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メトロポリスのアンドロイドの救世主シリーズ

2114年スラムのバイク便

作者: レブナント

今日もマフィアに追われて銃撃を回避しながら中身の知れない荷物を届ける少女。

だが桁違いの危険度、広域マフィアも警察も全てを敵に回す荷物の配達を

幼い少女から引き受けることになった。

プロの配達屋、S級の配達屋、されど所詮配達屋の彼女はどうやって届けるのか?

 2114年6月10日。

 土砂降りの雨が高層ビル街に降り注ぐ。

 1世紀前なら大都会と呼ばれるであろうこの風景も、今では下層民が雨に打たれて這いずるスラムと人々は認識している。

 本当の大都会はこの時代では遠くに見えるピラミッド型やドーナツを積み重ねたようなタワー型のアルコロジー(超巨大建造物)の内部の事を言う。

 道路を走る多数の電気自動車が跳ねる水を気にしながら、傘をさして歩く人々はそのアルコロジーを日常的に見る山のように

 生活と人生の一部として捉えるが、彼らがそこに入ることは一生の内に一度もない事がほとんどである。

 そしてアルコロジーの人々が乗る空飛ぶ車を雲のように毎日見ているが、それらは神の乗り物に等しく、彼らが乗ることは一生無い。


 人類が形式上だけでも平等であった世界は緩やかに変化した。

 独裁があった訳ではない。人々の自然選択の結果、自然の摂理として階層化が明確に現れたと言われている。

 アルコロジーに居住する人々は社会保障に過剰に守られ、高度な教養を身につけ、大規模化しすぎて誰一人全貌を把握出来ない

 社会のごく一部を現実感無く担当する。

 その中でもピラミッド型アルコロジーに住む人々は別格の知性や素養、教養を持ち、社会の根幹である政治、公務を担当する。

 旧来のビル群で住む人々は中流層~下流層の人間であり、21世紀レベルの暮らしを続ける人々が多い。

 また特定地域はスラム化し、警察権力すら及ばない地獄と化している。

 関東の一大勢力であるヤクザシンジケート「山川組」のドンの住む九龍地区には記録上は現在156歳になる警官が駐在している。

 ・・・事になっている。

 給料も払われ続けているが誰も姿を確認していない。誰も後任になりたがらない。誰も彼に会いに行こうとしない。

 そして警察上層部以外誰も見たことのない彼の出す報告上は犯罪件数は全国平均と大きく変わらない。

 事実と実態には大きな差があるが、人々はもう何が真実か、誰が正しいことを認識しているかすら分からないのだ。



「ボウや! お前はすばしこいから絶対に逃げられる。さぁっ! お行き!!」

「嫌だ。ママと一緒に居る。」

「お前がいつもやってる追いかけっこをするだけだよ。あそこの人たちは全員鬼だから

 捕まるんじゃないよ?さぁ数えるよ?」

「ママ……」

「お前は鬼ごっこで絶対に捕まらないってたけし君に聞いてるよ?

 ママにもそれを見せておくれ。いいかい逃げ切るまでは振り返るんじゃないよ? 集中するんだよ?」


 ピーピー! ピーピー!「マスター! 只今の時刻は午前7時です!モーニングコールにセットされた時間です!」

 酷い寝癖の状態で眠そうに上半身を起こし、ベッドのそばの机においた小型のマルチツールを操作して、

 ニュースホログラムを表示させてまたベッドに仰向けに寝転がる。

「またこの夢か……」

 目覚ましで起こされたのは小柄の少女であった。若いのに真っ白で、寝癖のようにあちこち立ったボーイッシュな短髪をしていた。


 ニュースではここ数年社会問題化しているカルト宗教の潜入映像を映していた。

 大理石のような柱を使った豪華な施設の巨大ホールで、大勢の信者が崇める中、

 司祭と思われる人間が語りかけている。

「教祖様は新たな予言を賜った。血肉の雨が降り注ぐ中、人の子を抱えた鋼の天使が舞い降りる時こそ、

 運命の試練の始まる印である。我々は来るべきハルマゲドンに備え……」

 時折映像がシャッターが降りるように暗くなる。

 まばたきである。

 マスコミの人間がスキャンダル映像を入手する際に利用する視覚ブロードキャストをして入手したのであろう。

 視神経と脳の間にサイボーグ化技術によりデジタル中継器をはさみ、人間の目をカメラとして映像を受信し送信する。

 もちろんこれは違法行為であり、普通の人間が得られる力ではない。

 極めて凶悪な事件を起こして懲役を受け、社会復帰した人間に、有事の際に司法の許可を得て視覚情報を監視するために

 取り付けられる。

 その技術のハッキング応用であり、撮影協力者は重犯罪者であるのは間違いない。

 映像の端の受刑者識別コードが表示されるべき場所は巧妙にテロップがかぶせてあった。

 少女はニュースは付けたが、目覚ましのBGMとして付けただけであまり聞いていなかった。



 九龍地区のスラムの商店街は24時間明かりが灯り、数々の商人が商品を販売する。

 ここではうっかり迷い込んだ旅行者が、炉端で人体を解体して焼き肉として売る商人を目撃し、

 外部の人間である気配を最大限隠して、犠牲になった素性不明の人間の冥福を祈りながら、肝を冷やして脱出したという噂さえあった。

 ピューーー!!

 ヴォーーーーーン!

