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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第十一話

 少佐であるベルンハルトには、任されている自分の部隊がある。
 少数の精鋭を極秘任務、イーリス達の護衛任務に引き抜いていたが、ほかの者達には別の任務に就かせていた。本来ならばベルンハルトも前線で部隊を指揮する必要があるのだが、護衛の任務が特殊でそこまで手を回すことができない。仕方なく指揮権をアーレンス大佐に任せて、ベルンハルトでもこなせる雑事を本部で消化している形を取っている。
 護衛の当番はヴォルフだ。ベルンハルトは非番扱いであったが、非番を返上して執務室で雑事をこなしていた。他にも本部に戻ってきている兵士達が、同じ部屋で書類を確認している。
 最近の任務のおかげで、執務室を使い辛くなったので、こうして本来の仕事をこなしているのは久々の感覚だった。だが、同僚が興味津々といった視線を飛ばしてくるので、気になって仕方がない。視線や気配には敏感であるので、さらに気になってしまうのである。
「……ブランシュ少佐」
「何だ」
 やがて視線を向けるだけでは満足できなかったのか、同僚のトムス少佐が声を掛けてきた。彼は書類の束を差し出してくる。
「これ、合同演習の追加だ」
「ああ、悪いな」
「忙しい時にすまないな」
 予想に反して、トムスはちゃんとした用事があって話しかけてきたようだ。余裕がなくなってきているのか、と少し反省する。
 書類を受け取って、ざっと目を通した。そこには合同演習での報告書について、追加の書類ができたようである。せめて演習に参加できていない分、書類くらいは早めに提出しよう、とひとつ頷いた。
「すぐに出そう」
「助かるよ……それにしても」
 トムスは困ったかのような、ためらっているかのような表情を浮かべた。何を言いたいのかわかってしまったので、ベルンハルトも肩を竦める。
「随分と面倒な任務を受けてると聞いたが」
「まあな。みんな気になってるんだろ」
 やはり聞いてくるか。そう思ったが、少し反省した今では、そこまで怒りがわき起こってくることは無かった。
「そりゃあな。噂だと魔女狩りに行ったとかなんとか。しかもあの大佐が頭なんだろ?」
「そう」
「この軍で気にならない人の方がおかしいって思われるだろうな」
「だよな……。あの大佐の命令って、やっぱり目立つか?」
「そりゃあ勿論。あの切れ者が王族から受けた命令ってだけでも目立つのに、魔女狩りときた」
「そうだよなぁ……」
 何となく思っていた事を改めて突きつけられて、ベルンハルトはぼんやりと頬杖を付いた。トムスの会話を聞いてか、他の同僚もぞろぞろと近くに寄ってくる。
「最近配属された新人がな、お前の任務に参加してたんだってさ。それで話を聞いたら、魔女の集いを急襲したって言うじゃないか。気にならない方がおかしいだろ」
「で? 今は何の任務なんだ?」
 ずっと気になっていたのだろう、同僚がここぞとばかりに口を出してくる。ベルンハルトは苦笑を浮かべながら、降参とばかりに両手を上げた。
「悪いな。秘密任務なんだ。口を開きたいのはやまやまなんだが、俺もまだ死にたくない」
「そりゃあ残念だ」
「なんだ、秘密任務かよ」
 ベルンハルトが口を開かないと分かったのだろう、途端に同僚達が興味を無くしたように、ぞろぞろと元に戻っていくのが分かる。
分かりやすい奴らだ、とベルンハルトが思った時だった。
「失礼いたします」
 執務室の入り口に、連絡係として使われた兵士が立っていた。彼はぐるりと中を見回すと、ベルンハルトを見つけて敬礼をする。
「ブランシュ少佐、カロッサ大佐がお話したいことがあると」
 彼の言葉に、しんとしていた執務室が、本当に芯からしんとしていくような感覚を覚えた。
「分かった。行こう」
 ベルンハルトは書類を手元に置き、ゆっくりと立ち上がる。どうやら下士官は案内をしてくれるらしく、扉のそばでベルンハルトを待っていた。
 執務室から出るとき、同僚達が何か言っているような気がしたが、敢えて耳には入れないようにして廊下へと歩いていく。そのまま、カロッサ大佐の執務室に向かうまで、二人は一言も話さなかった。
「どうぞ」
 下士官は部屋に入る気はないらしく、そのままベルンハルトに中に入るよう、促してくる。ベルンハルトはひとつ息を整えてから、部屋をノックした。
「はい」
 奥からブランシュ少佐か、入れというカロッサ大佐の言葉が聞こえたので、ベルンハルトはゆっくりと扉を開けた。
「失礼します」
 カロッサ大佐はいつものように、奥の机に座り、書類を整理しているようだった。ベルンハルトが中に入ると書類をいくつか机に置いて、立ち上がる。
「忙しい時にすまないな」
「いえ」
「まあ、座ってくれ」
