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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第十三話

 護衛の任務では常に気を張っているせいか、任務から離れた非番時でも、どこかちりちりとした感覚を持ち続けているような気がするのだ。部屋に帰って休もうとしたところで、少しの物音で反応してしまう。
「はあ」
 そんな状態では、休めるものも休めない訳で、ヴォルフは仕方なく部屋を後にしていた。外出簿に外出する旨を簡潔に記入し、外へと出る。
 行くところは本部から少しだけ離れた、歓楽街のようなところだ。パブが立ち並び、裏では娼婦達が春を売るために立っていたりする。
 あまり貴族出身の者がこの通りに来ることは無い。だがヴォルフは、何となくこの通りの空気が身体に合うような気がして、よく訪れていた。
 今日は半月。月明かりがかなり明るいので、かたわらに立つガス灯も明るさを潜めているようにも感じられる。
 しばらく歩いていく道は、馬車が行き交う音や、足早に横を通り過ぎる人の音だけが聞こえていた。だがその静けさも、僅かな間の事だった。
 目指していた通りに足を踏み入れた途端、まるで暗い闇から明るいところへ飛び出たように、耳に音の洪水が流れ込んでくる。その多くは、掛け声や、人々が楽しそうに話す声だ。あまり長くない通りの中で、反響するように聞こえてくるのだろう。
 ヴォルフは、その中で一番奥まったパブへと足を向けた。そこは普段からヴォルフがよく通っているパブでもある。
 開放された扉を通り、奥へと歩いていく。他の店に比べれば人の数は少なかったが、それでも、いくつかのテーブルに集まって飲む人々で賑わっていた。
「おお、兄さん久しぶりだな」
「ちょっと忙しくてな」
 カウンターに近寄ると、顔なじみの店員がヴォルフを見かけて気さくに声を掛けてきた。いつものものを頼みながら、曖昧に笑う。今着ているものもそっけない白いシャツであるし、普段もヴォルフが軍人であるという素振りは決して見せないようにしている。もし軍人であることが分かれば、色々と面倒なことになるからだ。
 ヴォルフは酒を貰うと、奥のテーブルを探した。
 やたらと過敏になっている神経を沈めたいだけなので、誰かと話す気も起きないのだ。パブにいる客の数人はヴォルフとも面識がある。普段は馬鹿な話をしたりもするが、ヴォルフがさっさと奥に行ってしまったことを見て、すぐにテーブルへと顔を戻した。ヴォルフが放っておいてほしいと思っていることを読みとってくれたのだろう。そういった意味でも、ありがたいと思う。
 店内にいる仲間に改めて感謝を覚えながらも、ちびちびと酒を口にしていた。
 耳に入ってくる人の会話は、いつもの何倍かは大きく聞こえてくるのだ。このグラスが空になるまでに、その騒音が静まれば良い。そう思いながら、ちびちびとグラスを傾けていた。
 そんなヴォルフの耳に、新たに店に入ってくる客の足音が聞こえてきた。また誰か来たのか、とテーブルに寄りかかるような姿勢はそのままに、店の入り口へと目を向けた。
「ん?」
 店内には客がひしめいているので、誰が入ったのかをはっきりと確認することはできない。だが、何となく見たことのある人物だったような気がする。気のせいだと良いのだが、鋭敏すぎる神経は、警鐘を鳴らしてくるのだ。
 ヴォルフはじっと、グラスの口を舐めながら、店内に目を向けていた。今の自分は、きっと軍人の目をしているだろうと思ったが、やめることはできない。
 カウンターに、今まで見たことのない黒いシャツの男が立ち寄っているのを見た。何か注文をしているようだ。今入ってきたのはその男か、と目を向けた時、カウンターに目を向けていたはずの男が、こちらへ視線を向ける。
 目が合った瞬間、ぞくり、と背筋が寒くなった。警鐘はより強くなって響いているのに、これがベルンハルトの感じたものか、と頭のどこかで呑気なことを考えている。
 目線は一瞬にして外れ、またすぐに男はカウンターへと目を向けた。できればその男を見なかったことにしたいのだが、そうもいかないだろう。
 遠目で見たものが間違っていなければ、黒いシャツの男はカロッサ大佐だ。あまりヴォルフは彼と話したこともないので面識は無いのだが、それでも人となりくらいは知っている。
