前編です。これ以降、一つの話を前、後編に分けてお送りしたいと考えております。
第二話 私の名前は 前
第二話 私の名前は
一見すると平和そうなこの街にも、実は怪異がひしめいていたりする。
数多く有る都市伝説の中で、最も有名なのが三丁目の幽霊屋敷だ。
別に、三丁目に建ってる訳ではなく単なる語呂合わせな訳だが、実際この街のどこかに建っているのは確かな様である。
いわく、その屋敷周りの敷地内には常に雨が降っているだの、一日中女の不気味な喘ぎ声が聞こえるだのといったものだ。
だが一方では、その屋敷には腕利きのゴーストバスター、またの名を“サキュバスキラー”が棲んでいるという噂もある。
街の郊外のある場所。ひっそりと人目を避けているかの様に、大きな屋敷が建っている。
まだ太陽が明々とあるうち、一人の老人がこの屋敷を訪れた。敷地への入口の門を一歩くぐると、突然辺りが闇に染まり、土砂降りの大雨が地面を打っていた。
老人は、自分は遂にボケたのかとも思ったが、ザアザアと聞こえるこの音に肌に感じられる雨粒の刺激・・・目の前の出来事は事実の様だ。
玄関までは、数十メートルある。彼は仕方なく老体に鞭打ち、急ぎ走ってどうにか玄関にたどり着いた頃には、顔も体もずぶ濡れになっていた。
息を整え、扉に絡むツタをどけつつノックした。
(・・・・・・。)
応答は無い。雨粒の降り注ぐ音だけ響いている。
「ごめん下すゎぁ〜い。」
今度はノックに加え、独特の訛りを隠そうともしない口調で言葉を発した。
しかし、またしても応答無し。一旦帰ろうか、そう思い扉に背を向けた時だった。
突然扉が開き、中から手伝いの者だろうか、女が出て来た。
「はぁ〜い、遅れて申し訳ありません。依頼の方ですかぁ?」
やけにぎこちない敬語を使い、どことなくチャラチャラした口調で女は喋った。
見た目、二十代前半位だろうか。それにしても目を引かれたのが、綺麗な金色の髪と立派なボディラインだった。
「そんだぁ・・・先生はどごにおる?」
「まぁ・・・立ち話も難ですから、中にどうぞ。」
女はそう言うと老人を屋敷の中に招き入れた。
内部は、外見からは考えられない程清潔感に溢れてはいたが、照明はろうそくのみで、火の揺らめきに合わせ影がゆらゆら揺れる様は、やはり屋敷外観のイメージ通り不気味だ。
「あ、イーザちゃ・・・主は、あの二階の奥の部屋にいるけど、今はちょっと待ってて下さいね。・・・え〜っと、タオルでも持って来ますからねぇ。」
女は走りもせず、余裕たっぷりの歩みでいずこへと行ってしまった。
老人はずぐ立ち上がり、女の注意を無視して奥の部屋に。
そして遂に、ノックもせずにドアを開け部屋に飛び込んだ。
「先生!!こんにち・・・は・・・?」
彼がこんな反応を取ったのは、無理からぬ事だ。
大きなベッドの上、一人の男を中心に繰り広げられるエンターテイメント。
辺りには女の喘ぎ声。
男女の繋がってる現場を老人はダイレクトに見てしまったのだ。
「なっ・・・なっ・・・ななな・・・。」
「あーっ・・・またこのパターン?」
「なんと破廉恥なぁぁぁぁー!!」
「先程は失礼いたしました。私がイーザです。ご依頼の内容をお伺いいたしましょう。」
ようやくスーツに着替えたイーザが言った。老人は明らかに異物を見る目で見ながら依頼内容を話し始める。
「実は・・・私を守って頂きたい。」
活字上からは分からないすごい訛りだ。
「どういう事か・・・詳しく話して頂けます?」
老人はためらいがちに口を開く。
