第三十八話 男ノ一本釣リ 後
第三十八話 男ノ一本釣リ 後編
緑の水の中から、それは飛び出した。
ダイナミックな水面からの跳躍は、オヤジを軽々と飛び越える。
やがて密林に響き渡った落下の音と振動。それは、その生物が凄まじい質量であるという事を示していた。
「何だ!? コイツは!!」
イーザがそう言ったのも無理はない。
現れたのは、先程見た大蛇に酷似した胴をもつ、四本脚の生物。
しかしサイズといえば桁外れ・・・立ち上がったその生物は、地上から腹までオヤっさん二人分はあり、胴の長さは尾の先端までがゆうに二十メートルにも及ぶかといった位である。
「これは鰄魚の様ですマスターイーザ。しかし、何故こんな所に・・・。」
エメラルドグリーンの鱗を輝かせている、外見上の色彩の美しさとは対照的な、醜く、低音域の叫びをあげると、鰄魚は怒りの眼を自身を釣り上げたオヤジに向ける。
ブゥォーと、象の如き咆哮と共に、化け物の口から高圧の水球が発射された。
水球、とはいっても水系初級術である“アクア・ボール”など比ではない。
運動会の大玉転がし・・・その大玉が水で出来ていて、時速三百キロメートルで突っ込んでくる。
多少大袈裟に言えば、そんなレベルの攻撃なのだこれは。
さて、その大玉はオヤジの足元へと着弾する。
「ヌァァアアァー!!」
直撃はどうにか免れたものの、急激に高圧にさらされてしまった。
並の者ならばよくて複雑骨折のところ、オヤジはうまく衝撃を逃がしたらしく、軽く吹き飛び、倒れ込む程度で済んでいた。
しかし、彼は反応を見せなくなる。気絶したらしい。
鰄魚は、オヤジに追撃を行うべく再度、口内に水を集め始めた。
「チィィ、アルカヘストォ、メルカバァァー!!」
「ソート・レイ。」
そんな様子を彼らが黙って見ている筈はない。
岩影より飛び出したイーザとエリスは早速、蛇類目がけ攻撃を開始した。
こちらの攻撃の命中と、高圧水ブレスの発射はほぼ同時。
どうにか、ブレスをオヤジから逸らせる事に成功した。
だが、化け蛇は気付いた。
オヤジ以外の存在に。
ゆっくりした動作でこちらへと振り向き、赤みがかった眼球が二人を捉える。
それでいい、オヤっさんから奴の注意が逸れれば・・・こちらに向けば。
とはいえ、先程の攻撃はほとんど、ダメージになってはいない様だ。
「なかなか頑丈な鱗だな・・・。」
「マスターイーザ、腹下には鱗がありません。弱点では?」
今度は二人を水圧ブレスが襲う。
イーザは横へ、エリスは上空へ。
「腹だな・・・よし。」
エリスが、相手の眼前を飛び回り、釘付けに。
その間、鰄魚の足に気を付けながら腹下に滑り込むイーザ。
「喰らえ、蛇野郎が!!」
と、真上に見える白色の腹部に銃を連射。
そこは弾かれる事はない。何発かが風穴を開けた。
「よしっ、ここは効果がある。続けて喰ら・・・。」
「マスターイーザ、危ない!!」
「えっ・・・。」
直後、衝撃。
巨大な鰄魚の尾が、まるで鞭の様にしなり、イーザの体を打ったのだ。
瞬時に横向きの慣性を与えられた彼は、声をあげる暇もなく吹き飛ばされ、何度も地を転がり停止。
「マスターイーザ、しっかりして下さい、マスターイーザ!!」
イーザの傍らにエリスは着地し、うつ伏せで倒れる彼を抱え、声を掛け、肩を揺する。
微かに返事、呼吸、脈・・・大丈夫そうだ。
“ブゥゥウォォォォー!!”
