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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 騙られた神の名

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21 聖シャプドレーヌ教会

「おー待ってたぜ、ごしゅじん」
 部屋に入るとドゥが真っ赤な顔で大声を上げる。手には酒瓶。出来上がっている。
「まだ仕事中だよ。飲酒禁止」
「固いこと言うなって。今日はもう帰って来ないだろうって思ってたんだって」
 ドゥは膨れるが、持っていた酒瓶を床に置いて居住まいを正した。
「夜も遅い。早く話を進めてくれ」
 トロワが急かす。
「すまない。じゃあ、早速だけど」
 僕はイーヴに向き合った。瞳孔の大きくなった目がきょとんと僕を見つめる。その様は普通の猫のようで酷く愛くるしかった。
「んだよ。早くしろよ、のろま」
 可愛い外見をぶちこわす毒舌に僕はため息をつくと「君の仕事についてなんだけど」と話を始める。
「イーヴはどこかの貴族にここに潜入させられたんだよな? で、その貴族のことは何も知らないと」
「ああ」
「疑うわけじゃないけど、もう一回確認させてくれ。どうして何も知らないんだ? だって、せっかく盗んだエクリプスも戻る場所が分からなければ、届けられない」
 イーヴは特に気を悪くすることも無く、ああ、と頷いた。
「貴族の邸なんて内側しか見なかったら特徴なんか分かんねえだろ? 俺、ずっと外に出してもらえなかったんだ」
「? でも外からはどうやって連れて来られたんだ?」
 細かく問うと、黒猫は眉を寄せ、尻尾を床に垂らした。
「気が付いたら邸にいたし――で、その前の記憶はねえし」
 ああそうか。アリスもそうだった。そこで生まれたと思い込むくらいにすっかり昔のことを忘れてしまっていたのだ。
 僕は思い出した酷い話に顔をしかめる。
 イーヴは淡々と続ける。
「で、出される時は目隠し代わりに箱詰めにされて、この城の前で解放されたんだ」
「箱詰め?」
 ドゥとトロワも複雑そうな顔で黙り込んでいる。イーヴは頷く。
「でも、届け先は分かってたんだ。教会にさ――ほら、トゥールの外れにあるだろ?」
「……聖シャプドレーヌ教会?」
 妙な偶然に何か気味の悪さを感じながら僕は尋ねる。
「なんて名かは知らないが、立派じゃないヤツならそうだ。成功したら、そこの近くの森で落ち合うことになってたんだ」
「なるほどね」
 僕は情報をゆっくりと頭の中で整理する。
 貴族が欲しがっているエクリプスの実。
 以前のように魔法薬を使って悪事を働くのかと思っていたけれど、それだけじゃない気がした。
 特に気になるのはイーヴが言われた「一粒であろうと、たくさんであろうと報酬は同じ」という言葉だ。
 一体何がしたいんだろう?
 胸騒ぎがする。敵の思惑を知りたい。いや、どうしても知る必要がある気がするのだ。
「エクリプスはここにしか無い。忍び込ませたイーヴは消息を絶ってる。となると、本当に欲しいのならば、おそらく敵もそろそろ手を変えて来ると思う。こちらも易々と渡すわけにはいかないし、なによりアリスに何かあったらまずい」
「どうするんだ?」
 ドゥが問う。皆が頷いて、僕をじっと見つめた。
「先手を打ちたい。そのために、まずは誰が何を企んでいるのかを知りたいんだ。幸い、ここには適任がいるんだから」
 僕はニッと笑ってみせる。
 そうして考えてみたいくつかの作戦を伝えると、ドゥとトロワ、イーヴが一様に真剣な面持ちになった。


 ***


 こんもりと葉を茂らせたカバノキの隙間から、初夏の日差しがキラキラと瞬いた。林の間にある狭い道は一応舗装はされているものの、街に比べると凹凸が激しい。体調はいいものの、あたしのお腹を気遣って馬車はひどくのんびりと進んでいた。

 その日、リュシアンの許可を得て、あたしはマリーと共に聖シャプドレーヌ教会へとやって来ていた。
 散々外出を拒んだ彼だったというのに、礼拝に行きたいと言ったら彼はおどろいて、そして頷いたのだ。
 よくよく聞いてみると、リュシアンもちょうどその付近に用事があるそうだ。城の警備が手薄になるのを嫌った彼は、結局あたしを連れて行った方が安全だろうと考えたようだった。
 護衛は相変わらずドゥとトロワ、そしてマリーが三人で務めていたのだけれど、このところ城に配分する人数が増えた。
 今までは城や領地に残ったシャルルの魔法に頼って来たものの、イーヴの侵入によりそれは破られることが分かった。あの物騒な事件をきっかけにリュシアンは真剣に城の警備に付いて考えはじめたらしい。
 護衛を増やすことも考えているみたいだけれど、やはり信用に値する人物の人選に難航している。何より人件費の問題もある。
 彼は全てをあたしの護衛に回したいらしいが、実際問題彼も大事な仕事を担っている。だからこそ、使用人の割り振りにいつも頭を悩ませているのだ。
 だけど、たとえそういった理由だとしても、久々のお出かけはやはり楽しい。
 唯一残念なのは、あたしが久々に綺麗に着飾っているというのに、リュシアンがまるで下町の労働者みたいに汚れた恰好をしていることかも。でもそんな恰好でももう彼の品の良さは損なわれない。侯爵として務める間に、次第に立ち振る舞いが身に付いているのだ。
 あたしはうきうきと窓の外を眺め上機嫌だった。