「私は、隣国の農村で作物を作ってるマインっつー者なんだが・・・子供の頃化け物と、とんでもねえ約束をしてしもうて困っとるんだ。」
わたす?つぐってる?やくぞぐ?意味が分からない訳ではないが。
「えっと・・・その化け物とは?」
化け物の内容しだいでは依頼を断わるのも大切な事だ。
「バンシーってのを知っとるか?」
「バンシー?」
「簡単に言うと、子供の姿で男を誘って精を吸う者だぁ。」
(多分それバンシーと違う。)
「そんで、私はそのバンシーと子供の頃よく遊んどって、勢いで五十年後につがいになろうと約束してしもうてな。
私はもちろん忘れとったのだが、一昨日にバンシーが迎えに来てな・・・そん時だぁ、奴が化け物と分かったんは。
もちろん断ったら、バンシーの奴鬼の様に怒ってな、十日後に私を殺す言うて消えおった。
だから先生、どうか私を助けて下さい。お願いします。」
彼の発言に、この場の全員が頭の中で同じ事を考えていた。
(自業自得だろ。)
と。
そしてイーザは、
「バンシーとやらは、見た目何歳ぐらいに見えるのでしょうか?」
と再度質問した。老人は質問の真意を理解しかねてか戸惑い気味に答えた。
「え、それは・・・十四・五だと思いますが。」
(十四・五・・・ギリギリか。)
マインは、イーザがバンシーの見た目について聞いて来た理由を知るよしもなかった。
「で、報酬の話ですが。」
「それだったら、これくらいでいいかぁ?」
スッと札束を懐から取り出すと、机の上に置く。
「是非、お任せ下さい。」
(早っ・・・。)
老人の手を取り、シェイクハンドと素敵な笑顔をもってイーザは依頼を引き受けた。
「ねぇ、イーザ・・・これって・・・。」
「ああ・・・俺も多分お前と同じ考えだ、ルシア。」
農村の奥の森の中。そんな所で彼ら二人が目にしたるは、怪しく妖しい建造物。ピンク色の看板がピカピカと光り、点滅を繰り返している。
「何でやねん!!!」
二人は同時にツッコミを入れた。
「これってどう見ても・・・。」
「ラブホだよなぁ。」
だが、ここが依頼人から聞いたバンシーの棲み家に間違いはない。
「・・・とりあえず、行くか・・・。」
「うん・・・今さら気にしても・・・ね。」
イーザは妙な気恥ずかしさを感じながらも内部に侵入した。
「へぇ〜っ、ホテルん中ってこんなになってんだ・・・。」
「えっ、イーザってば入った事無いの?」
「うっ・・・それは・・・。」
そんなイーザの反応にルシアは、悪意のこもった笑みを顔に浮かべ、禁句を放った。
「・・・イーザってさあ、もしかして人間相手なら童貞なの?」
「ぐあっ・・・あっ、あ・・・ああああああー!!!」
心がえぐられる様な感覚、意識への衝撃の波。
吸精鬼らとはやってるのに、人間の女性とは未体験というトラウマに近いもの。
それらが渾然一体となって彼の精神を傷つけ蝕む。
「ああァァァ・・・そんな・・・そんな紛れもない事実を・・・言っちゃダメぇ〜!!」
「はいはい・・・。」
ルシアの返事は冷たく、まるでイーザをわざと痛めつけてる様だ。
「うう・・・ひどい・・・。」
「・・・分かったよ・・・そうだ、場所が場所だし私とやってく?」
泣き声が急に止まり、彼はゆっくりと顔を上げる。よしよしと、ルシアはイーザの頭を撫でてあげた。彼女もやはりサキュバスの一人であった。
急にがばっと、イーザは彼女に抱き付き、ちゃっかり顔は胸に押し当てている。
「フッ・・・ふふふ・・・そうかそうか、ルシアそう言った以上、十回は覚悟しとけよ。」
「十回?邪魔者いないんだから二十はいこうよ。」
