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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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13 侵入者と、その狙い

 大理石の上にはいつものように赤い絨毯が敷かれていた。石の冷たさは伝わらないはずなのに、絨毯の上に立てた膝とその隣についた手のひらは酷く冷えた。
 その冷気に何か撥ね付けられているような気分がするのは、まだこの場に慣れることのできない僕の気持ちの現れだと思う。

 僕がいつも通り猫探しについての報告を終えると、玉座に腰掛けた女性は扇の向こうで大きく嘆息した。
「猫の行方の調査には、進展は無い――そういうことかな」
 重みのある声が響いて、僕は身を僅かに震わせながらも、顔を上げた。冷たく鋭い瑠璃色の瞳だけは相変わらずだったが、女王は少し窶れたようにも思えた。元々が美しい人なので、ちらりと見えた影のついた頬が痛々しく思えた。目を逸らして赤い絨毯を見つめた。
「申し訳ありません」
「いや、事情はある程度聞いている。今度の政策で、さすがに貴族もこちらに傾くと思っていたが……立て続けに規制をして却って頑にしてしまったのかもしれぬ。かといって今さら緩めるわけにも行かなくてな。――しばらくやりにくいだろうが、諦めず調査を続けてくれるか。もし手が足りないようであれば、人材を紹介しよう」
「勿体ないお言葉ですが、今のところは足りているので、大丈夫です」
 正確には雇う余裕が無いのだけれど。僕はそう思いながら苦笑いする。
「――ドゥとトロワか。それからこの頃配下が一人増えたようだが」
 一瞬息が止まりかけた。
「ご存知なのですか?」
 何も報告していないのに、そこまで把握されていた事に冷や汗が流れた。
 そして今さらのように思った。――そうだ、この人が調べないわけが無い。
 畏怖を感じて目を見開く僕の前で、しかし、女王は突如冷たい表情を綻ばせた。
「夫が可愛がっていたからな。賢く良い働き手だ」
「そうなの、ですか?」
 非難されるのではないかと構えていたので、僕は面食らった。良い働き手? 確かにそうなんだけど、前職を考えると迂闊に言えない言葉だった。
「あれはどうしようもない馬鹿な小悪党だが、雇う者までそうとは限らない」
「…………」
 酷い言われようだな。そう思いつつ我が身を振り返る。もしアリスが僕の居ないところで、こんなことを言っていたら……。そんな事を考えて、複雑な気分で眉を寄せると、女王はくすりと笑って昔話を始めた。
「あれは、孤児を預かって可愛がっていてな。成人まで育てて、職がないものは自分の周りで働かせていたのだ。ドゥもトロワもそのうちの一人だ」
「え」
 それは初耳だった。
「皆、扱いは酷いし、給料は安いし、愚かな主人にも辟易してただろうが、他に職もないし、多少の恩を感じて留まっていたらしい」
「…………」
 何ともいえない裏話に僕は顔を引きつらせる。確かにドゥとトロワの話を思い出すと、納得出来るところはあったけれど。
「あの阿呆は、本当に仕方がないヤツだがな。罪が発覚しそうになったとたん、すぐにしもべ全員をクビにしたのだよ。可愛がってた者達を巻き込みたくなかったのだろう。そういうところだけ・・は昔から憎めなくてな」
 女王は苦笑いをしていた。口元が隠れているから分からないけれど、泣き笑いにも見えて、もしかしたらこの人はまだあの王を好きなのかもしれないと思った。
 だとしたら、どれだけ辛いだろうか。国を思って夫を失脚させるのに、どれだけの覚悟がいっただろうか。
 一見強い女性に見える。だけど、行き詰まっているのはこの人も僕と同じなのかもしれないと思う。
 貴族を完全に切ってしまったからには、味方はまだまだ少ないに決まっていた。聖職者と組んだと言っても、そう簡単に信用出来る臣下が出来るはずもない。そんな中、一番頼りたい家族にはもう頼れないのだ。
 少ない臣下を使って国を回すことの気苦労など、僕には分かりっこ無い。ただ、数人でも本当に信頼出来る人間がいる事で、志は倒れずに済むかもしれない。
 僕はその少ない味方の一人だ。そうでありたい。この人の作る国を支えたかった。訴えるように口を開く。 
「女王陛下。とにかく僕は全力を尽くします。――どうかお任せください」
 僕が顔を上げると、瑠璃色の瞳が僕を見つめていた。表情に疲れは見えたけれども、その目には激励の色が見て取れた。この人の期待を裏切りたくは無い。僕は力強く頷いた。

