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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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16 尋問会の終わりに

 尋問会の終わりを告げるように、マリーが用意していたハーブティーを出した。丁度良い温度になったそれを、皆一口飲んでほっと息を吐く。穏やかな香りも手伝って、部屋に残っていた緊張がようやく全て解けた気がした。
「――で、仕事ってなんだよ?」
 真っ先にお茶を飲み干したイーヴが僕を見上げて尋ねた。
「うん、でももう遅いし、お腹も空いただろう」
「俺はそんなに腹減ってないけど」
「イーヴは先に食べたからでしょ! あなたの起こした騒動のせいで、皆まだ食べてないんだからね!」
 空腹のアリスがムッとして言う。
「僕も疲れたし。仕事の話も長くなる。――明日にしよう。いいね?」
「えー?」
「今日はチキンの香草焼きと、カボチャの冷製スープ、芽キャベツと赤タマネギのサラダ、それからカスタードプリンだよ。空腹じゃないんなら、要らないね?」
 不満そうだったイーヴは、マリーの言葉に生唾を飲み込んで首を横に振る。
「要る! 要るに決まってる! このところまともな物食べてないんだって!」
 素直になった彼に満足そうにマリーは頷くが、すぐにアリスの方を見て尋ねた。
「そういえば、お嬢様、お体の具合は? 騒ぎに巻き込んじゃいけないって、お医者様にはもう次の患者さんのところに行って貰ったんです」
「うん、もう平気みたい。熱も下がったっぽいし」
 彼女はそう言って僕に体を寄せた。
「また体調悪かったの?」
 問うと、彼女は首を振る。
「マリーが大げさなのよ。ちょっと熱っぽくて、眠かっただけだもん。寒気も無いし、咳もしてないし、鼻水だって出てないわよ? すぐに治るわ」
「でも、お嬢様。このところずっとお熱があって……」
 マリーはそこで口をつぐむと何か考え込むような顔になる。そして僕とちらりと見る。それは随分疑り深い眼差しだった。探るような視線が妙に鋭く僕に刺さり、気まずくて目を逸らした。なんだ? こんな目で見られるような何かを僕はしただろうか?
 考え込む僕にため息をつくと、彼女は宣言するように口を開いた。
「とにかく、明日も来てもらいますからね。一度ちゃんと見て貰った方がいい。お嬢様? 絶対に逃げずに居て下さいね。リュシアン様も、甘やかさずにお嬢様に言い聞かせて下さいよ?」


 たっぷりとした食事を終え、部屋の扉の前に辿り着くと、アリスがじっと僕を見上げて居た。その潤んだ緑色の瞳を見ていると、急激に切羽詰まった気分になった。僕は部屋に入るなり、彼女の唇を貪る。唇を舌で割ると、彼女も待ちわびていたように僕を求めてきた。
「りゅし、あん」
 彼女はつま先立って僕の首に腕を巻き付けた。体が密着する。柔らかい胸が僕の胸の上で弾み、堪らず手を伸ばす。体が少しだけ熱いのが気になって、額をくっつける。けれど、熱いのは体だけで、額はそれほどの熱を感じない。
 ほっとしながら口を開いたら、最初に言おうと思っていた言葉が溢れた。
「ごめん、アリス」
「なにを、謝ってるの?」
 戸惑った声に吐息が混じる。少し触れただけで、彼女の息は既に桃色に染まっていた。
「色々だよ」
 もっと言うべき事はあるだろう。でも僕は自分がなんで彼女を怒らせたのかいまいち分かっていなかった。
 そもそも彼女は怒っていたのだろうか? 分かっているのは、彼女が寂しがっている事だけ。それを埋められない自分が情けない。だから、謝る。
 謝れる事だけでも、謝りたい。僕はさっき言った通りに、彼女に嫌われるのが何よりも怖かった。
「……リュシアン、あのね、さっき言ってたこと」
 彼女が息継ぎの合間に声を割り込ませる。
「なに?」
 そう問うておいて、答えを待たずにすぐに口づける。気が急いて。彼女の全てが甘くて。甘過ぎて、堪えきれない。
 それでも、言葉の続きも気になって唇を浮かすと、
「なんでも、ない。それより」
 彼女は結局口を閉ざして、続きをせがんだ。彼女もきっと僕と同じ気持ちなのだろうと想像したら、余計に心がはやった。僕は絡み付く腕に応えて、彼女をそのままベッドへ連れて行く。
 うん、話は――とりあえず、あとだ。
 アリスをベッドに横たえると上着を脱いだ。そしてすぐに彼女の上に覆い被さる。燭台の火を消そうと手探りすると、鳥の羽根のようなふわりとした物が手を掠め――
 あれ?
 僕は目を開け、そして見た。燭台のすぐ後ろ。黒いかたまりが目を閉じ、息を殺して闇に紛れているのを。
「イーヴ……」
 掠れた呟きが部屋に落ちた。僕と目が合うと、彼は「あぁ、見つかった」とその黄金の目を開いた。
 我に返ったとたんカッと頭に血が上った。思い出すのはこの間の夜。あの時の彼の行動の意味が分かってしまったのだ。あれは、つまりは“覗き”。彼は猫の顔で堂々と僕たちの事を覗くつもりだったという事。