「待てやコラー!」

 遠くから笛のような風切り音と車の重低音が近づいてくる。気づいた人々はそそくさと道を開ける。

 1台のバイクのうしろを2,3台の車が追跡している。車の天窓が開いて銃を向ける姿を

 バイクに乗った小柄なライダーは振り向いて確認すると、人混みの中を凄まじい反射神経で避けながら回避のためのジグザグ走行に切り替えた。

 追跡しているマフィアと思われる男が銃を乱射し、いくつかは逃げ惑う人々に命中し、その死体を乗り越え、逃げ遅れた人を吹き飛ばしながら

 追跡を続ける。


 左右に分かれていく人混みの中からヤク中と思われる男が現れ、近づいてくるバイクを見てにんまりと笑い、青龍刀を振りかざしてすれ違いざまに

 斬りかかろうとする。だが素早くバイクを倒して短距離滑り込んで男のスウィングを回避した後、後持ち直して何事も無く走り去った。

 ヤク中は追跡の車にふっとばされて消えた。


 マフィアは小声で同乗する仲間に話しかけ全員銃の準備を行った。

 この先は袋小路でありもう逃げ道は無い。

 バイクは高いビルの壁の前で停止していた。

 車から複数人のマフィアが銃を持って歩いて出てきた時、彼らは動揺した。

 バイクはイオンブースターを噴射した圧力でビルの壁にへばりつき、そのまま垂直のビルの壁を走って登っていったのである。

 彼らの撃ちだす銃弾は右へ左へと交わすバイクに命中せず、バイクは途中からベランダへ移って消えていった。


 数分後、バイクはスラムの豪邸の門へ突入をしていた。

 小銃を構えた複数の護衛兵が慌てて門を開ける。

 バイクを止めるとライダーは迎えでた男に小包を手渡しした。

 ライダーは小柄で白髪で寝癖のボーイッシュな髪型の少女であった。ボウである。

 薄型の真っ黒のスノーゴーグルのような、アイマスクのようなものを付けており、

 そこから映る顔の肌は真っ黒で見えないが、目だけは完全に透過して見える特殊なゴーグルである。


「ご苦労さん。報酬だ。15000Y(new Yen)だ。」

 男が小型のしゃもじのようなマシンを胸から取り出すより早く、彼女も同じマシンを取り出す。

 電子マネーでの支払いが完了すると、彼女は再び闇の中へ消えて行った。



 ビル群の中の袋小路に数十人の人々が集められていた。子供も大勢おり、親の後ろにしがみついて震えている。

 彼らの逃げ場を塞ぐように銃器を持ったマフィアと、彼らのボスらしきスーツの男が並んでいる。


「おたくらは馬鹿な選択をした。とっとと土地を明け渡しておけば良かったのだ。

 もうこの状況になればどういう未来が待っているか分かっているだろう?」

「ふざけるな!私達は先祖代々あそこで商店街をやってきたんだ。環状商業モールを建てるから全員土地を明け渡してどこかへ行けなんて

 横暴にも程があるだろう! 訴えてやる! マスコミにもリークしてやる。警察にも通報してやる。

 そしたらお前らもアウロングループも終わりだぞ!」

「そんな事が出来ると考えている所がお前らのお目出度い所だな。お前らはお前らがが考えているより遥かに弱いんだよ。

 いいよ許可する。そこで通報してみろ。」

 商店街の男の一人がこの時代で一般的であるメガネ型デバイスを装着し、警察へのアクセスを始めた。

 彼のディスプレイに通報受付窓口が映り、オペレータが姿を表した。

「助けてくれ、大勢の人間がマフィアに全員拉致されて殺されそうなんだ。」

「場所はどこですか?拉致された人々は無事ですか?」

「場所は巣子高ビルの隣の裏路地だ。紫陽花商店街の皆が集められて皆怯えている」

 オペレータは紫陽花商店街の名を聞いた途端に嫌そうな表情が露骨に現れ、無言で通信を切った

 商店街の男は通信が切れたデバイスを見つめたまま呆然としていた。

「分かったか?お前らはこれから消える。今生を惜しむ時間を3分間だけ与えてやろう」

 スーツの男がマフィアに指示を始めた。


 商店街の年配の女性が幼い子供に話しかけていた。

「ボウや! お前はすばしこいから絶対に逃げられる。さぁっ! お行き!!」

「嫌だ。ママと一緒に居る。」

「お前がいつもやってる追いかけっこをするだけだよ。あそこの人たちは全員鬼だから

 捕まるんじゃないよ? さぁ数えるよ?」

「ママ・・」

「お前は鬼ごっこで絶対に捕まらないってたけし君に聞いてるよ?

 ママにもそれを見せておくれ。いいかい逃げ切るまでは振り返るんじゃないよ?集中するんだよ?」

 少女はウリボウのように猪突猛進した。同時に商店街の人々がマフィアに組みかかる。

 数人のマフィアの男が逃げ出した子供を捕まえようと手を伸ばすが恐るべき反射神経で回避し、

 蹴りはジャンプして3、4人の男の構える場所を触れること無く駆け抜けた。


 走り抜けた少女が曲がり角で振り返るとマフィアが自分に銃口を向けるのが見えた。

 そして彼女の母親がその男の腕にしがみつき、銃殺された。彼女は泣きながら走り続けた。


 ジリリリリ!!!

 白髪の少女はボウという名である。

 先日一時的にマフィアに追い詰められた場所が夢の場所と酷似していたせいか、今夜の夢は鮮明であった。

 彼女には記憶が無かったが、今回の夢でパズルのピースが大分増えた。

 自分の母親がどうして居ないのかも覚えていなかったしいつも見る夢も子供の頃の妄想だと思っていた。

 何気なく調べたこともあったが何一つ情報も記録もなく、夢は夢だという結論であった。

 何気なくつけた3Dテレビニュースで山川組のドンの顔を見て衝撃を受ける。

 昨日の夢ではっきり見た顔である。

 そういえば今の山川組のドンは、環状商業モールの建築に助力した見返りで便宜を受けてドンの地位にのし上がったという

 噂を耳にしたことがあった。



 数日後彼女は別の仕事の通り道のスラム外周の一般エリアとの境目の比較的治安のよい場所で、

 空中に浮かぶ屋台「七福飯店」で腹ごしらえをしていた。

 屋台のホログラム映像には「強力ねかまと」のCMが流れていたが突然別映像が割り込んできた。

 マフラーを巻いた青髪の男である。

「またか……」

 ボウもこれが誰なのかは知っている。ここ1、2年で頻繁に電脳ジャックを行って人々に呼びかけを行う

 自称レジスタンスである。マスコミではテロリスト扱いされていた。

「君たちは情報を遮断され気がついていないが大変な危機の中にいる。

 目覚めなければ全員が死ぬか奴隷か玩具にされる。

 マスコミを信じるな……」ブチッ

 七福飯店の店員がホロサイトを切った

「済まないねぇ。音楽でもかけるよ」

 音楽が流れ始めた。

 屋台の外の下の地面を見ると子どもたちが玩具の銃で撃ち合いごっこをしている。

「バーン!」

「バーン! バーン!」

「ケンちゃんずるいよ!ちゃんと心臓に命中したんだぞ?倒れなよ!」

「ブッブー! 残念でした。僕はサイボーグだから心臓に撃たれてもききませーん!」

 ボウは苦笑いをしてドリンクを飲んだ。

 ここでは銃が日常であり多くの子どもたちの、女の子でさえも憧れの玩具なのだ。

 彼女は次の配送依頼を受けるためその場を後にした。


 夕刻、ビル群の中では夕焼けの光は届かないので実質夜になった頃、

 彼女は仕事を終えて同じ場所を通っていた。

 するとある場所で大勢の男女、子供の叫び声や悲鳴が聞こえた。

 その後マフィアの使用する車が数台裏路地から飛び出て走っていった。

 普段助けを求める叫び声を聞いても無視する彼女も、今回は大事のように思えたので様子を見に裏路地へ入ってみると、

 そこには大勢の人々、男女老人子供の射殺死体があった。2,30人は居るだろうか?

