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竹取奇譚

作者:木全伸治
銀色の刃が、夜の闇に包まれた竹林の中で殺意の閃光を放つ。
太刀を持つ男の名はむらさき,鬼を狩る者だった。
「チッ! うっとおしいんだよッ!」
ガッと恐ろしい形相で鬼が鋭い歯を並べた口を開け咆哮する。
「オオッ、オオオオオオオオッ!!」
その咆哮に返答するかのように刃が闇を走る。
ぼたりと地面に鬼の腕が落ち、その傷口から真っ赤な鮮血がバッと飛び散る。紫は鬼に比べたら小柄で、見た目だけなら京中の女が振り返りそうな美青年だった。
けれど、その端正な顔立ちとは裏腹に荒々しい殺気を内から吐き出している。
「この、さっさと死にやがれッ!!」
腕だけではなく、太刀を横に払い、その鬼の首も刎ね飛ばす。
どのような化け物でも首を刎ねられたら死ぬしかない。
「まずは、一匹ッ!」
軽く息を吐き、刀を構え直す。それが一瞬の隙となり、同時に危険を知らせる女の叫び声が響く。
「紫、後ろッ!」
「なッ!」
彼はバッと振り返るが,それよりも早くヒュッと唸って一本の矢が走る。
それが、彼の背後にいた鬼の眉間を見事に射抜く。
「ギャッ、ガッ!!」
眉間に矢を突き立てられた鬼が、そのままドサッと地面に倒れた。
「油断しないでッ! 数が多いわッ!!」
弓を構えた黒髪の少女――――、紫と同じく鬼を狩る者である弥生やよいが、彼に向かって叫んでいる。
紫「分かってるよッ!!」
近づいてきた新たな鬼に、太刀を振り上げる。
紫「二匹目ッ!!」
肩口から心臓に掛け、銀色の刃が鬼を斬り裂く。
弥生が紫に近づき,背中合わせに鬼を警戒しながら軽くぼやく。
「まったく、切りがないわね」
夜の闇の中に隠れてはいるが、その気配はまだ三十以上は残っている。
「疲れたのなら、帰れよッ!!」
弥生のぼやきに紫が吠える。
「冗談ッ!」
戦意を高ぶらせるように弥生が言い返す。
「オオッ、オオオオッ!!!」
雄叫びを上げる鬼たちに取り囲まれないように移動しながら、少女が新しい矢をつがえる。
「鬼は、すべて倒すッ!!」
弓の弦が心地良くヒュンと鳴り、弥生の矢が竹林の隙間を縫って走る。
続いて絶命する鬼の呻きが響く。
「ヒギッ!!」
この障害物の多い竹林の中で、少女は一矢一矢
確実に鬼の急所を射抜いて倒していた。
「こっちだって! おらよ、三匹目ッ!!」
紫も負けてられないと鬼を斬る。
太刀を振り回し、紫が鬼を次々斬り捨てていく。
血の臭いが、周囲に漂う。
紫たちはたったふたりでも強かったが、鬼たちもまた仲間の屍を文字通り踏み越えて戦いを続けていた。

京の都に鬼が多く出没するようになったのは、ここ数ヶ月である。
それとときを同じくして、ひとりの姫が京の者たちの噂の的になっていた。
若い男なら一目見ただけで誰もが恋い焦がれ魅了されるという女性。
その者の名は、かぐや姫と呼ばれていた。

紫たちが鬼退治していた少し後、竹取の翁の屋敷は、とても静かだった。
京で噂の姫君は、屋敷の縁側にてひとり静かに夜空を眺めていた。
「…………」
天空には、半分ほど欠けた月が黙って浮かんでいる。
「どうしたんだい、こんな時間に?」
竹取の翁の妻である老婆がそんなかぐや姫に怪訝そうに声をかける。
「お婆様……」
声を掛けられたかぐや姫が、その老婆の方に視線を向けた。
「ずいぶんと悲しそうな顔をしているんだねぇ」
「…………」
「何か、あったのかい?」
「いいえ、お婆様。何でもありませんわ」
「そう……、なら、いいのだけど」
「…………」
嘘などつきたくないが、本当のことを進んで話す気にはなれない。
「あまり夜風に当たるのはよくないから、早く寝なさい」
「はい、お婆様……」
老婆がゆっくりと立ち去り、かぐや姫はその老いた背中が奥の寝室に消えるまで待った。
