第六話 ウィッチ 1
第六話 ウィッチ
「全く・・・何故、私がこんな事・・・。」
と、茶黒のスーツ姿の男はため息を一つ。手には何かのビラ。今は真っ昼間であり、人通りもまばらである。
「あっ、よろしくお願いします。」
目の前を通過する人影に、つい身体が反応し、ビラを差し出した。
受け取ってもらえず、ため息二つ。
また、人影。ビラを差し出す。しかしすぐに、その者が人間でないと分かると、サッとビラを引っ込めた。
「・・・バンシー殿ですか。」
そこには、12・3歳位と思われる、ワンピースにスカート姿の少女があった。彼女こそ、以前イーザ達と死闘を演じたバンシーだった。
「やっほー、グリフォン。」
「アベルといいます。私の名前は。」
「なら、僕の事、ステアって呼んでよ。」
そう、バンシーと会話しているのは、先日イーザを襲撃し、結果ボッコにされたグリフォンの、本名アベルだった。
しかし今の彼は、イーザを襲撃した事、そして何故自分が大怪我をしていたのか、それが一切分からずにいる。
僅か四日前の記憶が全く無いのだ。
「それにしてもさぁ、アベルって人間に変身出来るんだね。くちばしも羽もなくなってる。」
「はぁ、私の種族には、本来ならこの様な能力無いのですが。」
「こき使われてるね。イーザらの仕事宣伝のビラ配り、さぼってない?」
「フフ・・・サボりようがありません・・・。」
アベルには、逃亡防止の監視システムかある。
リリスの能力の一つ、逃亡防止マーキングで現在位置を把握され、逃げ出そうものならすかさず、彼女のもう一つの能力、物質転送で戦力を送り込んでくる。
つい、二日前はエリスが送り込まれ、ズタズタになった。
「プライバシーも・・・あったものではなく・・・。」
「ふーん、大変だね。僕はそんな事、全然無いのに。」
気の毒に、とステアは思う。心なしか彼、慣れない仕事で疲労が相当、たまってそうだし。
「・・・そうだ。アベル、ちょっと待ってて。」
突然、ステアはそう言うと、スカートを翻しどこかへと駆けて行ってしまった。
「あっ、ちょっと・・・ステア殿?・・・ハァ・・・。」
溜め息3つ。
何でこんな事に・・・。ああ・・・我らが王、ベリアル様。助けて下さい、このままでは私・・・。
「えい。」
「わぁぁっ、冷たい。」
アベルは首筋に、突如冷たい物を押し当てられ、思わず彼は悲鳴をあげた。
「ス、ステア殿、何を。」
「何ってはい、ジュースだよ。アベルはフミンスタイルでいいかな?」
彼女はそう言い、緑の缶ジュースを差し出す。
「ステア殿・・・。」
何だろうか、今しがた感じたこの気持ちは・・・。
ステアが、輝いて見えた。
突然、彼女から目が放せなくなっていた。吸い込まれそうだ。
「・・・何、ぼーっと僕の顔見てんの?」
「あっ!?い、いえ、別に何でも・・・。」
「ふーん・・・もしかして、僕に惚れちゃった?」
「!!!!・・・いっ、ち、違・・・。」
「まっ、惚れるのは別にいいけど。でもダメだよ、僕にはイーザがいるからね。」
(イーザ・・・。)
その名を聞くと、怨恨の様な感情が湧き上がってくる。まだ、出会ってから一週間と経たない男に対してだ。
つまりは、彼女がイーザという名前を出すのが我慢ならなかった。
「・・・何故、ステア殿はあんないいかげんな奴と一緒におられるのですか?」
「え?どうしたの、急に?」
「出来れば理由を・・・お願いします。」
アベルが、あまりに必死そうな顔で言う為、彼女は少々困りながらも答え始める。
「うーん、そうだねぇ・・・、優しいからかな。」
「優しい?」
信じられない単語が出て来た。アベルのイメージからすれば、イーザには最も似つかわしい言葉だ。
「そう、優しいから。」
「どこがですか、あの女たらしのどこが・・・。」
「・・・僕が鞭を持ったの、何でだと思う?」