 *

 王都からの帰り道。夕方になってユペールにようやく辿り着く。領地に入るなり未舗装の細い道で馬車は跳ね始める。城の近辺になると道はマシになるけれど、この道を舗装する事は考えていなかった。昔、シャルルにどうしてここだけ道が細いのかと聞いたけれど、グフフと笑われ「自分で考えなさいよぅ」と言われた事を思い出す。
 あの時は分からなかったけれど、今なら分かる。「落石注意」と看板の立てられた切り立った崖と、魔物が住むと言われる深い森の間にある細く長い道は、外部からの敵の侵入を防ぐにはうってつけなのだ。
 時折目立たないように描かれた魔法陣――シャルルが残した罠の一部で、踏むと看板通りに落石があるのだ――を避けつつ細い道を抜けると、一気に視界が開ける。月明かりに照らされた麦畑が広がり、穂の香りにどこか強ばったままだった気持ちが和んだ。遠くに城の灯りが見え始める。ガタガタと揺られながら、僕は先ほどの女王の話を頭の中で反芻していた。急遽護衛を頼んだ隣に座るトロワの複雑そうな過去に想いを馳せ、尋ねても良いものか迷った。ドゥになら気軽に聞けそうなのに――そう思ったとたん、ふと思い出した。そういえば、聞きたいことがあったんだ。
「トロワ。――ドゥが言ってたんだけどさ」
「なんだ、ご主人」
 目を瞑って黙っていたトロワが目を開く。細い目は相変わらず鋭い光をたたえていたけれど、中身を知るとそれほど怖くはなくなった。
「ええと」
 なんだっけ? 頭を整理しながら慎重に口を開く。
「魔法使いの取り締まりが始まると、まずいことになるみたいな事を君が言ってたって」
「ああ」
 彼は顎に軽く握った手を当てると、遠くを見る目つきになる。そして質問に答えるのではなく、逆に問い返した。
「魔法使いが堂々と魔法を使えなくなると、どうなる?」
 質問を返されて目を見張る。彼はたまにこうして僕を試すのだ。従うに相応しい主人なのかどうかを見極めているのかもしれない。ドゥとは違って、彼にはそういうところがあった。僕が気に入らなかったら、ドゥを連れてさっさと辞めてしまうのではないかというような。
 僕は姿勢を正すと慎重に考え、魔法使いの件が、魔法の猫の件と同じだと気づく。
「魔法使いを隠すことになるのかな」
「そうだ。というよりは、隠れて魔法を使わせることになる。となると、どうしても欲しくなるものがあると思ってな」
 どうしても欲しくなるもの?
 魔法を使うには魔法陣が必要で。人目につかずに、隠れて魔法を使う……あれ? 何かそういう便利な方法があったような気が――
 そう思ったとき、
「難しいのか? ちょっと前まで、皆そうやって気軽に魔法を使っていただろう?」
 トロワの言葉に触発されて、バラバラに散らばっていた情報が一本に結びついた。
「え? ――――あ!」
 直後、僕は叫んでいた。

「エクリプスの実か!」

 トロワは頷くと、どこかもどかしげに言葉を継いだ。
「そうだ。木は枯れて実は消えたと言われている。だが、その後貴族の所有していた魔法薬が全て高値で回収されたと聞いた。今、一体それはどこにある?」
 彼はもちろんその在処を知っている。そして僕の今の仕事を知っていれば、ユペールここに行き当たる人間はきっと居るに違いない。
 ――そういうことか……!
 トロワが教えてくれようとしている事が分かって背に冷たいものが走った。
「ご主人、あんたは嬢ちゃんだけでなく、もう一つ懐に火種を抱えている。気を付けないと、敵はすぐそこまで迫っているかもしれない」
「でも、僕はだからこそ城には誰も入れないように気を付けて――――あれ?」
 言ったとたん、頭の隅に追いやっていた懸案が目覚めた。昨日の侵入者って! すでに敵は魔法薬に狙いを定めて動いているんじゃ……
 心の中でおぼろげに描いていた敵の姿が急にむくむくと姿を変えた。魔法書を狙う王の形から、――魔法薬を狙うアリスの義父の形へと。

『鍵はあいつが持ってるのか? それとも女の方?』

 突如、侵入者の低い声が急に耳に蘇って、僕は雷に打たれたような気分になった。馬鹿か、僕は! いくら侵入者が見つからなかったからって、ドゥやマリーがいるからって……こんな時に城を空けるなんて!
「急いでくれるか!? 実は昨日、侵入者があって――」
「それをなぜ早く言わない」
 トロワが顔を険しくすると、間髪入れずに馬に鞭を入れる。馬が嘶いて、馬車が一気に加速した。振り落とされそうな勢いに、必死でしがみつきながら僕は城の灯りを睨みつけた。
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