まわりに誰もいないことを確認してから、闇に向かって声をかける。
「出てきなさい……、紫、弥生」
「はっ、失礼します」
まず紫が続いて弥生が姫の前に膝をつく。
「失礼します……」
隠れていたふたりが、その姿を姫の前にさらす。
「――――血の匂いがしますね」
武具についた返り血は充分に拭ったつもりだが、それでも生臭い香りが残っていたらしい。
「申し訳ございません。なにぶん、敵の数が多すぎまして……」
美青年がかしこまって弁明する。
「また、鬼ですか」
「はい――――」
弥生が隠さず即答する。
「……たく、地上の方が安全だなんて、月の長老たちもいい加減なことを言ってくれるよ」
「紫……、姫様の御前ですよ」
月の貴族であるかぐや姫にとって月を統べる長老たちは、曾祖父や祖母に当る血縁者ばかりであり、その長老たちを批判することはかぐや姫の縁者を悪く言うようなものであり、弥生がたしなめるのも当然だった。
「いえ、構いません。長老たちの読みが甘かったのは事実ですから」
「姫様……」
「正直に聞かせて下さい。あなたたちだけで、次の満月まで防ぎきれますか?」
「……は、我が命に代えましても」
「あなたたちの忠義は嬉しく思います。ですが、そういう覚悟を聞いているのではありません」
「姫様は、何も心配なさらずとも……」
紫は姫様の知りたいことを察した。客観的な状況分析を報告しろと言うことだ。
「それほどお聞きになりたいのでしたら正直にお答えします。我らだけでは、次の満月まで無事に防ぎきるのは難しいかと思います」
「紫ッ!」
紫が弱気にも取れる本音を言うので弥生が余計なことをとキッと彼を睨む。
「……いえ、いいのです。それほど事態は切迫しているということですね」
姫様は冷静に状況を把握していた。
「はい。鬼は、日毎に数を増してきております。いずれこの屋敷も……、姫様の居場所も知られることになるでしょう」
「そうですか……」
「ただ、手がないわけではありません」
「というと?」
姫が身を乗り出すように尋ねる。自身の危機というよりも、翁やあの優しいお婆さんに害が及ぶのは避けたかったのだ。自身が鬼の手に掛かるのは覚悟していた。
「地上の者たちに助けを借りるのです」
「……助け、ですか?」
「そうです。それしか他に手はありません」
「だが、それは……」
弥生が不満そうな顔をしたが、それよりも姫の方が強く否定を口にする。
「それはできません」
「……姫様?」
「地上の者たちに、これ以上の迷惑を掛けるわけにはいきません」
すでに姫様は求婚を断るため地上の公家の男たちに無理難題をふっかけて強引に求婚を断っている。そのために命を落とした殿方もいるのだ。
「ですが、このままふたりだけではこの屋敷を守り切るのも……、もしかしたら翁たちに害が及ぶかもしれません」
「そう……、ですか……」
「それと、京では、もうすでに鬼に襲われた者がいるという噂を聞いております。ここは地上の者たちと協力し合うべきかと――――」
「…………」
紫の進言に姫が悩む。
「姫様、よくお考え下さい――――」
「紫。それ以上は、口が過ぎるぞ」
弥生が厳しい顔をして紫を睨みつける。
彼らの身分は姫の警護役であり、相談役ではない。
紫も、軽く恐縮して頭を垂れる。
「……申し訳ありません。差し出がましいことを申しまして」
「いえ、いいのです……、引き続き、屋敷周辺の警護の方をお願いします。そなたの進言、考えておきます」
「はッ……。では、我らはこれで」
「失礼します」
恭しく一礼して、ふたりは再び闇に帰っていった。
「助けを、借りる。そうしなければならないのでしょうか……」
物憂げな瞳で、姫は独り言をこぼし月を眺め続けた。

京には内裏と呼ばれる場所があり、その一室に右大臣と帝がいた。
高貴なる姿をすだれに隠し、帝が右大臣の言葉を聞いている。
「やはり、見回りの兵を増やす必要があるかと」
「鬼か……」