 彼女は直感した。この人々は自分の過去と同じ状況にあったのだ。

 死体の顔ぶれに見覚えがあったのだ。環状商業ビルの拡張予定エリアの商店街の連中である。

「お……おねえちゃん……」

 子供の女の子の小さな声が聞こえてボウは駆け寄った。

 複数の弾丸が貫通し、大量出血をしている致命傷である。あと数分もせずに意識を失うだろう。

「おねえちゃんはどんな怖い人たちに襲われても必ず荷物を届けるスラムのバイク便だよね?知ってるもん」

「ああ、そうだよ。」

「届けて欲しい物があるの。」

 少女は横たわったまま目の前に転がる弾丸を拾ってボウに渡す。

「これを山川組のドンの心臓に届けて欲しいの。報酬はここにあるの。」

 少女が示すポケットからボウは袋を取り出して開けた。

 この時代で一般的な玩具のビー玉が数個入っていた。内部にホログラムで動く銀河を映す綺麗なハイテク玩具であり、

 時代が中世であれば国ですら買えたかもしれないが、今では仕事明けの一杯の価値すらない。

「足りる?」

「ああ、十分だ。」

「絶対に届けてくれる? 依頼は絶対だよ?」

「ああ、絶対だ。確かに報酬先払いで依頼は受けたよ」

 ボウはビー玉入りの袋を自分のポケットに入れた。

 女の子は動かなくなった。



 彼女は裏の世界の人間であり、一つの裏のバイクレースの存在を知っていた。

 山川組主催のバイクレースであり以下の様なルールである。


 スラム街の以下の6つのチェックポイントを巡回する2時間耐久レースである。

 ①スタート地点の広い直線道路

 ②40階建てビルの屋上

 ③スーパートレーラーの走る専用道路を超えた反対側

 ④スラムの中でも特に危険なヤク中の隔離エリア中央の倉庫の屋根の上

 ⑤巨大な一本橋の中央

 ⑥巨大ショッピングモール(環状商業地区のライバル)の中央広場


 チェックポイント通過時にスコアが加算される。

 順番を守って巡回するとチェックポイント通過時のスコアが最大値に達するまで大きくなるが、間を飛ばすとリセットされる。

 武器使用可能でライバルを排除(殺害)しても良い。

 バイクを破壊してもスラムの提携バイク屋で修理可能。

 これによりスピードで追いつけなければスコアリセット覚悟の上でショートカットして先回りして

 ライバルを攻撃する戦略も取れる。

 なお、ライバルの位置は全ライダーに配信されているためリアルタイムでディスプレイに仮想的に映して確認が可能で、

 隠れることは不可能である。

 もちろん警察に許可もとっておらず、一般道は一般人や一般車が走っている。

 そしてコースの最短ルートを取る=様々な建物の屋上や内部をバイクで駆け抜けたり、時にはビルの屋上からパラシュートを展開して飛び出したりを行うことになる。

 2時間経過後のスコアで勝敗が決まるため、本格的に差がついて自分が勝てないと判断したライダーは

 積極的に上位プレイヤー殺害を試みる方針に切り替える。もちろん死ねばリタイアである。


 そして優勝者には山川組のドンが直々にトロフィーを渡す。

 そう、マフィアのドンは普通は近づくことすら難しい。これは特例なのだ。


 ボウは何度か参加を誘われて断ってきたこのレースに参加することを決意した。

 今まで投げやりに生きてきた。自分の命すら顧みない人生の歩みでスラムのバイク便をやるようになり、

 修羅場の中をくぐり抜けた。

 自分の運命を呪い続けながら生きてきた彼女はマフィアのドンにケジメを付けさせる事で自分の人生が

 初めて始まるように感じていた。負ける気は無い。


 レース前夜、バイクのチェックとメンテナンスの為にそれぞれのレーサー用の車庫が貸し出されていた。

 大会の運営委員がひと通りボウのバイクのチェックを終え、位置トレース用のGPS装置を装着して帰った後、

 招かれざる客が現れた。

 全身サイボーグの殺し屋にして優勝候補、リッパーである。

「レース初参加の少女というのはお前か?ギヒヒヒヒ。まさか本当にこんな若いおなごが参加しているとは……噂は本当だったんだな?

