第五十四話 いつかまた、皆で笑えますように 前
第五十四話 いつかまた、皆で笑えますように前編
通り過ぎて行く街の景色、人々の影、ネオンの灯り。
彼の足は、自然と人気のない方向目がけて駆けてゆく。
あれから、屋敷を出てから二十分程走り続けただろうか、ようやく辿り着いたのは、とある建物の門前であった。
建築途中で放棄された、街の郊外にひっそりとたたずむ建造物・・・かつてルシアが棲みついていた、あの建物である。
そこの未完成の三階、剥き出しになったままの鉄骨の上に彼女は居た。
ヨウコ・サキュバス。
彼女はこちらに背中を向けて、空を、夜空に光輝く満月を見上げていた。
イーザが、錆ついた扉を開け部屋に入ってから、ヨウコはこちらをゆっくりと振り向く。
夜風に微かに髪が揺れ、月明かりに照らされた彼女の、黒色の瞳がこちらを捉える。
イーザは、今更ながらに思った。
どうして顔を合わせた瞬間に気付けなかったのかと。
彼女の容姿は荻峨原 遥呼そのものであった。
あの目も、あの鼻も、あの口も・・・全部、全部遠い過去の彼女であった。
「タケシ君・・・わざわざ追い掛けて来ちゃったんだ。」
彼女は言った。
それは演技がかったものではない、まるであの時・・・十一年前のあの時の様に、ヨウコはあたかも遥呼の如く言ったのだ。
「・・・ああ・・・。」
タケシ君、そう呼ばれた事に対し、うまく平静を装えない彼は、なんとか言葉を絞り出そうとする。
「弱っちゃったなぁ・・・どうして私、イーザの事タケシ君だなんて言っちゃったんだろ・・・よく、分かんなくなって来た。」
「・・・・・・。」
「どうして、どうしてかな、私、まだ生まれて二日なんだよ?」
眼前のサキュバスは、戸惑い、困惑しているようである。
しかしどういう事だろう? この世に生を受け二日、そんな彼女に遥呼の記憶があるというのだろうか?
それとも、生まれて二日というのは間違いで、彼女自身、死亡したと思われている荻峨原 遥呼なのであろうか?
彼女の言い振りからするならば、ヨウコ・サキュバスの中に遥呼の記憶があり、だんだんと思い出して来ている・・・そんな考えが最も真実に近いと思われるのだが。
「タケシ君、私はだんだんと分かって来たよ。昔、遥呼と一緒の中学校だったんだね。」
「!!」
「タケシ君はおとなしくて、誰もそばにいなくて・・・いつも一人きりだったよね。」
「止めろ!! いいんだ、お前はそんな事まで知らなくていい!! その方がいいに決まって・・・。」
「あなたが怯えてる部分はもう知ってる・・・タケシ君が遥呼にした事は。」
「!!!?」
直後、イーザの身体中、あらゆる部分が硬直した。
冷や汗が額を伝う。
心の臓を鷲掴みにされた様な心地であった。
一体、どんな言葉を発すればいい?
俺は、一人の同級生のこれからをぶち壊し、最終的にそれから一度も顔を合わせていない。
彼女は逝ってしまったのだ。
今更ながら、ここにいるイーザという名の男は最低だなと思ってしまう。
守檮 汰袈獅でいられなかった、この愚かな男は、本当ならば遥呼にしっかりと詫びた上で支えていかねばならなかったというのに。
彼女が荻峨原 遥呼だというのであれば、この場で彼女に殺されたとしても文句は言えない立場なのだ、俺は。
「その事なんだけど、もう許したげるって、過ぎた事なんでしょ?」
「えっ・・・?」
「もうあれから何年経ってるのかは知らないよ。でも、タケシ君はさ、それこそ思い出すだけであんななる位、トラウマになってたんでしょ? んならさ、さっさと忘れちゃおうよ。そんなに気に病まれてもヤなだけだし。」
さっさと忘れちゃおうよ・・・そんな一言が、いともあっさりと、彼女の口から飛び出した。
「いやっ・・・しかしそれは・・・。」
「タケシ君、わた・・・遥呼はね、ちょっと悩み過ぎてたのかもしれないの・・・こうして言葉を交わせば、すぐに済む事だったのに。」
「いや、済んでない!! 俺は結局、遥呼を死なせてしまって、親御さんにも何と言ったらいいのか・・・。」
「タケシ君、私に言ってるんだとしたら意味分かんない。死なせたって、それはヒトの遥呼なんでしょ? 親御さんっていったって、それはヒトの遥呼のなんだよね。私はサキュバスだよ、一人っきりの。でもね、遥呼本人じゃなくたって私は許せるよ。許してあげられる・・・権利が、あるのよ。」