「はい。このままでは犠牲者が増すばかりでございます」
京に鬼が現れるのは珍しいことではないが、これほど頻繁に現れたことはなかった。
「いまの京の兵だけでは足りぬのか?」
「はい。東に配置しております防人の一部を、こちらに回してはいかがでしょうか」
「それでは、東の守りが薄くなるが……」
「民の不安が増しております。早急に手を打たれた方がよろしいかと」
「……仕方ないということか?」
「左様でございます」
「良かろう。仔細は、そなたに任せる」
「はッ……、お任せ下さい」
「しかし、ここのところ京は騒がしいな」
「申し訳ありません,帝」
「そなたのせいではあるまい……、で、その京を騒がせているもうひとつの方……、噂の姫君については何か分かったのか?」
「……その件でございますか」
「素性を調べておくようにと申したであろう?」
「はあ……、忘れてはおりませぬが、残念ながら詳しいことは何も……」
「まさか、そなたも竹から生まれたなどという与太話を信じておるわけではあるまいな?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
若き帝は思慮深く、聡明な人物で,彼が帝位に就いてから治世は安定している。
竹から生まれた美しき姫の噂は、その若き帝のもとにまで届いていた。
ただ、帝は他の者たちとは違って、「竹から生まれた」というのをどうにも胡散臭い話だと思っていた。
「まあ、よい。とりあえず、その姫と会えるように手はずを整えてもらおうか……。後は余が直々に問い質してくれる」
「直々に、ですか?」
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「い、いえ……、別に……」
また帝の悪い癖が出たのではないかと、右大臣は内心で溜め息をついていた。
今の帝は良帝ではあるが子供っぽく好奇心逢瀬なところがある
で、とりあえず、その日のうちに、右大臣は竹取の翁の屋敷に使者を送っていた。
いままで姫に求婚しにきた公家は多いが、帝となれば別格である。
たとえ訪れたのが代理の使者とはいえ、むげには出来ず屋敷の中は騒然となっていた。
「さ、さあ、使者殿……」
緊張した面持ちで、屋敷の主である竹取の翁が使者を屋敷の奥へと案内する。
「こちらに姫がおります」
「うむ、失礼する」
帝の使者が部屋に入ると、すだれ越しに姫がいた。
その姫と向かい合うようにして使者が座り、左右には姫付きの女官と竹取の老夫婦が座った。
「……帝からの使者とか」
すだれ越しに涼やかな姫様の声が聞こえる。
「はい。帝より姫様へ、お言葉を預かって参りました」
「私に?」
「姫様のお噂を聞き、一度宮中にお越しいただきたいと。場合によっては宮中にお仕えしないかと」
「そ、それは……」
使者の言葉に、ただの竹取の爺だった翁や婆さん、女官たちは驚愕するが、すだれ越しの姫は冷静だった。
「……なにゆえ、この私にお会いしたいのでしょうか」
「さて、それはこの私に聞かれましても分かりかねますが……」
「ただお会いしたいだけでしたら、すでにかなっておりますでしょうに」
「……姫?」
「すみませんが、すだれを上げて下さい」
「は、はい……」
かぐや姫に言われるままに、女官がすだれを押し上げる。
すると、十二単に包まれた見目麗しき姫様の姿が現れた。
「使者などと偽って、どのようなお戯れでしょうか」
「こ、これ、なにを言っておるのじゃ?」
「お爺様。この方は使者などではありません。帝,帝ご自身です」
お爺さん「……み、帝?」
翁は首を傾げていたが、使者を名乗っていた青年が軽く笑みを浮かべていた。
帝「……そうか、バレてしまっては仕方がないな」
お爺さん「なっ……、え?」
困惑する翁を見て、使者の格好をした帝は子供のようにしてやったという顔をしていた。
帝「いかにも、余は帝である。少しでも早く噂の姫君に会いたかったので、このような真似をした。許されよ」