「――どこから入ってきたんだよ!! 覗くな。出て行け!」

 この間、アリスの言う通りにしなくて良かったと心から思いながら、僕はイーヴを追い出しにかかる。容赦無しに掴み掛かろうとすると、イーヴは猫の身軽さでそれを躱す。
「いいじゃねーか、減るもんじゃないし。後学のために見学くらいさせてくれても」
「後学? バカ言うなよ」
 僕は呆れつつ、もしかしたら、イーヴは結構若いのかもしれないと思った。話し方もそんな感じだし。丁度、性に関心を持ち始める年頃の十四、五の少年を思い浮かべる。僕も友人達がそういう話をしているのを、興味が無いような顔をしながらもしっかり盗み聞いていたような覚えがある。
「ちぇ、」
 イーヴはちらりとアリスを見てお伺いを立てるが、さすがに彼女も呆れた様子で首を横に振る。そして幼い子供に言い聞かせるように言った。
「イーヴ。いい子だから邪魔しないでね? リュシアンと二人で話がしたいのよ」
「話かよ。するのは“話”じゃねーだろ」
「話みたいなものだよ」
 僕は強引に会話を打ち切ると、ぐずぐずとその場に居座ろうとするイーヴを持ち上げる。首根っこを掴むと、ぐえと酷い声を上げて暴れる。
「それ止めろよ、首が絞まるんだよ! 大事に扱えよ!」
 構わずに外に出したものの、痛々しい物音――扉が爪で削れる音が邪魔をする。
『おい、中に入れろよ! あぁ、そうか。そっちがその気なら、ずっとこうやって妨害してやるからな! それでも無視するんならな、ぜんぶ盗み聞きしてやるからな!』
 イーヴはどこまで本気か分からない事を叫び散らす。これじゃあ、癇癪を起こした子供と変わらない。
「……ああ、もう……」
 これは今夜もお預けだろうか。
 ぐったりと肩を落とす僕の願いが届いたのかもしれない。
『お前うっせーんだよ。ほら、野暮な真似してないで、俺たちにちょっと付き合えよ』
 廊下に響いた野太いドゥの声に僕とアリスは顔を見合わせる。
『うあ、止めろよ』
『そういうのはいずれ自分に返って来るぞ。そして、その時に後悔しても遅い事が多い』
 トロワの声も追加される。そして、しばらくぎゃぎゃあ言い争う声と、ドタバタとした足音が響いたあと、
『よっしゃぁ、捕獲!』
 というひと際大きな声が響いた。
『離せ、はなせってば! このデブ! ブサイク!』
『んだと!?』
 イーヴとドゥの起こす喧騒がどんどん左翼の方へと遠のく中、
『ご主人、この貸しは大きいからな! ――今度女の子紹介してくれ!』
 ドゥが大声で叫び、『一回死んどけ』といういつものトロワの言葉のあと、がつんと拳骨の音がして、悲鳴が上がった。

 しんと静まり返った部屋。僕とアリスは改めて見つめ合う。
「イーヴの相手分、給料上げた方がいいかもね」
 僕が真面目な顔でそう言うと、アリスはくすりと微笑んで、そっと目を閉じた。


第二部前半終了です。
伏線は後半で回収して行こうと思ってます。
ここまでお付き合いありがとうございました。
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