきたのかもしれない、などとも思う。
「理由ね……」
 ヴォルフは道を曲がりながら、ちらりと空を眺めた。澄み切った、雲ひとつない空。
 今日はそれがなぜだかひどく、遠く感じられる。
「大した理由は無いのかもしれないな」
「え?」
「俺は大佐の抱える何かに惹かれたからかもしれないし……あなたが結局は気になっていたから、かもしれない。色々な理由が重なっているんだろうな、きっと」
 小さく笑って、ニーナへ視線を移す。ニーナはどこか驚いたかのように、口を開いていた。そして、わずかに目を伏せる。
「もう少し早く聞けば良かったかも」
「え?」
 小さく呟いた言葉の理由が分からず、聞き返すが、ニーナは小さく笑うだけだった。曖昧に言葉を濁されてしまってはその先を促すこともできず、ヴォルフは仕方なく口を噤む。
 最後に曲がった角を進んだ先は、処刑場だった。やはりイーリスは先に来ていて、エッカルトの手によって足を処刑台に固定させられていた。
 ヴォルフ達もイーリスから少し距離を開けて処刑台に立ち、ニーナをその場に立たせる。
 カロッサ大佐に言われた通り、なるべく緩めに足を固定していた。悪魔を召喚した時に動けないのでは、意味が無いのだ。
 イーリスはじっとこちらを見据えてきていた。鋭い視線に、何もかも射抜かれそうな気分になる。事実、イーリスは全てを知っているのだ。ニーナはイーリスを見返していたが、慣れたようにその視線を受け流していた。
 ベルンハルトは牢に捕らえているが、大丈夫だろうか。ふと、一抹の不安がよぎった。イーリスひとりだけでは、計画を止めることはできないだろう。それは分かっていたのだが、それでも不安は拭えない。
「よし」
 縄の様子を確認してから、ヴォルフはその場から離れる。いつの間にか処刑場には人の姿が増えていた。壁際で眺めているのは王族だろうか。護衛らしき人物もいるし、間違いないだろう。
 カロッサ大佐は処刑場の周りを囲っている壁際に寄りかかりながら、じっとその様子を眺めていたようだった。準備が終わると真っ直ぐに立ち上がり、合図を出す。
 入り口付近では、執行人達がライフル型の銃に弾を込めているところのようだ。その執行人も、ひとりは計画のことを知っている人間だと聞いている。どちらがそうなのだろう。
 そんなヴォルフの思惑を前に、処刑の準備は粛々と進んでいった。灰色の壁に囲まれた処刑台で、何人かは壁際に立ちその様子を見守っている。漆黒のローブを纏った執行人は、ライフル銃の準備を進めて、やがて準備の済んだライフル銃を手にゆっくりと立ち上がった。

 いよいよ、死刑が執行されるのだ。この計画の終わりにして、始まり。
 処刑場は広い空間だが、その空間に見合わない静寂で満たされていた。ヴォルフでさえも、処刑場を満たす緊張感に呑まれそうになり、唾を飲み込んでいた。
 ちらりと、ニーナに視線を向ける。彼女はどこか眩しそうに遠くを眺めているようだった。執行人を眺めているようにも見えたし、執行人を通り越してどこかを見つめているようにも見える。
 カロッサ大佐の合図によって、執行人達がライフル銃を構えた。
 ライフル銃を構えた音が、少し離れたところにいるヴォルフまで聞こえてくるようだ。
 執行人が引き金に掛けた指に力が籠もったように見えた、その時だった。

 ニーナの手が濃い藍色に、そして漆黒のごとき黒に輝き始めた。それは次第に地面に向かって舞い落ちるように広がり、地面が漆黒に輝く。彼女を中心に、漆黒の線が広がり始める。
 漆黒に広がり始めた線はやがて、丸みを帯びた魔法陣のようなものを形成していく。それは掌にある入れ墨のようなものと似ていた。
「なっ……!」
 壁際に寄っていた人物からは、どよめきの声が上がる。魔法陣を形成した黒の光は留まるところを知らず、やがて彼女を中心に、まるで彼女を包み込むように、黒い靄のような光が広がっていった。
「おい、止めろっ……!」
 壁に寄っていた男のひとりが、カロッサ大佐に向けて声を張り上げる。その声に、カロッサ大佐はぴくりとも身体を動かすことは無かったが、その声にひとりの執行官が反応する。
 処刑場に、腹の底から響くような轟音が響きわたった。反動で執行人の身体が大きく動いている。
 弾道は速すぎて読むことはできない。まさか、ニーナに直撃したか、と息を呑んだ。
 だが、その考えは徒労に終わったようだ。ニーナを包んでいた黒の靄から、ぬっと黒い何かが飛び出たのだ。人の手のようにも見えたそれは、人間のものよりもふたまわりほど大きい。その黒い手のようなものが、執行官の撃った弾を吸収したらしい。