 お前のようなドシロウトが参加する大会じゃないぞ?今直ぐにでもリタイアした方がいいんじゃないか?」

「お前には関係ねーだろうがよ」

 リッパーはボウに近づくと覗きこんで威圧するように言葉をかける。

「レースで出会ったら俺は容赦なくお前をぶち殺す。銃で撃つかもしれんし、ミサイルで体の一部をふっ飛ばすかもしれん。

 すり下ろしてミンチになって貰うのもいいな。」

「そうか。出来れば良いな。」

 リッパーは沈黙するとボウのバイクに目をやる。

ぬえのカスタムバイクか。なかなか良い物をつかってるな。ふむふむ……ここはどうなってるんだ?」

 リッパーはバイクを最初じろじろ見回していたがバイクに手を触れようとするとボウはすかさずその手をはねのける。

「勝手に触るんじゃねーよ。出てけ」

「ギヒヒヒ。明日のレースを楽しみにしているよ。」

 リッパーは出て行った。



 レース開催の日、スタートラインは6つの周回チェックポイントに分散されて一斉にスタートの合図が始まる。

 彼女のチェックポイントには一人の見るからに危ない男がニヤニヤしながら彼女を見ていた。

 男もレーサーである。

 ボウは完全無視して冷静にスタートの合図を待つ。

 彼女の首には穴を開けてネックレスにされたビー玉が輝いていた。


 マフィアのドンの開幕演説が終わった後、直々にスタートの合図がくだされた。


 前輪のイオンブースターが上空にイオンジェットを噴射して薄い黒煙を吹き上げ、ボウの乗る

 鵺スーパーカスタムが急加速をする。通常のバイクではあり得ない加速である。

 前輪のイオンブースターが急加速時に急激に小さくなる前輪の接地圧を増大させているのだ。


 ボウは同じスタート地点から出発した男を追い抜きジリジリと距離を広げていく。

 このモヒカン男は先詰めショットガンを取り出すとボウに向けた。

 数秒ボウが気付く様子が無いのを確認するとニヤリと笑い引き金を引いた。

 と、一瞬早くボウは車体を倒し回避行動を取った。

 ボウがホロスクリーンで確認していたのは男が銃を取り出して構える姿ではなく、指先で引き金を引く瞬間だったのである。

 2,3度射撃を繰り返したが全てギリギリでかわした。

 ボウはサイドポケットから手投げ弾を取り出し後ろを見ずに空中に放り投げた。

 モヒカン男は慌てて空中の手投げ弾に向けて先詰めショットガンを撃った。

 小さな爆発とともに煙幕が広がり、慌てているとモヒカン男のバイクから破裂音が聞こえ挙動がおかしくなった。

 手投げ弾はダミーであり、同時にボウはマキビシ・クラスターをばらまいていたのだ。

 制御不能になった男はフラフラとビルに突撃する。

「ぎゃああああああ」

 バイクの教習で最初に脅される事態、すり下ろし肉片を作ることになった。リタイアである。

 次に参加するときは左手足はサイボーグになってくるであろう。


 このレースでは追う者には追う者の強み、追われる者には追われる者の強みがあり、戦略が産まれる。

 ボウは常に最前線で追われる者として全ての戦略が叩きこまれ、構築されている為、迷わず背を見せて追われる方を選んだのだ。


 次のチェックポイントは40階建てビルの屋上である。登る手段はエレベーターを待ってバイクごと乗る、

 バイクで階段を登る、壁面をイオンブースターをつけて登る、どれでも自由であり一長一短である。

 ボウは目的のビルに到着する前から、道中のビルのベランダ部分、小型ビルの屋上などを徐々に登っていった。

 鵺スーパーカスタムのサスペンションの人工筋肉は違法改造でリミッターを外したものを付けており、

 イオンブースターの一瞬の噴射と合わせた跳躍で建物1階程度、距離2,30メートルはジャンプが出来るのである。

 イオンブースターのエネルギーは節約しなければ補給のロスが産まれるための行動であった。


 環状商業地区の中層の列車では通勤するサラリマンが窓の外を見ながら流れるビルの上で想像のニンジャを走らせていると、

 それと同じ動きをするバイカーが突如現れる。

 非常階段を当たり前のようにバイクで駆け上がり、次のビルへと飛び移る姿を見て自分の目を疑っていた。


 ボウは目標のビルの32階の窓を突き破って隣のビルの屋上から内部に侵入すると階段から上がるのを選択した。

 エレベーターは内部に入って扉が閉まると彼女の制御外の状況に身をおくことになる為、問題外と判断したのだ。

 そしてそれは正解だったのである。

 このレースは公正ではない。事前工作は当たり前に仕組まれているのだ。


 屋上においてある巨大な輪っか状のチェックポイントにバイクで突っ込むが、くぐる直前にバイクを倒して姿勢を低くした状態で

 滑りこむ。同時に彼女の真上をチェックポイントを貫くようにレールガン狙撃による蒸気のラインが貫いた。

 2つほど先のチェックポイント辺りを走っているレーサーが、ブロードキャストされる各レーサーの仮想位置をチェックしており、

 バイクに備え付けたレールガンで狙撃タイミングを見計らっていたのであった。

 チェックポイントは必ず通る場所の為、そこを狙っておけば後はタイミングが合えば命中する。


 そしてその程度のことはボウの本能に染み付いた常識であった。

 広範囲から見渡せる場所のチェックポイントはあからさまに危険なのだ。

 ボウはそのままビルの屋上から飛び出して地面へ急下降していった。

 地上20階辺りの上が斜めになったデザインのビルにイオンブースターの補助とともに着地して減速しつつ地面に向けて突っ走る。


 チェックポイントの一つに選ばれたショッピングモールの中の店舗は悲惨な状況である。

「オラオラどけーー!」

 台車に商品の箱をレンガのように積み上げて運んでいた店員は自分のところに突き進むバイクを見て飛び退く。

 バイクは商品をばらばらに吹き飛ばして通った。

「暴走は外でやれ、中に来るな!」

 パン屋の店長が叫ぶが、トゲ付き肩パッドのレーサーは奇声を上げながら、

 商品棚のパンに手を当てて全部地面にぶちまけながら通って行く。

 レーサーが去ってがっくり肩を落とした店長はメガネ端末を操作して警察への連絡を試みようとした。

 しばらくしてボウののったバイクが突っ込んでくる。

 店長が振り返ると食パン5枚切りの袋を咥えたボウが速度を緩めること無くカウンターにクレジットチップを叩きつけて去っていった。

 通常価格20Y(new yen)、本日特売セールにより17.5Y、値段ピッタリ、釣りは無い。

 遠くから値札を確認して準備するとは恐るべき視力と言えよう。


 暫くの間は各チェックポイントに分散してスタートしたライダーは均衡を保っていた。

 もちろん常人であれば見落とすような設置地雷やトラップなどの応酬はあるが全部で30人ほどのレーサーから