「ほ、本当に、帝であらせられるのですか……」
お婆さんが困惑しつつも尋ねる
「そうだ。こんな若造では帝とは思えぬか?」
「い、いえ、その……これは、大変失礼を……」
「なに。いきなり押しかけてきたのは余の方だ。そんなにかしこまらなくてよい」
「し、しかし……」
「騙すような真似をしたのだ。謝るのは、こちらだ。本当に済まぬな」
帝は気さくな口調だったが、姫以外は縮こまるばかりだった。
「お爺様。帝とふたりきりにしていただけませんか?」
「……姫?」
「お願いします。帝も、その方がよろしいですね?」
「ああ、そうだな」
「は、はい、分かりました。では……、お、お前たちも……」
「は、はい……」
竹取の翁や女官たちが、慌ただしく立ち上がる。
「……し、失礼します」
お婆さんが何だか心配そうな顔をしながら立ち去り、
帝と姫はふたりきりとなった。
「……どうして、このようなお戯れを?」
「その前に、余の質問にひとつだけ答えてくれぬか?」
「何でしょうか?」
「なぜ、余が帝であると分かった? そなた、内裏などに来たことはないのであろう?」
「……その仕草ゆえに」
「仕草?」
「ただの使者の方が、そのような優美な仕草はいたしません」
「それは、そなたも同じ。正直に申し上げるが、ここに来るまで、余はそなたを疑っておった」
「疑う?」
「そなたの素性、皆目分からなかったのでな。それにそなたが噂になってから、京の街に鬼が増えた」
「……私が、鬼の姫とでも?」
「そうは言っておらん。ただ、無関係とも思えぬ」
帝は目を細めて、姫を見つめた。
「そなたのこと、話していただけぬか?」
「…………」
数瞬の沈黙が流れ、姫はためらいがちに口を開いた。
「――――私は、地上のものではありません。月の住人です」
「……月?」
「はい」
「…………」
「信じていただけませんか?」
「い、いや、その……、月とは予想外だったので、大陸より流れてきた姫かと思っていたもので、少々驚きました」
「流れてきたというのは、間違っておりません」
「というと?」
「月の世界は、いま魔に満ちています。そのため、私は地上に逃れてきたのです」
「魔というのは、鬼のことですか?」
「それに類するものたちのことです。いま、月の世界は混沌としています」
「…………」
「やはり、信じていただけませんか?」
「確かに、にわかには信じられぬことです」
帝は、その口元に笑みを浮かべていた。
「ですが、あなたが嘘をつくような方には見えません」
人の善し悪しを見抜けないでは、帝はつとまらない。また帝も若い男性である。かぐや姫の魅力に興味を持たない朴念仁ではない。
「……こうしてお会いしたのも、何かの縁なのでしょう」
「ん?」
「帝に、お願いがございます」
「余に?」
「はい……」
姫は、帝にあることを願い出た。
中将以下、五十名ほどの手練の兵士が警護のために竹取の翁の屋敷を訪れたのは、その翌日のことだった。
かぐや姫の部屋を訪れたいかにも武人らしい顔つきの中将が、すだれ越しに姫に向かって頭を垂れる。
「帝の命により、姫をお守りするようはせ参じました」
「……ご苦労様です」
その部屋には、竹取の老夫婦と女侍従たちも同席していた。
「……か、かぐや姫。本当に鬼がやってくるのかい?」
ひどくうろたえながら、翁が姫に尋ねる。
「はい、お爺様」
かぐや姫は静かに返事をした。
「心配なさるな、翁殿。我らに任せておけば、大丈夫」
屈強そうな中将が、武人らしく豪傑な笑みを浮かべている。
実際、彼には鬼討伐の経験があった。
「さっそく、兵を屋敷の各所に配置したいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい……」
「で、では、私が屋敷をご案内いたします」
「かたじけない」
中将と翁が、慌ただしく部屋を出て行く。
