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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第十四話

 カロッサ大佐が話したことは、想像をこえるものだった。
 魔女と王族について。そして、ある魔女の一族が持つ悪魔の力を利用して、クーデターを起こすことについて。
 何か裏があると思っていたヴォルフだったが、こんな壮大な裏があったとは。話を聞きながら、ベルンハルトが裁判所で感じていた冷たいものを思い出す。彼の感じていたあの薄ら寒さは、本当のものだったのだ。
「一兵卒には、なんだか壮大すぎてもったいない話ですね」
 カロッサ大佐が計画を話し終えた後、ヴォルフの口から出たのはそんな言葉だった。本心から出た言葉である。あまりに壮大すぎて、まるで夢物語のようにしか感じられないのだ。そんな夢物語を実現できる力を持っているのが、彼なのだろう。
「そうか。でもこれは私が現実にする。この国を守るためにできることは、それしかない」
 冷静な言葉に、僅かばかり熱が籠もったような気がした。表情も、少し熱に浮かされているようにも見える。
「そのためには、仲間が必要だ。決して裏切ることのない、優秀な仲間がね。だからこそ、私はこうして君に会いにきた」
「そうですか、でも」
 ヴォルフは言いよどむ。カロッサ大佐の話は、夢物語のようだったが、それでも理解できることもあった。
 大した国力もないのに、誇り高いのか他に理由があるのか分からないが、決して他国になびかない上層部。その結果、少しずつ滅びの道を辿っているのは、ヴォルフも感じられた。
 軍部も必死に兵を増やし、演習をしているが、いざ開戦した時に果たして国を守りきることができるのか。一部の兵士達は諦めないと夢を見ているが、ヴォルフぐらいの地位を持つものになると、現実に気が付いていた。それでも、諦める訳にはいかないのだ。
 だからこそ、ある意味でカロッサ大佐の話は魅力的に思えた。
「返事は今すぐでなくて良い。そうだな、裁判が終わる頃にでも聞かせてくれればね」
「分かりました」
 言葉は柔らかかったが、そこには有無を言わせぬ響きがあった。そうなったら、ヴォルフも簡単に断る訳にはいかない。仕方なく、ひとつ頷く。
「良い返事を期待しているよ」
 彼はヴォルフの事をどう思っているのか、うっすらと笑った。期待されているのか、それとも別の何かを抱えているのか。意図が全く見えない表情は、気味が悪い。
 ヴォルフは唇を舐めた。もうひとつだけ、聞いておきたいことがある。
「……ブランシュ少佐は、なんと返事を?」
 ヴォルフにも話が来るぐらいだ、ベルンハルトにはもう既に話が言っているだろう、と思っていた。彼はこの話をどう思ったのだろう。
「……あまり良い話は聞けていない、正直なところ」
「……そうですか」
 カロッサ大佐の口から出てきた言葉は、予想通りのものだった。
 ベルンハルトなら、多分この話を飲むことはしないような気がした。ヴォルフ以上にこの国の未来を分かっていても、根が真面目な彼だったら、この方法に乗ることはしないように思ったのだ。
「少佐はきっとどうしようも無い立場に立たされた事は無いのだろう。だからこそ、己の意志を真っ直ぐに優先できる。君なら、分かるだろう?」
「それは、私の生まれた家柄のことですか」
「まあそれもある。考えた事が無いとは言わせないよ。少佐ほどの家柄ならば、もっと出来たことがある、とね」
 ヴォルフは思わず唇を噛みしめた。その言葉は真っ直ぐに、胸の奥深くに沈めている何かに突き刺さったのだ。
 ベルンハルトのような本物の、何代も続く貴族の家に生まれていたならば。何度か思ったことだ。部隊を持つことだって出来ただろうし、佐官クラスの地位に上り詰めることだって出来ただろう。
 同じ貴族に生まれても、成り上がりの家であるヴォルフと、由緒正しい家のベルンハルトでは扱いがこんなにも違うのか。何度拳を握りしめただろうか。
「この計画が成功すれば、君のように、家柄によって己の才を拒まれることもなくなるだろう。どうだ? いい計画だとは思わないか?」
 最後の呟きが、ヴォルフにはまるで甘い毒のように感じられた。


 *


 傍聴席に座ったベルンハルトの前では、弁護士が熱の籠もった弁論を繰り広げていた。最初の頃はまだ中身を聞く気にもなっていたが、裏にある計画を知ってしまった今は、ただ話が右から左に流れていくだけだ。
 どうにかこの茶番を止めることができれば、と思うのだが、計画を知ったところですぐに動くことはできなかった。カロッサ大佐もそれを知っているから、計画を話したのだろう。