三度、高圧水のブレスが、二人を目がけ放たれる。
エリスは素早く振り返ると、父譲りの殺意と敵意を表し、右手を前へ突き出す。
「アネイルシェント・セレナーデ。」
水球は、半透明の壁・・・魔力の防壁に触れ四散し、同時に彼女は、イーザを付近の茂みの中へと放り投げる。
これは、イーザ本人の意志による行動だった。
「この化け蛇めが・・・マスターイーザに代わり、刺身にさせて頂きます。」
鰄魚もまた、猛牛を思わせる声でわななき、口元に水を収束・・・相も変わらずの攻撃パターン。
翼を展開、浮遊。空中へ。
水球、噴射。
エアロ・ブースト、回避。
今までの位置より正反対、鰄魚の尾の付近にエリスは出現し、猛攻を開始した。
「プロミネンスゥ・アルドルダ!!」
両手より放たれる、二連火球。
しかしそれだけに留まらず、さらにエアロ・ブースト。
今度は鰄魚の左側面へ。
「エア・グラビトン。」
圧縮空気塊が、敵へと発射される。
エリスはそれと同時、その場を急速に離脱。
空気塊と、火球。
つまりは、凝縮された高濃度酸素と火。
その二つが同時に着弾した時、一瞬、閃光がほとばしり、次に熱波が吹き荒れる。
鰄魚はその中心地、爆心地にいた。いくらなんでもただでは済むまい。
エリスは、確かな手応えを感じていた。
・
(・・・オヤジ・・・オヤジ・・・。)
“誰だ!!”
混然、混濁・・・オヤジは今、周りも、足元すらはっきりとしない場所に立っていた。
自身の存在しか認知出来ない、漆黒の闇の中。
だがやがて、何かが現れる。
それは四角い、まるでテレビのモニターの様なもの。
それらはいくつも、幾度もオヤジに近づき、様々なものを写しては流れ去ってゆく。
(オヤジぃぃぃー、オレだよ・・・ヘンリーだ・・・。忘れた訳ではあるまい?)
(ヘンリー・・・様・・・ノ・・・御心ノ・・・ままニ・・・。)
(ヘンリーサマァァァァ!! どうか、お救いヲヲ!!)
“何だ、これは!?”
(クソオヤジ、俺はこんなトコで漁師として終わるなんざゴメンだ!! 街へ出て一旗上げてやる。)
(いつもの事だけど、パート、クビになっちゃった、アハハハハハハ。)
(父さん、やりました。明日から宮廷騎士団です。)
“俺は・・・。”
(行きましょう、オヤジさん。)
(私が、ここの当主代理をさせて頂いている者です。)
(おやじさん、いつもおさかなありがとう。)
(父から勧められ、今日から弟子とさせて頂く、リアです。オヤジさん、よろしくお願いします。)
“俺は・・・・・・。”
(オヤジ・・・俺はこの世界を、争いの無い世界に必ずしてみせる。)
(私達、結婚しました。)
(貴方が親父殿ですか・・・噂はたびたび耳にしております。)
(オニギリィィ!!)
(乱獲反対ー、はんたーい!!)
“俺は・・・・・・・・・。”
(親っさん、出番だ!!)
(全く・・・オヤジらしいっちゃあ、らしいわな。)
(何やってんだオヤジィィ!!)
(すっげえぇぇー、流石オヤっさん。)
(何でそれがそうなるの?)
“そうか、そうだった・・・俺はっ!!”
(オヤジィィィィー、貴様の聖剣と我がヘンリーの邪鎚、どちらが優れているのか・・・勝負だぁ!!)
(おおおおおォォォォー、ヘンリぃぃぃー!!)
彼は、ようやく理解した。自分の意味を・・・自らの存在意義を。
ゆっくりと目を閉じる。
あの日、始まりの日の出来事が、モニターに写りこむ。
(オフクローっ、ラスティー、どこだ、どこだぁぁぁぁ!! おい、返事しろォォォォー!!)