「・・・そうだった、お前は一体・・・。」
「・・・それはもういいよ。私は、サキュバスだし。・・・元々は何の関係もないヒトと魔族だったじゃない。私、もう行くわ、それじゃね。」
ヨウコ・サキュバスはこちらに背を向けると翼を広げ、飛び立ってしまう。
月に向け、彼女は飛び去った。イーザの手をすり抜けて。
こちらの問いに、何一つ答えてくれないまま。
「待って・・・くれ・・・。」
飛び去ってゆく彼女の背中を、ただの人間は見上げる事しか・・・。
だが、ヨウコは次の瞬間には落下を初めていた。
その一幕、彼女は突然、まるで何かに追突でもされたかの様にバランスを崩し、天地を逆さとした。
「なっ・・・。」
違う・・・翼を撃ち抜かれた様にも見えた。
イーザはもう、身体を動かしていた。
素早く階段を駆け降り、建物を脱し、彼女の落下した方角へと急いだ。
こんな時に・・・いや、こんな時だからこそか、足がもつれ、走りのペースを失って息がすぐにあがる。
せっかく・・・せっかく、彼女は一言で、俺の暗闇を取り去った、許すとわざわざ言ってくれたのだ。
何故、そんな彼女が・・・。
路地を左へ。
狭い通路に肩をぶつけ、転倒しかかるのをどうにか堪え・・・ゴミ箱に足をとられるが、構わず走り抜けて・・・。
そして路地より抜けた先、太いメイン道路を挟んで、反対側にそれは居た。
俺は、再会してしまったのだ、もう一人の亡霊に・・・。
「よォ、イーザ・・・いや、守檮 汰袈獅!!」
そいつは、建造物の外壁に背を預け、タバコをくわえて待っていた。
見間違えようのない、その者の名を、イーザは口に出して叫ぶ。
「クラムフォード・・・メッガー・クラムフォード!!」
・
“タ・・・タケシ君、あ、遊ぼうぜ、今日も・・・。”
“ほぉら寝てねえで起きやがれぇ、タケシ君!!”
“わーってるよ遥呼、クラムフォード。”
・
タバコを口から離し、ぴっと捨てると、足で踏み消す。
その者・・・彼はクラムフォード。かつてのイーザ、そして遥呼との同級生であり、仲良し三人組と揶揄されていた、イーザの唯一の親友であった。
黒のフードコートを纏い、右手にはライフル、対魔族用ライフル“ソンデナス”・・・眼鏡を空いた左手で軽く持ち上げると、彼は再び口を開く。
「タケシくん、久しぶりだよなオイ。二ヶ月前のあの日以来じゃないかよ。どうだい、相も変わらずあのメス共とヨロシクしてやがるのか?」
「そうか・・・お前、ハンターになってやがったか。別に驚きはしねぇが。」
「驚かねぇか、残念だな、このおあつらえ向きのシチュエーションやネタを仕込むのに、結構かかったんだけどな。」
「・・・もう、馬鹿げた真似は止めろ、クラムフォード。ハンター連中じゃ、ウチの奴らに勝てはしない。最初から、お前らに勝ちなんてないんだ。」
「そうか・・・あんな連中でも使えると思っていたんだが・・・仕方ねえな・・・。」
「クラムフォード、お前は・・・。」
「心配しなくても、ハナッからターゲットはお前一人だよ、イーザ。俺の狙いはな。」
「・・・それは遥呼の事でか?」
「それもあるけどな・・・。」
ライフル、“ソンデナス”を、静かに、音なくイーザに向ける。
大口径の銃口が、彼の頭を捉えた。
まだ、引き金には指を掛けてはいない。
「止めろと言っているんだ。お前は罪を重ねるな。咎人は俺一人でいい・・・クラムフォード、お前は何一つ悪くない、だから・・・。」
「罪? 罪だと? イーザァァ、お前を殺す事が罪であるだと? 勘違いも甚だしいな。死刑執行人が、死刑の確定した者を殺して何の罪に問われるというのだ!!」
彼は一切の躊躇なく、戸惑いなく言い放った。
死刑の確定した者・・・それは紛れもなく、彼から見たイーザの姿であった。
「クラムフォード・・・お前が俺の事をどう思おうが勝手だ。だけど、執行人を気取って自らを落とすな!! お前はそんな下らない人間でない筈だ!!」
「お前が俺の何を知っている、他人だった、あの時も今も、俺とお前は他人だったぁ!!」
「俺にとっては友達だった!!」
「その口を二度と開くなぁ!!」
引き金へとのびる人差し指、今、指が掛かる。
タイミングだ。
銃弾は、避ける事が・・・
人差し指に力がこもった。
出来る!!