残ったお婆さんが、ポツリと呟いた。
「……鬼が、ここを」
「…………」
お婆さんや女官たちが押し黙り重苦しい空気が、自然と部屋の中に漂う。
「心配いりません、お婆様。そのために帝に兵をお借りしたのですから……」
「でも、鬼を追い払っても……、次の満月には帰ってしまうんだね?」
「お婆様……」
帝に打ち明けたことを、姫はお婆さんたちにも打ち明けていた。満月の夜に月に帰ることも。
「どうしても、月に帰ってしまうのかい?」
「……はい,月が私の故郷ですから」
「……また、会えるかい?」
「私が地上に降りたのは、月の結界が弱まる一時だけ。次の満月が過ぎれば、もう地上には……」
「じゃ、もう二度と会えないのだね?」
「……私が地上に居続ければ、鬼たちはいつまでも私を探して無関係なひとたちまで襲い続けるでしょう」
「……寂しくなるね」
「…………」
年老いた老婆の言葉に、姫は何も言い返せなかった。
その日の夜―――。
かぐや姫は、屋敷の庭が見える縁側に出ていた。
近くには警備のために焚かれた松明が灯っている。

空には、満月になりかけの月が浮かんでいた。
中将の連れてきた兵士は、屋敷の外の見回りと出入り口の門の警備を固めていた。
「……紫、弥生。居ますか?」
「はっ……、ここに」
「なにようでしょうか?」
すっと音もなく、ふたりが姫の前で跪いている。
「屋敷の警備、どう思いますか?」
「……いささか心もとないかと。このように、気配を消しただけで侵入を許してしまいますから」
弥生の言うとおり、屋敷内に侵入した彼女たちに気づいている兵士は誰もいない。
「大丈夫だろ? 鬼の連中は、俺たちみたいに気配を消すような芸当はできないからな」
「それは、そうだが……」
「足りない部分は、我らが補えばいい。少なくとも、ふたりだけよりはマシだろ?」
「…………」
弥生は不満そうだが、紫の言うことにも一理ある。
「あなたたちにお願いがあります」
「……何でしょうか?」
「もしものときには、お爺様たちをお願いします」
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「私よりも、この屋敷の方たちを守ることを優先させて欲しいということです」
「それは――――」
「これは命令です。いいですね?」
「姫様……」
「分かりました。命に従います」
「紫ッ……」
「ただし、それはもしものときだけです。この屋敷の者も姫様も、必ずお守りいたします」
「……よろしくお願いします」
「弥生も、いいよな?」
「……姫様のご命令とあれば」
弥生も、渋々頷いていた。
そして、満月の夜がやってきた―――。
完全なる丸い月が、夜空に浮かんでいる。
屋敷の警護には、新たに十名の兵士が追加されていた。
門の前で、中将が集めた兵士たちに喝を入れている。
「昨夜、この近くに鬼が現れた。今宵、ここに現れる可能性は非常に高いッ!」
「みな、気を引き締めよッ!」
「はッ!」
中将の檄を受けた兵士たちが、それぞれの持ち場に散っていく。
「お前……、ちょっと待て」
兵士「はっ?」
ふと中将が、ひとりの兵士を呼び止めた。
「そなた、今日増員された者だな」
「……は、はい」
中将「どうして、そんなに兜を深く被っている?」
兵士「いえ、その……、大きさが合わなくて……」
中将は、その兵に顔を近づけた。
他の者たちに聞こえないように、そっと小声で囁く。
「それで変装しているつもりですか、陛下?」
「……バレた?」
兜の下で、若い帝が苦笑していた。
「当たり前です。それでバレないとでも思ったのですか?」
「他の者は、気づかなかったんだけどな」
「まさか帝がそのような格好をなさるなどと普通の者なら思いません」
「……だよな。普通の者なら、分かるはずがないんだよな」
すぐに帝と見抜いたかぐや姫のことを思い出す。
「陛下?」
「何でもない。こっちのことだ」
「はぁ?」