イーザはトラウマなどすっかり忘れ、目の前の欲望にひたすら忠実に行動を開始する。
ゆっくりと手をルシアに伸ばし、衣服を脱がしにかかったその時だった。
「お前ら何してんだー。」
と、子供の様な声が響いた。
「「ああん?」」
(誰だ・・・俺のスウィートタイムを邪魔した愚か者は・・・。許さん、血の制裁じゃあ〜。死にたくなる程後悔させちゃる。)
(誰?・・・私の邪魔をするのは。せっかく二人きりだからたっぷりいただこうかと思ってたのに・・・。許さん、吸い殺してやる。)
二人分の濃縮された殺気を受け、声の主は少しビビっていた様だが、すぐに持ち直しこちらを向いた。
そこに居たのは、背と頭身が低く、頬にまだ薄いピンクの部分が見られる子供だった。
「子供・・・?」
「んだよガキか・・・あのねぇ、お兄さん達は今、とっても忙しいんだよ。だから、とっととあっち行ってね、分かった?」
「ちょっ・・・イーザ。」
「何だよ。」
「あの子の格好、よく見て。というか、よく見なくても分かるけど。」
「あん?・・・はっ?」
振り返り見てみると、その子供の服装がとんでもなかった。
それは、黒一色のボンテージ姿。
腰部には鞭をマウント。基本的な女王様スタイルで、断じて子供が着る服ではない。
「ボクはガキじゃない。バンシーのステアって名前がちゃんとある。」
「バンシーだと?」
こいつがバンシー?どこか十四・五だ。守備範囲外じゃないか。
「ウソ・・・こんな子供だったんだ。」
(はぁ〜、失敗したなぁ・・・。さっさと説得して帰ろ。)
依頼金は既に受け取っているので、最低限の仕事はこなしておかねばな。
「お前がバンシーなら話は早い。勝手な頼みで申し訳ないんだが、マインってじいさん、殺さないって誓ってくれないか?・・・そうしたら全部解決なんだけど。」
この言葉を聞いたバンシーの顔は、見る見る歪んでゆき、やがて
「ふざけるなぁぁー!!!!」
と、怒り狂い、バンシーは瞬時に腰部から鞭を抜き、イーザへと振り下ろす。
鞭は黒い蛇の様にうねり、床や壁をバウンドしながら迫り来る。
「やっぱ、ダメか。」
二人は散開し、初撃を回避する。だが、相手はそれくらい予想済である。
「甘いね。」
少し手首を捻り、スナップを加える。ただそれだけで、黒蛇は速度と角度を変え再び敵に牙を剥く。
続く一撃も、どうにか回避。だが、鞭による変幻自在な攻撃にパターンは存在せず、次々に様々な方向から隙を狙う。
そして遂に、イーザを捉えた。その一撃は鈍器の打撃より重く、彼の体を大きく後方へ弾き飛ばした。
「ぐああぁぁぁ!!」
胸部にシャレにならない衝撃。どうやらバンシーの実力は外見と比例してはいない。
さらにイーザを追撃する黒蛇。ルシアが咄嗟にイーザの前に立ち、翼を自身の周囲に展開、防御する。
直後に衝撃、いつかの銃弾を防いだ時なみのダメージが羽を、ルシアを襲う。
「つっ・・・。・」
なんとか鞭を防ぎつつ、すぐさま一瞬の隙を見て火球をバンシーに放つ。
「!!」
火球に、鞭を引っ込め防御陣を展開、陣に触れた火球は消滅した。
改めて攻撃を再開しようとイーザ達の方に向き直れば、既に二人の姿は無い。
「・・・逃がすものか。」
顔にサディスティックな笑みを浮かべ、二人が逃げたと思われる方向にゆっくりと歩きだした。男の方は怪我してる筈だ。すぐ追い付ける。
逃げ場は、どこにもない・・・。
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