 彼も、こんなパブに出入りするのだろうか、そう考えてすぐにその考えを打ち消した。カロッサ大佐は、ベルンハルトよりも地位の高い、貴族なのだ。ベルンハルトでさえ来ない店に、カロッサ大佐が来ることは少ないだろう。
 だとすると、彼はヴォルフを追ってきたのか。現実的な視点では、それが一番正しい解答である気もする。
 カロッサ大佐は酒とつまみにするポテトの入った皿を手にすると、まっすぐに奥のテーブルへ歩いてきた。奥のテーブルは、ヴォルフが立つテーブルしかない。ヴォルフも、自分を追ってきた意外の理由を考えるのはやめ、彼と向き合うしかなかったのだ。
「やあ」
「こんなところで奇遇ですね」
 自分より立場が上の者を見ると、反射的に敬礼をしたくなってしまう。それは、軍人達の性とも言えるだろう。だが今の自分は軍人という身分を隠しているのだし、カロッサ大佐も間違いなくそうだと言える。
「そうだな」
 カロッサ大佐は薄く微笑み、酒を口にした。ヴォルフも酒を口に含み、何とか平静を整えようとする。
「俺なんかに会いに来るなんてことも、奇遇ですね。一体何の用なんです?」
 監視ですか、と冗談交じりに口を開いた。監視という言葉を口にして、あながちそれも間違っていないような気もすることに、思わず苦笑を浮かべてしまう。
 最近は特殊な任務ということもあって、こうして飲みに出かけることを控えていた。そもそもベルンハルトが人員を少し増やすまでは、ベルンハルトとヴォルフが二交代で護衛にあたることもあったのだ。体力を回復することで精一杯だった時もある。
「いや、監視などではないよ。そんなことしなくても心配ないということは、私が一番知っているからね」
 ゆでられたばかりのポテトからは、ほかほかと湯気が上がっていた。それをつまむカロッサ大佐の姿は、こうして見るととても貴族には見えない。
 もちろん、注意深く観察を続ければ、細かいひとつひとつの所作に、洗練されたものがにじみ出ているのが分かる。だが、無造作にポテトをつまむ動作や、酒を口に含む動作など、それが自然なものと勘違いしてしまうほど、自然に粗雑な動きなのである。
 こういった細かいところが、切れ者と呼ばれる彼を作っているのだろう。
「なあ、少し話さないかい? ここから出た、別のところで」
 カロッサ大佐はそう笑って、ことりと首を傾げた。疑問系として投げかけられているが、無言の威圧感に、ヴォルフは首を縦に振るしかなかったのだ。

 お互いに酒を一杯だけ飲み、二人は別々に店を出た。カロッサ大佐が先に出たので、どこにいるのだろうと店を出て辺りを見回す。探すのに苦労するかと思ったが、彼は通りの終わり、街灯の影となる場所に立っていたので、すぐに見つけることができた。
「こっちだ」
 カロッサ大佐は指を横道へと指すと、すぐにその横道へ入っていった。ヴォルフも後を追いかける。横道がどこへ続くのか知っていたので、少し驚いてもいた。
 横道を出ると、今までいた通りとは正反対の、薄暗い通りへと出た。人も少なめだ。
 その暗がりの中で、際立って見えるのは女性の姿だった。腕が見えるような服を着ているので、その腕の白さが月の光に反射している。カロッサ大佐や、他の男達は黒っぽい服装をしている者ばかりなので、余計に目立つのだった。
「今晩はお決まりかしら」
 なるべく目立たないように歩いていたが、それでも声は掛けられた。ヴォルフは控えめに掛けられた声へと軽く手を上げる。
「悪いがね」
「残念」
 全く残念がっていない声音を背に、カロッサ大佐を追いかける。この娼館ばかりの通りのどこに向かうつもりなのだろう。
 そう思った矢先、カロッサ大佐は足を止めていた。こちらを振り向く。どうやらヴォルフを待っているらしいことに気が付き、ヴォルフも慌てて歩を進めた。
「ここだ。入るぞ」
 軽い調子で中へと入っていったが、そこもれっきとした娼館だ。ヴォルフもとまどいながら、仕方なしに中へと足を踏み入れる。
 中へ入ると、途端に独特の芳香が鼻を突く。甘ったるい香りだ。カロッサ大佐は、入り口に出てきた女性と既に何かを話している。
「悪いが、一部屋貸してほしい」
「カロッサさんの頼みならしょうがないですね」
 話を聞いている限り、どうやら彼はここと何かしら付き合いがあるようだ。通っているのだろうか。彼は女性から鍵を預かると、こちらを振り向いてから奥へ入ってしまう。
 奥の部屋は、宿屋と似た作りの、いくつか小部屋が並んでいるようだった。廊下の一番奥にある扉の鍵を開け、中へと入る。