「それより、余も警護に加えさせてもらうぞ」
「な、なりませんッ!」
「シッ、声が大きい……、他の者に聞こえる」
「……ここが危険なのは、陛下もご存知のはず」
「だからこそ、だ。それに、もう手遅れのようだな」
「は?」
「聞こえぬか、あの声が……」
帝は、近くの竹林の奥を睨んでいた。
「アガッ!!」
「チッ!!」
鬼が絶命の呻きを上げ,紫が軽く舌打ちをする。
「クソッ、なんて数だッ!!」
斬り捨てた鬼の鮮血で、刀が赤く濡れていた。
「泣き言を言うなッ!」
弥生が叱咤する。
「分かってるッ!!」
「ウオオオッ!!」
刀と矢が、次々と鬼を倒していく。
だが、一向に鬼たちの数が減らず紫が顔をしかめる。
「畜生ッ!!」
「行かせんッ!!」
叫びながら、少女が新たな矢を放つ。
「……ッ!! この気配ッ!」
離れた場所に、別の鬼たちの気配を感じる。
「紫ッ! 別の鬼がッ!!」
「ああ、俺も感じたッ!」
「行こうッ!!」
「ここは、どうするッ!」
「一旦引いて、立て直し!!」
「だなッ!!」
「グォッ、オオオオオオオオオッ!!!」
鬼たちの雄叫びが、夜の闇に響く。
「退けッ! 屋敷の中に退けッ!!」
「ひ、ひぃッ!」
屋敷の外を警護していた兵士たちが鬼たちに押されるようにして、門の中に逃げ込んでいる。
「……ふぅ、情けない」
押し寄せる鬼たちと怖じ気づく自身が派遣した無様な兵士の有様を傍観していた帝がため息をつくが、そんな風にのんびりと見物してる帝を中将が叱責する。
「なにをしているのですッ!」
「早く、あなたも門の中にッ!」
「あ、ああ……」
「門を閉じよッ!!」
屋敷の門を閉じ、かんぬきを掛ける。
「弓隊、撃てッ!」
塀や屋根の上に居た弓兵が、中将の号令に従い一斉に矢を放つ。
「ウオオオオオッ!!」
「鬼どもの侵入を許すなッ!」
「ハッ!!」
矢を避け、塀を乗り越えてくる鬼を待ち構えていた中将の兵士たちが剣や槍で斬り殺す。
「西側の守りが薄いぞッ! なにをしている!」
屋敷を見渡した中将が、大声で叫ぶ。
「余が行くッ!」
「なッ!」
帝が叫び、中将が顔をしかめる。
「余に剣を教えたのは、そなたであろう。余の腕が信用できぬのか?」
「……分かりました。三人ほどついて、西を固めよッ!」
「は、はいッ!」
帝が手近な兵士を連れ、屋敷の西側に走る。
すでに二匹ほど、塀を乗り越えた鬼がいた。
「てえぃッ!!」
帝が素早く反応する。
振り下ろされた剣で、鬼の右手を切り落とす。
「それだけではダメだッ! 確実に止めをッ!!」
鬼に続いて塀を乗り越えてきた青年が、鬼の首を刎ね飛ばす。
残りの一匹も、後から現れた少女が射殺す。
「そなたらは!?」
「我らは姫に仕えし者ッ! それより、今は鬼どもを倒すのが先決ッ!!」
「そ、そうであったな――――」
すぐに敵ではないと察した帝は、弥生たちと協力して、鬼どもの侵入を防ぐ。
「撃てッ! 撃ちまくれッ!!」
中将の叫び声が大きく響き、弓が鳴る。
「おらッ!!」
「ンッ!!」
「ハッ!!」
帝と紫と弥生のかけ声が重なり、紫の刀が鬼を斬り伏せ、少女の放つ矢が鬼たちの急所を射抜いていく。
「……何とか、このまま退治できそうだな」
頼もしい手練れの登場に帝がホッとする。
「いやッ、まだッ!!」
「なぜ? 鬼の数は、明らかに減っておるぞ?」
矢で射殺され、刀で斬り殺された鬼の死体が塀の上や庭に累々と転がっている。
苦戦してはいるが、屋敷を警護している兵士たちは確実に鬼たちを倒していた。
「気配だ」
「気配?」
「奴らの気配が、どんどん増している。……クソッ、近くで黄泉の扉を開けやがったな」
「そなた、何を言っておるのだ?」
紫の言葉に帝が首をひねる。
「奴ら援軍を呼んだんだよ。その援軍が、もうすぐこっちにやってくるッ!」
「なに?」
「まだ終わりじゃないってことだよッ!」
紫が苦々しい顔をして剣を握り締めている。
