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きっと僕らは光と闇を抱えて、
作:日向ひすい



十四章 思想






「拒絶?」

 わけがわからないというように首を振る平次に、コナンは肩をすくめる。

「昨日、蘭に正体をバラした。オメーらが来る少し前だ」

「……それで?」

「アイツ、オレと目を合わせようとしないんだ。昨日から。気づいてたろ?」

「あ、ああ……」

「なにより、言われたんだよ。昨日」

「何を、や?」

「もう何も聞きたくない……ってさ」

 平次は思わず息を飲み込んだ。

「甘いよな、オレも。悪いと思いながらも、心のどっかで、蘭なら分かってくれると思ってた。許してくれると思ってた。最低だな」

 疲れたように笑うコナンは脆く、痛々しく。
 ああ、こいつは本当にあの自信満々だった工藤新一なんだろうか。そう思わせるほどに、神経が蝕まれているのが伺える。
 平次は拳を固く結び、それに比例させるように口も閉ざす。
 別荘(ここ)に来れば、すべて解決すると思った。都会よりも静かな環境で落ち着いて話し合えば二人はすぐに元通りになれると思っていた。
 だからコナンから電話をもらって以来、この日の為に着々と準備を進めたのだ。
 だが、自分は思っていたよりも軽率な行いをしてしまったのかもしれない。なんとかできると思ったのは、ひどく自信過剰だったことを思い知らされた。
 思い知らされたのに。
 それでもまだ、ここで……この別荘ですべては解決すると感じている自分はおかしいのだろうか。
 探偵の勘というべきものが、何かを伝えてくる。証拠がないから謎解きもできない。そもそも、まだ何が起こるかもわからない。全く。探偵らしかぬ状況だ。
 けれど、あの二人なら大丈夫だと思う。かたい絆で結ばれているあの幼馴染ならば、この試練を乗り越えられると思う。
 もしくは、そう信じていたい。

 その時、コナンの小さな身体が一瞬揺らいだ気がした。心なしか目の下にクマが見受けられる。また、少し痩せたようにも感じた。
 まさか……。

「工藤……」

「ん?」

「寝てへんのか、お前」

 平次がたずねると、コナンはびくっと体を震わせた。

「……西の名探偵ってだけのことはあるな。蘭でさえ気づかなかったのに」

「いつからや?」

「さあな。そんなの忘れたよ」

「大体でええから答えろ」

「一週間くらい前から」

 平次はぎょっとしたような表情を見せた。そして、椅子に頬杖をついて座っていたコナンを軽々しく抱きかかええた。

「なっ!?」

 コナンは慌てふためき、平次の腕から逃れようと身体をよじる。だが当然小学生の力で高校生に勝てるわけもない。
 それでもなお抵抗するコナンに、平次から一喝が飛ぶ。

「アホ! 暴れんな!」

「アホはどっちだっ! ふざけんなよ。降ろせ!」

 コナンの必死の叫びも空しく、平次はコナンを抱き締めたままベットの脇まで運んだ。そしてようやくコナンを解放して、ベットに優しく寝かしつける。

「……なんなんだよ」

 平次に睨みを利かせながらコナンは訊いた。

「とりあえず、寝てろ」

「はあ? わざわざこんなとこまで来てお眠りかよ」

「そうや」

「冗談だろ」

 身をよじって無理やり上半身だけ起き上がろうとするコナンを平次は抑えつける。
 しばらく無言の戦闘は続いたが、やがて平次のしつこさにコナンが折れ、静かにベットに寝そべった。

「ったく。わあったよ……」

「最初からそう大人ししとけばええんや。どうせ起きてても姉ちゃんに気ィ遣って部屋から出えへんつもりやったんやろ」

「……」

「ほら、早寝ろ。飯の時間になったら起こしに来たるから」

「食欲ない」

「ええから」

 そうコナンをしかりつけ、踵を返して静かに部屋を立ち去ろうする平次。
 その後ろ姿にコナンはゆっくり語りかける。

「ありがとな。服部」

 小さな呼びかけに返事が返ってくることはなかった。




 気がつけば、空はもう茜色で。頬を撫でる風を冷たいと感じるのは単にここが高原だからだろうか。それとももう秋が近づいているということだろうか。
 あと二週間と少しで新学期が始まる。宿題はもうほとんど残っていない。
 それさえもが自分とは関係のない次元の話に聞こえる。
 またあの日々に戻れるのだろうか。友達と笑い合って、ふざけて、時に怒って。そして、心配して、いつか会える日を待って、待ち続けて……。
 無理だよ。と身体が返事をした。
 わたしにはできない。なんにもなかったかのようにして過ごすのにはもう疲れてしまった。今では笑うことだって出来ないのに。
 知らないほうが、楽だったのかな。ねえ……
 今では口に出すことさえ躊躇われる名前。すこし前まではすごく愛しくて、大切にしていたのに。
 怒り……違う。憎しみ、哀れみ、悲しみ。すべて違う。
 だけど、かつて愛しく思っていた相手に、今は負の想いを抱えていることだけは真実だった。
 こんな感情、捨ててしまいたい。
 新幹線に乗ってここまで来るまでずっと願っていた。でも、自分の中に生まれたこの醜い感情は一旦曝け出されてしまうと、もうどうしようもなくて。

