第十六話 Colonel Rezell と黒龍姫 8
「…………」
エリス・ブラッドはどこか上の空で玄関を掃除していた。
無口無表情無感動はいつもの事ながら、今日に限ってはサファイアの様な青い眼から光が失せているのである。これで身動き一つせず俯いていたなら、夢破れ失望し切った少女の図だろう。
「エリスってばさ、どうかしたの?」
ルシア・リヴェントン。真っ赤なお手伝いが言う。この二人はかつて文字通りの天敵同士であり、恐らくは世界最大の対立をした間柄であった。
だが、なんやらかんやらを経てら今やすっかり仲良し? となっていた。鈍く青く鉛のように輝く瞳を、ちらと向けすぐに逸らす。そして溜め息、覇気がないのは明白だ。
「また……また私はマスターイーザをお守り出来なかった……何故、どうして私はあのタイミングで外出していたのか……誰かの悪意としか思えませんっ」
ほうきの柄がミシッ、ミシッと音をたてる。しまいにはボキィッ、と真っ二つ。
「まぁまぁ、あいつらは私達が追っ払っといたし、イーザには傷一つ無かったわよ」
「それがいけないのです!! 私ならっ、私ならばマスターイーザのお手を患わせるとも一人で殲滅出来たというのにぃぃ!!」
「落ち着いて落ち着いて、アンタだって依頼をちゃんとこなしてたんじゃない、割と面倒なヤツだったんでしょ? アンタはよくやってるよ、ちゃんと貢献してるって。イーザもさり気なく最上級の感謝してたよ、本当に」
「!? マスターイーザが、私に感謝を!?」
「うん、そう。感謝してたんだって、仕事をこなしてくれでありがとう的な……」
「何故だっ!? 何故私は聞き漏らしてしまっているのだ!? せっかくマスターイーザが感謝の意を示して下さったというのにぃ!!」
「きっ、きっと面と向かって言うのが恥ずかしかったんだよ。イーザってさ、ああ見えても結構ウブだから……エリスと見つめ合ってると赤面するとか言ってた様な……」
「マスターイーザは私と見つめ合うと素直にお喋り出来ないのですか!? おおォ、なんという事だ、私がもう少し見易い顔であったなら!!」
何言ってもダメだ、とようやく悟った。最近の彼女は特にである。いろいろと本人もあったのだろうが、かなりの狂いっぷりというか道化っぷりというか……。
「そう何でもかんでも気にしてたら身が保たないよ? これ、ルシファー的な忠告ね」
「年寄りの忠告ですか……」
ルシファー=ルシアならば、彼女は推定数億歳である。
「ぶん殴るぞコルァッ!!」
「随分と短気ですね? それもルシファーの……」
「テメェのせいだろが!! あぁ、ホントいうとな、イーザのボケはテメェに礼なんざ一言も言ってねぇから!! すぐ屋敷出てったから!!!」
「ならば私はマスターイーザのお言葉を聞き漏らしていなかったと!? ああ良かった!!」
「分かるんねぇよ何言ってんだよどこ喜んでんだよボケがぁァァァ!!」
本日のイーザ邸。
平和。異常なし。
と報告出来よう。
・
「ぐっ……こんな時、独龍剣なぞあればっ!」
雪上を滑りつつ、フリムは呟いた。目の前の敵、黒龍と戦っていると、そんな事も言いたくなる。特にこちらの攻撃一切合切が外殻に弾かれてばかりなのは辛い。
今また放った氷系術上級も鱗に触れた途端に破壊された。これまでのものと同じ末路だ。
「間違いない、これぞ黒龍、最強最悪の化身ミラヴァレアス、伊達ではない!! よかろう、妾も全身全霊をもって黒龍、キサマを倒し素材を貰う!!」
ゴハン発言。だが目標を馴染み深いものに置き換え、敵に対しての集中を高めてゆく。彼女は手を雪に埋めつつ滑った。
線を引き黒龍中心に円を描く。そして女王はその者の名を呼んだ。