体躯を沈め、駆け出すイーザ。銃弾が頭上を通過した。
「チィィッ!!」
第二射が来る。
身体全体だ、相手の体全体の動作を見ろ。
敵に対して、直角に、体の表面積を減らせ、的を減らせ。
来る!!
来た。
大きくサイドステップ、もう、回避している。
「アルカヘストォォォォ!!」
空間、何もない大気から、光と共に形を成す黒の魔銃、アルカヘスト。
イーザは即座に放つ。
反動、ほとんどなしに放たれる、エナジーブレッド。
魔弾はすぐ、宙を駆けて“ソンデナス”へと喰らいついた。
「クソォ!!」
砕ける銃身、落下する破片。
クラムフォードは咄嗟に、それを手放す。
正面、イーザが突っ込んでくる、速い。
「クラムフォードォォォォ!!」
イーザの拳が、大気を切り裂き繰り出される。
「イーザァァァァ!!」
クラムフォードもまた、拳によって返撃。
それぞれの拳は、それぞれの敵の頬を打つ。
すぐに後退、相手も同様。
浅い、ほとんどダメージにはなっていない。
「おおォォォォ!!」
上方から、イーザ目がけ再度、振り下ろされる拳。
お互いの体型の関係はあの頃のまま・・・通常打撃とて、イーザにして見れば、常に上の方向から飛んで来る。
上から振り下ろされる分、威力は増す。
重力に逆らい、上方へと目がけ拳を繰り出す訳ではないのだから。
だが、その分、ほんの僅か分だけ、急な軌道変更は・・・
「!?」
出来ない。
イーザはもう、その一撃をかわし、カウンターを繰り出しているところであった。
左方、クラムフォードにしてみれば右方から迫る拳。
彼は、まるで吸い込みでもされたかの様に、自ら向かって行く格好となってしまっていた。
自ら、当たりに行く・・・それがカウンターを喰らった際の、彼の心地であろう。
さすがにこの一撃に、クラムフォードは体勢を大きく崩し、背中から大の字にコンクリートへと倒れ伏した。
「グッ・・・ファハァァァ・・・イーザ、テメェェ・・・。」
「俺は、お前を止める。全力でだ。持てる力を全て使う。」
「止める? 止めるだとォォォォ!! イーザァァ、俺はテメェをブッ殺す事だけが生きる意味だ、それを止めたいんなら、俺をブチ殺すしかないんだよ、分かるかぁぁぁぁ!? 俺は止めん、止める気など毛頭ないぃ!!」
「あるさ。どんなに、ひどい手だとしてもだ。」
「キサマァァァァ!!」
第二班の基本・・・それは、身体のいずこかを強化されている事。
それはもちろん、彼も。
つい先程、対魔族用大口径ライフル“ソンデナス”を片手で発射していた時点で、イーザは気付いていたが。
直後、クラムフォードは跳ね起き、イーザ目がけ突進、右手を振り抜く。
回避。
しかし、その右腕を外向きにかわしたイーザの胸部・・・スーツとカッターシャツ、薄皮一枚がキレイにスパリと切り裂かれた。
無論、拳の速度と衝撃波で、とかいう話ではない。そんな神速の拳であるなら、イーザが回避するなど出来る筈もない。不可能だ。
彼の右腕の手首から肘にかけての部分・・・ローブコートを切り裂き露出した、ブレード、刃。
仕込み武器? ・・・いや、手に直接取り付けてあるのか。
しかも、それは右腕だけでないらしい、左腕にも同様。
「オオオオオオオ!!」
足を突っ張り、腰をまわし、刃を押し当てるが如くモーション、逃げたイーザを追い掛ける一撃。
「あああああ!!」
対し、イーザは咄嗟に、アルカヘストにて受け止める。
油断なく、本気を出したクラムフォードのパワーは、ヒトのそれではない。
イーザもそれは分かっている、逆らわず受け流す。
間合いが開く。
「クソッタレ・・・さっさとくたばれよ。」
「しぶとさだけが、俺のセールスポイントだからな。」
「黒いし、すばしっこいし・・・ゴキブリみたいな野郎だったな、キサマは。」
「チャバネゴキブリとでも呼ぶか!?」
「いいや、クロゴキで上等だ、クソ害虫野郎!!」
体躯を沈め、ジャンプ。想像を絶する跳躍、周りの建物と比較しても、二階のベランダ位までは跳んでいる。
イーザの頭上から、急降下、両の刃を前面へ。
