磋煦夜は、さくや、と読みます。難しい漢字を当てて、申し訳ない。
第十話 昨夜、磋煦夜と 前
第十話 昨夜、磋煦夜と
ビィーッ、ビィーッとアラームが鳴る。
「申し訳ありませんが、金属の物品をお外し下さい。」
ここは、空港である。そして今、金属感知ゲートで一人の女性が引っ掛かった。
その女性は、外見こそ立派なレディだが、雰囲気はまだガール、という感じだった。
「あっ、すいません。今、出しますから。・・・えっと・・・はい。」
そのガールが、バッグから何気なしに取り出したものは、係員を驚かせるに十分だった。
七首が二本、ゴトリと置かれたのだ。
七首は、“ドス”とも呼ばれる短刀で、東洋世界のアサシンナイフだと思ってもらえればいい。
係員は、それの正式な名称や、正しい用法は知らなかったが、武器である、というのは瞬時に理解出来た。
呆気にとられている係員を尻目に、ガールは再びゲートへ。
ビィーッ、ビィーッと、またしてもアラーム。ガールは、
「これもか・・・。」
と、言い、今度はビョウをガラガラと取り出した。
ビョウもまた、暗殺用武器であり、投げナイフの様なものだと思ってもらえれば幸いだ。
係員は、これも名前や正確な使用法を知りはしなかったが、人斬り道具だというふうには理解している。
彼は、即座に空港警備員を呼び、ガールに告げた。
「お客様、こちらへ。」
警備員らは、左右からガールの腕をとって、連行しようとした。
だが、ガールは一瞬で二人の手をすり抜け、その内一人の背後をとった。
いつの間にか、片手には凶器、もう片方の手は、しっかりと彼の口を覆っていた。
彼女の顔つきは、先程のガールのものではない。暗殺者か兵隊かの、独特の無表情だった。
「・・・あっ・・・つい。・・・ごめんなさーい!!」
だが、すぐに元のガールへと戻った様で、武器類をバッグへと詰め直し、猛ダッシュで逃走した。短距離走のタイトルホルダーも、真っ青なダッシュだった。
「まっ、待て!!」
警備員も負けじと、元・陸上部短距離走者の実力を、存分に発揮した。
・
ここは、いつもの場所。三丁目のとある場所である。
そこだけは、本日も降水確率が100%の、正に天気屋泣かせであった。
そして、いつもの様に、依頼者だろうか、一人の女性が敷地内へと踏み込んで行った。
当然の雨に驚きもせず、水溜まりを踏まぬ様、スムーズな足運びで玄関までたどり着く。
彼女は、周囲をキョロキョロと見渡し、続けて扉を軽くノックした。
反応は帰ってこない。もう一度、ノック。やはり、返答はない。
留守を確認した女性は、バッグから音もなく怪しげなグッズを取り出し、それを鍵穴に・・・。
「申し訳ありません。外出中でしたので・・・。」
急に背後で声がした。女性は瞬時に反応し、バッグに手を伸ばして、相手を捉えようとした。
だが、声をかけて来たのは、17・8歳くらいの少女だった。
女性の、敵対行動とも取れる対応にも係わらず、少女は表情一つ崩さず、青い瞳はじっと、女性の眼を見据えていた。
「依頼の方ですか?」
そして、透明な声で少女は女性に問う。
「え・・・ええ、そうなの・・・。」
(・・・気配がしなかった・・・。この子、ただ者じゃない・・・。)
「では、失礼します。」
そう言うと少女は、無防備にも女性に背中を向け、鍵を開け始めた。
それは単に、女性が何をしていたのか、分からなかったからなのか、何も考えずに、なのか、はたまた、圧倒的強者の余裕というやつか・・・。
(いや・・・馬鹿馬鹿しい、狙いは一人だ。この子は関係ない。)
全身の緊張を解きながら、女性は思った。
「どうぞ、中へ・・・。」
そう言われ、女性は遂にその屋敷へと足を踏み入れた。
(・・・ずいぶん、立派な屋敷に住んでいるわね・・・。)
入ってすぐの、彼女の感想だ。隅々まで掃除が行き届いていて、実に気持ちがいい。
「あの、イーザって人に会いたいんだけど、今どこに?」
