第八話 ウィッチ 3
第八話 ウィッチ3
パリン・・・と乾いた音が耳に入る。台所で作業を行っていたエリスは、振り返って床を確認すると、この屋敷の主、イーザのコップが落下し粉々になっていた。
彼は今、サーキュリス姉妹と、ウィッチ退治に出掛けている。
なにか、悪い事がなければいいが・・・とエリスは思いながら破片を片付けようとしたその時、誰かがキッチンルームに入って来た。
「・・・・・・。」
「あっ・・・エリス・・・さん・・・。」
「メイル、ですか。」
相手を認めると、エリスはずぐ破片に目を戻した。
「あの・・・手・・・伝い・・・ましょう・・・か・・・。」
「大丈夫ですよ・・・。」
黙々と、ガラス片を拾う。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい空気というのだろう、何故か先に喋った方が負けみたいな感じだ。
だが、メイルはあえて負けを選ぶ。
「あの・・・エリ・・・スさん・・・いいです・・・か・・・?」
「・・・?」
返事はせず、顔だけメイルに向ける。何でしょうか、という顔だ。
「エリ・・・スさん・・・は・・・イーザ・・・さんとは・・・どういった・・・関・・・系・・・で・・・・・・。」
「はい?」
どんどん声が小さくなってゆき、最後は蠅の羽音より聞こえづらくなってしまって、思わず聞き返した。
「だから・・・その・・・・じっ、人格・・・交代・・・・・・・ええい、じれったいわぁ〜!!
だから、アホイーザとお前は、どんな関係だっつーとるんじゃぁぁ、
ただの吸精鬼とエサって感じじゃねぇっつっとんじゃ、分かったかぁぁぁぁ〜!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ。」
「長っ、で、本当はどんな感じだコラァ、お前、あんまクソイーザから吸わんし、何でなんかウォラ!!」
「・・・どんな、と言われても・・・私は分かりません。マスターイーザではないので。」
「チィィ、余裕ちゃんかぁ!!・・・そら私は他の連中と比べると見劣りする、ガッカリ係さぁ、いろいろ未発達だしなぁ!!
あげくあのボケ、私抱く時、あんま嬉しそうじゃねぇんだよォォォォォー!!
何?やっぱサキュバスは、乳がないとダメなんかぁ?補給ん時あぁ、一番不利じゃねぇか、クソったりゃァァァァァー!!」
ようやく理解した。ああ、ヤキモチか。彼女は、イーザがあんまり相手にしてくれないから、寂しいんだな。
そして、悔しいんだな。という結論にたどり着いた。
(・・・私は、特別ではありません。やはり、貴女達と同じ、補給先と供給係でしかないのです。
それ以上、望めないから・・・マスターイーザは、そんな方だから・・・。)
・
巨大な火球が、次々と建物の外壁に、次々と着弾する。
一発着弾するたび、地震にも似た衝撃と熱が、猛烈な勢いで発生するのだ。
そんな衝撃を、風化しかかったボロ壁が受け止められるはずもなく、土台から崩壊していった。
様々な音をたて、崩れさって行く建物を、ウィッチは満足気に見下ろしていた。
「ホッ・・・ホホホホホ・・・遂に、この力を手に入れ、邪魔者も始末した。恐るるものなど、何もない・・・。」
イーザから精力を奪い、若返ったウィッチの魔力は、もはやそこらの悪魔などよりは、遥か上を行っている。
「では、手始めに・・・・・・む?」
砂と粉塵がもうもうと立ち込めるだけの場所に、今、一瞬、動く物があった様な・・・。
「!!」
ガギィンと、背後から接触音。振り返ると、鎚を持った夢色魔一匹。
「ちぇ〜っ、やっぱバリアをどうにかしないと、ダメだこりゃ。」