「さっきは一杯しか飲めなくて悪かったね。ここで飲み直すかい?」
「いえ、遠慮しときますよ。さすがにこの状況じゃ、酔えそうにもないですし」
 部屋に入って最初の言葉に、ヴォルフは苦笑を浮かべていた。部隊でもお調子者と言われる部類に入っているが、それでもここで酔っぱらうことはとてもできないだろう。
「そうか」
 カロッサ大佐は気分を悪くした風でもなく、笑いながら、二つある椅子に腰掛けた。ぎしりと床が軋む音がする。
 二人が入った小部屋は、ベッドと椅子、テーブルがあるだけの質素な部屋だった。家具や床の誂えは古いが、それでも手入れが行き届いているのか、綺麗ではある。
「ディールス大尉も座ってくれ」
 彼はそこで初めて、ヴォルフの事を階級名で呼んだ。これから話すことが、軍のことであるということを示唆しているのだろうか。勧められては座らない訳にもいかず、大人しく腰掛ける。
「それで、俺……私になんのお話でしょうか?」
 ヴォルフはそこでようやく、口を切り出すことができた。直属の上司でもない彼が、部隊長であるベルンハルトでなく、ヴォルフに接触してきた理由。何なのかは見当も付かないが、まともなものでないことだけは確かである。
 カロッサ大佐は、ヴォルフの表情を確かめるかのように、じいと目を向けてきた。その僅か細められた目に、心の奥底までも覗かれているような気がして、なんとなく居心地が悪くなる。
「君達には今、あの任務に参加してもらっているね」
「魔女の護衛任務ですね」
「ああ。君たちはよくやってくれている。おかげで軍内に裁判についての話が広まることもなく、おかげで裁判も予定通りの進行だ」
「私は大したことなどしていませんよ。全てはブランシュ少佐の采配のおかげでしょう」
 カロッサ大佐が接触してくるのだから、やはり魔女に関わることかと思っていた。思わず肩をすくめてしまう。ヴォルフはただの一兵卒だ。多少偉くとも、部隊を預かる立場のベルンハルトとは背負っているものが違うのだ。
「だが、ブランシュ少佐がいない間、護衛の兵士達をまとめているのは君だろう。部隊の指揮をうまくとることができるのは、優秀な右腕となる者がいてこそだ。君はその意味で、とてもよくやっていると思うよ」
「……ありがとうございます」
 あまりにも手放しで褒められている感覚があったので、一抹の不安を感じる。だが、それでも褒められているというのはうれしいものだった。
 カロッサ大佐は薄く笑った。
「実は今、私を中心に極秘の任務を遂行している最中でね。今日君と話をしたいと思ったのは、その仲間に入らないかというお誘いなんだ」
「極秘の任務? 今我々が遂行している任務とはまた別なのですか?」
「ああ。同じとも言えるし、別とも言える。大尉は、自らがついている任務について、どういう意見を持っているかい?」
「意見、ですか……」
 ヴォルフはさすがに困惑を隠すことはできなかった。忠誠を誓って任務をこなしていると言えど、何かしら思うことはある。だがそれをカロッサ大佐の前で吐露して良いものなのだろうか。いつもの軽い調子で適当なことを言えば良いのだろうか。
 そんなヴォルフの迷いを読みとったのだろう、カロッサ大佐は僅かに首を振った。
「率直な意見を聞かせてくれ。私を立てるなどしてくれなくていい。聞き飽きているからね」
 笑いを浮かべながらも、目は真剣だ。その気配に巻き込まれ、ヴォルフはおずおずと口を開いた。
「そうですね。少佐ほどでは無いかと思いますが、私もいくつか不審に思っていることはありますよ」
「ほう、たとえば?」
「たとえば……裁判の流れが、まるで劇を見ているように思える、とかでしょうか。この先に何かの目的があるんだろうな、とは薄らと思ってました」
 だがそれが何か、掴むまでには至っていなかった。ベルンハルトならあるいは、何か真実を掴めているのかもしれない。だからこれはヴォルフにとって、ただの勘みたいなものなのだ。
「ふむ……やはり君は優秀だよ。なにも情報がない状態で、ここまで掴むのはなかなかいないだろう」
「それこそ買いかぶりすぎですよ」
 ヴォルフは肩を竦めた。この情報だって、ひとりで掴んだものではない。ヴォルフひとりでできることは限られているだろう。
「上司の考えをうまく汲むことができるのも、能力さ」
 カロッサ大佐は小さく笑って、計画の概要を話し始めた。
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