第四十四話 KILLER VS HUNTER 6
第四十四話 KILLER VS HUNTER6
「ふふっ、ほぉら・・・いらっしゃいボウヤ。」
「天国ってもの、見せてア・ゲ・ル。」
ここはイーザ邸二階の最奥の一室、主の部屋、すなわちイーザルーム。
今はこの部屋、彼女らの様な保護したサキュバスらの、一時仮部屋として使用してもらっている訳なのだ。
リリスは、彼女らが空腹のあまり暴れだしそうだったから、メイルにこづかせたらしいのだが・・・俺が来た途端、本領を発揮している。
濃密な女の香りをムンムンに漂わせ、ベッド上に半裸で腰掛け手招き・・・二体ともそこそこのサキュバスであるらしく、
動作の一つ一つに無駄がないし、普通の人間ならば既に意識を虜とされている場面だろう。
だが、それとてイーザには関係がない。
彼の能力は無限精力、それはこういった戦いにおいてほぼ無敵とさえ言えるスキルであるし、第一、彼女らがいかなレベルのサキュバスであろうと、そのテクニックというかプレイ技術というか・・・は、夢色魔の女王リリスに到底及ばないだろう。
トドメに、毎日最低で三名からのサキュバスの相手をしている彼である、経験が段違いであるし、身体が快楽慣れしているともいうべきであるから、この程度の事、全くの脅威でないのだ。
「ああ、期待しているぞ。」
彼は自らの意志でスーツを脱ぎ、椅子の背もたれにかける。
続いてネクタイを、カッターシャツを、ズボンを取り去る。
肌をさらし、彼は勢いよくお花畑へとダイヴした。
・
冷える夜だった。
風の吹きすさぶ夜だった。
暗闇が背にのしかかり、歩みを妨げているかの様な、夜であった。
街灯もなく、また明かりの何一つ、光源の何一つもない暗闇の中を、ルシアは歩いていた。
今は、普段の外出時の格好・・・すなわち、人と変わらぬ、ヒトの中に溶け込むスタイルであり、角を隠し翼を隠し尻尾を隠して、あえて人目につきにくい道を選んでいるのだ。
独り歩き、単独行動・・・彼女らしい行動ではあるものの、それはルシアが判断した訳ではない。
もう、彼女は、ルシアとしての状態に戻る事が困難となりつつあった。
あれだけの過去、あれだけの力、あれだけの記憶。
それが少しずつ彼女の中で混ざり、ルシアを薄めていっているのだ。
ついさっき、外出前、着替えの時なんかは、女性用の下着を身に付けるという行為に、若干の抵抗を覚えてしまっていた。
ルシアという役柄を、演じられなくなっている。あのノリが、どうにも分からない。
「・・・これでは隠居している時のノリ、か。おとなしくなってしまったものだな・・・俺も。」
俺、自然と出た、一人称。
本人は気付きもしていない風だった、もしくは気付かないフリをしている風でもあった。
ルシファー・・・神々の反逆者にして、元大天使、堕天使。
先日、天界の空気に触れた事も、昔返りの一端を担ってしまったのだろう、あれからほとんど、部屋を出てはいない。
一度、イーザが訓練を始めるというので見に出た、それきり。
まだ、ルシアであれたその頃。もう、不可能に近い、ルシアなど。
「・・・うん、そうだ・・・よ・・・ダメだな、あの頃の俺はどういう発音だった? どういったアクセントだった? どんな、表情だった・・・?」
自分自身に問いかけるが、返答などある筈もない。
やれやれと、溜め息一つ。
そして、ふっと、顔を上げる。
依然として辺りには暗闇が、全ての上を黒く塗り潰すのみ。
しかし・・・。
「やはり俺が本気を出していいのは、ミカエルだけなのだろうな・・・おい、そこいらの人間共、キサマらもそう思うだろう?」
反応はない。
「イーザを死なせる訳にはいかない。約束だからな、一応は。だから、俺が・・・圧倒的強者の俺が一人でやればいい。造作もない事だ、判るか?」
反応こそ、ない。
「俺はヒトを殺す事に躊躇いなどない。・・・むしろ、歓喜さえ覚えるぞ、キサマら失敗作をゴミ箱にねじ込めるからなぁ!!」
彼女が、動く。
両の手を、外側に向け伸ばし、魔術“フレイム・ボール”を行使。
それは闇を照らし、飛行、闇に紛れた何かに着弾。
燃え上がる、悲鳴、悲鳴。
「さァ、始めようか、己の力量を知らぬ、身のほど知らずなバカ共の始末を。」
同時、闇が、闇の中で闇が蠢く。
三、四、五・・・六、七・・・まだ、八、九・・・。
前、後、左右あらゆる方向から。
発砲発砲発砲発砲発砲発砲発砲発砲音!!