「ハァァァァ!!」
イーザ側ももちろん動く。
空間より引きずり出す、錆だらけ、刃こぼれだらけの剣。
クラムフォードの見ない、知らない、それ。
「んなボロで何が出来る!!」
「見た目の問題じゃねえ!!」
接触する刃と刃。
しかし直後、ボロボロの剣は、金色の光を纏い、クラムフォードのブレードを両断、そのまま腕へ切っ先が走る。
「くっ、おォォ!!」
腕までは至らない、かろうじで身体を捻り、金の刃を避ける。
二人の身体、すれ違う。位置変え。
だが、さすがに強化人間クラムフォード、もう方向を転換し、イーザに肉迫。
「もらったぞぉ!!」
今度は、クラムフォードの番である。
繰り出された殺人拳が、風を切り、イーザの手を打つ。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
左手の、骨を砕く感覚、と同時に剣が、離れる。
もう一撃、めり込む、右頬へ。
ぶっ飛ぶしかないイーザは、建物の外壁にその身を打ち付けて、ようやく止まる。
「がぁ・・・ほっ・・・。」
意識が宙を舞う、魂が置いてけぼりになる様な感覚。
だが、そんな事、もう、幾度となく、味わって、いる。
痛い? 当然!!
フラフラする? それも当然!!
血ィ出てる? 当たり前だ!!
俺はもう、何度もこうなった、あの、クソ女にやられまくってんだ、大丈夫!!
こんなのまだ、ダメージの内じゃねぇ!!
「死ねぇぇぇぇ!!」
正面から、頭へと、ダイレクトに、繰り出される、拳。
こんなの、あのクソ女のに比べたらっ、比べたらァァァァァァ!!
「死ねるかぁぁぁぁ!!」
「!!!!」
まだ、動ける!!
彼の拳はイーザを逸れ、彼の背後、建造物のコンクリート外壁を更に砕いた。
直後、イーザの右が、クラムフォードの腹部にめり込んだ。
「ぐぷぁぁ!!」
まだだ、次撃が、クラムフォードの顔面を、更に肩口を殴り付ける。
「ああああああああああ!!」
「ああああああああああ!!」
クラムフォードが、イーザが、蹴る、殴る、蹴る、砕く、ぶん殴る。
最早、かっこよく、形良くだとか、考えてだとか、そんな要素はない。
本能のまま、目の前の敵を、ひたすら攻撃している。
イーザの攻撃はよく当たる、されど威力に欠ける。
クラムフォードの攻撃は、あまり当たらない、されど威力は莫大。
結局、イーザの側のダメージがでかくなる。
「があああ!!」
「おらぁぁぁぁ!!」
互いに、直撃。
クラムフォードは踏み耐えた。
しかしイーザは・・・まともに喰らったイーザは、道路のアスファルト上を転がり、交差点の中央にて、ようやく止まった。
血の、真っ赤なラインを引きながら。
だがしかし、またしても、イーザは身体を起こし、ゆっくりと、立ち上がった。
もう、満身創痍となっているイーザ・・・実はクラムフォードの側もだ。
ボロボロだ、ズタズタだ。
互いに顔は腫れあがり、互いにあらゆる場所から血を流し、互いにフラつき・・・。
グローブなしのボクシング戦の後か・・・そんな様子であった。
「どうして死・・・なねぇ・・・あんだけ・・・強・・・化され・・・た・・・俺の・・・パンチ・・・喰らってんだろ・・・が・・・本ッ当・・・ゴキだよ・・・テメェ・・・。」
「ゴホッ、ゴホッ・・・な・・・に・・・恐ええ・・・先生、居るかんなぁ・・・俺が死・・・ヌの・・・は・・・あと、百発・・・はいるぜぇ・・・クラム・・・フォード・・・。」
「そう・・・かよ・・・んなら・・・一撃で・・・終わら、せてやる・・・。」
と、クラムフォードは言い、懐から何かを取り出した。それは・・・。
「ナン・・・だよ・・・まだ、そんなん、持って・・・やがったか・・・。」
十九ミリ口径、対魔族専用拳銃・・・。
「コイツで・・・くたばってくれや・・・イーザァァァァ!!」
「んな・・・モンで・・・俺を・・・殺せ・・・るか・・・。」
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