第四話 昨夜、彼女と 前
第四話 昨夜、彼女と
ここはどこか?
あれはだれか?
何してるのか?
どこか、ホテルかなにかの一室、男と女が一人。
男は、叫んでいる様で、口を激しく動かし・・・しゃがみ込んで・・・壁にもたれている女の肩を揺すっていた。
しかし、女の方は男の手の動きに合わせかくかくと動くだけで、反応はまるで無い。
しばらくは、そんな状態が繰り返されていた。
だが何度目か、次第に背景がはっきりとしてくる。
(・・・そうか、203号室内か・・・。)
次に、二人の男女の状態が細かく見えてくる。彼らは共に全裸に近い格好をしており、女の方は口から多量の赤い液体を流し、男の掌もまたそれで濡れる。
女の肩を揺する男が発っする音声が、鮮明になって行き、
(おい、おいっ!!大丈夫か・・・・・・。)
あれ?彼女の名前はなんだったっけ?
「・・・・・・ん?」
男は目を開くと同時に、部屋中をくまなく見回す。
やがて何も無い事を確認すると、さっきまで自分は夢を見ていたと気付く。
(久々に、あん時の夢を見ちまったか・・・。)
その直後、入口のドアが開き一人の女が入室して来た。
「・・・マスターイーザ、珍しいですね、もうお目覚めでしたか。」
「エリスか。」
エリスは、この屋敷に、ともに棲んでいる、サキュバスの一人である。
ふと、エリスが自分の顔をじいっと見ているのに気が付く。少し不思議そうな表情と青い宝石の様な目がたまらない。
「・・・俺の顔、どうかなってんのか?」
不快では無いが、多少気恥ずかしかった。
「いえ、涙の跡が。」
「えっ?」
目の周りを撫でてみると、確かに、水分の感触がある。
「何か、悲しい夢でもご覧になられたのですか?」
ぎこちないが、心配してくれているのだろう。こんなに親身になってくれるのは彼女ぐらいだ。
「いや、あくびが続いて出てな・・・。」
「・・・そうですか。・・・朝食の方の用意が出来て・・・。」
「すまん、今朝はそんな気分じゃない。」
「作ったのは、あのマリアさんですが。」
「・・・食っとこう。」
そう言うと、イーザはベッドから身を起こし、歩く。エリスとのすれ違いざまに、小声でイーザは
「すまんな・・・。」
とだけ言い、エリスは
「いえ・・・。」
とだけ返した。
今日の朝食のメニューは、ご飯に味噌汁、目玉焼きという和食の料理だった。
それらをガツガツと食べているイーザに、調理係のマリアが話しかけてくる。
「いい食べっぷりですね。・・・しかし、本当にこんなもので良かったんですか?」
ニコニコと、自然な笑顔で彼女は言った。
マリアは典型的なおっとりお姉さんタイプであり、家事のほとんどは彼女とエリスがやっていた。
「俺の故郷じゃ毎朝これだったからな。一番、性にあってる。・・・うまいですよ。」
「まあ・・・それは良かったです。そう言っていただけると、作ったかいがありますわ。」
“・・・作ったかいがあるよ、イーザ。”
「なっ・・・。」
それは突然、脳裏に浮かんだ女の言葉。
以前に聞いた事のあるフレーズだった。
“そりゃあ良かった。私もわざわざ作ったかいがあるよ、イーザ。”
(ちっ、今朝の夢を引きずってるのか?)