あの時の自分に力がなかったばっかりに・・・だが、もうそんな思いは、誰一人としてさせたくない。
だから俺は、この道を選んだのだ。
そう、俺は・・・俺の有るべき姿は・・・。
記憶の窓が、一斉に開け放たれた。
・
化け蛇・・・鰄魚はまだ、生きていた。
だが、あれだけの爆発だ。有機物特有の細胞を焼く臭いと共に、再び視界に現れた鰄魚は、無惨に変わり果てていた。
エメラルドグリーンの鱗はほとんどが剥げ落ち、所々が黒く焼けただれ、眼は白く濁ってしまっていた。
しかし鰄魚は、人間が喉を突かれた時の様な声で鳴くと、急に振り返り、水辺へと、その逞しい四本の脚で猛ダッシュを始めた。
その巨大さからは想像出来ない程、俊敏な動作であった。
「なっ・・・しまった、まだそんな・・・。」
もう、エアロ・ブーストは使用出来ない。先程の短時間内における、急激な魔力消費が原因であり、一時的なものではあるが・・・。
と、ここでエリスは、ある一つの事実に気付く。
(確か・・・奴の逃げてる先には・・・オヤジさんがっ!!)
そう、化け物の逃亡先には、初弾で気絶してしまったオヤジがいるのだ。
このままでは、最悪の事態も考えられる。
「オヤジさん、逃げて下さい!!」
到底、声が届きはしない距離だと分かってはいる。
それでも彼女は、彼女にしては珍しい大声をあげ、彼を目がけ全力で飛翔する。
とその時、声が届いた訳ではあるまいが、丁度よくオヤジはふらりと立ち上がり、こちらを向いた。
だが、彼は状況を把握し切れていないのか、逃げる素振りも、はたまた驚きもせずに向かって来る鰄魚を、ただ見上げている。
「早く逃げて下さい!!」
エリスの必死の警告も届いていないのか、化け物をじいっと見て・・・だがどことなく、とても力強く立って・・・
いや、立ち塞がっていた。
「早く・・・逃げ・・・。」
エリスは気付いた。
オヤジの周囲に原理不明の力場が、あり得ないエネルギーが、理解不可な歪みが発生している事に。
それは、彼女の位置からでも肌に感じられる程、強く気高い何かであった。
“これは・・・。”
彼の、オヤジの力場が、歪みが、光が収束してゆく。
“そうか・・・いける!!”
それは何かの、一つのものの形を成してゆく。
化け物が迫る。猛烈な勢いで。
それでも彼には一切、不安も恐れも、焦りもない。
あと少し・・・あと少し・・・。
遂に、目と鼻の先にまで、化け物が迫った。
“今っ!!”
収束した光を、思い切りその手に掴むと、オヤジは自身の身の丈の数倍はあろうかという光の帯を、化け物へと全力で振り下ろす。
「でぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」
鰄魚か、股下のオヤジを完全に通過。
河へとジャンプし、水へ飛び込むかというその瞬間、鰄魚の顔先から尾端までが綺麗に二分割され、着水音が二度、響いた。
光が縮み、縮小し、それは三メートル程の大剣(?)となった。
それは磨きあげられ、鏡面仕上げとなっている表面に、幾何学的な文字の刻まれた石盤・・・それを刃状に加工し、柄をそのまま取り付けた神秘的な剣であった。
「オヤっさん、スゲぇじゃない・・・それ、何て武器?」
よろよろと茂みの中から姿を現したイーザが、彼の元に駆け寄り、発言した。
「聖剣だ!!」
とだけ彼は答えると、化け物の死体へと向かい泳ぎ始めた。
「やれやれ・・・しかしエリス、ありゃあ何だ?」
オヤジの大剣を指示し、今度はエリスに問う。
「私にもそれは・・・しかし、これで分かりました。彼は、オヤジさんはどうやら、この世界の住人ではない様ですね。」
このエリスの発言の真意を汲み取れないイーザは、ただ困るだけだった。
・
「よし、これくらいでいいだろう。」
鰄魚の魚肉やら臓物やらを聖剣で切り取り、袋詰めにしたオヤジは言った。
今思えば、オヤジがただの漁師ではない事ぐらい、彼の動作で気付くべきだった。
改めてイーザは、オヤジに問いかけようとしたその時、異変は起こる。
地震の様な振動が、地鳴りが密林全体を襲い始めたのだ。
あまり激しい揺れでこそないが、立つのに一苦労、走るのに少し無理がある。
「なっ・・・何だよこれはぁ!!」
「これは・・・時空震の様ですね。この規模は・・・密林一帯が、別時空へと転移します。」
