第七話 悲憤慷慨 後
勘弁して欲しかった。たまたま風呂で、恐怖の象徴と遭遇してしまった上、いつ襲い掛かられるかも分からぬという状態になってしまった。
と、いうのも、恐怖、すなわちデュード・デュオニュソスに対しての、余計な一言が引き金となってしまったのだ。
イーザの言った、俺は無限精力だから、いくらお前でも保ちはすまい、というものだ。彼としてはささやかな抵抗であるつもりであったのだが……。
デュードにとって、相手と優劣を比較するという行為は呼吸も同じ。どちらが上で、どちらが強者かを確実に把握しておきたいのが彼女の性分であった。
つまりは力ずく。伸ばされた手に反応が遅れ、イーザは湯船の中へと仰向けに倒された。顔だけが、かろうじて湯から出ている状態だ。次の瞬間には既に、デュードは彼の上にまたがっていた。
「クックックッ……さぁぁザコがぁ、傭兵時代に鍛えたオレの実力、見ぃせぇてやんよォォォ!!」
「ああっ、イヤァ、どうかご勘弁をを!!」
「ヒヒハハハハならぬならぬぅぅ、おとなしくしやがれぇぇぇぇ!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
まるで乙女の様な悲鳴をあげ、目をつぶるイーザ。その姿は、とても百戦錬磨なサキュバスキラーだとは思えなかった。
「…………」
「……………えっ?」
しかし、いつまでも次の結果は訪れない。恐る恐る目を開けると、状況は変わらず、そのままの体勢でデュードは居たのだった。
「……なーんつってな、ジョークだよジョーク、誰がテメェとコレで相手するかよ。無限の力に対抗する気はさすがにねぇわ」
と、彼女は言うと、身体を退けて元通りに座り込んだ。イーザは、予想外の行動にポカンとしつつも、危機が去った事にそっと胸を撫で下ろした。
「ハァ……ハァ……マジ、洒落になってねぇぞ……マジで、だ」
本当……ここまで危なかったの、久しぶりだなと思った。息があがったのも、だ。そもそも最近、危機的状況になった事はない。
「ったく……なんだってこんなマネしやがる……単なる悪ふざけにしては……」
「なぁに、ヒマそうにしてたろ、最近さぁ。そりゃそうだ、悪魔とあんだけ戦ってあんだけ修羅場をくぐってお前だもんなぁぁ……連中とヤッた後も、なんかよゆーそうだしな」
デュードが言うには、最近の俺が、何だか身体を持て余している様に見えた、との事だ。それは事実だろう、自分でもそう感じていたし、だからこんな時間に風呂に来たのだ。
お得意の相手の状況把握術……だが、彼女が後に語った事は、自分自身でも気付かぬ事実だった。
「それにさぁ、テメェにはあん時の雰囲気が失せたなぁ……悪い事じゃねぇがよ、向上心、ってなぁどこに行ったのかなぁぁ、幸せに浸ってやがるんだよ」
「……どういう意味だ?」
「強くなりたい………」
「えっ!?」
「足手まといになりたくない、あいつはもっと辛かった……テメェが口にしてよぉ、オレに向かってきた言葉さ。不細工だったが、いい目をしてた……強くなろうって必死だったなぁ……」
デュードが語り出したのは、エリスを失い自分の不甲斐なさに失望して、デュードに鍛えてくれと頼んだ頃の話だろう。
毎日が、傷だらけの日々であり、また痛みを伴う日々であったと思う。だが、あの時の俺は……。
「痛くなかったろう? いくらオレにボッコにされてもさぁぁ。それはテメェが全力だったからだ、必死だったからだ、得る事を諦め失う事を恐れたからだ……普通じゃない日常、責任、反省、恐怖にヤケクソ、要因はいくらでもある」
彼女が語る言葉は、妙に説得力があった。喋り方もそうだが、表情にも自信が溢れている。少々の事実との差異も、ああそういえば、となってしまうのだ。
「だが……今のテメェは軽く当て身を喰らわしただけで、オシマイだろうぜ。あん時みたいに立ち上がる事は出来ねぇだろうよ。過剰防衛の守護天使様がいるしなぁ」
そこまでデュードが言ったところで突然、風呂場の仕切り戸が開け放たれて、何かが勢いよく飛び込んで来た。
湯気を切り裂き、二人の間に割って入った者の正体、それはすぐに分かった。
「マスターイーザァァ、ご無事ですか!?」
そう、エリス・ブラッドだ。イーザの悲鳴を聞き付けたか、はたまた実はずっと見ていたのかは知らないが、少し遅れてのタイミングで現れた。
「キサマァ、デュード・デュオニュソス、マスターイーザに何をするかぁ!! 最近のキサマは目に余るぞ!!」
エリスが言う。対してデュードは、余りにつまらなそうな……玩具を奪われた子供の様な顔をして言った。