「おじょうさま。まだ食べるんですか」
 マリーの咎める声が頭上から振る。隣に座っていたリュシアンがぎょっと目を剥いた。
「それ、三個目だよね?」
「だって、食べないと気持ちが悪くって」
 言い訳しながら砂糖をたっぷりまぶした揚げパン――オーランシュの店で出している新商品だ――を齧る。砂糖がパラパラと落ちると、膝の上に乗っていたイーヴがうわっと叫んで飛び退いた。
「そんな油っぽいもの、余計に気分が悪くなりませんかねぇ」
「こういうのがなんだか食べたくてしょうがないんだもん」
 マリーは果物やピクルスみたいなさっぱりしたものを進めて来るけれど、不思議とあたしは脂っこくて胃に重たそうなものばかりを好んで食べた。特に揚げたジャガイモなんて最高だ。あの油の匂いが堪らない。多少太るかもっていう不安はあったけど、誘惑にとても勝てそうにないのだ。
「リュシアンはあたしがぽっちゃりしてても平気よね?」
 彼は口ではっきりとは言わないけれど、むっちりして、でもくびれるところはくびれている、グラマーな女の人が好きなのだ。売り子のヨランドを見る目でよく分かる。この際、ああいった色気を身に付けたい。そしてあたしを馬鹿にした彼女を見返してやるのだ。
「僕は別に構わないけど」
 彼はニコニコと頷く。だが、マリーはふんと鼻で笑った。
「今に服が入らなくなりますよ。油とお砂糖は覿面に効きますからね。私も、若い頃はお嬢様みたいにほっそりしてましたが、やっぱり揚げものにはまりましてね。こうなるまではあっという間でしたよ」
「…………」
 ぴたりと食べるのを止める。マリーのどっしりとした体には妙な説得力があった。ぽっちゃりまでは許されても、どっしりとなるとどうだろう。マリーの胸はむっちり盛り上がっているけれど、くびれと呼べるものは胴には見当たらず、あるとすれば二の腕の力こぶの下くらいにしか見つけられない。
 リュシアンをちらりと窺うと、彼は笑顔を引きつらせ、あたしからそっと目を逸らす。
「悪阻が酷いのは可哀相ですから大目に見てあげたいですけど。せめて揚げパンじゃなくて普通のパンにして下さいよ」
 あたしは大人しく差し出されたたパンを受け取った。


 古い石造りの教会は、今にも崩れ落ちそうな壁に蔦が茂っていて陰気な雰囲気を漂わせていた。ただ、裏に隣接された孤児院からは子供たちの明るい笑い声が聞こえ、そこに日溜まりがあるようにも感じた。
 リュシアンはあたしとマリーとドゥを教会に残すと、トロワとイーヴを伴って徒歩で森の奥へと向かった。
「すぐに戻るから。お祈りすることはとてもいいことだし、ゆっくりとしておいて」
「うん。せっかくだから神父さまにもお話聞いてみる」
 あたしが張り切ると、リュシアンは嬉しそうに微笑んだ。
 珍しく祈る姿勢を見せたことが、彼には嬉しかったのかもしれない。押し付けたりはしなかったけれど、信心深い彼は神を知らないあたしに思うところはあったのだろう。

 黴臭い室内には冷たく重い空気が漂っている。街の大聖堂とは全く空気が違い、あたしは僅かに怯んだ。
 静謐な雰囲気だ。だけど、その中に何か異様ものがあるような気がした。気のせいかと思ったけれど、そうではないことがすぐに分かった。
 広い聖堂の中には朽ちかけた木の椅子がずらりと並ぶ。一番奥まった場所には、一般的な教会には聖人の像があるはずのそこには――何も無い。今まで見て来た聖堂にはあったはずの、この国に神の教えを伝えた人物の像が無かった・・・・
「か、変わった教会……ですね」
 マリーも怯んでいる。むしろここは本当に教会なのだろうか。ただの集会所ではないか。そんな気さえしてくる。
 僅かに沸き上がる寒気を抑えつつ、まばらな人の隙間を進むと、前から二番目の椅子に腰掛ける。奥に据えられた小さなステンドグラスから色の付いた光が差し込み、そこだけ花が咲いたようだったからだ。
 やがて時間になったのか、入り口の扉が閉まり、脇の小さな扉から男が現れた。予想していた通り、あの神父だった。
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