 何回目かの法廷で、イーリスも慣れたようだった。初めは知らない証拠や供述に厳しい口調で反論している時もあったが、最近は求められた時以外、口を開くことは無くなっていた。何か思うところがあるようで、検察官や弁護士の意見にじっと耳を澄ませている。
「では最後に、検察官、最終弁論をお願いします」
 法廷では、ついに検察官が求刑を求めるところまできていた。検察官が立ち上がり、つらつらとこれまでのことをまとめ始める。
「被害者の毒殺や、子供の誘拐など、魔女であるイーリス・ブリュームがしたことは一般的には残酷でありながら、彼女自身はそれが残酷な事だとは思っていません。おそらく、これが更正されることはなく、生涯にわたって繰り返されるでしょう。従いまして、被告人の死刑を求刑します」
 検察官の凛とした声が響きわたった。きっと彼は魔女のことを疑ってもいないのだろう。それか、彼もカロッサ大佐の仲間であるのか。証拠はどこにもないが、何となく仲間である方が自然な気がした。
 死刑の言葉が法廷に響いた時、久しぶりにイーリスの表情が動いたようだった。こちらに背を向けているので、表情は分からない。
「では弁護人、最終弁論を」
 弁護人は最終弁論でも、一貫して検察が調べた証拠には正当性が無いこと、従って彼女は無実であることを主張していた。弁護人の言葉は真に迫っているはずなのに、なぜだか空しく聞こえる。
 カロッサ大佐に会った時に、もう日々の生活は全て変わってしまったのだ。ふと、そう思った。
「それでは、最後に被告人、前へ」
 イーリスは、ゆっくりと立ち上がった。ふわりと彼女の髪が揺れる。
「最後に言いたいことは」
 裁判官に促されて、イーリスはゆっくりと顔を上げたようだった。彼女は何を思って裁判官を見上げているのだろう。
 少しの間を置いて、イーリスは口を開いたようだ。
「特別お話しすることはありません。ただひとつ言うならば、魔女を利用することは、それだけの犠牲をも伴う。それだけです」
 イーリスの言葉に、僅かながら、裁判官の表情が変わった気がした。どこかひきつったようにも見える。気のせいだろうか。
「それでは、本日は閉廷します」
 そして、次回の日程を告げて本日の裁判が終了する。イーリスはじっと席に座ってそれを聞いているようだった。周りで、傍聴していた僅かな人員が立ち上がって、外へと出て行く。今日はその中にカロッサ大佐の姿は無かった。もう計画は予定通り進んでいるから良いのだろうか。
 法廷から人がいなくなり始めたところで、ベルンハルトも席を立つ。ゆっくりとイーリスのところへ向かった。
 席に座っているイーリスは、ぼんやりと虚空を見つめているようだった。何かを考えているのだろうか。
「イーリス嬢」
 小さく声を掛けて、彼女はようやく、ゆるゆると顔を上げた。いっときだけ、彼女の面がまるですがるようなものに見えて、ベルンハルトは一瞬手を止める。だがその表情も、すぐに引っ込んでいった。
「行こうか」
 声を掛けると、イーリスは小さく頷いて立ち上がった。二人はいつもの通りに、裏口から外へと出る。
 何か話をしたいと思ったのだが、一体何を話せば良いのか分からなかった。変に慰めの言葉をかけたところで、イーリスの心には何も響かないだろう。
 結局色々と悩んでしまい、独房までの間、結局何も話さないままだった。
 独房の鍵を探り、扉を開ける。中に入ろうとしたところで、イーリスがちらりと目を向けてきた。その目に、何かを考えるような色が浮かんでいて、扉を閉める手を止める。
 ちらりと周りの部下達の姿を確認して、合図を送ってから、中へと滑り込んだ。
「どうした?」
 なるべく詰問口調にならないように、イーリスに声を掛ける。イーリスは小さな椅子に腰を掛けて、ゆるりと顔を上げた。
「ねぇ、あなた達の上司は、一体私たちを使って何をしようって言うの?」
 イーリスの言葉は回り道なく真っ直ぐで、ベルンハルトは言葉に詰まってしまう。カロッサ大佐の計画を話して良いのだろうか。本来なら、ベルンハルトは軍人であるが故に、話してはいけない立場のはずだ。だが、イーリスをこのまま死刑台に送ってしまって良いのか。そういう気持ちも残っていた。
「あなたが迷うのは分かるわ。なら、こうしない?」
「何だ」
「私が今隠しているものを全部話すから、あなたも上司が何をしようとしているか、話すっていうのはどう? 悪くないでしょ?」
「悪くはないが、もし俺が話さなかったらどうするつもりだ?」
 イーリスはまだ全てをベルンハルトに話していない。だからこそ、今その情報を手に入れられるのはとても貴重な事だった。けれども、もしベルンハルトが話さなかったらどうするのだろう。
「そうね……、どうしようかしら」
 イーリスは、楽しいことでも思い付いたかのように笑った。僅かに冷や汗がこぼれ落ちるのを感じる。