「……矢がなくなった」
弓を捨てて、腰の短剣を引き抜いた弥生が、紫に近づく。
「この屋敷は、もう放棄した方がいい」
「だが、どうやって……、もう周りは完全に囲まれている――――」
鬼どもも、それほど馬鹿ではあるまい。
援軍が到着するまで、紫たちを屋敷の外に出さないようにするくらいの芸当はできるはずだ。
「……私が、囮になりましょう」
「姫様?」
「こ、これ、かぐや姫……」
「外は危険じゃぞ」
外の様子を気にして部屋の外に出てきたかぐや姫が後を追ってきたお婆さんや女官を振り払うように言った。
「姫、危険です。中にお戻り下さい」
「いえ……、狙われているのはこの私。ならば、私がこの屋敷を出て行くのが得策でしょう」
翁たちを第一に考えるなら,姫の言うことも一理ある。
「しかし、姫様……」
紫や弥生が渋い顔をする。
「姫、奥にお戻り下さい!!」
帝が、剣を構え叫ぶ。
すると、新たな鬼が三匹、塀を乗り越えようとしていた。
鬼たちが活気づいているのを感じる。
「チッ、しつこいッ!!」
弓隊の矢をかいくぐり、こちらに向かって一直線に突進してくる。
明らかに姫狙いだ。
「ハァッ!!」
真っ先に動いた弥生が、鬼の喉笛を短剣で一文字に切り裂いた。
「ヒギャッ!!」
奇怪な声を上げ、鬼が倒れる。
一匹目の首筋を切り裂き、弥生が二匹目の懐に入ろうとしたときだった。
「よけろッ、やよいぃぃッ!!」
「……ッ!?」
首を斬られた直後の鬼が頚動脈から血を噴き出しながら、その豪腕で少女の身体を横に吹き飛ばす。

倒したと思って油断していた弥生は、その一撃をもろに食らっていた。
「ウグッ!!」
近くの塀に叩きつけられ、鈍い音が響いていた。
「やよいぃぃぃいいッ!!」
紫が彼女の名を叫びながら、首筋から血を噴く鬼を斬り捨てる。
「ウオオオッ! オオオオオオッ!!」
残りの鬼が、一斉に紫に襲い掛かる。
「……ッ!!」
ヒュッ、ヒュン!!
それは屋根の上の兵士の矢ではなかった。
もっと上から……、雨のように降り注ぐ銀色の矢だった。
「ギャアアアアッ!!!」
鬼たちの悲鳴が、あちこちで上がる。
「こ、これは……」
「チッ……、おせえんだよ……」
見上げる空の一角に、白銀に輝く大きな雲が浮かんでいる。
その雲はゆっくりと地上に近づいてきて、そこから無数の矢が放たれていた。

「アギャアアアアアアアッ!!」
鬼たちの断末魔と、血の匂いが辺りに立ち込める。
死を恐れない鬼たちも、その無限のような矢の雨を受けて後退していった。
鬼が逃げ失せると、その矢の雨も止まった。
「あ、あれは、いったい……」
帝や中将がポカンとする。
「弥生ッ!!」
紫は、まっすぐに弥生のもとに駆け寄っていた。
塀に叩きつけられた弥生は、ぐったりしている。
「や、弥生……、おい、しっかりしろ――――」
「うッ……」
抱き抱えようとすると、ひどく顔をしかめる。
見た目の出血は少ないが、あちこちの骨が粉々に砕け、内臓が破裂しているようだった。
「大丈夫か?」
「ひ、ひめ、さまは……」
「大丈夫だ。それと、月からの迎えが来た」
「む、かえ……」
「そうだ。見えるか、あの雲が……」
「く、も……」
「そうだ。あそこだ」
弥生の瞳が、ゆっくりと天を見上げる。
「や、やっと……、きたのか……」
「ああ……、俺たちは使命をやり遂げたんだ」
「そう、か……」
「――――弥生?」
「…………」
「……先に逝っちまったか」
返事は、もうなかった。
月の輝きを浴びた銀の雲が、屋敷の屋根と同じ高さまで下りてくる。
その雲の上には、牛車と千人以上の兵士や女官たちが乗っていた。
「あれが……、月の迎え……」
その装束は艶やかで、帝でさえ気圧されてしまうものだった。
「……陛下」
一兵卒の格好をした帝に、まっすぐにかぐや姫が近づく。
「やはり、あなたは私にすぐに気がついてしまうのですね」
「えっ?」