 彼はそう言って、ベルンハルトを机の手前に並んでいる椅子に誘った。断ることなどできないので、ベルンハルトも大人しく椅子に腰掛ける。ベルンハルトに向かい合うようにして、カロッサ大佐も腰掛けた。
「お話とは、一体何でしょうか」
 カロッサ大佐は、そんなに体格が大きい方では無い。ベルンハルトよりも小さいと言っていいくらいなはずだ。それなのにこうして向かい合っていると、ひしひしと威圧感のようなものを感じるのだ。この威圧感が、切れ者と言われる所以なのだろうか。
「いや、君は本当に優秀な人物だということが分かってね。今回の任務でも実に良くやってくれている」
「はあ……」
 任務も何も、ただの護衛任務だ。ベルンハルトで無くとも、同格の者であったら難なくこなす任務だろう。そのことはベルンハルトも、カロッサ大佐も分かりすぎるほどに分かっているはずだ。
 一体、何が言いたいのだろう。じわりと、緊張からか、汗がにじみ出る。
「人数が少ない中での見事な護衛任務、魔女達ともうまくやっていっている力。そして、任務の裏までも調べようとするところなど、とても優秀だよ」
 ひたりと、カロッサ大佐の鋭い視線がベルンハルトを見据える。心の内を決して表には出さないと覚悟を決めて、カロッサ大佐の目線を受け止めるだけで精一杯だ。
「任務時間外も、図書館で魔女狩りの記録を見たり、裁判所に忍びこんで、判事の机を探したり、などとね」
 カロッサ大佐は小さく笑った。獲物を追いつめるときの笑い。
 気が付かれている。ようやくその事を悟ったベルンハルトは、どっと汗が噴き出すのを感じている。そして、執務室に入る前に気が付かなかったことを激しく後悔した。執務室に入る前ならば、まだ頭を回すこともできたはずだ。
 しかし、一体どこで気が付かれたのか。一緒に忍び込んだエッカルトが話したのかと考えて、すぐにその可能性を否定した。エッカルトは立ち回りがうまい人物ではない。もし気が付かれているのならば、口を割るために拷問などを受けているに違いない。エッカルトはそういう人物だ。
 ベルンハルトの思考が分かったのだろう、カロッサ大佐は笑みを絶やさずに、気が付いた理由を教えてくれる。
「あの時間帯は、たまたま私の部下が警備をしていてね。とても優秀なんだ」
「そうですか……」
 あの時、気が付かれていないと思っていたが、実は気が付いていたのか。気が付いた上で、泳がすために見逃したのか。
 全ては、カロッサ大佐の掌の上で踊らされている出来事だったのだ。完敗だ、と思うと同時に、ベルンハルトは覚悟を決めた。
「気が付かれていることに気が付いていない私は、とても優秀だとも思えませんがね」
「そんな事はない。他の者だったら、任務の裏を調べることすらしないだろう」
 カロッサは穏やかにそう告げる。
「絶対忠誠、だからですね」
 ベルンハルトの言葉にも、彼は穏やかに笑ったまま、何も言うことはなかった。
 ベルンハルトにも、その精神は染み着いている。だからこそカロッサ大佐の任務に疑問を持とうとも、そのまま受け入れているのだ。もし、魔女がイーリスでなかったら、任務の裏を調べることさえしていないのかもしれない。
「つまり大佐は、絶対忠誠と言えども、そこに甘んじない人物をお探しということですか」
「それもある」
 カロッサ大佐はそこでようやく笑みを引っ込めて、まっすぐにベルンハルトを見た。
「私が今、魔女に関わる計画を立てているのには、君も気が付いてきたところだろう」
「……はい」
「私は味方を探していてね。この任務を預けても大丈夫な、共に遂行してくれる仲間を」
 カロッサ大佐の言葉に、ベルンハルトは口を開いたまま、閉じることができなかった。
 じりじりと頬に、緊張から滲み出た汗が流れてくる。
「素晴らしい部隊を持ち、そして少佐という位も持つ。君はそういう意味で適任なんだ」
 カロッサ大佐の言葉にも、すぐに返事をすることができなかった。
 頭の中が真っ白になってしまったが、そのことに少しして気が付く。ベルンハルトは大きく息を吐き、なんとか落ち着こうと試みた。
「それは、命令ということですか」
 一応問いかけてみたが、ベルンハルトにはどう見ても命令にしか感じられなかった。だが意外にも、カロッサ大佐はそれを否定する。
「いや、今回のことは納得した上で味方になってもらおうと思っているから、どうするかは君が考えて貰って構わない。仲間に引き入れた上で、裏切られる事が一番手痛いからね」
 その言葉の裏には、何となく含むようなものを感じていた。カロッサ大佐が抱える秘密に触れているのに、協力するかしないか選べるということはどういうことなのだろうか。協力しようがしまいが、さほどの影響がないということなのだろうか。それとも、協力しない場合は殺してしまうということなのだろうか。
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