「え?・・・そんな急に言われても・・・。」
そこまで言い、彼は気付いた。ステアの表情が打って変わり、真剣そのものな事に。
「それはね、男側に主導権を握られたくなかったから。
男って生物はね、一度主導権を握ぎってしまうと、獣になる。
獣になると、相手の事なんて考えなくなって、それこそ本物のビーストみたいに相手を、ただ貪るだけになる。
全部が全部、そういう訳じゃないんだろうけど、少なくとも僕の知ってる男は皆、こうだった。」
少し辛く、苦しそうにステアは続ける。
「だから、鞭を持って僕が主導権を握ってみたんだ。調教師みたいにね。けど、何か間違ってると思ったんだ。
多分、その時は失恋しておかしくなってたのかもね・・・。
でも、そんな時イーザ達が僕を倒しに来たんだ。」
つい、二週間前の事を遠い日の思い出の如く、彼女は語る。
「で、最後はアダルトチェンジで大人っぽくなったら、イーザも獣みたいになっちゃって僕は無理矢理、犯された。」
(無理矢理、だと・・・。やはり奴は・・・。)
「初めは、イーザもやっぱ他の男と同じだと、やっぱり皆同じだと思ったんだけど、違ったの。」
「違った、ですか?」
「うん。・・・イーザはね、最後まで僕の事をしっかりと見ててくれてたの。
犯すんじゃなくて、ちゃんと抱いてくれてた。相手に凄く気付ってくれてたの。」
(・・・・・・。)
「だから、イーザは優しいんだと思うんだけど・・・。」
アベルは、少し間を開けて言った。
「・・・全く、理解出来ない話です。」
「そんなぁ〜アベ・・・。」
「しかぁし!!」
突如、ステアの言葉を遮り、彼は強い口調で言う。
「ステア殿がそう言うのだ。奴はただのろくでなしではない様ですね。」
「アベル・・・。」
「ですが!!もし貴方を泣かす様な事があれば、私はあの男をまた、狙うかもしれません。」
その発言に、彼女は笑った。
「アハハ・・・ま、狙えたらね。」
「・・・そうでした。」
監視システムの存在を思い出し、彼は肩を落として、四回目の溜め息をした。
「まーまー、元気出して。そうだ、よければビラ配り、僕も手伝おうか?」
その提案を聞いたアベルは表情を一変させ、
「本当ですか?是非、お願いします。」
と、躊躇なく答えた。この日は、アベルにとってとても良い日だったに違いない。
「「ゴースト退治は、イーザをよろしくお願いしまーす。」」
全身を、黒衣で飾った老婆は、そのビラを受け取ると、はた目には見えない笑みを浮かべた。
(この男が・・・無限精力のイーザかい・・・。)
その目は、獲物を見つけた狩人の様だった。
所変わって、三丁目のとある場所。
そこにそびえ立つ不気味な屋敷。敷地内は今日も大雨だった。
庭の土壌は常にぬかるんでおり、そんな悪環境で育成するのは何かの苔、そして不気味なツタぐらいのものだった。
そして今日も一人の男が、その屋敷の敷地内に侵入する。
雨や泥跳ねは、一切気にもとめずに目をただ、古びた屋敷の玄関へと向け、ひたすら走る。
そして扉の前にたどり着くやいなや、男はすぐにノックし、
「すいません、ビラ見てきたんだけど。」
と言った。すぐに、
“はい、今開けます。”
と、返事。直後に扉が開き、対応に現れたのは、まだ十七、八かくらいの外見の、青い髪に青い瞳が印象的な少女だった。
「中へどうぞ。」
「おじゃまするよ。」
男は、ゆっくりと歩を進め屋敷内に入る。ピカピカに掃除された床に、泥の足跡がくっきりと残っている。
「・・・タオルをどうぞ。」
「いや、結構だ。それよりも、イーザとやらはどこに?」
正直、答える気など全く起こらない相手だが、
「あの奥の部屋にいらっしゃいますが。」
と、彼女は律儀に応じた。
「ありがと、急ぎなんでね。」
男はそう言い残すと、駆け足で奥の部屋へと移動してしまった。