「どうしてそんな事が?」
「さっき言った、“オヤジさんはこの世界の住人ではない”ですよ。恐らくオヤジさんとこの密林は、ここにあってここにはない、いわゆる別空現存方式といいまして、これは私達の住んでいる屋敷にも・・・。」
「スマン、要点だけ言ってくれ。」
それにしても、こんな饒舌なエリス初めてだと、イーザは思った。
「ゴホン・・・オヤジさんとこの密林は、何らかの理由でこことは違う、別の世界から時空の壁を越え、やって来た。」
ここまではOK? という顔でエリスはイーザを見る。彼は、“続けて”と手で示す。
「しかし、この森の存在が歪みとなり、この私達のいる世界に矛盾を作り続け、やがてはこの世界自体が、元の通りに全てを戻そうとしている。それが、今から起ころとしている事です。」
「成程、密林の外は見た事のない所だったからな。・・・思い出した、俺は一度、この森で死にかけていた様だ!!」
「オヤっさん?」
「俺は帰る。そうだなエリス。」
「はい。」
「なら、お前らは早く行け。こっちが出口だ!!」
そう言い、オヤジはビシッと指を指す。
「・・・分かった・・・オヤっさん、どうかお元気で。・・・そうだ、最後に本当の名前、教えてくれるかい? オヤっさん。」
エリスにおぶってもらいながら、イーザは言う。
オヤジはすぐに、こう言い放った。
「オヤジと言ったら、オヤジだ!!」
「何だよそ・・・。」
「発進します。」
二人は発進した。一直線に凄まじいスピードで飛翔し、すぐに見えなくなった。
最後に、オヤジは呟く。
「お前は男だイーザ。負けるな、己の運命全てに!!」
・
木々を左に、右へと回避。
振り落とされそうになりながらも、イーザはしっかりとしがみつき、エリスはオヤジの指さした方向へと飛行を続ける。
何だか、だんだん高度が下がっているような・・・。
いや、違う。地面が上昇しているのだ。
上昇しながら、なんと後方、先程までいた場所が消えている。
どうやら端から少しずつ、進行的に消失している様だ。だが・・・
「見えた・・・。」
眼前に現れる、地と空の境、空気の切れ目。
そこへと、二人は勢いよく突っ込んだ。
その僅か数秒後、密林は完全に消滅してしまった。
ゆっくりと着地するエリス。
「ハァ・・・ハァ・・・ハッ・・・マスタ・・・イーザ・・・ご無事ですか?」
「あ、ああ。エリスの方こそ大丈夫か? 息、あがってんぞ。」
「お気遣いなく・・・それよりも、あちらを。」
そう言いエリスは、かつて密林であった場所を見る様、促した。
地面が抉れ(えぐれ)クレーターの様に・・・とか、そう想像していたイーザにとっては、驚くべき光景が広がっていた。
そこには、集落が、村があった。
人のちゃんといる村が。
外界の異変に気付き始めたのか、少しずつではあるが歓喜の声をあげる人々の数が、増えてゆく。
「これは一体・・・。」
・
《村が消えた!!》
《突如出現した密林に、調査隊派遣。》
《生存者三名、死者・行方不明者七十六名。》
《未知の生態?》
《原因不明の状態、続く。》
「まさか、こんな大事件になっていたとは・・・。」
新聞は取らず、テレビをあまり見ない。そんなライフスタイルが祟った。
どうやら村が消え、密林が現れたのが五日前・・・の事らしい。
「ゴムひもが二本、上下に平行に張ってあると思って下さい。上のゴムが私達の世界、下のゴムがオヤジさんの世界です。
仮にこの上のゴムが、下のゴムと交わってしまうと・・・この様に一部だけ、ゴムの上下が入れ替わってしまいます。つまり、上のゴムが下に、下のゴムが上に。
これが、この別空現存方式の簡単な考え方で・・・・・・。」
エリスが延々と言う。
しかし今のイーザには、学ぶ気などさらさらなかった。
しいて言うならば、一つ、思った事がある。
「・・・新聞、取ろっかな・・・。」
と、それだけだった。
さて、オヤジ三部作、いかがでしたでしょうか。彼一人の為にキャラが崩壊したイーザ、エリス。まあ、オヤジは実は、異世界の住人であったというオチは少し苦しい気もしますが、そこは・・・あまり気にしないで下さい。 それでは、また。
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