「顕現せよ、ジャァイアントォォ、スノーメンズ!!」
その掛け声に応え、黒龍を取り囲む様に出現した雪だるまこと、スノーマン。しかもジャイアント、黒龍の五割増しな連中の出現だ。
陽光を遮りそびえ立つ三体の氷塊、中央の黒龍。大怪獣決戦と銘打ってもよさそうな光景だ。
“ゴアァァァァ!”とミラが吠える。負けじと“グオオォォォォ!”と雪巨人は鳴く。迫力のバトルスタートだ。
三のスノーマンらが同時に振りかぶり、ビンタを見舞う。世界最大級の雪塊が黒龍を打つ。
が、手の方が砕けた。バラバラになったパーツが黒龍にまとわりつく。龍は一際大きく哭くと、ついにその口から火炎球を放った。
一体に着弾。身体に大穴を空けられた。ドロドロととろけ、黒龍へと寄り掛かる様に倒れゆく。
その隙に、二体目のスノーマンが跳躍し、空中からミラを強襲した。覆い被さるように着地すると、彼女を完全に埋める。
三体目もまた、黒龍封じた雪の壁へと同化し、さらに厚く頑強にしてゆく。ミラは雪のヨロイを引き剥がそうと懸命に藻掻いている。そこへ、フリムが動いた。
「おおォ、喰らうがいいっ伝説の大技ァ、エターナルフォースブリザードォォ!!」
氷系術エクストラ、最上級魔術エターナルフォースブリザード……魔術の蒼い輝きがミラとかつてのスノーマンを包み込む。
雪のヨロイが更に凍る。刹那の内に。魔力の残光と共にもやが一気に立ち上る。液体窒素を滝の様にばら撒けばこんな光景が見られるだろうか?
もやが晴れた後、そこにあったのは分厚い氷柱と化した黒龍の姿であった。
「よぉし、どうじゃヴァレアスめが、爪一つ動かす事も出来まい!!」
女王は勝利の叫びをあげた。
・
「おおっ、フリムの奴、やったか!!」
イーザは凍りづけとなった黒龍を見て、言った。隙間なく氷が敷き詰まり、あれでは身動き一つ取れはしまい、と。
だがリゼルは、漂い始めた勝利を掻き消した。
「フリムさん、油断してはいけない!!」
彼の言葉直後、黒龍の氷像から何かが飛び出した。それは翼をはためかせ雪上を滑空し、一直線にフリムへ向かう。
女王が重力無視し、音速にも近い速度で雪へ刺さって埋もれたのはすぐだった。たったの一撃で優劣の皿がひっくり返る。
凍りづけにして、隙間なくして一切動けぬ……とんだ早合点だった。ミラはヒトの姿にもなれる。ヒトになってしまえば隙間などいくらでも出来てしまうのだ。
漆黒の衣服に漆黒の翼、漆黒の髪の毛……眼球は深紅に輝き、今、イーザを見下ろした。
「くっ……やべぇなこりゃ……」
ミラの腕だけが、黒龍のそれへと形を変える。爪が鈍く光に満ちた。
「やーらせーるかー!!」
間に合った。ソーニャスがガトリングガンを掃射し、不意をついた。何十何百という弾丸が命中したはすであるが、やはり無傷。
実弾がまるでBB弾の様だ。攻撃の方向をじろりと睨み、再びミラは動く。
ソーニャスは距離を離した。今度は爪を純機械の戦士に振るった。彼女のレーダーに熱源は写らなかった。だが何かが、背面推進ブースターの一部を削ぎ落とす。
「飛行能力、七%低下……これはやっかいな、ソニックブームの類いですか」
目視出来ず、レーダーに反応せぬ刃。ミラは大気を刃にして放った、それだけの事らしい。常識など遥か彼方どこ吹く風だ。
また彼女が龍の腕を振った。今度は大きく軌道を逸らしたらしく、雪の大地に深々と一文字を刻み付ける。
もはや一刻の猶予もないのは明らか。リゼルの言うように早くGRADO製ライフルの麻酔弾を命中させるしかないのだ。
が、リゼルは片手の平を射ち抜かれ、現在進行で出血し続けている。本来ならばさっさと手当てしなければならないのだ。では、誰が引き金を引く? 俺しか居ないじゃないか! しかしイーザに狙撃経験など有ろう筈もない。