その言葉に、少女がピクリと、僅かに反応。同時に、彼女の背から一瞬、強烈な殺気を感じた。
やはり、女性は音もなくバッグに手を伸ばす。
「・・・主は今、私用で外出しております。もう少し、お待ち頂ければ、帰って来ると思いますので、来客室の方でお休みになられては?」
感情の起伏の感じられない、低音気味の声で少女は言った。殺気は既に消え失せている。
「そうね、そうさせてもらうわ・・・。」
女性はそう答え、少女に案内されるがまま、長い長い廊下を進んで行った。
緊張の糸を、緩めぬ様にして。
・
「タオルをどうぞ・・・。」
「ありがと・・・。」
久々に使用された来客室。女性はイスに腰掛け、頭を拭き始めた。
改めて、女性を見る、少女、エリス。
二十歳ぐらいだろうか、若い女だ。チャラチャラした雰囲気はなく、そこにおとなしく、さりげなく座っている。
「お飲み物は、紅茶と九竜茶がありますが・・・。」
「あ、じゃあ九竜の方をお願い。」
「・・・少々、お待ちください。」
そう言い残し、エリスは部屋を退出した。
「・・・・・・。」
女性は、髪をタオルで拭きながら、一言漏らす。
「イーザラント・・・カナートゥス・・・。」
嬉しそうな、悲しそうな、怒りに満ちた、寂しさに溢れた、どうともとれる、そんな表情であった。
(今でも・・・私を・・・。)
「お待たせしました・・・どうぞ。」
またもや、気配を一切感じさせず、いつの間にかそこにいたエリスは、2リットルペットボトル入り九竜茶と、コップを置き、こぽこぽと注いだ。
女性は慌てて顔を伏せ、元の表情に戻してから、コップへと手を伸ばした。
そっと口に近づけ、茶を飲もうとしたその時、突然、入口の扉が開き、男が一人現れた。
そう、イーザだ。
「いやー、参った参った。誰だ、マムシマークの強精剤なんぞ頼んだのは。無かったぞ・・・。」
どかどかと、彼は入室した。その刹那、コップがゴトリと音をたて、床に転がる。
その音で、イーザは初めて女性の存在に気がついた。
「ん?誰?・・・お客さ・・・・・・おわぁ!!」
お客、その人物の顔を見た時、イーザから血の気が引いてゆく。
「まっ、まさか・・・磋煦夜かっ!?」
「正解・・・久しぶりねぇ・・・イーザァァァァー!!」
女性、いや磋煦夜は、突如イーザの視界から消失した。それ程の凄まじい速度だったのだ。
無い筈のホコリが舞い上がる。
一瞬の後、ガギィィィィと金属音。
イーザの目の前に出現したのは、両手に短刀を所持し、攻撃を仕掛けて来た磋煦夜と、槍でそれを迎撃するエリスだった。
二人共、先程とはうって変わり、服はやたら露出の多いものに変化、また顔つきが戦闘モードだった。
「そう、貴女もサキュバスだったの・・・。なら、手加減はいらないわね。」
後方へと飛び退き、再度、突撃体勢をとる磋煦夜。
「手加減?・・・ああ、だからですか。」
「何?」
カラン・・・。乾いた金属音。
なんと、自慢の短刀がポッキリ、折られていた。
「えっ・・・。」
「終わりですか?」
そう、さっきの無防備な背中は・・・圧倒的強者が・・・。
「くっ・・・そぉぉ!!」
指と指の間に、計八本のビョウが出現、一斉にエリス目がけ、投げつける。
エリスは、一歩も動かない。
断続的な、衝突音。ビョウは全て、彼女に届く事無く直前で粉々になってしまう。
「あぁ、私の武器っ!!」
磋煦夜の本性なのか、急に緩む。その、ほんの一瞬の緩みが、勝敗を分けた。
磋煦夜の眼前に、エリスが出現。対応が遅れた。
「斬・慙死。」
槍のサイド、切断用のブレードが、磋煦夜の、ほとんど面積が無い衣服を完全に切り取ってしまった。
「やっ、いやぁァァァァー!!」
いかに、サキュバスといえど、羞恥心は存在する。
「エリス、こりゃあいくら何でも・・・。」
「仕方ありません。こういう技ですから。」
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