「き、貴様・・・。」
夢色魔は、ほんの少しの火傷、擦り傷。それだけのダメージ。
「私の転位能力、忘れてたでしょ?」
物質転位能力・・・そう、彼女リリスには物質、人を問わず別の場所に転位する能力があった。
(・・・とはいっても、三人分か・・・結構、エネルギー喰った。)
「くっ・・・だけどねぇ、ワシが有利な事は変わらんわぁ!!」
そう言うと、下級光系術を起動。だが、リリスは全てを自身の持つ小型防壁で無力化してしまう。
相手側の出力が、明らかに低下しているのだ。
(最大術出したばかりだからのぉ・・・。)
(魔力の生産が追い付いてないのねぇ、なら、今しかないか。)
「くらいなさぁい、フレイム・ボール。」
リリスより放たれた、五つの火球。
「こしゃくな。」
表面を覆う対物理攻撃用領域、これを解除し、対魔術防壁にチェンジ。約一秒。フレイム・ボールを打ち消す。
だが、防壁を切り替えた直後、対物理領域が消失した、数瞬の間、リリスはウィッチの背後へ、転位していた。
「この一瞬!!」
「しまっ・・・。」
魔術用の盾では、物理手段は防げない。
“ドウッ”と、ハンマーの一撃がウィッチに食い込む。軽く小さな彼女の体は、一気に叩き落された。
「ばぁぁぁぁっぐぁぅぅばぁ!!」
低い悲鳴が響き、墜落するウィッチ。
だが、床が目の前に迫った時、足元に防壁。衝撃を軽減して、して着地。
「ぐぅ・・・はぁぁ、ああっ・・・効いたよ・・・効いたぁ!!エア・グラビトン、プロミネンス・アルドルダ、ボルテックランスゥ!!」
ウィッチは、信じられない事だが、一度に中級クラスの術、しかも各属性のものを複数発動させた。
「いけぇい!!」
ウィッチの合図と共に、圧縮空気塊、二連火球、そして雷の槍が一斉にリリスに襲い掛かる。
「っつ・・・こりゃ・・・。」
雷の如く飛来する雷槍。どうにかその場を移動し、回避。
続いて、空気塊と二連火球の挟み撃ち。飛行、飛行上下が、逆に、左右が右左に、激しい軌道。なんとか回避。
反撃・・・出来ない。既に眼前に三十もの水球。
最も近い数個を、フレイム・ボールで相殺。
下方から、上昇してくる水球に、防壁で対応。
加速、転位はエネルギー不足。さっかまでいた場所に、七つの水球が交差する。
「ちっ・・・このぉ!!」
左後方から、右前方から、前を防壁でブロック。後方の一つが、背中を直撃する。
「あぐっ・・・っつ。」
「そらっ、まだいくよ。」
ウィッチの動作一つ一つに合わせ水の玉は上昇し、下降し、向きを変える。
それらは、命得た様な動きで、リリスへとくらい付く。
「うぁらぁぁぁあ!!」
足を引っ込め、左へ右へと上体をひねり、頭を下げ、上昇して・・・。
水の玉の間を縫う様に、逃げる。
(リリム、早くして。あんま保たないかも・・・。)
・
「イーザ・・・早く起きて・・・。」
リリムとイーザは、彼女らから少し離れた瓦礫の影の死角に身を潜めていた。
イーザは、気絶しているのか、目を閉じその場に仰向けに寝かされていた。
そう、二人共リリスの物質転位で最上級術の衝撃を、回避したまではよかったのだが、転位先で崩落した外壁の一部が、イーザの頭部に命中、現在に至るという訳だ。
生命維持活動に、特に変化はない。頭に、目立った外傷もない。
となれば、単に気絶してるだけ、と彼女は素人判断した。
(姉さんが危ない・・・早く目覚めて、イーザ。)
肩を揺する。反応なし。
ほっぺをつねる。反応なし。
(・・・・・・。)
ほっぺしばく。反応なし。
腹へローキック。反応なし。実はピクリと動いたが・・・。
(ええ〜い、こうなったら・・・。)
「・・・・・・ん?」
股間へ、全力キィィィィ〜ック!!