「……いえ、何でもありません。それより、あれが月のお出迎えですか……」
「はい……」
何とも神秘的で壮麗な姿だった。
雲に人が乗っているというだけでも不思議なのに、彼らの武具や装束は荘厳で美しかった。
「…………」
雲の一部が千切れ、数人の女官と武人が地上に降りてくる。
「お迎えにあがりました、姫様」
月光に映える銀色の鎧を身にまとった武将らしき男が、恭しく頭を垂れる。
「……少し、待って下さい」
「……は?」
「すぐに済ませますから」
かぐや姫は、弥生を抱き抱えている紫に近寄っていた。
「弥生は、もう……」
「はい……」
外見的には、致命傷を受けたようには見えなかった。
けれど、その鼓動は止まり、唇が少し紫色に変色し始めている。
かぐや姫は、その頬に触れてみた。
まだ微かに温もりが残っていたが、それも徐々に薄れていく。
「……ごめんなさい」
「謝らないで下さい。こいつは、自分のすべきことをしただけですから――――」
「ですが……」
「よくやったとほめてやって下さい。その方が……、弥生も喜びます」
「そうですね……、よくやってくれました。ありがとう……」
「彼女は、このまま私が月に連れて帰ります」
「お願いします」
紫は弥生を抱き抱えたままで、地上に降りた銀の雲に乗った。
「お爺様、お婆様……」
「かぐや姫……」
「行ってしまうんだね?」
「はい……」
すっとかぐや姫が頭を下げる。
「お世話になりました」
「そ、そんなこと……」
「元気でね」
「さ、姫様……、急がないと」
かぐや姫は、ちらりと帝の方を見た。
「何か、お礼を……」
「いりません。私は、京を騒がせていた鬼を討伐しに来ただけですから」
「…………」
「姫様……」
月の武人が、少しじれたように彼女を促す。
「――――はい」
かぐや姫は帝や翁たちにもう一度だけ深く頭を垂れ、その銀色の雲に足を乗せた。
姫と紫たちが乗り込むと、雲は屋根の近くにいた大きな雲と合流した。
月の住人たちを乗せた雲が、ゆっくりと月に向かって登っていく。
銀の雲が、静かに月光の中に吸い込まれていく。
「……陛下」
鬼の死体の片づけを部下に任せた中将が、そっと帝に耳打ちした。
「これから、どうなさいますか?」
「このまま朝まで屋敷の警備を続けろ……、姫が狙いだったとしても、まだ一匹か二匹は残っているかもしれん」
「陛下は?」
「余も警備をするさ。いまは、一兵卒だからな」
翁たちは、まだ呆然と月を眺めていた。
女官たちが、呆けている老夫婦を支えるように側に寄る。
女官たちは、心配そうに老夫婦に寄り添うだけで精一杯だった。
「翁たちを休ませてやるが良い」
「は、はい……」
帝にうながされ、女侍従たちが翁たちを寝室にいざなう。
「さ、翁様……、今宵は、もうお休み下さい」
「あ、ああ……」
「…………」
女侍従たちに支えられながら、老夫婦が屋敷の中に消えていく。
「……あとは、時に任せるしかないか」
「は?」
 帝の言葉に中将が首を傾げる。
「あの翁たちのことだよ。記憶が薄れていけば、別れの悲しみも減るだろうと思ってな」
「そうですな……」
「それにしても、月とはどのようなところなのだろうな……」
「……まさか、あの姫を追って、月に行ってみたくなったのですか?」
「いや、少し気になっただけだ……、それに、余は地上でやることがたくさんあるからな」
「オホン、左様ですな……、まずは、そのように兵士に化けるような真似は今後やめていただかないと……」
「……たまになら、良いであろう?」
「ダメです――――、明日の朝一で、宮に戻ってもらいますからな」
生真面目な中将の言葉に、帝は肩をすくめて笑っていた。
この後、帝は月を見るたびに、もっとかぐや姫と語らいたかったなと、あまりにも短い付き合いだったなと思い返すこととなる。


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