でも、やらなければならない。フリムもソーニャスもリゼルも精一杯やっているんだ、仕事を受けた張本人がやらなくてどうする。
イーザは雪上に投げ出されたライフル銃を拾う。途端に、相当の負荷が全身を襲い、思わず前のめりによろめいた。筋肉が軋む。
強化兵士らは何の迷いもなしにコレを射っていた……いや、そもそも強化された連中だからこそ扱えた代物、当然か。
ライフルの後部を肩に乗せ、射角を上へ上へと調整してゆく。しかし本当に当てられるのだろうか……対象は今も空中を飛び回り、時に複雑な運動を行う。あれでは蝿に銃弾を当てる様なものだ。しかも、支えの台座が心ともない。
「イーザ君……一つだけ、一つだけ、ミラの動きを止め、注意を逸らすすべがある」
リゼルが言った。予想でも気休めでもない、確信の顔付きであった。
「これから、私が……彼女の動きを止めてみせる、だから、イーザ君、どうにかミラにそいつを、叩き込んであげてくれ……これ以上、彼女を暴れさせてはならない」
「リゼルさん……分かった、やってみる」
「ああ。チャンスは……恐らく一回だけだ……頼む!!」
当然だ、と返すところだった。だが……絶対の自信がある訳じゃない。当然と強がりでも言い切れる自信すらもない。
でも俺は、金を受け取り依頼を受けた。自信はない、だけど絶対に成功させなくてはならない一撃。必ず、期待に答えるのだ!!
「では、行くぞイーザ君!!」
「…………」
イーザは返事の代わりに、息を大きく吸い込んだ。
・
「オートメーション・ウェポン、フルファイア」
ソーニャスの周囲には、大小様々な火器が展開し、彼女の合図で一斉に火を吹いた。弾丸の雨どころか集中豪雨、いや超局地的ゲリラ豪雨といったところか。
ミラはかわす事すらしなかった。もう理解しているのだ、自分はあれでは傷付かない、と。それ故、鉛と火薬の雨中を最短距離で突っ込んで来た。
「チッ、化け物め」
回避運動。
ミラが真横を通過する。衝撃波が遅れ到達、一瞬で辺りは吹雪のようだ。
上昇。中途半端にやっていては、こちらがダメージを負うばかりの結論に至るのに、そう時間は必要ない。
「……やはり新機能、任意でのリミッター解除からイフリート改をブチ込むべきでしょうか……分かり易く言えばトランザムライザーソードです」
ソーニャスAIが物騒な最終手段に手を伸ばしかけた頃、この場に似つかわしい音声を拾った。リゼルの声色だと、パターンは判断している。
“ミラァァァァァァァァ!!”
彼、リゼルのキャラでない悲鳴近い絶叫。しかしそれにもミラは反応示さず。ソーニャスを見据え方向を転換、再び暗黒流星が如く機械に迫る。
「やむを得ずですか。最終W……ブレイク、リミッター任意解……」
“ミラァァァァ、ほぉら、でっかいおにぎりだよォォォォ!!”
「エッ、ヲッ、オニギリィィィィ!?」
方向転換、急旋回!!
ミラは一気にリゼルを目指す。何が起きたのかまるで分からない。
“そぉら、ミラァァァァ!!”
リゼルは何かを投げた。食物、米、分析結果は紛う事なきおにぎりだった。
そう、リゼルは屋敷を出発前、マリアに作らせていたのは両手一杯の巨大おにぎりだったのだ。
「ワァァァァーイ!!」
黒龍ボイスのまま、ミラは子供の様に喜んだ。確実におにぎりを追い掛け、見事キャッチをする。
「イーザ君、今だっ!!」
「うおおオオオオオオオオオオオオ!!」
一発の銃声が、雪原を駆けた。
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