「ほうら……ボケイーザァァ、分かんだろ、テメェを埋めようとしている奴だ……努力を剥ぎ取った奴だよォォ!!」
「キサマ、何を……」
「黙れよモンスターペアレントがよォ!! いい機会だから言っとくが、テメェら二人はGiveとTakeのバランスが足りねえのさ」
「ギブと……テイクのバランス?」
「あなたを守ります、だけど私が危ない時には私を守って下さい……エリスとか言ったかぁ、コイツは確かにザコだよ、とても強者とはいえねぇ……だけどよ、もうちょっと信じてやれねえのかなぁぁ?」
「……なんだと?」
口では反感を示しているエリスであったが、先程まで膨らんでいた魔力が萎んでいる。デュードの言葉に反応するフシでもあったのだろうか。
「少なくとも、だ、コイツはもう、そこいらのクソ雑魚でどうこう出来るレベルの男じゃねぇよ。そりゃぁ国一つ滅ぼしかけたお前さんからすりゃ、弱者かもしんねーがな」
「…………」
「そこでなぁ、もうコイツに張り付くのは控えたらどうだっつってんだよ……分かんねえかな、“カワイイ子には旅をさせよ”って奴さ、テメェがやってんのはさ、カワイイ坊やを部屋に押し込んで鍵をかけよ、だ」
彼女の言わんとしている事、それは何となくではあるが理解出来る。しかし、エリス本人にそのつもりはないのかも知れない。単純に、主を守りたい……失う恐怖、自分が崩壊した恐怖、惨事を引き起こした恐怖、どれも一緒くたに味わった彼女だ、こうもなるのではないか。
彼女にとってはイーザが自己を保つ最終防衛ラインやもしれないのだ。それを守るという事は自己防衛でもある……万単位で命を奪いたい等とは誰も思うまい。
だから、俺はデュードを止めようと思った。余りに、今回の彼女の発言は意地悪にしか思えない。相手の意を汲み取って尚、こう言っているのだとしたら悪意でしかないのだから。
「止めろよデュード、エリスはほら、アレだ……この間の一件もあるし、その……」
「なぁんだよオイ、まさかテメェ、このまま埋もれていくつもりじゃねぇだろうなぁ? 残念で仕方ねぇぞコラぁ、もう少し賢い奴かと思ったが、オツムの方もザコだったかぁぁ!?」
やっぱり、何かがおかしい……いつもの彼女ではないかの様だ。相手にぐうの音も出させないのが、彼女であった筈。反感を生むだけの言い草だ。
「……いい加減にしてもらおうか……イカれた殺人機械が……」
ついに、エリスが槍を手中に出現させた。神殺槍ロンギヌス……魔力を解放していないが為今はただの槍であるが、エリスが本気ともなれば振るうだけで、衝撃波を生み対象を破壊する。デュードとて例外ではないだろう。
「へぇ……いい加減にしないと、オレはどうなる?」
「本気の私に……消されるだろう!!」
「いいなぁぁぁ、国一つブッ壊した奴のマジかぁ、是非とも拝ませてくれぇぇ!!」
身構えるデュード。エリスの背には、六枚の翼が現れる。白と黒、光と闇の混在する、混沌の翼。これが現れるという事は、彼女は本気であり全力であるという事だった。
「止めろ二人共ォ、落ち着けぇ!! ほら、羽根しまえエリス、デュードも止めろ、頼むから!!」
「…………マスターイーザに感謝するのだな、デュード」
「チッ、つまんねぇなぁ……」
二人は案外、素直に戦闘態勢を解いた。殺気も魔力も一気に萎み、空気の重さも質も元通りとなる。
その様子に、ようやくイーザは一息つけた。
「ふん、まぁいいぜ……じゃあなぁイーザ、お前もいずれは分かるさぁ」
と、デュードは言い残し、エリスの方をちらりと見て舌打ち、風呂をそのまま出ていった。どうやら、この期に及んでまだ、エリスを怒らせようとしていたらしい。だが、エリスは微動だにせず、また、能面の様な無表情であった。
「……すまん、エリス……だが、分かってくれ、多分アイツも悪気があって言っている訳じゃあ……」
「どうですかね……少なくとも、無防備なマスターイーザに襲い掛かる様なケダモノです、マスターイーザもあのような女と関わるの、止めた方がよろしいのではありませんか?」
ああ、一部始終を見ていたらしい。だてに四六時中、離れず見張っていたいと言ってる訳じゃないらしいな。
「では、マスターイーザ、いいバスタイムを……私は外で見張りを続けていますので」
と、エリスも一礼し、風呂場をあとにした。
「ハァァ……カンベンしてくれ、ホント……」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。