「蘭ちゃん!!」

 和葉に呼ばれ、はっと我に返る。意識が戻ってきたと同時に鋭い痛みを指先に感じた。

「痛っ……」

「大丈夫? ちょっと見せて!」

 何が起きたのかを自分で理解する前に、和葉に手を持っていかれた。和葉は素早く傷の具合を確かめると、「救急箱取ってくる」と言って蘭に背を向けた。
 損傷したのは中指の第一関節の少し上。包丁で切ってしまったらしく、ザックリと縦にわれ、そこからドクドク血が流れ出している。
 蘭は呆然と自分の血を見つめていた。
 そんなに間を空けずに、和葉は大きな救急箱を抱えて帰ってきた。蘭の手をとり、蛇口で傷口を洗う。テキパキと、黙々と処置をする。たまに「大丈夫?」とか「痛ない?」とか、蘭の様子を伺った。
 自分の手にせっせと包帯を巻いている和葉を、蘭は、泣きそうになりながら見つめる。
 痛いというよりも恥ずかしい。恥ずかしいというよりも情けない。
 ――なんで、こうなっちゃうんだろう。
 いろんな人に迷惑かけて、心配させて。本当に嫌になる。

「はい、完了」

 結局和葉の処置は五分もかからなかった。その手際のよさには脱帽するばかりだ。

「ちょっと大袈裟やったかな」

 そう言って、ぺろっと茶目っ気たっぷりに舌を出す。蘭を元気付けようとしているのがよく分かった。

「ごめんね……」

「大丈夫。もうご飯ほとんど出来てるもん。後はアタシ一人でやれるし。 ……まったく。せっかくこんな良いとこに来ても家事やっとったら意味ないやんな。たまには平次達に作ってもらいたいわ。な、蘭ちゃん」

「え? うん…… いや、そうじゃなくて」

「アタシらこそごめんな」

「え?」

「蘭ちゃんしんどいのにこんなとこ連れて来てしもて。なんや、コナン君も元気ないし。ほんま、不謹慎やったと思う」

「そっ、そんなこと」

「でも。平次、たぶん二人が元気ないの知っとったんやと思う。せやから、何か考えがあって蘭ちゃんたちを連れてきたんやと思うんよ。しょーもない思いつきかも知れしれんけど、許したってくれる?」

 和葉の言わんとすることが伝わってきて、久しぶりに温かな気持ちになることが出来た。
 いま、この瞬間は幼馴染に対する揺らぎも薄らぎ、目の前にいるこの少女が愛おしいと思った。
 自分でもまだこんな感情があったことに安らぎを感じる。

「もちろんよ」

 蘭は微笑んだ。

「わたしね、こんな素敵なところに連れて来てもらえて服部君に感謝してる。ほんとだよ」

「……うん」

「それに、服部君、和葉ちゃんが言ったみたいに、わたし達を元気付けるためにこの別荘に案内してくれたんだと思うの。コナン君と連絡とってたみたいだか―――」

 そこで蘭は言葉をつぐんだ。
 ちょっと、待って。コナン君と服部君。
 そもそもなんであの二人はあんなにも仲が良いの。だって、そんなのおかしいじゃない。事件になるといつも二人でコソコソ話してた。
 普通の小学生と高校生があんな視線を交わすわけがない。それに、あの視線って、見覚えがある。あれは確か文化祭で殺人事件が起きたとき。あのときは服部君が来てて、それから……
 ――もしかして……。

「蘭ちゃん? どないしたん?」

 思わず駆け出そうとする蘭を和葉は呼び止めた。蘭は振り向き、言葉につまりながら和葉を見た。

「ご、ごめんね。和葉ちゃん。わたし、ちょっと行ってくる」

 説明も不十分に蘭は部屋を急いで出て行く。
 ――確かめなくちゃ。
 この仮定を決定付けたところで、何かが変わるかは分からない。もしかしたら何も変わらないかもしれない。その可能性のほうが高いだろう。
 だけど、何もしないでただ呆然としてさっきのような失態を繰り返すのだけは嫌だった。
 確かめなくちゃ。わたしの知らない”彼”を……。
 蘭は無我夢中で別荘内を動き回った。そして、テラスに出てみたとき、目標の人物を見つけた。服部平次を。
 平次は蘭に気づくと、それまで耳につけていた携帯電話を離し、パタッと二つに折った。

「いいの? 話し中だったんじゃない?」

 躊躇いがちに蘭は尋ねる。

「いや……もう切れとったから。それより、なんや?」

 平次は少し警戒するような視線を蘭に向けた。蘭は俯き気味だった顔をはっきりと上げ、そしてすっと息を吸った。

「服部君。訊きたいことがあるの」
















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