衝撃波が尾を引く、対魔族用弾丸“ハギト”。
音音音音音音音音。
まるで彼女周辺の大気が硬化したかの様であった。
目には見えぬ、透明な、質量を伴う何かが、銃口から彼女までの直線上に確かにあった。
その証拠に、弾丸は全て、彼女の目と鼻の先どころか一様に三十センチばかりも手前で停止。
弾頭は皆潰れ、マッシュルームの様な形状に・・・確かに弾丸は、何かに触れ、停止した様である。
「黄金の弾丸・・・そうか。」
彼女は一人で納得し、一人で理解を示す。
「そうか、成程。少しは自覚があるようだな、キサマらが何と対峙し何と殺し合うのかが・・・だが、悲しい、ひたすらに憐れだ、人間というものは。例えば・・・そこか。」
カラカラと音たて、落下するゴールドブレッド。
その中央に立つ、立っていた女はもう、彼らの視界を外れいずこかへ・・・。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男の、悲鳴。
それはルシアに対し、背後より、闇に紛れ接近していたフード類の、一人のもの。
彼は今、地より浮いていた。ほんの少し、ちょっとだけ。
頭を後ろから、万力の様なもので掴まれて、持ち上げられて・・・。
「せっかく闇に紛れているのだ、銃というものはマズルフラッシュ、炸裂音、弾丸の飛来角度を伴う、こんなに自らの位置を証明してしまっている・・・すぐにそこから離れてしまわなければいけないじゃあないか。あんなモノで、この俺を仕留めた気になってしまっていたのか? 残念だ、残念過ぎる、弱い相手としかケンカをした事のない者は、特にどうしようもない。」
「ひいっ、いヤ、ヤッ、ヤメ・・・。」
「くたばれ、それ以外は・・・。」
男の頭持つ腕に、手のひらに、力が籠もる。指はいとも簡単に食い込み、圧迫し、そしてトドメ。
「ない。」
スイカか、はたまたリンゴかを握り潰す様に、あっさりと何気なしに気軽に、ルシアは頭部を砕いた。
続けて身体を引き裂き、内容物を引き摺りだして、連中に見せ付けてやろうかとも思ったが、止めた。
敵を惨たらしく、圧倒的に惨殺して見せ、戦意を削ぎ取るのが目的であったのだが、よく考えれば今は真っ暗であるから、あまり効果的でないと判断した為である。
次に、その死体を、今度は手近なハンターに投げつける。
あの速度、威力で飛来したのである。
悲鳴こそあがらなかったが、凄まじい破砕音、人体破壊音が辺りに響き渡った事から、命中し即死したのだろう。
闇夜に浮かぶ、深紅の魔眼。
背に煌めくは、六対十二の白き翼。
「・・・キサマらは、狩る立場などではないのだ、逆だ、あべこべだ、我々魔族が無能な人間を狩るなら話は分かるのだがな・・・。」
二つの、赤と白の光源。先の攻撃で、恐らくは通用しないであろう事を分かってはいるし、自らの位置をさらすだけというのも理解している。
だが、それでも彼らは撃つ、放つ。
直前の、彼女のアドバイスで思い出す、足を止めない事を。
もう、ルシアも、あえて弾丸を受け止めるという、手間のかかる行為はしなかった。
“エアロ・ブースト”風系魔術の一種、背の羽根の付け根辺りに魔力を収束、圧縮、破裂させ、推力を得る高速移動法。
もう、ルシアの姿は彼らの目にとまる事はない。
一瞬と表現する他ない、秒も経たない内に、背後、あるいは眼前へとルシアは現れ、一撃、確実な一撃で、一撃をもってして仕留めた。
血の一滴、パーツの一部、肉体破片、それらが飛び散る前に、次の肉塊を作りあげ、移動。
神速、電光石火。
その勢いは衰える事なく、次々人体を破壊・・・はっきりと見える、だが見えない。
暗闇に、ほんの一瞬の赤と白の光のライン。
上空より、ハイスピードカメラでこの光景が撮影されていたとしたら、二筋の光が尾を引きながら、幾何学模様を描いていた様子が記録されていた事だろう。
ワンショット、ワンキルとはよく言ってもので、全くの無駄なき完璧な動作。
芸術的とさえ言える。
そして彼女は元の場所に立ち止まる、現れる。
そこを中央として、四方八方、赤色の体液の雨が降り注ぎ、パーツが地に落下する。
ほぼ、同時といってもいいタイミングでだ。
ルシアは、肉片はおろか、血の、ただの一滴でさえその身に付着していなかった。
「家畜なのだ・・・我ら魔族は、牙を持つ獣であり、炎を恐れず、道具も使う、な。ヒトは所詮、炎を恐れぬ道具を使えるとても、牙も持たぬ家畜でしかないのだよ。そして・・・。」
倒れ伏す死体を見下ろし、言い放つ。
「ヒトを殺める事など、小虫を捻るより容易い。」
と。
実力差・・・圧倒的絶望的絶対的実力差・・・。
それをまざまざと見せ付けられたからか、はたまた・・・。
残り、サキュバスハンターは数名・・・ルシアの目には、はっきり五人と映っているが、前方の、それらの中でも、恐らくは指揮者であろう者が残りのメンバーを下がらせ、一人歩み出る。
慎重に、冷静に。
両手を天に向け伸ばして、だ。