 最初にボウにちょっかいを出したものを含めて10人程度リタイアした程度である。


 ここまで生き残ったどのレーサーもチェックポイントを落とすこと無く進んでおり、

 ポイントは均衡している。他人を出しぬき、高いポイントを出して優勝するには

 必然的に追い抜き、追い落としをしていく必要がある。

 動きは始まった。


 ボウは対向車や人、障害物があろうと迷わず高加速をつけて追い上げていく。

 レースの常連で優勝候補の一人、殺し屋サイボーグのリッパーは、一時的にポイントが下がり順位が落とすのをためらわず、

 次のチェックポイントではなく、今までの観察で最もカモだと思われるレーサーのほうに進路を変えて、環状にならぶ

 チェックポイントのコースの内側へショットカットを開始した。

 それに気づいた他のレーサーは順位を維持する方針をとったようだ。

 リッパーに狙われたレーサーも状況には気がついていた。


 狙われたレーサーは徐々にスピードを落とし、リッパーの到着タイミングが後続レーサーとの接触と同時に起こるように

 調整しようとしている。

 この段階で生き残るレベルのレーサーは言葉はかわさずとも行動で会話と交渉を行う。

 リッパーは凄腕の殺し屋であり、タイマンじゃ狩られるだけである。

 彼は共闘を持ちかけた・・・いや強制したのだ。

 彼があっという間に殺されたら次のカモは自動的に後続レーサーなのだ。

 後続レーサーは己の不運を呪い、ため息を付きながら改造バイクに備えられた武装のスイッチをアクティブに切り替えていき、

 側面ポケットからサブマシンガンを取り出し、コッキングをする。


 ホロススクリーンに仮想投影されるリッパーの姿が徐々に近づき、二人のレーサーは並んで銃口を向けて緊張を持続した。

 リッパーは最後に急加速して二人の間に飛び出した。

 二人は引き金を引く前に手放し乗りのリッパーの両手に構えた2丁の銃によって同時に額に風穴が開いた。

 二人リタイア。

 そのままコースを進むリッパーの後ろで2つの爆炎が上がった。

 実力差がありすぎたのだ。

 彼ほどの凄腕にとって待ちぶせ程度の小細工は意味を成さない。来ると分かっている正面戦でも決して負けない。

 彼が優勝候補とされ、トップクラスの暗殺者たらしめている要因のほんの一因、強者の必須条件を満たしているだけである。


 山川組のドンはその光景をスクリーンで見てニンマリとした。

「くっくっく……始まったな……。」

 レースを毎回荒らしてくれるリッパーは彼のお気に入りであった。


 リッパーは次のカモはこの順路の先を走っているレーサーに最初から決めていた。

 加速を行って追い上げていく。

 先ほどの二人のカモは狭い通路から飛び出す彼を撃つために身構えて待ちぶせをしていたが、

 彼にとっては私達は素人ですと大声をあげて叫んでいるだけであった。

 あの状況、位置取りでは飛び出すほうが有利であり、彼ら二人の戦歴、経験の浅さを露呈していたのだ。


 レースの波乱は反対側でも起こりつつあった。

 ボウは今までのレースでは見られなかったスピードで追い上げており、前を走るレーサーに追いつきつつあった。

 二人の衝突は通常の車両、ましてやバイクなど走ることを禁じられているスーパートレーラー専用高速で起こった。

 前を走るレーサーはマキビシ・クラスターを連投した。

 クラスターは道路に散らばった後カッター状のジェット噴流をまき散らして、路面を切り刻み悪路に作り変えた。

 スーパートレーラーは異音を立てて荒れるものの、タイヤと車体の大きさでまだまともな走行を維持できているが、

 バイクには致命傷であり、逃げ場もない。

 だがボウはイオンブースターを噴射して一時的に空中をホバリングすることで回避していた。

 大量のスーパートレーラーの間で、レーサーはリモコン爆弾を周囲をはしるスーパートレーラーに穴なく貼り付けて、

 追い抜かされた際の逃げ道を断つと、バイク後部のオートキャノンをアクティブにして、ショットガンを構えてボウのいる

 後ろ側に速度を落として移動した。

 ボウはスーパートレーラーの巨大な車体を間に挟んで相手に姿を表さずに前に出る。

「馬鹿め。袋のネズミだ」

 更に追加のリモコン爆弾で自分が下がってきた隙間を封鎖するとボウの後を追い上げる。

 彼がホロスクリーンに指を当てて、リモコン爆弾の起爆準備をした状態で車体内蔵のガトリングを撃って追い上げると、

 ボウは対向車線に飛び込んだ。

 一瞬ガッツポーズをしようとした男は数秒のうちに青ざめる。

 時速300キロで走る密集したスーパートレーラーの対向車線を悠々とすり抜けてボウは男を置き去りにした。

「まじかよ……。くっそ信じらんね。まじかよ……」

 リモコン爆弾は表面上をタコのように吸着先の模様を再現して偽装する仕組みで、なおかつ巧妙に貼り付けてあったが、

 ボウは多数貼り付けられたうちの一つだけ存在を確認し、封鎖されていることは容易に推測したのだ。

 危険こそ自分を守ってくれる、危険こそが活路だと彼女は知っていた。


 その後スーパーコンボイ専用道路のチェックポイントをボウは通過し、得点トップに踊り出たのである。

 レーサー達の中にも不意の事故による破損、エネルギーの過剰消費による燃料不足などにより、

 このレースの提携店に立ち寄ってのメンテナンスを受けるものが現れた。

 いかにメカニックがベテランといえども、修理や補給の間にチェックポイント1,2箇所程度の差は付けられてしまう。

 無事故で走り続ければ2時間走り続ける事は可能であり、彼らは「普通のプレイでは」レース復帰しても

 優勝争いからは外れる事になる。

 必然的に彼らは武装重視のカスタムや補給をしてレースに復帰するのだ。

 さらには周回コースはチェックポイントを通過することが決められているだけで、そこに至る道は決められていない。

 当然最適解は存在し、「安全なうちは」彼らはそこを通るが、各レーサーが思い思いの場所にしかけたトラップ、

 警察の乱入、交通封鎖、インフラ破損などの要因によりルートは細かく変化していった。


「普通のプレイでの」優勝争いから外れたレーサー達の狩りが始まった。

 各所で小競り合いが発生、リタイアが続出し始める。

 このレースに参加するような人間は羊ではない。提携店でロケットランチャーを仕入れて復帰し、

 リッパーをターゲットとして狩ろうとするものが出始める。

 コースをショートカットしてリッパーの前に移動してロケットランチャーを後ろ向きに担ぎながらロックオンをする、

 リッパーのハンドガンの射程距離外である。またリッパーの背後からはデュアルガトリングを前方向けに装着したバイクが追い上げようとしていた。