「ぎぃゃあぁぁぁああぁぁああ亜亜亜亜ー!!」
「よかった、目、覚めたのね。」
「あぁぁあぁあ死、死ぬぅぅぅううー、あぁぁ亞亞亞阿阿阿ァァあー!!」
リリムは、安堵の笑みを浮かべた。
イーザは、激痛に苦しみ悶えていた。
「さ、私達も早く行こ。このままじゃ、姉さんが危ない。」
「ちょっ・・・待っ・・・痛い・・・ちょっ・・・無理。」
「ほら、いつもの“犯して何たら”を期待してるから。」
「だからちょっと待てぇぇー、第一っ、ババアは嫌だぁ!!」
「ババア?私はウィッチの事言ってるんだけど?」
「ちがうぅ・・・奴は、元ババアだ。俺の精力、吸収して若返ったんだ。」
「そう。・・・けど、姉さん危ないから、イーザも早く戦闘に加わって。ほら、犯して屈服を。」
「何故犯す方向へもっていく?嫌だっつってんだろ!!」
「・・・じゃ、ゴメンねイーザ。」
そう言うと、リリムはイーザの頭を鷲掴みし、持ち上げる。
「ま、まさか・・・や、やめろぉぉぉー!!」
「メモリー・ブレイク・・・ウィッチが元ババアって部分、記憶から一旦消去する・・・。」
「あぁぁー、叫んでばっかぁあぁあー!!」
ウィッチは元老婆・・・一時、消去。ついでに性欲感情を表面に。
リリムが手を放すと、効果はすぐに現れた。イーザは、建物の破片を蹴り、ウィッチへと駆けて行く。
「私も行こう。」
・
「あううっ!!」
左足に、高密度の水球が直撃する。立て続けに、翼、右手にと命中、機動力をほとんど奪われた。
彼女、リリスはもはや限界の一歩手前である。
さらに水球が、腹部に命中。
「がっ・・・ああ・・・。」
彼女はついに、墜落した。肩から床に叩きつけられ、二、三回バウンドし、停止。ピクリとも、動かなくなった。
「ハァ・・・ハァ・・・気でも失いよったか。悪いが・・・これで終わらせてもらう。」
手を上へ。残った十数個全ての水球を集め、一斉にリリスへ躊躇なく投下した。
「砕けぇぃー!!」
その瞬間、リリスの目が、かっ、と見開かれ、
「あぁぁあぁあー!!」
強引に、移動。本当にギリギリのタイミングで、水の玉を回避した。
ドドドドドッと滝壺にも似た音をたて、一点に全ての水球が落下、破片が粉微塵となった。
「なんと、しぶとい・・・。しかし、もう、魔力は残っておらぬ様ではないか。無駄な事をせず、安らかに眠っとくれ。」
ウィッチの言葉。ただ告げられる現実。だが、彼女は体を起こす。
折れているかもしれない、砕けているかもしれないその両足で、フラつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
苦しみはなさそうでいて、目は虚ろ、むしろ穏やかな顔ですらあった。
「フフ・・・残念、でしたぁ・・・私は、天邪鬼らしい・・・から・・・アンタの言う事、絶っ対に・・・聞かない・・・わょぉ・・・。」
「・・・そうかい、なら、終わらせよう。確実にねぇ・・・。」
ウィッチは両の手を掲げ、光を収束、巨大な槍の形状を作りだした。
「神器グングニルよ・・・彼の者の身体を、心の臓を、魂を貫き、永遠の安息を神の名の下に、与えたまえ・・・。」
スペルが終了、光槍が、飛来する。
リリスは、その槍をただ、見ていた。金色の光を、ただ・・・。
やがて視界一杯を眩しさが包んでいく。暖かい、優しささえ、感じてしまう光だった。
いかにも誰かに、まるで母にでも抱かれている様な、偽りの優しさだった。
(私・・・は・・・・・・。)
偽りの救いは、手を差しのべる。目を、閉じたい衝動が、働く。だがそれは、無へと続く道、ただ一つだった。
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