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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 騙られた神の名

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20 僕は僕で懸命に

 話が終わった頃には雨が降り始めていた。
 昔の魔法使いの話に始まり、魔法の猫の話、それを悪用する貴族の企みにまで及ぶ長い長い話だった。被害に遭った一人の少女の話にまで繋がると、父は低く呻いて黙りこくってしまった。
「――全部本当の話なんだ。僕はアリスだけでなくて、この世界にまだいる哀れな猫を救いたい。女王陛下にそう命令されているし、僕自身、それが神から与えられた使命だと思っている」

 さすがに話の内容がすぐには飲み込めなかったのだろう。時間をくれと言う父に頷いて、僕は帰ることにした。城に置いて来たアリスが心配だった。
 だが、州境の細い道で鉄砲水に行く手を阻まれる。山の方で大雨が降ったらしい。
 良くあることではあったが、なんでこんな時にと舌打ちせずにはいられない。
「回り道するしかないか」
 急がば回れ。なにより、僕に何かあればアリスが一人ぼっちになってしまう。それは全力で避けるべきだ。

 一度サンクレール州へ戻り、そこから西のトゥール州へ入るためバルザック方向への橋を渡る。川には泥色の水が流れている。随分水かさが増えていて、このまま雨が続けば橋が流されるかもしれないと危惧した。
 バルザックとユペールへの分かれ道が近づくと、ユペール側へと向かう。こちらはまだそれほど雨が降っていなくて、馬車はぬかるみに足を取られることは無く進む。ほっとする。ここも通れないとなると、城につくのは明日になってしまう。
 途中の森の中には寂れた教会があった。確か聖シャプドレーヌ教会とかいう小さな教会だ。僕は行ったことは無いけれど、オーランシュの下町の人間が城下町の聖クレアシオン教会に行くように、バルザックに住む庶民は多くここに通っているはず。貴族は街の中心にある大聖堂へと足を向けるのだが、庶民は足を踏み入れることさえ許されない。
 教会の入り口にはちらほらと松明の灯りが見えた。どうやら夜の礼拝が行われているようだ。
 あれ?
 人の群の中、一瞬だったけれど金色に瞬く何かを見つけ、その横顔に既視感を感じた僕は目を見開いた。
 金髪ブロンド? まさか――
 そう思ったけれど、すぐに首を振って頭に浮かびあがった人物を否定した。見間違いに決まってるし、第一こんな寂れたところにあんな人がいるわけが無い。
 もう一度目を凝らしてみたものの、金髪の人間など見当たらない。きっと松明が何かに乱反射しただけだろうと自分に言い聞かせた。


 城についた頃には真夜中を過ぎていた。アリスは必死で起きていたらしいが、眠気に耐えきれなかったらしく既にベッドの中にいた。ソファで眠り込んだ彼女をマリーが運んだらしい。
 部屋の入り口から様子を確認すると、音を立てないようにそっと扉を閉める。
「どうだった?」
 マリーに尋ねたのは、早速呼んでもらった専門医の診察内容についてだった。
「もうすぐ三ヶ月だそうだよ。順調だって」
 答えにほっとしつつ、気になっていたことを尋ねる。
「いつ生まれるの? ええと十月十日とか言うよね?」
 マリーはひいふうみいと指折りながら天井を睨む。
「――年末だね。遅くても新年辺りまでには生まれると思うよ」
「そうか」
 締め切りを突きつけられた気分で、僕は気を引き締める。年末までに、事業を軌道に乗せ、そして女王の仕事で成果を上げて、仮の爵位を本物にしたかった。カルバン侯爵が逆に望むくらいの――アリスを娶ることが出来るだけの力を手に入れたかった。
 やらなければならないことは多く、期間は半年と少しと短い。
 だがパン屋の仕事は軌道に乗りかけている。
 あとは――魔法の猫を探し出して、元の姿に戻すだけ。
 物事はたとえ少しずつだとしても、きっといい方向に進んでいる。そう自分に言い聞かせる。
 そうだ。魔法の猫が見つからずに途方に暮れていた僕のところには、まるで神からの贈り物プレゼントのように届け物があったではないか。少々瑕モノではあるが、仕事が一つ前進したことには変わりない。

「――イーヴは?」
 放置してあった問題を思い出して、頭を掻きながら尋ねると、
「いつも通り左翼の部屋でドゥとトロワと悪巧み中だよ。もしアレが何か問題起こして、お嬢様のお体に何かあると大変だし、早く追い出してしまった方がいいんじゃないのかねえ」
 マリーが妙に迫力のある眼差しで僕に迫った。
 彼女はアリスのことになると、まるで本物の母親のようにむきになる。こういう心から信頼出来る味方がいるのは、本当にありがたいことだと思う。
「そこをなんとか使いたいんだ。手はいくらあっても足りないし、猫の手も借りたいよ。お願いだから見張っててくれるかな。根っから悪いヤツじゃないのはよく分かってるだろ?」
 僕が懇願するとマリーは肩をすくめて「お嬢様だけでも大変なのに、監視対象をこれ以上増やさないでおくれ」とため息をついた。

 左翼の奥の部屋からは時折「がっはっは」「げへへへ」と下品な笑い声が響いて来る。きっと大部分はドゥの声だろうが、壁に反響する分だけ怪物じみて聞こえて不気味だった。
 イーヴは最初に二人に拉致されて以来(僕とアリスの逢い引きを邪魔しようとしたあの時だ)、案外面倒見のいい二人の弟分になっているようだ。
「……三人寄ればもんじゃの知恵……?だったっけ。例の仕事・・・・の作戦を練っていると思いたいけど」
 僕は廊下を奥の部屋へと歩きながらぼそっと呟く。
 シャルルが昔東洋のことわざを教えてくれたような気がするが、何か特殊な言葉だったようで思い出せない。ジゾウだったか、ミロクだったか……確か東洋の聖人の名だ。
「あーあ。シャルルは今どこにいるんだろうな。子供のこと、報告したら飛んで帰って来てくれないかな」
『ちょっとぉ! やったじゃない!』
 彼ならばそんな風に手放しで喜んでくれるはず。
 このところ、ちょっとしたきっかけでも思い出してしまう。彼がいてくれればどれだけ心強いか。助けを求めたくて仕方が無いのだろう。
 俯くと同時に弱音を吐きかけるが、ぐっと堪えて、敢えて笑うと前を向く。
 シャルルはシャルル自身の戦いの真っ最中だ。邪魔などできるわけがない。僕は僕で懸命になるしかないのだ。きっとなんとかなる――そう信じて。

「神様」
 以前の僕なら続けて『助けて下さい』と祈っていたかもしれない。だけど、今、口から溢れた言葉は「どうか見ていて下さい」、そんな言葉だった。

※正しくは「三人寄れば文殊の知恵」です。念のため。
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