「・・・・・・。」
エリスは、止めない。
男は、扉の前に立ったかと思うと、
「失礼しますよ。」
と言い、ノックも無しに部屋に突入した。
(・・・お約束、ですか。)
男の目に飛び込んで来たのは、一つのベッド上に複数の裸の女、そしてその中央に男が存在しているという光景だった。
「あっ・・・お約束?」
と、イーザは相手方のリアクションにそなえた。ところが、
「アンタがイーザか。依頼に来たのだが。」
「ええっ?ノーリアクション!?」
さすがに、この依頼者の態度には、驚いた。
「いや、どうも。見苦しいところをお見せしてしまい・・・申し訳ございません。」
と、服をきちんと着用したイーザが言った。依頼人が部屋に入ってから、数分後の事だ。
「謝罪はいい。それよりも、俺たちを助けて欲しいんだけど。」
チャラチャラした外見通り、言葉遣いも少々定まっていない様だ。
「と、言いますと?」
相手に、何か不自然なものを感じながらも、イーザは詳細を訪ねる。
「魔女って知ってるか?」
「ウィッチの事ですね。」
と、エリスがすかさず言った。
「ウィッチ・・・全身黒ずくめのローブで、確か清掃道具で空が飛べるとか・・・。」
「ああ、その魔女が通りかかる奴を無差別に襲ってるのさ。」
「襲っている・・・っていうのは、具体的にはどの様な感じで?」
このイーザの質問に対し、男はチッと舌打ちし、
「そんなん、どうでもいいだろ。それより、とっととウィッチ倒しに行けよ。」
「どうでもよくはないでしょう。精力吸われてカラカラだとか、ホウキで撲殺されたとか・・・。」
「いいから早く行けって。場所は、ホラッ・・・地図あるから。
あ、それとも報酬か?それなら、これたけあれば上等だろ。分かったら仕事しろ仕事。」
無造作に放り投げられた地図の上に、札束がバサッと落下する。
「いや、もちろん行かせ頂きますけど、少しでも情報が欲しいものですから・・・。」
イーザがそう発言した瞬間、相手側の男は突如、机を殴りつけ立ち上がった。顔には明らかな怒りが見てとれる。
「お前、ゴーストバスターだろうがよ。依頼してやって、金も出してやるって言ってんだ。
とっとと魔女を倒しに行っ・・・ってうぉあああああー!?」
「おっ、おいリリム!?」
怒り狂っていた男は、こめかみをわしづかみにされ、足が床より浮いた。
これを行っているのは、サーキュリス姉妹の妹、リリム・サーキュリスであった。
「あっ、ゴメンゴメン。この人間、あんまりにもうっさいから。」
「おいおい、コイツ、一応依頼人だぞ。あんま傷めつけんなよ。」
「おっ・・・おいっ・・・放・・・せ。」
しかしながら、表情一つ変えずに、まるで空気を相手にしているかの様な彼女の姿は、どうも違和感がある。
「・・・・・・・。」
「あら?もしかして、死・・・。」
「いや、コイツにさっきから干渉してた術を解除しただけ。
どうやらコイツ、誰かに軽く操られてたみたいだし・・・。」
そう言い、リリムは男を床へと放り捨てた。
「操られてたって・・・誰に?」
「うーん、そこまではよく分かんないけど・・・もしかしたらウィッチ本人かもね。」
「だとしたら、何のつもりでしょう?」
「まあまあ皆さん。分からない事をあれこれ言っても、しょうがないじゃありませんか。」
床に転がっている依頼人を片付けながら、マリアは言った。
「あっ、マリア、ちょい待ち。リリムの能力で記憶消してから、外に放り出すから。」
と、姉のリリスが言った。記憶のコントロールは、リリムの得意技である。
「はいはい。では早速。」
文字通り、男は記憶を操作された後に、屋敷の敷地外へと放置されたという。
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