 リッパーはバイクのカスタムパネルを弄ると、バイク後部から左右のビルに向けてフックを射出した。ビルの間を鋼線が繋ぐ。

 ほぼ同じ時間に前方のレーサーがロケットランチャーの引き金を引く前にロケットランチャーが爆発した。

 レース実況者「おーっと、どうやらロケットランチャーは不良品だったようだ。上半身が無くなってはもうリタイヤだ」

 リッパーは全ての提携店のメカニックと”とても仲が良かった”。

 そして山川組のドンにとってもお気に入りである。

 つまりそういうことなのだ。

 後ろから追い上げていたレーサーは首無しライダーとなってリタイアした。

 レーサーにブロードキャストされる他のレーサーの位置情報にバイクや背丈の情報は無い。

 リッパーが最初にカモを選別した際も、今回のトラップの選択も全て事前調査による計算済みの行動である。

 そう、レース前日に全レーサーの車庫訪問をしていたのだ。


 リッパーは現在得点がトップのボウをついに的にかけた。

 再びリッパーがコースから外れてショートカットを行い、ボウに近づくのを見て、

 各所のレーサーは優勝候補のハントを彼に託して自分の得点を上げることに注力することにした。


 リッパーはボウの実力を認識していたため、確実に攻撃をするために背後を取ることを選択した。

 ボウはコース取りを直線道路ではなく、スラムの繁華街に変えた。

 多くの通行人、屋台、車が道路交通法を無視して風景をうめつくす。

 リッパーはボウの姿を捉えて射撃を試みるが、ボウはクルクルとバイクを右に左に動かして

 障害物をかわしていく。リッパーは事故ることこそないが安定射撃が出来ず、通行人を2、3人誤射するに留まった。

 ボウは速度を落とすこと無く、事故ること無く自分を追跡するリッパーを見て戦略を変えた。

 直線道路に戻り、同じ方向に走る大型トレーラーを盾にしつつ後部バルカンを回転させ、少しでもリッパーが顔をだせば射撃する。

 リッパーは楽しそうにちょっかいを出すが当たることは無かった。

 ガトリングは一見強そうに見えるが、射撃にラグが出る為、リッパーにとっては猫パンチ程度の脅威でしかなかった。

 ボウもそれは分かって付けているのである。ボウはスラムのバイク便屋であって殺し屋ではない。

 相手を追い払うことが目的なのだ。

 リッパーのちょっかいがやんだかと思うと、ドンッという音が聞こえる。

 大型トレーラーの荷台の上にバイクごと飛び乗って追い上げてくる音が聞こえた。

 ガトリングは水平方向の回転の自由度は高いが垂直方向には限界があるため、大型トレーラーの上からこられると威嚇すら出来ない。

 リッパーが銃を構えて、大型トレーラーの上からボウの姿を見下ろして捉えようとした瞬間、

 視界をタイヤが覆った。ボウはタイミングを合わせてジャンプさせたのだ。

 跳ね飛ばされたリッパーとバイクは衝突の勢いで地面に激突し、グルグル転がってあっという間に離れていった。


 大荒れのレースの中でレーサー同士の点差は広がり、落とすこと無くチェックポイントを通り続けていた唯一のレーサー

 ボウの得点が突出していた。残りタイムは20分。「普通のプレイでは」ボウの優勝は確定している。

 街のコース上各所に散らばったレーサー達は、リッパーがやり損ねたのを見て統一した意思で動き始めた。

 一人がコースを離脱してボウのいる場所ショートカットを始めると、数秒おかずに全レーサーが同じ動きをとりはじめた。


 ボウが全プレイヤーの位置をブロードキャスト情報から確認すると2名が一本橋に到着すると停止した。

 うち一人はレールガンをバイクに装備したレーサーである。

 また自分の背後には4名のレーサーがそれぞれのルートからそれて集結するように追い上げてきている。


 ヤク中隔離エリアでうろうろ徘徊する凶器をもったヤク中をボウはスイスイかわしていく。

 後ろを4台のバイクが並んでヤク中を撃ち殺してなぎ倒しながら追い上げていく。

 目的のチェックポイントに到達するまでにいくつもの曲がり角を曲がり、視線が通るたびに銃撃と

 ボウのリアガトリングによる威嚇が繰り返される。

 一人のライダーがパネル操作を始めるのを見て、ボウはサイドポケットから二連装切り詰めショットガンを取り出して

 二つ折りにしてチャンバーを開けると青いシェルを詰めて閉じた。

 パネルを操作していたライダーのバイクからポータブルミサイルが2発射出され、ボウのバイクに突進する。

 ボウはミサイルの接近を確認後、振り返ってショットガンを2連続で放つ。

 発射弾丸は空中で炸裂し、青光りするプラズマと共に金属繊維をばらまいた。チャフである。

 ミサイルは空中で2発とも爆発した。

 ボウは突き当りビルの手前で曲がらず、ウィリーの状態でジャンプして窓ガラスを突き破ってビル内に突入した。

 そのままドアも突き破り、壁面で一旦停止してからL字型にコース変更し、狭い廊下をつっぱしる。

 追手の一人は同じコースを取って追跡を継続し、残りは外から回り込みを試みるようである。

 ボウと追跡者は狭い廊下から登り階段、いくつかの拳や刃物で荒れた部屋をハイスピードで通り抜けた。

 突如追跡者の目の前に何度かバウンドした手榴弾が現れる。

「げ」

 BA・KA・ME

 入り組んだ狭い道での追跡などしていれば当然の結末である。

 彼はとてつもなく短い辞世の句とともに爆音を立ててリタイアした。


 ボウはそのまま廊下で加速して建物の端のガラスを突き破って倉庫の屋上に飛び乗り、

 先回りしたレーサー達による銃撃が一瞬おくれて倉庫の屋根の端を穴だらけにした。

 そのままチェックポイントを通過し、残り3台の追跡者との距離を稼いだまま次の場所へと突っ走る。


 次は一本橋だが、待ち構える二人の存在を忘れては居ない。

 ボウは今まで落とさずに続けてきたチェックポイントの順路継続通過ボーナスを断念し、コースを変更、一本橋を避けてショッピングモールへの

 最短ルートへショートカットすることを選択した。


 ボウがショッピングモールに突入した数秒後に追跡者二人が突入する。

 残り一人は出口から回りこみを試みているようである。

 人通りのある商店街ではボウにはハンデがあった。

 通行人や商品を運ぶ店員、商品棚を丁寧に回避していくボウとは対照的に、

 追跡者が銃撃で威嚇して道を開けさせて、邪魔者はなぎ倒して突き進む。

 エスカレーターや階段を右に左に上に下に移動して追手をまこうとするボウだが距離は詰められていた。


 パン屋の店主はショットガンを手にしていた。

 先ほど警察に電話をかけたが相手にされなかった。この辺りに住む人間にとって、それほど驚くことではない。

