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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 騙られた神の名

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17 猫と元猫のおままごと

「こら! イーヴ、人参残しちゃ駄目でしょ!」
「うっせえなぁ」
「好き嫌いしてたら、大きくなれないわよ?」
 アリスが聖母のような笑みで言い聞かせている。あんなことがあったのに――というより、あったからなのかもしれないけれど――突然母性が芽生えたらしい。といっても、今のところ、それは全く機能していない感じはする。まるでままごとの延長だった。
 僕は彼女の夫役。そして――子供役を任されているイーヴは常時不満顔だった。
「おい、俺はあんたの子供じゃないんだ。――おい、ご主人・・・、一度俺を変身させろよ、そしたらこいつの意識も変わるって」
 彼が僕に噛み付くように言うと、アリスの隣に居たマリーが粗い鼻息と共に腕を振り上げた。
「何度言えばいいんだい? リュシアン様は『ご主人様』、アリスお嬢様は『お嬢様』ってお呼び!」
 その二の腕の見事な事。イーヴも例外無く震え上がる。しかし、隣でアリスが細かいところに食いついた。
「ちょっと、マリー!? 何度言えばいいわけ――あたしは『奥様』だってば! イーヴもいい? あたしは奥様なんだからね! そう呼ぶのよ?」
「い・い・え! ご結婚までは、お嬢様は『おじょうさま』です!」
「……ああ……ええと」
 年中行事のアリスとマリーの言い争いを横目で見ながら、収拾がつかない場をどう治めようか僕が口ごもっていると、イーヴがそっと僕に近づいた。そしてその黒い手を顔の横に添えて、僕の耳に顔を寄せる。内緒話の姿勢で、ひそひそと耳打ちした。
「なあなあ、あの子『奥さん』じゃねーんだな? じゃあ、俺、狙ってもいい? お前には勿体ないし」
 何度かのくだらない喧嘩の後、僕はあまりの空しさに、猫相手に喧嘩はしないと決めていた。僕を完全に馬鹿にした物言いに、冷たく目を細めて、
「当然、駄目」
 そうさらりと話を打ち切る。すると、イーヴは切り口を変えてきた。
「あー、じゃあさ。あの鍵ってさぁ、机も同じ鍵かけてるわけ?」
 彼が言うのは胸のポケットに入った例の魔法の鍵だ。部屋の鍵、そして引き出しの鍵になっている。僕が開けないと機能しないという、シャルルの残してくれた有り難い魔法の一つ。
「狙っても無駄。エクリプスの実はあげないから。そうだな、どうしてもって言うんなら、金貨五枚持って来る事」
 女王陛下からの大事な預かり物だ。いざという時にしか使えない代物。いつかは彼にも使うことになるだろうけれど、それは今ではない。時期尚早だ。そう思っていた。
「五枚!? ぼったくりだろ、それ!」
 イーヴは毛を逆立てた。
「今の市場価格はそのくらいだと思うよ。もうここにしか無いんだから」
 賢いイーヴはすぐに計算できたらしく、ぐるると唸る。
「じゃあ、給料を上げてくれ。銀貨十一枚って、月額かよ。詐欺だ。案外普通ってあのデブハゲが言ってたぞ!」
「そんなこと言ったらドゥが怒るよ」
「あー? 俺は別にドゥの事なんて言ってないんだけどー?」
 嵌めたつもりなのか、ニヤニヤするイーヴ。
 子供ガキかよ! と僕は頭を抱えたくなるけれど、敢えて無視。穏やかに諭す。こういうのは構えば調子に乗るんだ。
「成功報酬にしても良かったんだけど、でも一月では出来ない仕事かなって思ったからよかれと思ったんだよ」
「一週間あれば十分だって」
「そうかな? 結構大変だと思うけど。まぁ、早めに終わったら、残りはアリスの相手をしててくれればいいよ」
 そう言うと、イーヴは顔をしかめる。
「今だって十分相手してるだろ。あれじゃ、身が持たねーよ。なんで今更おままごとだよ。俺はガキじゃねーんだよ。追加料金くれよ」
「契約書を最初によく読むんだったね。仕事内容の末尾にちゃんと『アリスの相手』って書いてある」
「はぁ? どこに?」
 僕は細かい文字で大量の契約内容の書かれた書類を目の前に掲げる。該当箇所――正式には『侯爵令嬢の相手』と書いてある(嘘ではない)――を指差すと、イーヴは「騙された」と腐った。


「……ああ、それから、お嬢様」
「お・く・さ・ま だってば!」
 僕とイーヴがやり合っている間も、アリスとマリーの喧嘩はまだ続いていたらしい。きっとこの喧騒は、僕がアリスをお嫁さんにするまで続くのだろう。……これ一つをとっても急がなきゃいけないと思った。
「お・じ・ょ・う・さ・ま、今日こそはお医者様に診て貰いますからね!」
 喧嘩がお説教に切り替わり、分が悪くなったアリスはぷいとマリーから顔を背けた。
 そうなのだ、あれから一週間は経つというのに、彼女はまだ医者に診て貰っていないのだった。始終眠そうにはしているものの、元気そうにしているから、気候のせいだろうと楽観して僕もきつくはいい聞かせられずにいる。だけど、マリーはなぜかひどくこだわった。
「――いやよ、だって、だってこんなに元気だし! そ、それに――……苦いお薬なんて飲みたくないもの」
 アリスが小さな声で付け加え、マリーは呆れたようにため息をついた。
 確かに彼女は薬を率先して飲んだ事がない。いつも僕に飲ませる役目が回って来る。確かに苦いから、気持ちは分からなくはないけれど。ぼんやり考える僕を横目でちらりと睨むと、マリーはとくとくと説教を続ける。
「診て貰わなければ、お薬が出されるかどうか分からないんですよ。何も無ければそれでいいじゃないですか」
「そんな事言っても、出されなかった事なんか無いんだもん――それに、お金、だってかかるじゃない」
 傍観していた僕は、その言葉にびっくりしてとっさに彼女達の話に割り込む。それが彼女の本音なのだと直感したのだ。
「お金の事はいいよ。なんだ――そんな理由なら、逆に早く診て貰わないと」
 貴重な時間を裂いて辺境の地までやって来てもらう医者を、ただで帰らせるのも悪いので、常備薬をいくつか買わせてもらっているのだ。もう一年は風邪薬に困る事は無いだろう。
 思わずマリーの肩を持つと、アリスは膨れて、恨めしそうに僕を見上げた。
「もう本当に平気なのに! お医者様を呼ばなければいいだけなのに……」
「――だめだよ。今回はマリーの言う事をちゃんと聞こう。いいね?」
 僕が真面目な顔で諭すと、アリスはしゅんとして項垂れた。
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