「あの、大丈夫ですか?イーザ様。」
「んっ?ああ、大丈夫だ。ちょっと急に・・・その・・・眠気が襲ってきちゃってさ・・・ハハ・・・。」
「まあ、眠気が・・・夜遅くまで遊んでいては駄目ですよ。」
(眠らせてくれないのはあなた方ですけどね。)
そう思いながら、イーザは席を立つと足早に室内を移動する。
「あら?どちらへ?」
「ちょっと外の空気吸いに行ってくるから。」
「そうですか。では片付けますね。」
「頼む。」
そう言い彼は部屋を出ていった。
滝の様な雨が降っている敷地を一歩外に出れば、見事な青空。今日は快晴であった。
(やれやれ・・・三年前からこの日はいつもこの夢だ。・・・まったく、祟られてんのかね。)
そうして、考え事をしながら歩き初めしばらくしてからの事だ。彼の後方に、追跡者が・・・。
それも、一人や二人ではない。六人いる。
彼女らは、イーザ邸に棲むサキュバス達であった。普段、彼女らは外出する際は、角に尻尾、翼をしまって人間形態を取っている。
「普段、あんま外出しないイーザちゃんが悩んだふうで外に出るとなると・・・いろいろありそうねぇ。」
と言う、リリスの発言を引きがねにあらぬ考えが飛び交い、結果、今に至る訳であるが、正直、外見や年齢、体型がかなり異なる者がぞろぞろと隠れながら移動する様は、とても目立っている。
つい先程も、男の集団が声をかけてきて、リリス・リリムの姉妹がひょいひょいと付いていってしまった。
彼女らにとって、イーザがどうこうよりも、エネルギー補充の方が重要らしい。
「イーザが悩んでいるっぽいってのは本当になの?マリア。」
「ええ、ルシアさん。一瞬ですけど、そんな素振りを見せました。」
「私もマリアさんと同意見です。」
「で・・・も・・・何で・・・悩んでいる・・・のでしょう・・・か。」
「まぁ、このままイーザの後、着けたら分かるんじゃない?」
「それで分かればいいですね。」
ルシアの発言に対し、エリスは皮肉にも近い言い回しですかさず返した。
「何よ、その言い方。」
「・・・・・・。」
「ちょっと・・・無視しないでよ。」
「無駄話はこれぐらいにして下さい。マスターイーザを見失います。」
(くっ・・・このクソ女。)
エリスとルシア。初めてルシアがイーザ邸にやって来てからというもの、この二人はことあるごとに衝突しており、不仲なのは周知の事だった。
「マリア・・・さん。あの二人・・・また・・・やってま・・・す。」
「ふふ、喧嘩する程なんとやら・・・という奴ですよ。」
と、口喧嘩しているうちはまだ良かったが、次の瞬間、
「プロミネンス・アルドルダ!!」
「そんなものでは。」
と、既に戦闘が、始まってしまっていた。
「・・・マリア・・・さん、どうし・・・ま・・・しょう。」
「あらあら・・・そうですねえ・・・。」
そうこうしている間にも、二人は騒がしくなるばかり。いよいよ、接近戦の掴み合いに発展しかかっていた。
「なめるなぁ、クソエリス!!」
「実力差も分からない馬鹿が。」
そして、二人は相手を倒すべく間合いを詰めて・・・
「お止めなさい二人共。」
マリアから解放された魔力が、衝突前の二名の間で壁状となって立ちはだかる。
エリスは急ブレーキをかけ、拳一つ分の距離で何とか停止に成功したが、ルシアの方はというと、思い切り顔面をぶつけマヌケ面を曝してしまう。
「ぐっ・・・ッッッ、痛ったぁ〜。」
「すいませんマリアさん。お見苦しい所を・・・。」
「いえいえ。ではお二人共、仲直りして下さいね。」
ぴくっ、と一瞬エリスの顔が引きつったが、すぐにいつものクールフェイスに戻し、
「分かりました。・・・ルシア、仲直りです。」
と言い、すっと手を差し出した。
「まあ、マリアが言うんなら。」
ルシアは、差し出された手を握りシェイクハンドを行った。
「はい、これで仲直りは完了ですね。」
その時、仲直りが完了した二人は、相手の手を握り潰すつもりで全力で握っていたという。互いにいい笑顔で。
「・・・ふう。」
しばらく歩いたイーザは街から遠く離れた、例えるならサスペンスドラマのラストに出て来そうな断崖絶壁の丘の上にいた。眼下には波が押し寄せては砕けている。
今は夏真っ只中にも関わらず、吹き抜ける風はどこか異界からでも来ているのかという位に冷たかった。
一方、彼の後を着けて来た彼女らは、イーザを見失ってしまっていた。
「エリスのせいで。」
「ルシアのせいでしょう?」
「どうしましょう・・・・・・マリアさん・・・。」
「心配無用です。・・・ちょっと待って下さいね。」
そう言うと、マリアは目を閉じた。
“リリムさん、リリムさん、聞こえますか?リリムさん・・・。”
“・・・は・・・なっ・・・なに?だれ・・・す・・・”
“リリムさん、マリアです。聞こえますか?”
“・・・ああ、電波、なんとか拾ったよ。”
“意識、接続完了ですね、では、早速お願いしたい事があるのですが。”
“何?”
“イーザ様の現在位置と、彼が発した言葉を私達に中継していただきたいのです。”
“まあ、ちょうど姉さんも一緒にいるし・・・いいですよ。”
“お願いします。”
“はいはい、了解。”
やがてマリアは目を開き、
「これで、イーザ様の居場所と喋っている言葉が皆さんにも分かるはずですよ。」
と言った。
この発言に首をかしげたルシアはつい、
「えっ?どゆこと?」
と言ってしまう。
「・・・リリスさんの逃走防止マーキングでマスターイーザの現在位置を突き止め、リリムさんの意識中継能力でマスターイーザの脳内の電波を拾って、私達の脳に直接中継する・・・。分かりませんでしたか?」
「ぐっ・・・。」
悔しさと怒りの衝動を胸の奥にしまい、イーザの言葉に耳ならぬ脳を一同はかたむけた。
すると・・・
“・・・だな。お前にした事、今でも後悔している・・・。”
と、聞き慣れた声が、脳内に響いてきた。
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