 自分達の力が及ばない権力が裏に居るのだろう。

 環状商業地区の競合であるこのショッピングモールは実は常々いやがらせを受けていた。

 遠くからモーター音が近づいてくると店主は再びアドレナリンが噴き出してきた。

 音のする方向にショットガンを構える。

「お前らいいかげんにしろ! ぶち殺してやる!!」

 ボウと刺肩パッドの男がほぼ横に並んだ状態で突入してきた。

 トゲ肩パッドのの男はボウに銃口を向けて、ボウはその男の挙動に集中し二人共前への注意はおろそかになっていた。

 店主は2台のバイクが近づく、1秒程度の間に、トゲ肩パッドの男をとっさに選択して引き金を引いた。

 トゲ肩パッドの男は首から上を真っ赤に染めてのけぞり、バイクごと倒れて商品の中に突入した。

「くそったれがぁ!!」

 店主は倒れた男にショットガンの連射を浴びせる。男はこの世からリタイアした。


 ショッピングモール内のエスカレーターに乗っている人々が遠くから迫り来る悲鳴とモーター音を聞いて振り返る。

 ボウはエスカレーターに突っ込み、慌てふためく人々を無視して上りエスカレーターの手すりにバイクを飛び乗らせると

 一気に駆け上った。数秒後サブマシンガンを持ったレーサーが叫びながら銃を上に乱射しつつエスカレーターに到着、

 逃げ惑う人々を威嚇しつつ道の開いた上りエスカレーターを駆け上がる。


 ショッピングモールの出口が見えてくると出口からの飛び出す直前にボウは少し離れた窓ガラスを切り詰めショットガンで狙撃した。

 直後に窓ガラスが割れた箇所の外側の地面に銃弾の雨が降り注ぐ。

 ボウは少なくとも0.5秒の安全を得てショッピングモールを飛び出した。出口の屋上に陣取って待ち構えていたレーサーは

 即座に狙い直したがボウが駆け抜けてビルの隙間に消えていった後のビル壁と地面に穴を開けただけであった。


 次のチェックポイントの広い一直線道路にはすでにレールガン装備のレーサーが先回りをしていた。

 ボウは再び進路変更を余儀なくされた。残り時間5分。

 後はもう生き残るのみである。残りのチェックポイントを全て落としたとしても、ボウの点数を上回る事ができるレーサーは居ない。

 ボウはスラムで最も入り組んだ魔境と呼ばれる地帯へ突入した。

 ショッピングモールで執拗に追いかけてきていたレーサーは追ってこない。

 彼らはおそらくボウは諦めて2位、3位のポジションを狙った争いをしているのであろう。

 もう魔境に入ったボウを捉える事が出来るレーサーは居ない。

 ボウが残り4枚だった食パンの袋から1枚取り出しかじりつこうとした時、

 リッパーの位置を示すホロ映像が至近距離まで迫っているのに気づいた。

 ボウは食パンを咥えたまま両手をハンドルに置いて備える。

 リッパーがボウの走っている道路の後方の横道から飛び出し、ハンドガンを構える。

 ボウはとっさに横道に入って姿を隠す。

 何度も際どい追いかけっこを続け、ボウはその都度横道に入って狙撃を回避した。


 ボウは少し開けた場所に飛び出すと、目の前をトレンチコートを着て木刀のようなものを下げた物凄い長髪の男が全力で横切り、

 一瞬振り返ると改造した不思議な装飾のある拳銃を走ってきた方向に撃った後、再び大慌てで背を向けて走って逃げた。


 男のうしろから人間の2倍はありそうな、首のない二足歩行するゴリラのような怪物が物凄い咆哮をあげて追いかけて飛び出してくる。

 ボウは驚いていたが、怪物がこちらを見て口を開いたので反射的にジグザグ回避をした。

 怪物の口から衝撃波のようなものが2、3発放たれて周囲の壁や地面に大穴を開けて破壊した。

 怪物は最後は走り寄って巨大な腕でラリアットのような攻撃をしてきたが、バイクを滑らせて回避してすり抜けた。


 直後リッパーが広場に突入してきた。

 怪物が中央に居るにもかかわらず、リッパーは進路を変更しない。

 怪物の腕のスウィングをリッパーは無抵抗に受けて横にふっ飛ばされた。

 バイクは完全に破壊された。

 咆哮を上げてリッパーの方向へ怪物が走り始めたが、リッパーはキョロキョロするのみである。

 リッパーの前に立ちはだかり八つ裂きにしようとした怪物はショットガンの音とともに白い煙を上げながら倒れこんだ。

 先ほどの男が金の龍の装飾の施されたショットガンを構えて怪物の後ろに立っていた。

「大丈夫か? まぁ問題ないよな。あんたはロボットだからな。」

 男は側頭部に装着したカメラをコンコン指で叩いて独り言を言った。

「こちらバウンティハンター登録番号1A-0089、Bランクの怨霊を駆除した。

 ウォッチャー、確認を求む」

「ウォッチャー、ウェンディゴの駆除を確認しました。報酬の振込み手続きに入ります。」


 彼らは今のような怨霊の駆除、危険地帯の捜査、指名手配犯の捕獲などを行う登録制のバウンティハンターである。

 怨霊はカメラを通した生中継でも、生きた人間には見える。しかし録画には姿が残らない(怨霊の行う破壊は残る)ため、

 彼らの仕事を見届けるウォッチャーという職業のオペレーターが存在する。

 だが彼らはこの物語の主役ではないので説明はここまでにする。


 タイムアップ、ボウは優勝した。

 各所で行われていた賭けは大荒れの様子で、倍率の高いボウを買っていた極小数の人間は

 生きて帰る方法を模索し始めていた。


 ボウはバイクと共にマフィア山川組のビルのイベント用フロアに通された。

 レース用のGPS装置は取り外した。

 多数のカメラマンが取り囲む中で、地獄のバイクレースの優勝者としての賛辞を受け、

 山川組のドンから直接トロフィーの手渡しを受ける事となった。

 大勢の黒服の護衛に囲まれて、ホイールがいくつも組み合わされた跳ね上がるペガサスをモチーフにしたトロフィーを手にしたドンが現れた。

 ボウは仰々しくトロフィーを受け取ると、まっすぐ上に片手で掲げ上げた。

 人々の視線やカメラは掲げ上げられたトロフィーに集中する。

 だがボウの反対側の手には隠し持っていたデリンジャー銃が取り出されて握られていた。

「はじめまして。私は山川組の組長の新井だ。優勝おめでとう。素晴らしい戦いを見せてもらった。

 君はプロフィールによるとスラムのバイク便だそうだな?」

「はい。どんな危険地帯でも必ず届ける、どんな恐ろしい連中に追われても受けた依頼は必ず遂行するバイク便です。」

「バイクの扱いが上手いわけだ。」

「実は今日も配達依頼が入っていまして、早々に退場させていただくことになります。」

「もう大金が入ればその必要もなくなるだろう。」

「そうはいきませんよ。西町商店街からの依頼を受けているので。」

「西町商店街・・・・?」

「後、俺はアンタに会ったことが有るよ。あんたは覚えているかい?新井さん。