 黒い手はぐしゃり、と手の中の何かを握りつぶすかのように拳の形に握られ、また手は開かれた。
 そして、執行官に向かってぐわ、とその黒い手が襲いかかる。それは執行官をなぎ払うかのように動き、黒い手に巻き込まれた執行官は、あっけなく吹き飛ばされた。
「なっ……!」
 壁から再びどよめきが上がる。黒い手は執行官を吹き飛ばすと、再び黒い靄の中に消えていった。
 そのまま黒い靄はニーナの周りを覆っていたが、しばらくすると、黒い靄が中央へと収縮を始めた。途中で収縮を止めたかと思うと、一息にそれが発散される。
 黒い靄が晴れた先には、ニーナと、彼女の前に浮く一人の男の姿があった。見た目はヴォルフ達と変わらない、普通の男の姿だ。だがその黒髪の男は、宙に浮いているということが人間離れのさまを見せていた。
 あれが、悪魔なのだろうか。
 男は周りを冷ややかな目線で見つめていた。まるでその場の状況を判断しているかのようだ。
 ニーナは彼女を振り返らない男に向かって、何事かを必死に語りかけているようだった。いつの間にか、処刑場は強い風が吹き荒れていて、何を話しているのか、全く聞こえない。
 快晴だった空も、どこからか雲が姿を見せ始めていた。あれも悪魔が呼んできたのだろうか。
近寄りたいが、その場の異様さと、男から発せられる圧迫感のようなものに押しつぶされそうになっていて、近づくことができなかった。
 そんな中、事態を動かしたのは、ニーナから少し離れて立つ、イーリスの姿だった。イーリスの掌から緑の光が輪となって輝き始めたのだ。その光は一瞬消えたかと思うと、より強く輝いてその場に弾け飛ぶ。
 あまりの眩しさに、ヴォルフは思わず目を瞑っていた。視界が白く弾けたような気がする。
 ようやく眩しい光が収束したらしい。真っ白になっていた視界を警戒しながらおそるおそる目を開ける。
 突然イーリスから現れた光は、すでに収束していた。ただ代わりに、今度はイーリスを守るかのように、彼女の近くに何かが出現していた。遠目に見ると、薄いベール生地のような緑の服をまとった女性にも見えるのだが、肌の色が違うような気がするのだ。
 あれは、イーリスとベルンハルトの会話を盗み聞きした時に話していた、精霊というものなのだろうか。精霊らしきものが召喚されたおかげで、少しだけ、ニーナが召喚した悪魔から発する圧迫感は消えていた。吹き荒れる風も消えたような気がする。
 イーリスはじっと、精霊らしきものと視線を合わせていた。彼女の口が動いている様子は無い。
 悪魔はそれが面白くなかったのだろうか、ちらりとこちらへ目を向けた後、イーリスへ身体を向けた。
「……めて!」
 未だ処刑場には風が吹き荒れていて、ニーナの声を聞くことはとても難しい。だが、それでも彼女の叫び声の一部を聞き取ることはできた。悲痛な、その声を。
 男の腕が黒く染まる。黒く染まった腕がさらに大きくなるのを見て、今まで地面に縫い止められていたかのように強ばっていた身体が、するりと動いた。
「ちっ……!」
 大きく舌打ちをしながら、ニーナ達に走り寄る。明らかに悪魔とニーナはうまく意思の疎通が取れておらず、さらに悪魔は機嫌が悪いようだった。予期していたが、あまり良くない状況に陥りそうになっているのを感じる。
 悪魔の動きは速かった。みるみるうちに黒く変わっていったその腕は、すぐに大きく長くなり、イーリスへと向かっていく。
 イーリスはまだ足を処刑台に固定されたままだ。イーリスは悪魔の腕が襲いかかってくることに気が付いて、そのまま鋭く悪魔を睨みつけている。
 イーリスの前に立ちふさがるかのように、精霊が大きく広がりながら立った。
 再び処刑台に広がりつつある風が強く吹き荒れる。
 目の前に広がる光景にヴォルフが思わず唇を噛みしめた、その時だった。
 処刑場を切り裂くような、轟音がひとつ響きわたる。それは強く吹き荒れる風の中でも、はっきりと聞こえたのだ。
「何がっ……!」
 一体何が起きたのか。音の方向、処刑場の入り口へと目を向ける。そして、そこにいた人物に絶句した。
 軍にある武器の中でも最も大きなライフル銃を持ち、こちらへ照準を向けていたのは、ベルンハルトだったのだ。
 彼はゆっくりと立ち上がり、汚れた頬を手の甲で拭っていた。
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