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自分の姿を消す魔法とその顛末【修正版】
作:矢車


 僕は、自分の姿を消す魔法を使える。と、言い訳して、日々を送っていた。
 
 僕は影が薄い。冗談抜きで薄い。
 どの位薄いかと言えば、ばあちゃん家で出されるカルピスくらい薄い。いや、ばあちゃん家で出されるカルピスが必ずしも薄いわけではないが、イメージ、ってものがあるじゃないですか。ねえ?・・・・・・ねえ、と言われても困るだろうが。
 もっと、具体例を挙げるべきだろう。
 僕は、街で「偶然」人に会わない。
 僕は小学校から現在に至るまで同じ街に住んでいるのだが、そういう場合、例えば駅なんかで旧友にばったり会って、子供の頃の思い出話に花を咲かせる、なんて光景、よくあるらしい。だけれども、僕にはそういったものが無い。駅で電車を待っている時も、地元のスーパーで買い物をしている時も、買っている所を見られるとちょっと気まずい本(要はエロ本)をコンビニで買っている場面でも、全く誰にも出会わない。
 誤解の無いように言っておくが、僕は友達がいないわけではない。小学校にも中学校にも、高校にも大学にも、職場にだって友人はいる。そして、そういう友人とはそれなりの関係を結んでいる。だが、それらの友人とは、しっかりと待ち合わせをして会わないことには会えない。普通の人のように、「あれ?奇遇だねぇ!!」みたいな遭遇はしないのである。
 多分、僕は街に溶け込むのが得意なんだろう。まるで、ジャングルに溶け込むハンターのように。だから、友人すら、僕とすれ違っても気づかないのだろう。
 その結果が、「街で偶然人に会わない」。
 その話を職場の同僚にしたことがある。その同僚は笑って言った。「僕は街を歩けば知り合いに当たるよ」って。それはそれですごいのではないか、と僕は思ったけれど、普通の人がどれくらいの頻度で偶然人と出会うかわからないので、なんとも言えなかった。
 そんな僕は、ある言い訳を考えた。
 それは、「僕は影が薄いんじゃなく、僕が『魔法』にかかっているせいなんだ」という、言い訳。「透明人間になってしまう魔法に、僕はかかっているんだ」という、言い訳。
 僕は、透明人間なんだ。自分から働きかけることなしには、だれも僕には気づかない。
 一億人がひしめき合うこの日本。僕はその中で蠢く、透明人間なんだ、って。
 そんな「透明人間」は、ふと考える。
 透明人間は透明人間で寂しくない。だって、自己主張さえすれば、皆に気づいてもらえるのだから。それは喩えるなら、透明人間がブルマを履いて、皆にイタズラするようなものだ。そうすれば、普通の人間は、ブルマが浮いている、というすごいシュールな光景を目撃できる。そして、カンのいい人間なら、それが透明人間の所業しわざだ、ということに気づくだろう。透明人間は透明人間なりに、世間に存在感を示すことができるのだ。
 だけど。
 ブルマを脱いだ瞬間、透明人間は誰にも見えなくなる。いや、正確には、認識されなくなる。まるで、そこらへんに転がる塵芥ちりあくたのように。
 透明人間は一方通行なんだ、と僕は思う。普通の人間は、世界とつながり、世界からも求められた、足場のしっかりした存在なのだ。
 けれど、透明人間は・・・・・・。
 「透明人間」は、こちらから求めれば世界とつながることが出来る。でも。世界は透明人間を求めてはくれない。そもそも、見えないものを求めるほど、世界は空想家ではないし、優しくもないのだ。
 結局、「透明人間」は世界に食らいついて生きるしかない。世界を少し歪めて棲家を作り、世界に求めてもらおうと努力する。そうやって、なんとか世界とつながるしかない。
 かつて透明人間だった僕は、少々病みながらも、そんな風に生きていた。

 その日も僕は、街を歩いていた。
 まるで真夏の海水浴場のように混み合った歩道を、僕は一人カツカツと歩く。街行く人も、まるでそこに何も無いような目で僕を見、すれ違う。透明人間の僕は、誰にも干渉することなく、歩道を抜けていく。
 と・・・・・。
 「あれ?カワジくん?」不意に僕を呼ぶ、キーの高い声。僕は思わず振り返った。
 「あ!やっぱりカワジくんだ!」僕の視線の先には、モノトーンカラーのメイド服を着た女性が立っていた。大体年のころは僕と同じくらいだろうか。だが、僕の頭の中には、この女性に一致するメモリーは存在しなかった。要は、「全く記憶に無い」。
 「あ!さては覚えてないな!?」メイド服の女性は、頬を膨らませた。どうでもいいが、年のころが僕とほぼ同じ、まあつまりは「いい年した」女性が頬を膨らませる、という図は、なかなか腹立たしいものだ。たとえそれが、美人であったとしても。
 「ごめん・・・・・」僕は、頭をかいた。するとそのメイド服は、ニパっと屈託ない笑顔をして言った。
 「ほら、小学校のとき一緒のクラスだった、サクマだよ」
 ああ、サクマさん。ようやく、合点がいった。
 たしか、小学校3〜4年のときに同じクラスだった。だが、特に友達だったわけではないし、そもそも話したことがあったかさえ定かではない。
 それからサクマは、自分の近況についてグダグダと語りだした。別に、話せるのならば誰でも良かったのだろう。そういう空気を醸しながら、サクマは言葉を重ねる。
 演劇を志してはいるものの、やっぱり厳しい世界なんだよね。食べていくのは大変なワケよ。そんなわけで、不本意だけど、こんなバイトしてる訳。と言って、サクマはメイド服のスカートをつまんでヒラヒラさせた。
 サクマが持っているプラカードの上で踊る惹句から察するに、今流行りのメイドカフェ、というやつなのだろう。ま、メイド服を着ている時点で十中八九そう思っていたのだけれど。僕の視線に気づいたのか、サクマは言った。
 「メイドカフェ、“クレッシェンド”、よろしくね!」 本来の呼び子としての仕事を思い出したのか、道行く人々にも声をかける。
 「そういえば」サクマは少年みたいな笑みを湛えて、“クレッシェンド”って、どんどん強く、っていう音楽記号なんだよ、って教えてくれた。
 そして、僕とサクマは別れた。僕の背中に、「どんどん強く」という願いがこもったメイドカフェの呼び子さんの、威勢のいい客引きの声が響いた。

 魔法が、解けた気がした。
 僕を包んでいた、「僕は誰にも覚えてもらえていない、気づいてもらえない」っていう魔法が。つまりは、僕は透明人間じゃなくなって、ようやく普通の人間になれた。
 あの、メイド服の女の子が、僕の魔法を封じた。
 おかげで僕は、世界と繋がれたんだ。
 なんだか、安心できた。
 
 僕は、自分の姿を消す魔法を使えた。だけれど、メイド服の女の子によって、その魔法を封じられてしまった。
 そう思いつつ、日々を過ごしている。














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