「勘違いしないで。私には後が無いのよ」
 イーリスは笑いながらも、初めて自分の死に対して触れた。
「そうだな」
 彼女の死に対する言葉に、ベルンハルトもイーリスの条件を呑む覚悟を決める。どうしても、このまま放っておくことは出来ないのだ。
「分かった。条件を呑もう。あんたが隠していることを話してくれ」
 イーリスはこくりと頷いてから、何を話すか、整理しているような素振りを見せた。
「そうね。とはいっても隠していることはひとつだけよ。……私が受け継ぐ能力について、だけどね」
 イーリスはそう言うと、左手をゆっくりと開いた。今まで見たことのない彼女の掌には、入れ墨のように不思議な模様があったのだ。丸めのそれは、何かの陣のようにも見える。
「これは?」
「私は前に、悪魔を喚ぶ力は持っていないって言ったわよね」
「ああ」
「私は確かに、悪魔を喚ぶ力は持っていない。だけど、精霊を喚ぶ力は持っているの」
 イーリスと出会った町の周りにあった森。その森に住まう精霊を召喚し、力を貸して貰う契約をイーリスの一族は持っているという。
 それを証明するためか、話しながら僅かに、掌の模様が緑の光を帯びていた。それは少しの間煌めいて、そしてすっと消える。
「私の一族は精霊だけど、ニーナの一族も同じように召喚する力を持っているわ」
「……精霊のか?」
 ベルンハルトは自然と掌を握りしめていた。ニーナもイーリスと同じように精霊を喚ぶ力を持っているのだろうか。そうであって欲しいと思っている自分がいる。
 そんなベルンハルトの前で、イーリスはゆっくりと口を開いた。
「ニーナの一族は特別なの。あの子の一族は……悪魔を召喚できるのよ」
 イーリスの口から、聞きたくなかった言葉が飛び出る。握りしめた手が震えていた。
「悪魔……」
「そう。まあ言い伝えとはだいぶ違うから、びっくりすると思うけどね」
 イーリスはそれだけ言うと、小さく肩を竦めた。
「さあ、私が隠していることは全て告げたわ。今度はあんたの番よ」
 イーリスの目が、ぐっと強くなってベルンハルトを見据えた。ベルンハルトは震えている拳を抑えるように力を込める。話すべきか話さないでいるべきか。悩んだ挙げ句に、ベルンハルトはゆっくりと口を開いた。
「上層部のひとりが、悪魔の力を知り、それを利用しようとしている」
 ベルンハルトは簡潔に、カロッサ大佐の計画をかいつまんで話した。悪魔の力を利用して、壮大なクーデターを起こす計画を。話していく内に、イーリスの表情がどんどんこわばっていく。
「最初、魔女狩りという任務が来たときに、ああ、こんな時期に王族のわがままか、と思ったものだ。だがこうして思えば、全ては最初から計算されていた事だったんだな」
 カロッサ大佐は、きっとニーナが悪魔の力を受け継ぐ一族だということを知って、あの町に狙いを定めたのだ。
「じゃあ、ニーナは……」
「彼女こそ、計画の胆なんだろうな。どうにかして、取り入ろうとしてくるはずだ」
「そんな……、じゃあ、私がその上層部を倒せば、計画を阻止できる?」
「それこそ計画の奴らの思うツボだ。たとえ主犯格の奴を殺したところで、他の仲間が任務を遂行するだろう。そして俺らは、反逆者として殺される。こんなところだろうな」
「じゃあ、ニーナがその計画とやらに使われるのを見てろって訳?」
「それしかない。今のところ」
 無力感に苛まれながら、ベルンハルトは頷く。計画をよしとしなかったベルンハルトを放置できる余裕があるのも、全て大佐は計画済みだからなのだろう。
 イーリスがふいと立ち上がった。その左手が、強く緑の力を帯びる。そう思った瞬間、ふわりと浮遊感に包まれた。それも一瞬のことで、次の瞬間にはしたたかに壁に叩きつけられる。息が詰まった。
「ぐっ」
 壁に叩きつけられた衝撃音を感じたのだろう、壁の向こうから、部下達の足音が聞こえてくる。
「少佐! 何がありましたか!」
 エッカルトが銃を手に、緊張した面持ちで飛び込んできた。その瞬間、イーリスの手で輝いていた光が消える。ベルンハルトはずるずると、その場に座り込んだ。
「……何でもない。戻る」
 ベルンハルトは軽く手を振って、エッカルトが掲げている銃を下ろさせる。身体を強く叩きつけられたので息をするのも難儀だったが、なんとか震えずに済ませた。ゆっくりと立ち上がる。
 エッカルトはどこか不服そうな表情だったが、ベルンハルトの命令には逆らえない。おとなしく銃を下ろす。
 部屋を出る前に見たイーリスの表情は、こちらを憎しみで睨みつけるような、どこか困っているような、そんな表情だった。
 縋るようにも見えたその表情が、ベルンハルトの胸に突きささった。
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