「・・・お前は、サキュバスではない、悪魔だ。俺達は、別に悪魔を根絶やしにしに来た訳ではないのだ。本当だ、サキュバスさえ倒せればそれでいいのだから・・・見逃しては貰えないだろうか。」
「・・・拍子抜けだな、降参という訳か?」
「そう受け取って貰ってもいい。これ以上の人的被害は避けたいのだ・・・我々の目的は夢色魔のみなのだ。」
「ついでに言わせて貰うが、悪魔、という呼称は好きではないな。キサマらからしてみれば、魔には違いはないのだろうが、悪というのが頂けない。そう、一方的に決めつけられるのは心外だからだ。」
「・・・・・・。」
「しかし、その悪魔であるところの俺に頼み事とはな・・・素直に聞き入れるとでも?」
「・・・条件は、何だ?」
「条件? それを出せぱ、お前達は聞くのか? “サキュバスを殺すのを止め、今すぐにここから居なくなるか、自害しろ”なんてのを。」
「ああ・・・お前が、死ね。」
「!?」
直後の事である。
飛翔、飛来。
空を、大気を、闇夜を引き裂き、そして今、彼女の元へ。
それは彼女の体液であった、それは彼女の肉片であった。
ルシアは、背後からの何かを左肩に、受けた。
結果、肩は消し飛び、縁切りされた左腕が、落下する。
目の前の連中の仕業ではない、まだ、後ろに、遥か後方に居たのだろう、そして放ったのだろう、切り札を。
防壁をも突破してしまう、そんな何かを。
彼女は知って知り尽くしていた、人間が、遠く魔族に及ばない事を。
イヤというほど、その身は知ってしまっていた。炎を恐れぬ道具を使える、だけれども、獣と小虫の差はあると。
そして知っているが故の怠慢、“このくらいでいいか”“こんなものだ”。
しかし頭脳や狡猾さにおいて、差はあろうか?
道具に関していうならば、一体、どの程度の差が見込めるというのだ。
そうだ、結局、自分は溺れていた、酔いしれていた、油断していた。
何故、そんな事も分からなかったのだろう。
止まっていたなら的になるだけだと、そういったのは自分ではないか!!
弱者は工夫し努力する事で差を縮める。
強者は油断し、差を縮められてしまう。
・・・高い、授業料だった。
こんな怪我をしてしまったのは・・・あの昔、ミカエル、数万年前。
だが、もう分かった、最上級の意味でだ。
もういい、分かった、ハッキリだ、腕の一本だ、安いものだ。
・
ルシアより四百もの彼方、スコープ越しに彼女を見つめる、殺意の瞳。
対魔族用ライフル“ソンデナス”。
そして専用の、これまた黄金の弾丸、ゴールドブレッド。
さて、このライフルより撃ち出された専用弾こそが、彼女の防壁、つまり常時彼女を守護する壁を突き破り、腕をもぎ取ったものである。
たったの一撃、それは偶然の産物であり、たまたまであった、あくまで。
ルシアが油断なく予測し、背後の防壁厚さに気を遣っていれば、命中する事はなかったのだ。
しかし、命中した。
動きを止め、防壁の厚さを低下させた。
意識していない方向に、防壁はうまく働かない。
その結果から、彼はすぐに第二射を敢行する。
あの、光輝く、十二の翼を目印に。
そして今、引き金をゆっくり引く。あたかも、闇夜に霜の降る如く。
・
再び、大気割り、飛行する黄金。
刻一刻と、確実に、寸分の狂いなく、正確無比に駆け抜ける。
だが、それでも
ところが・・・
時間にして、いくらだったろうか。
それすらも分からない。
一秒が十秒に、一分に、十分に、一時間に、一日に、一年に、永遠に。
圧縮され、濃縮された時が、ほどかれ、引き延ばされる心地だった。
だんだんと、弾丸は減速して行き、限り無く、スローモーションで飛行してゆく気分であった。
間違いなく、飛び行く黄金。
飛んでいる、相違ない。
あれは四百もの距離ですら、秒とかからず飛んで行く。
その筈である・・・。
だが、何故
何故。
何故、あの魔族の、拳の方が速い!?
残った右手で、宙を行く弾丸を、ルシアは文字通り叩き落とした。
黄金は、直角に軌道を変え、地面にめり込む。もう、反応されてしまった。
そして、狙撃手、彼に待つものただの一つ。
眼前に、ほんの僅か十数という距離に煌めく、六対十二翼。
死という、運命のみであった・・・。
・
終わった・・・サキュバスハンターの拠点を、彼女は強襲し、そして殲滅した。
代償は、腕の一本・・・いや、既にくっつきかかってはいる。
だが、それにしても、エネルギーを使い過ぎた・・・いや、使わされ過ぎた・・・。
たかだか人間・・・しかし、弱過ぎ、脆過ぎるだけに、思わぬ苦戦を強いられた。
そこいらの魔族の方が、まだマシであったかもしれない。
「キッツイ・・・よね、本っ・・・当・・・。」
ルシア・リヴェントンは、しばしのあいだ、その身を休めた。
サキュバスハンター本隊が、イーザ邸へ辿り着くまで、あと数十分も前の話どある。
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