 紫陽花商店街で出会ったろ?」

 しばらく沈黙したドンだが、ボウの髪の毛の色を見て顔色が変わる。

 ボウはすかさずドンの左胸にデリンジャーを押し当てて発射した。

「お荷物お届けに上がりました。」

 血を出して倒れこむドンに周囲の黒服が駆け寄る。

「ブーちゃん! やれ!」

 止めていたバイクは声に反応すると自動でガトリングを周囲にばら撒き、ボウを撃ち殺そうとして銃を取り出した黒服たちも

 全員伏せて慌てふためいた。

 ボウは至近距離に居る黒服を盾として逆に利用する形で銃撃をかわしつつバイクに飛び乗り、

 2、3回ジグザグに高速で滑りこむように動いて銃撃を回避すると窓を突き破って外に飛び出した。


 山川組、スラムを牛耳る一大組織を敵に回してしまった。

 だがボウは長年自分の中に宿っていた悪魔か毒物を消し去ったような爽快な気分を感じていた。

 ボウは大量の車やバイク、ホバーヘリやホバーカーに追跡されながら逃走した。

 だがとっておきの隠しルート、地下の真空管物流パケットハイウェイのメンテナンス通路に潜り込んで追跡をまいた。


 遠く離れた町に辿り着くまで人生の様々な物事が頭をよぎり、気が付くと自分が育った孤児院の門の前に居た。

 バイザーを通じて配信されるニュースは山川組のドンが暗殺という大ニュースがトップになっており、

 ボウの顔も姿も、射撃シーンも映しだされていた。

 ボウは門をくぐるつもりは初めから無かった。笑顔で見納めに来たのだ。

 孤児院の2Fの中にいるおばさん職員が窓の外のボウの姿を見て驚き、声をかけようとしたが思いとどまって作業に戻った。

 ふとボウの肩を誰かが叩いた。

「やぁ、君はここの出身かい?」

 ボウは驚愕した。何度も放送にハッキングして割り込み、世間をさわがせている自称レジスタンスのリーダー、

 青髪マフラーの男の実物が立っていた。

「関係無いね。もう行くよ」

「どこに行くつもりなんだ?山川組を敵に回して逃げる場所なんて無いだろ?」

 ボウはもう慌てる様子もなかった。

「あんた、山川組の殺し屋なのか?」


 孤児院の前に黒塗りの車数台が駐車してあった。

 玄関で黒服と職員のおばさんが言い争っている。

「奴は身寄りも無ければ、深い人間関係も無い。匿うとしたら奴の出身のここくらいだ。

 ここに居るのは分かってるんだ。

 奴を差し出すか、不慮の事故が発生するかどちらか選べ」

「知らないよ。本当に見ちゃいないし、ここを出て数年一度も帰ってきた事なんてないんだよ。」


 突如バイクのモーター音がして門の外を横切って走り始めた。

 黒服達は大慌てで車に戻って追跡を開始、バイクはフェンスを突き破ってスーパートレーラー専用ハイウェイに飛び込むと

 大爆発して炎上した。

「奴を見つけました。追跡途中でハイウェイに突っ込んで爆発しました。おそらく死んでます」

 黒服たちが遠巻きに見る中、保守メンテナンス用車両がハイウェイに集まって交通整理を始め、警察が調査を始めた。

「ド派手な爆発だった。おそらく死体の原型もないだろう。違法改造バイクでイオンブースターの燃料満載だったからな。」


 その様子を遠くの山の中から眺めている人影があった。

 ボウとレジスタンスリーダーの男、あとは望遠鏡のようなメガネをかけたメカニックらしき金髪の少年である。

 少年はリモコンのようなものを持っていた。

「お見事だった。いつもどおり大した腕前だな。」

「バイクのハッキングは簡単なんだけどさ、1時間でこの娘の肉片培養とダミー人形作れってのがあり得なかったぜ。

 たまたま指令潜行艦が近くに居たからなんとかなったが。」

「はっはっは。頼りにしてるよ。ところでボウちゃん、君はこれから我々の一員だ。住む場所も”仕事も”提供するよ。安心してくれ」


 バイクの爆発現場にて少数見つかった肉片からボウのDNAが検出され、彼女は社会的には死亡が確定した。

 また、山川組のドン暗殺の背後を探るために、山川組は警察に打ち込まれた弾丸の調査を依頼したが裏目に出る。

 弾丸に内蔵された識別チップの検査の結果、

 西町商店街の虐殺事件で残された弾丸と同じパッケージとして流通したものであることが明らかになった。

 人々の話題を集め、世間的な注目度は全国レベルになったのも有り、つながっている警察も情報を隠し切れなくなった。

 結果環状商業地区との繋がりが報道され、確定はされなかった(しらを切り通した)ものの、

 連携をするのがとても難しくなり、環状商業地区の急激な範囲拡大はストップした。

 山川組のドンは、心臓のどまんなかに銃弾が命中し、本来は徹甲弾であったにもかかわらず火薬量の不足により、

 心臓内部に銃弾が停止していた。彼は死亡したとされ、大々的な葬儀がとり行われた。


 遠く離れた山の中の神社でこたつに巫女、普通の少女と人型のロボットが入ってニュースを見ていた。

 ボウによる山川組のドン暗殺、そしてボウのバイク爆発による死亡のニュースが流れている。

 ロボ「いにしえからの定めの通り、グラーネもまた生まれ、来るべき主のために集結したしたようですね。」

 巫女「何言ってんの? このロボ。日本語しゃべってよ。」

 ロボ「本当の戦いはまだ先です。しばし羽休めをするがよいでしょう。」

 少女「ごめんね。曼荼羅システムはオカルト科学だから、ちゃんと喋らない事が多々あるんだよね。」

 巫女「機械的に無数のサイコロを振る占いのようなAIで、世界の指導者層も使ってる噂があるんだっけ?

 こんなのに従ってたら国が滅んじゃうわよ。」

 少女「占いの未来形だから、霊力のある人間がそばについていないといけないのだけど、

 二人居たら混乱しちゃうのかもね。やっぱ要らないか? この人形」

 巫女「いや、お掃除してくれるのは助かるから貰うよ」


 ロボ「デウス、エクス、マキナ。新たなる神の誕生は神でさえ興奮するものです。誕生を心待ちにしています」


ニコニコ動画・ニコニ立体にて投稿しようとしているバイクモデルの

背景説明用の小説になります。

http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im4965761

モデルは・・・まだ作成中。デスマが続いて時間が割けない・・・。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 近未来的な要素を多分に盛り込んだ、スピード感と迫力が満点の作品でした。ボウのスラム街で一人生きるバイク便としての人生も描ききっていたと思います。ハードな世界観もしっかりと描写されていて、細…
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